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四章 遠州細川家の再興
鉄は国家なり
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俺が細川家に養子入りした事で益氏様は晴れて隠居の身となり、安芸 国虎改め細川 国虎が遠州細川の家督を継ぐ。二度も家督継承をするという貴重な経験をした俺だが、細川の名になった所で何かが変わる訳でもない。看板が変わった程度だ。生活自体はこれまでと同じである。
益氏様からも「所詮は名前だけの家だ。そう肩肘張る必要は無い」と気楽にやるように言ってくれた。とてもありがたい言葉だが、当の益氏様自身が「やれやれこれで儂の代で細川の名を潰さずに済んだ」と小さく呟いていたのを聞くと、名門ならではの目に見えぬ責任感のようなものがあるのだと感じる。
それでも今回の家督継承を切っ掛けとして、反対派の残党が俺への忠誠を誓うという嬉しい出来事が起こる。こういうのを目にすると、まだまだ細川家の名も捨てたものではないと思いつつも、反対派も矛を収める理由を探していたのだろうと変な納得をしてしまう。何にせよ、これで家臣問題も完全に片が付き、内に抱える爆弾が無くなった。残りの処理は左京進や元明に丸投げして終了となる。
こうして思うと、トラブル続きながらも終わってみれば良い一年と言っても良いだろう。
そうして年も明け天文一四年 (一五四五年)、今年は祝い事が続く年だ。
伸び伸びとなっていた元氏や一羽の婚姻、それに加えて何故か馬路 長正の婚姻も行なわれる。
何故そうなったのか俺には分からないが、京での滞在中に西岡衆の一人である革島 一宣殿が長正を気に入り、一族の娘を娶る段取りが出来上がっていたらしい。土佐への移民第一弾としてやって来た面々の中にそのお相手が同行していた。更には革島殿の息子である革島 忠宣を筆頭とした馬路党入隊希望の面々ももれなくオマケで土佐入りし、移民という言葉の意味を履き違えているようなご一行様となる。
何となく興味本位でどんな女性か遠目で見たが、京出身の割には地味な出で立ちで純朴そうな雰囲気であった。身長も低めで可愛らしいという表現が似合う。
よくこんなド田舎に来る気になったものだと思ったりもしたが、革島殿との交渉に当たった横山 紀伊によると、京で軽いお見合いのような顔合わせを事前にしたらしく、女性の方が長正を気に入ってくれたようだ。決め手は筋肉だとか。いつの世もマッチョ好きの女性というのは一定数はいるのだと妙に納得する。筋肉万歳。
「そう言えば国虎様、京で小耳に挟んだのですが……」
「どうした紀伊?」
「喜玖様のお相手が決まったようです。何でも男の方が是非にと頼み込んだようですな」
移民の振り分け手配も無事終わり、麦茶を飲みながら雑談交じりに休憩していた所で紀伊が面白い話題を振ってくる。紀伊はこうして出張先での噂話を話してくれるのだが、今回はいつにも増して興味をそそる内容だ。
さすがは「渋谷越の秘宝」の面目躍如という所か。不幸にして俺との婚姻は破談となったが、そんな過去は柳に風とばかりに求婚が後を絶たなかったと見るべきだろう。俺との破談は結果的に本人には良かったのではないかとさえ思った。
元々喜玖殿のような人に土佐の田舎暮らしは似合わない。華やかな京もしくは畿内の方がお似合いだ。それにこう見えて俺はまだまだ大量の借金が残っている身。超不良物件である。最初から無理があったとしか言いようがない。
俺とは違う好条件の相手を選ぶのが正しい選択である。
「それは良かったじゃないか。喜玖殿には申し訳なく思っていたからな。破談が原因で悪い噂が出回っていないか心配していたが、これで安心できる。めでたい。……それで、興味本位で申し訳ないが、男の名を知っていたら教えてくれ」
「確か……石成様というお方だったかと」
「もしかして、三好三人衆か?」
「何ですかな。その『三好三人衆』というのは?」
「ああ、気にしないでくれ」
石成と言えば、三好 長慶死亡後に阿波三好家の舵取りを行なった三好三人衆の一人である「石成 友通」を思い出すが……まさかな。いや、そんな珍しい事はそうそう起きはしない。それに仮にそうだとしても、俺のような小さな存在は向こうの視界には入らない。これからの阿波三好家は畿内での領土拡大や天下取りに向かって行くため、土佐に構っている余裕は無いだろう。気にするだけ無意味と言える。
「お祝いでも贈りたいが、余計なお世話だろうしな。何もしない方が良いか」
「そうですな。喜玖様もあの一件は忘れたいでしょうし」
「違いない」
言って気付いたが、こんな形でプライドの高い彼女を刺激すると逆効果にしかならない。紀伊も俺同様そっとしておくのが良いと賛同してくれた。なら、この件はこれで終わりにして互いが未来に目を向けるのが大人と言えよう。
変な話だがこれでもう二度と喜玖殿を気にしなくて良いと思うと、何だか肩の荷が下りたような気がした。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
そんなこんなで三組の婚姻も無事終了して領内が落ち着きを取り戻した頃、親信から報告が入る。ついに製鉄事業が上手くいったという話だ。
「国虎、これ見てみろよ! 銑鉄は当然だがな、この錬鉄と鋼! どうにもならない不純物も多く出るけどな。これがたたらの実力だ。クククッ、高炉とは違うのだよ。高炉とは」
時代を先取りした大型角炉を背に御機嫌な口調で俺に成果を自慢する。体中が薄汚れているのも一切気にせずに子供のようにはしゃいでるのを見ると、こちらまで嬉しくなってきた。奥に控える職人達も皆一様に満足気な表情をしている。
俺にはピンとこないが、何でもこうして一度で錬鉄と鋼 (玉鋼を含む)を生み出すのがたたら製法の最大の特徴のようだ。効率的には高炉には絶対に負けてしまうようだが、高炉は銑鉄しか作られず、もう一手間加えなければ錬鉄や鋼は作れないらしい。更に高炉を使ったとしても、技術も経験も無い状態なら品質の悪い鉄しかできないと言う。
だが、たたらと言っても何でも良い訳ではない。たたらには「ズク押し法」と「ケラ押し法」の二種類があるらしく、今回は天文に入ってから確立された最新の「ケラ押し法」 (と言っても現状はそのはしり段階だが)を行なったと教えてくれた。
「知ってはいたが、相変わらず親信は拘るな」
「いや、言いたかっただけだぞ。本当は自国生産に拘るよりも明から輸入した方が早いからな。向こうは高炉を使っている上に当たり前に鋼も精錬している。実際の所、今の日ノ本は慢性的に鉄不足で明からの輸入鉄に頼っているぞ」
「えっーー!! マジか! 知らなかった。それならどうして……あっ、海禁政策 (輸出禁止政策)か」
「そうだ。密貿易でしか鉄が手に入らないというのはちょっとな。しかも高いぞ。だから効率は悪くても、自前で生産できるようにしておかないと」
親信もこの辺の事情は根来に行った時に全て教えてもらったと言う。俺達は殆んどの鉄製品を海部家に依存していたからか、鉄事情を全くと言って良いほど知る機会が無かった。
なお、親信が生前に調べた歴史なら明は永禄一三年 (一五七〇年)までにはこの海禁令を緩和するそうだが、倭寇を恐れたのか輸出禁止品に硝石だけではなく、しっかりと鉄まで入っているらしい。その時はどうして鉄が禁止品目に入っていたのか分からなかったが、ようやく意味が分かったと言っていた。
つまり、明からの鉄の入手はこの先もずっと密貿易となる。元値の二〇倍で吹っかけられるというぼったくり仕様でだ。確かにこれでは話にならない。
一応、他の方法としてはシャム (タイ)から輸入するというのもあるが……品質が担保されていないので自国生産の判断は正しい。
「今言う事ではないと思うが、親信の話を聞いて改めて海部家の凄さが分かったぞ。海部刀の輸出で金回りが良いだけかと思ったが、それ以前に鉄を大量に持っているのが力の源泉だろうな。武器無しで戦をするなんてできないからな。一目置かれる存在になるのは当たり前か」
しかも日本のお家芸である加工貿易というのがまた凄い……というか、この鉄の話を聞くと山田 元義殿が鍛治を推奨した理由がとても納得できた。自領の鉄不足を何とかするだけではなく、鉄による外交も視野に入れていたという事になる。本当、世が世なら海部家と山田家は評価ががらっと変わっていただろうな。
「そういう事だな。それといずれは艦砲射撃できる船の製造を考えているというのもあってな……まあ、そんな訳で今回は国虎に無理を言った」
「ああっ、そうか。鉄を輸入に頼っていたら、目利きでもなければ良い素材は手に入らないか。種子島銃でさえその辺の鉄で作っても意味が無いからな。お手柄だ。助かったよ」
「大砲だけで言うなら、青銅製の大砲もありなんだがな……高いし重いしすぐ壊れるしで良い所が無い。利点は鋳潰して再利用できるくらいだ」
「おいおいっ、『離別霊体』をそう悪く言わないでくれよ。あれはあれで十分使えるぞ。財力があるなら『離別霊体』で鉄砲隊を組織すれば、敵を圧倒できる筈」
「分かってて言ってるだろう。話を戻すぞ。確実に錬鉄や鋼を手に入れたかったのも自領製鉄に拘った理由だ。国虎が種子島製造を言ってくれたのはこちらも助かった。大砲もその辺の鉄では作れないからな」
そこからは衝撃の事実を聞かされる。親信は早い段階から商人を通じて播磨国 (現在の兵庫県)の「ケラ押し法」で作られた千草鉄を手に入れる伝手を作っていたらしい。それがあって雄ネジを切る玉鋼製のバイスが手に入れられたという。その流れで根来にも『ケラ押し法』を導入させていた。
そんな早くから動いていたのかという事実に衝撃を受けると共に、親信は本気で戦艦製造を考えているという事になる (但し木造)。やり方は極端だが、親信なりにこの時代で何かを成そうとした表れと言えるだろう。
「その無茶振りも明の海禁政策を持ち出されたら根来に導入せざるを得ないか。津田殿、可哀想に。それが耐火レンガの大量発注に繋がっているのだろうな。鉄の自領生産を増やすならその分木炭が大量に必要となり、その分木材消費を減らさないといけなくなるな」
「多分ランニングコストで今回の設備投資分は取り返せると思うぞ。連続操業可能だから一回一回炉を作る必要が無い。全天候型の角炉もきちんと設計したからな。結果的にはそう悪くない形になっている筈だ。そのフィードバックで土佐でも『ケラ押し法』のたたらができるようになった」
「親信よ、お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様には敵いませんよ。という訳で、浦戸を早く取ってくれよ。奈半利では造船設備が頭打ちだからな。それまではせいぜい製鉄と種子島を練習させておくさ。後は……残った銑鉄で鍋や農具も作らせていくか」
俺も俺でそんな話を聞かされた以上は、製鉄のために普段の木材消費を減らす必要がある。まずは塩作りにもロケットストーブを導入する所から始めるか。他にも燃料消費を減らせる箇所があるなら、積極的に耐火レンガに置き換えよう。それと植林もだな。
少し意外だったのは親信が種子島を通過点と考えていた点だ。本命は大砲の方だと初めて知る。戦艦建造を本気で考えているなら当然の筈なのにこれまで気付かなかった。
……なら、これを言っても叱られそうにないか。俺の中で密かに暖めていた種子島カスタムは職人達の良い練習材料となりそうだ。
「それなら練習がてら作って欲しい物があるんだが……」
「何だ?」
「対長宗我部用の秘密兵器とだけ言っておく。戦が変わるぞ」
「変わるのは細川軍だけじゃないのか? どうせまたトンデモだろう? まあ良いさ。作ってやる……って作るのは職人だけどな」
よし、これで長宗我部戦が一つ楽になった。最初は総力戦を覚悟していたが、これでその心配も無くなる。後は新兵器の出来上がりを待つだけだ。
さあ長宗我部 国親よ。俺の新居猛太を超える逆転の手を、打てるものなら打ってみろ。
益氏様からも「所詮は名前だけの家だ。そう肩肘張る必要は無い」と気楽にやるように言ってくれた。とてもありがたい言葉だが、当の益氏様自身が「やれやれこれで儂の代で細川の名を潰さずに済んだ」と小さく呟いていたのを聞くと、名門ならではの目に見えぬ責任感のようなものがあるのだと感じる。
それでも今回の家督継承を切っ掛けとして、反対派の残党が俺への忠誠を誓うという嬉しい出来事が起こる。こういうのを目にすると、まだまだ細川家の名も捨てたものではないと思いつつも、反対派も矛を収める理由を探していたのだろうと変な納得をしてしまう。何にせよ、これで家臣問題も完全に片が付き、内に抱える爆弾が無くなった。残りの処理は左京進や元明に丸投げして終了となる。
こうして思うと、トラブル続きながらも終わってみれば良い一年と言っても良いだろう。
そうして年も明け天文一四年 (一五四五年)、今年は祝い事が続く年だ。
伸び伸びとなっていた元氏や一羽の婚姻、それに加えて何故か馬路 長正の婚姻も行なわれる。
何故そうなったのか俺には分からないが、京での滞在中に西岡衆の一人である革島 一宣殿が長正を気に入り、一族の娘を娶る段取りが出来上がっていたらしい。土佐への移民第一弾としてやって来た面々の中にそのお相手が同行していた。更には革島殿の息子である革島 忠宣を筆頭とした馬路党入隊希望の面々ももれなくオマケで土佐入りし、移民という言葉の意味を履き違えているようなご一行様となる。
何となく興味本位でどんな女性か遠目で見たが、京出身の割には地味な出で立ちで純朴そうな雰囲気であった。身長も低めで可愛らしいという表現が似合う。
よくこんなド田舎に来る気になったものだと思ったりもしたが、革島殿との交渉に当たった横山 紀伊によると、京で軽いお見合いのような顔合わせを事前にしたらしく、女性の方が長正を気に入ってくれたようだ。決め手は筋肉だとか。いつの世もマッチョ好きの女性というのは一定数はいるのだと妙に納得する。筋肉万歳。
「そう言えば国虎様、京で小耳に挟んだのですが……」
「どうした紀伊?」
「喜玖様のお相手が決まったようです。何でも男の方が是非にと頼み込んだようですな」
移民の振り分け手配も無事終わり、麦茶を飲みながら雑談交じりに休憩していた所で紀伊が面白い話題を振ってくる。紀伊はこうして出張先での噂話を話してくれるのだが、今回はいつにも増して興味をそそる内容だ。
さすがは「渋谷越の秘宝」の面目躍如という所か。不幸にして俺との婚姻は破談となったが、そんな過去は柳に風とばかりに求婚が後を絶たなかったと見るべきだろう。俺との破談は結果的に本人には良かったのではないかとさえ思った。
元々喜玖殿のような人に土佐の田舎暮らしは似合わない。華やかな京もしくは畿内の方がお似合いだ。それにこう見えて俺はまだまだ大量の借金が残っている身。超不良物件である。最初から無理があったとしか言いようがない。
俺とは違う好条件の相手を選ぶのが正しい選択である。
「それは良かったじゃないか。喜玖殿には申し訳なく思っていたからな。破談が原因で悪い噂が出回っていないか心配していたが、これで安心できる。めでたい。……それで、興味本位で申し訳ないが、男の名を知っていたら教えてくれ」
「確か……石成様というお方だったかと」
「もしかして、三好三人衆か?」
「何ですかな。その『三好三人衆』というのは?」
「ああ、気にしないでくれ」
石成と言えば、三好 長慶死亡後に阿波三好家の舵取りを行なった三好三人衆の一人である「石成 友通」を思い出すが……まさかな。いや、そんな珍しい事はそうそう起きはしない。それに仮にそうだとしても、俺のような小さな存在は向こうの視界には入らない。これからの阿波三好家は畿内での領土拡大や天下取りに向かって行くため、土佐に構っている余裕は無いだろう。気にするだけ無意味と言える。
「お祝いでも贈りたいが、余計なお世話だろうしな。何もしない方が良いか」
「そうですな。喜玖様もあの一件は忘れたいでしょうし」
「違いない」
言って気付いたが、こんな形でプライドの高い彼女を刺激すると逆効果にしかならない。紀伊も俺同様そっとしておくのが良いと賛同してくれた。なら、この件はこれで終わりにして互いが未来に目を向けるのが大人と言えよう。
変な話だがこれでもう二度と喜玖殿を気にしなくて良いと思うと、何だか肩の荷が下りたような気がした。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
そんなこんなで三組の婚姻も無事終了して領内が落ち着きを取り戻した頃、親信から報告が入る。ついに製鉄事業が上手くいったという話だ。
「国虎、これ見てみろよ! 銑鉄は当然だがな、この錬鉄と鋼! どうにもならない不純物も多く出るけどな。これがたたらの実力だ。クククッ、高炉とは違うのだよ。高炉とは」
時代を先取りした大型角炉を背に御機嫌な口調で俺に成果を自慢する。体中が薄汚れているのも一切気にせずに子供のようにはしゃいでるのを見ると、こちらまで嬉しくなってきた。奥に控える職人達も皆一様に満足気な表情をしている。
俺にはピンとこないが、何でもこうして一度で錬鉄と鋼 (玉鋼を含む)を生み出すのがたたら製法の最大の特徴のようだ。効率的には高炉には絶対に負けてしまうようだが、高炉は銑鉄しか作られず、もう一手間加えなければ錬鉄や鋼は作れないらしい。更に高炉を使ったとしても、技術も経験も無い状態なら品質の悪い鉄しかできないと言う。
だが、たたらと言っても何でも良い訳ではない。たたらには「ズク押し法」と「ケラ押し法」の二種類があるらしく、今回は天文に入ってから確立された最新の「ケラ押し法」 (と言っても現状はそのはしり段階だが)を行なったと教えてくれた。
「知ってはいたが、相変わらず親信は拘るな」
「いや、言いたかっただけだぞ。本当は自国生産に拘るよりも明から輸入した方が早いからな。向こうは高炉を使っている上に当たり前に鋼も精錬している。実際の所、今の日ノ本は慢性的に鉄不足で明からの輸入鉄に頼っているぞ」
「えっーー!! マジか! 知らなかった。それならどうして……あっ、海禁政策 (輸出禁止政策)か」
「そうだ。密貿易でしか鉄が手に入らないというのはちょっとな。しかも高いぞ。だから効率は悪くても、自前で生産できるようにしておかないと」
親信もこの辺の事情は根来に行った時に全て教えてもらったと言う。俺達は殆んどの鉄製品を海部家に依存していたからか、鉄事情を全くと言って良いほど知る機会が無かった。
なお、親信が生前に調べた歴史なら明は永禄一三年 (一五七〇年)までにはこの海禁令を緩和するそうだが、倭寇を恐れたのか輸出禁止品に硝石だけではなく、しっかりと鉄まで入っているらしい。その時はどうして鉄が禁止品目に入っていたのか分からなかったが、ようやく意味が分かったと言っていた。
つまり、明からの鉄の入手はこの先もずっと密貿易となる。元値の二〇倍で吹っかけられるというぼったくり仕様でだ。確かにこれでは話にならない。
一応、他の方法としてはシャム (タイ)から輸入するというのもあるが……品質が担保されていないので自国生産の判断は正しい。
「今言う事ではないと思うが、親信の話を聞いて改めて海部家の凄さが分かったぞ。海部刀の輸出で金回りが良いだけかと思ったが、それ以前に鉄を大量に持っているのが力の源泉だろうな。武器無しで戦をするなんてできないからな。一目置かれる存在になるのは当たり前か」
しかも日本のお家芸である加工貿易というのがまた凄い……というか、この鉄の話を聞くと山田 元義殿が鍛治を推奨した理由がとても納得できた。自領の鉄不足を何とかするだけではなく、鉄による外交も視野に入れていたという事になる。本当、世が世なら海部家と山田家は評価ががらっと変わっていただろうな。
「そういう事だな。それといずれは艦砲射撃できる船の製造を考えているというのもあってな……まあ、そんな訳で今回は国虎に無理を言った」
「ああっ、そうか。鉄を輸入に頼っていたら、目利きでもなければ良い素材は手に入らないか。種子島銃でさえその辺の鉄で作っても意味が無いからな。お手柄だ。助かったよ」
「大砲だけで言うなら、青銅製の大砲もありなんだがな……高いし重いしすぐ壊れるしで良い所が無い。利点は鋳潰して再利用できるくらいだ」
「おいおいっ、『離別霊体』をそう悪く言わないでくれよ。あれはあれで十分使えるぞ。財力があるなら『離別霊体』で鉄砲隊を組織すれば、敵を圧倒できる筈」
「分かってて言ってるだろう。話を戻すぞ。確実に錬鉄や鋼を手に入れたかったのも自領製鉄に拘った理由だ。国虎が種子島製造を言ってくれたのはこちらも助かった。大砲もその辺の鉄では作れないからな」
そこからは衝撃の事実を聞かされる。親信は早い段階から商人を通じて播磨国 (現在の兵庫県)の「ケラ押し法」で作られた千草鉄を手に入れる伝手を作っていたらしい。それがあって雄ネジを切る玉鋼製のバイスが手に入れられたという。その流れで根来にも『ケラ押し法』を導入させていた。
そんな早くから動いていたのかという事実に衝撃を受けると共に、親信は本気で戦艦製造を考えているという事になる (但し木造)。やり方は極端だが、親信なりにこの時代で何かを成そうとした表れと言えるだろう。
「その無茶振りも明の海禁政策を持ち出されたら根来に導入せざるを得ないか。津田殿、可哀想に。それが耐火レンガの大量発注に繋がっているのだろうな。鉄の自領生産を増やすならその分木炭が大量に必要となり、その分木材消費を減らさないといけなくなるな」
「多分ランニングコストで今回の設備投資分は取り返せると思うぞ。連続操業可能だから一回一回炉を作る必要が無い。全天候型の角炉もきちんと設計したからな。結果的にはそう悪くない形になっている筈だ。そのフィードバックで土佐でも『ケラ押し法』のたたらができるようになった」
「親信よ、お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様には敵いませんよ。という訳で、浦戸を早く取ってくれよ。奈半利では造船設備が頭打ちだからな。それまではせいぜい製鉄と種子島を練習させておくさ。後は……残った銑鉄で鍋や農具も作らせていくか」
俺も俺でそんな話を聞かされた以上は、製鉄のために普段の木材消費を減らす必要がある。まずは塩作りにもロケットストーブを導入する所から始めるか。他にも燃料消費を減らせる箇所があるなら、積極的に耐火レンガに置き換えよう。それと植林もだな。
少し意外だったのは親信が種子島を通過点と考えていた点だ。本命は大砲の方だと初めて知る。戦艦建造を本気で考えているなら当然の筈なのにこれまで気付かなかった。
……なら、これを言っても叱られそうにないか。俺の中で密かに暖めていた種子島カスタムは職人達の良い練習材料となりそうだ。
「それなら練習がてら作って欲しい物があるんだが……」
「何だ?」
「対長宗我部用の秘密兵器とだけ言っておく。戦が変わるぞ」
「変わるのは細川軍だけじゃないのか? どうせまたトンデモだろう? まあ良いさ。作ってやる……って作るのは職人だけどな」
よし、これで長宗我部戦が一つ楽になった。最初は総力戦を覚悟していたが、これでその心配も無くなる。後は新兵器の出来上がりを待つだけだ。
さあ長宗我部 国親よ。俺の新居猛太を超える逆転の手を、打てるものなら打ってみろ。
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レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
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