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四章 遠州細川家の再興

遠州細川の生存戦略

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 ──俺への養子申し出。家格からも、そして現状の遠州細川家の状況から考えても、普通なら絶対にあり得ない。

 家格は言うに及ばず。自称蘇我 赤兄の後裔とは比べるまでもない。遠州細川は三管領の分家だ。

 また、この申し出が益氏様にどんな利を齎すのかが分からない。俺への遠州細川の家督継承を前提としている以上は、益氏様は当主の座から降りる。それによって得られるものはあるのだろうか? 下手をすれば逆に自身を悪い立場に追い込むのではとさえ思ってしまう。

 そうした背景があり、俺は間の抜けた反応をしてしまった。

 けれども益氏様の中では、予想外の葛藤を抱えていた。一言で言えば「遠州細川家」の生存戦略と言って良い。「個」よりも「家」を、そして「家名」を大事とするこの時代特有の価値観が根底にあったからだ。

「ずっと儂は考えておった。今のままで田村荘に戻っても、果たして『遠州細川家』が残るのかどうかと」

「それはどういう意味ですか?」

「お主のような者がいなければ、こんな事は考えなかっただろう。土佐が安芸家の元に統一されれば、細川という『家名』は存続できはしないのでは、とな。お主自身が儂を尊重してくれておるのは分かっておるが、お主の家臣がいつ疎ましく思うかは分からん」

「そっ……それは……」

「無いとは言わさぬぞ。遠州細川が守護の家ならば何も問題はなかろう。飾りとすれば良いのだからな。だが守護代は違う。その国を実質的に治めるのが役割だ。それに、今の儂は守護代ですらない。ここまで言えば分かるであろう」

 そう、益氏様が言いたいのは、何ら力を持たない名前だけの名門ではこの先生きていけないという意味だ。

 土佐に限って言えば守護は本家である細川京兆家であり、遠州細川家はその代行の家に過ぎない。まだ遠州細川家が正式に守護代の職であったなら安芸家を「守護又代」として任命可能であるが、現状ではその権限すら持っていない。

 つまり、お飾りとしてさえ安芸家中で身の置き場が無いと言いたいのだろう。生き残るには「遠州細川」という看板が邪魔をすると考えていた。

「なら、正式に家臣になって頂くのは駄目なのですか? 田村荘を領地として安芸家に仕えて頂ければ良いだけだと思いますが」

「儂が『遠州細川』でなければそうしていた。領地を失っていない馬路家や惟宗家とは事情が違う」

「そうかも知れませんが……」

「追放されて野垂れ死にしないよう、名を捨てて生き残るか、それとも名を譲って生き残るか、そのどちらかから選べと言われれば、儂は何の躊躇もなくお主に名を譲り家名を残す。お主だけだぞ。儂を守護代として扱ってくれたのは」

 だがその心配も、「遠州細川」の家名を預けて取り込んでしまえば一気に解消する。これが俺を養子に選んだ理由であった。俺とは遠州細川の家名に対する捉え方が真逆なのが原因とも言えるだろう。

 まさか益氏様がそこまで考えていたとは……そこまで心配する必要はないと思うのだが……いや待て。これは何かがおかしい。

「ちょっと待ってください! よく考えれば、それは私が土佐を統一する前提ではないですか。まだ半国も領していないというのに、考えが飛躍し過ぎでしょう」

「する。間違いなくお主なら統一する。儂の知る限りお主の周りも大体がそう思っているぞ。中には天下まで取ると思うておる者さえいる。このままでは、細川の名が目障りとなるか足を引っ張るかのどちらかだ。土佐の守護が細川 晴元を当主とする細川京兆家というのを忘れるでないぞ。現状では例え守護代であろうとお主に任官される可能性は無い」

「誠ですか……」

「それに儂は四〇を過ぎているのに跡を継ぐ者がいない。そういった都合良さもある。後は養女とは言え、お主が細川玄蕃頭家の娘を娶ったのも大きい。これで特例としても十分に名分が立つゆえ、家格は気にせんで良い」

「…………」

「これまでは儂のえきしか言わなんだが、お主にもこの養子縁組に益はある。長宗我部と戦うのであろう? これまでは遠州細川の代理だったが、これからは遠州細川として戦えるのだ。どちらに義があるかは一目瞭然であろう。長宗我部は細川 晴元政権の代理を大義名分として暴れまわっておるが、無念にも亡くなられた細川 高国様から"国"の字を貰っておいて何と節操のない事か」

 これで完全に外堀が埋まったと言って良い。今回の養子縁組は単なる思い付きではなく、入念に計画された話だというのがよく分かる。口ぶりからは田村荘を奪われた一件に対する怒りもあったが、それさえも自身の生き残り戦略に生かすのがさすがだ。

 長宗我部と全面的に戦う前だからこその今回の提案でもあるのだろう。

 また、まず無いと思うが、この大義名分の委譲は長宗我部と遠州細川が和解して安芸家の名分が失われないようにする保険も含まれていると言って良い。相手は中央政権に伝手がある以上、幕府を動かす策が残っているのを警戒する必要がある。直接の当事者なら突っぱねる事は可能だが、代理戦争が名目なら土地の返還や賠償金の支払いで手打ちにされてしまう可能性がゼロとは言えないからだ。

 それにしても、長宗我部 国親の節操の無さには幻滅してしまう。有名な長宗我部 元親の"元"の字は細川 晴元の"元"だ。晴元派の陣営なら、せめて国親は名を変えろと言いたい。

「これまでは遠州細川の名など何の役にも立たないと思っておったのだがな、お主なら儂が思いつく以上に色々と使い道を見つけるだろう。何も持たない儂がこれでお主に報いてやれる。そう悪い話ではないと思うゆえ、ゆっくりと考えてみよ」

「……分かりました。まずは家中で相談します。もし評定で賛成されなかった場合は、話は無かった事とさせて頂きます。これで良いですか?」

 益氏様の考えは理解できた。ここまでの深い考えがあるなら、俺個人としては話を受けても良いと思っている。むしろ俺をここまで買ってくれていたのが驚きであった。

 だが、この話を受けてしまうと、安芸家の当主がいなくなるというのを忘れてはいないだろうか?

 益氏様の今回の提案はその部分が抜けていた。俺個人としては良くとも母上を含め家臣の皆には受け入れ難い話となる。まだ俺に弟がいたなら家督を譲って……という手段があるが、残念ながらいない。もしくは畑山家に元氏以外の男子がいればこの問題も解決するが、他の男子はいない。今更山田家に、「元氏を安芸家の当主にする」と言えば怒り狂うのは間違いない。

 提案自体はとても嬉しいが、現実問題としてそれは無理だと判断するしかなかった。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「まさか安芸家が細川家の一門になれる日が来るとは思いませんでした。国虎殿、この話をお受けなさい」

「いや待ってください、母上。それでは安芸家の領地の扱いはどうなるのですか? それに安芸家は誰が継ぐのですか?」

「家臣の俸禄化を進めている国虎殿の言葉とは思えません。現在の領地は遠州細川の物とし、安芸家は俸禄化すれば良いのです。家臣もそのまま遠州細川家に移籍させて問題ありません。安芸家を第一として考えてくれるのは母としては嬉しいですが、国虎殿はもっと我儘に振舞ってくれて良いのです。安芸家の土地も土佐統一後に分け与えれば良いだけです。家督は一時的に弟の左京進に継がせれば良いでしょう」

「……それで良いのですか、母上?」

「当然です」

「左京進もそれで良いのか?」

「はっ。一時的な措置なら何の問題もありません。後に国虎様のお子を養子として迎え入れれば良いだけですから。これで安芸家は遠州細川家の分家となります。安芸家の領地は伊予半国で手を打ちましょう」

「もしかして、私の養子入りは皆が賛成なのか?」

『異議無し!!』

 ……何故か全会一致で可決してしまう。俺のこれまでのもやもやは何だったのかと思う程だ。

 俺が安芸家の当主でなくなるというのに、皆のこの晴れやかな顔。どうして継承問題がこうもあっさりと片付くんだ。確かに安芸家は三代前である元盛様が畑山家から迎え入れた養子であり、純血への拘りは薄いように感じる。とは言え、普通ならこんな裏技的な方法はなかなか思い付かない。誰かが事前に根回しでもしていたかのような不気味さである。

 何となく譜代家臣の席に座る親信の顔を見る……と、予想通り俺から視線を逸らした。やっぱり親信が犯人か。それにしても、よく考えついたものだ。多分、皆も養子自体には賛成だから、この無茶なやり方を受け入れたのだろう。よく分からないが。

「はぁ、内堀も埋まってしまったか」

「まあまあ国虎様、此度は安芸家が遠州細川家を乗っ取ったようなものですから前向きにお捉えください。それに皆の忠誠は最初から安芸家というよりは国虎様に向いております。ならば国虎様の栄達を家臣一同が喜ぶのは当然かと思われます」

「乗っ取りか……その考え方は無かったな。しかし、元明も言うようになったな」

「これも全て国虎様の薫陶の賜物です」

 なるほど栄達と言うなら腑に落ちる。俺には分からなかったが、こういう考えで今回の養子入りを見ていたのか。なら、皆が喜ぶのも当然とも言える。

「分かった。家督問題も問題無いのなら、この話は受けよう。ここまで喜んでくれるとは思っていなかったからな。これからも皆の力で新たな遠州細川家を支えて欲しい。……とその前にだな元明、畑山家はどうするんだ? 皆と同じく遠州細川の家臣に移籍してくれるのか? それともこれまで通り安芸家第一の家臣でいるか? 私としては元明には新生遠州細川で辣腕を振るって欲しいと思っているのだが……」

「申し出ありがとうございます。これで踏ん切りが付きました。畑山家は家を分けて遠州細川と安芸の両家の家臣となります。国虎様は某がお支えしましょう」

「そうか、恩に着る。元明がいれば百人力だ」

 念のために聞いておいて良かった。俺が誘いを掛けなければそのまま安芸家の家臣に残っていたかもしれない。まさか家を割ってまで安芸家への義理を果たすとはな。堅物で融通が利かない所はあるが、こうした態度が絶対に主家を裏切らない表れと言えよう。

 他の家臣を信用していないという訳ではないが、やはり一門衆の畑山家は別格だ。息子の元氏と二人で、きっと新たな細川家を支えてくれると信じている。

 狐につままれた感はあるが、何とか評定も恙無く終わりそうだ。

 これで質問が出なければ解散という段で、

「ところで国虎殿、母より一つお願いがあるのですが聞いてもらえますか?」

「何ですか? 母上」

「今すぐにとは言いませんが側室を娶りなさい。こうして家を割ったのですから、残すには多くの子が必要です」

 と最後にとんでもない爆弾発言が飛び出す。

「そ、それは気が早すぎるのでは……」

「そうですな。国虎様のお子は最低五人は必要ですな。なあに庶子 (妾等の婚外子)でも構いませんぞ。養子として欲する家は我が家を含めて多くいますので」

「元明までそれを言うか」

「母は孫をこの手に抱ける日が一日も早くやってくるのを楽しみにしています」

「が、頑張ります……」

 まだ新婚ホヤホヤだと言うのに、いきなり側室の話題が出るとは思わなかった。さっきは聞き流したが、左京進もさらりと俺の子供を養子にすると言っていた気がする。俺としてはそういう事は気にせず自分の子供に安芸家を継がせれば良いと思うのだが、安芸家は無駄に一族の結束が強い分、今回はそれが逆に仇となる。

 まさかの五人……五人か……。可能なら三人くらいはまけて欲しいと思う今日この頃であった。
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