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四章 遠州細川家の再興

お達者倶楽部の実力

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 「隠居」という言葉。本来であれば家督であったり地位であったりを後継者に譲り、悠々自適の生活を送るという意味になる。つまりは第一線を退く形だ。多くは高齢を理由とする。

 だからこそ、安芸城に集まっていた与松 元盛お爺様や木沢 浮泛、それに細川 益氏様の三人の活動は、お達者倶楽部として民達との文化的な交流を目指したものだと勝手に勘違いしていた。

 だが、その実態は違った。いや、俺の予想を遥かに超えていた。

 今日、三人の連名で俺の元に報告書が届く。その中身は告発状であった。それも「横領」の証拠を添えた上で。相手は岡林家、小川家、小谷家、専光寺家という、俺に対して反抗的な態度を取り続ける譜代 (代々安芸家に仕える)家臣達という恐ろしい内容だ。

 ──これがお達者倶楽部の実力である。

 報告書の中身を見た瞬間、思わず大笑いしてしまった。かと思うと、ぞくりと怖気が走る。老人だからと甘く見ない方が良い。彼らは海千山千の策士というより他なかった。

 俺も俺で参加者に木沢 浮泛がいる意味に早く気付けば良かった。今でこそ大人しくなっているが、彼は"あの"木沢 長政が悪人だと評した人物だ。その「悪」の中身を検証すれば、ほぼ間違いなく金銭の不正流用を一度や二度はやらかしているだろう。

 「蛇の道は蛇」──こんな言葉を思い出す。

 浮泛からすれば昔とった杵柄だ。数字の誤魔化し方など心得ている筈。

 そして、元盛お爺様はずっと安芸家を切り盛りしていた実績がある。今も安芸城周辺の領地の差配をお願いしているというのもあるが、長年の経験から不自然な数字の変化には嫌でも気が付く。

 例えば現代日本でも昔とある地方議員の空出張が問題になったが、その中身を確認すると、何と一年間で一九五回の「日帰り出張」を行い三〇〇万円の交通費の支給を受けていた。ざっくりと計算しても二日に一回「日帰り出張」を行なっている形となるので、どう考えても異常である事が分かる。

 不正や横領は不自然な数字となる典型例と言えよう。

 更には益氏様。あの人も数字には強い。写本を代金として奈半利で飲み食いを続けていた過去がある。自領の収益から遊ぶ金を捻出するという事は一切行なわず、自身の遊ぶ金はしっかりと稼ぐという金銭感覚の持ち主だ。公私の区別を付け、何だかんだ言いながらも自領の切り盛りをしていた。

 この三名が揃えば小悪党の誤魔化しの発見など、赤子の手を捻るようなものだろう。

 なら具体的にどう横領を行なったかという話になるが、この辺は俺も簡単に気付く。正確には「業務上横領」と言った方が良い内容。そう、与えていた領内の見回りの役目の中で安芸家管理の物資に手を付けていた。平たく言えばちょろまかしである。

 幾らこの四家が反抗的であろうと簡単に冷遇をしたり譜代からの降格、果ては家の取り潰しができる程この時代の領主の権限は強くない。現代の企業と同じで、そんな事をすれば俺の責任が問われる。そのため何らかの役目を与える必要があった。

 譜代と言うなら本来であれば、和食氏や香宗我部氏との戦いに兵を出さなければならない。けれども彼らは父上が亡くなられた戦いで大損害を出したとして、それを拒否した。だから俺はその代わりとして、急激に広がった領内の巡回をさせていた。治安維持を目的としたものである。これなら兵が足りなくともできるだろうと。

 例え反抗的とは言え、お目付け役に安芸 左京進を配置すれば悪さはできないだろうと高を括っていたが、それが甘かったようだ。彼らはお目付け役の目を盗んで粛々と犯罪を行なう。

 当たり前の話であるが人を動かすというのはタダではできない。費用が必要となる。彼らから文句が出ないように掛かった食料や物資、それに日当はキッチリ支払っていた。

 今更ながら完全に舐められていたのだろうと思う。

 過剰申告は序の口。使ってもいない物資の空請求。果ては巡回業務中に「やれ〇〇が壊れた」と武具の請求まで行なっていたという話だ。一度ではなく何度も。

 よくそれをお達者倶楽部が見つけたなと思ったりもしたが、こうした犯罪は完全に隠すのは不可能である。そしてついつい人にそれを自慢する。

 何を馬鹿なと思う時もあるが、人というのは犯罪が成功した場合、罪の意識を軽くしたいからか近しい者にそれを話す傾向がある。

 そうすると人の口に戸は立てられないもので、「誰にも話すなよ」と言えば言うほど拡散する。お達者倶楽部の面々がその噂を知ったのは意外と早い時期だったらしい。

 そうなると後は証拠固めだ。周辺住民に聞き込みすれば、「実は武具は壊れていなかった」といった申告された書類の内容と違う事実があれよあれよと出てくる。ここまで時間が掛かったのは、横領が常態化していたために結構な量になっていたからという話であった。

「それにしても木沢様も変われば変わるものね。奈半利に来たすぐとは別人みたい」

「孫の相政が可愛いんだろうな。悪人と言われても人の子という所じゃないか? あの爺さんなりに木沢家の再興を後押ししたいのだと思うぞ」

 もしくはせめてもの罪滅ぼしと考えているかもしれない。今の相政の境遇に自身の責任を少なからず感じているのだろう。相政自身が自分の置かれている立場をどのように考えているかは分からないが、浮泛からは不憫に見えるのだと思う。木沢家の没落さえなければ、今も変わらず金持ちのお坊ちゃんでいられたのだから。

 なら、そんな思いに応えるべく俺にできる事はと言えば……やはり、長宗我部をぶっ倒してこの土佐に平穏をもたらすのが最も現実的なのではないか? その後は領地をより発展させ、皆が自分の幸せを見つけられるようにしたい。

「押忍! それで国虎様、いつやるのですか?」

 けれどもそれは、先にする事をしてからだと言わんばかりに長正が俺を現実へと呼び戻す。

 そうだな。確かにその通りだ。決戦に備えて俺はしっかりと足元を固めなければならない。

 戦いで一番重要視しなければならないのは後ろから撃たれない事。前に親信から教えてもらったが、史実の俺は最終的に味方の裏切りで長宗我部に負けた。それを今改めて思い出す。

「いや、お前等は帰ってきたばかりだから、まずは身体を休めろ。五日後くらいを目処にしている」

「押忍! そんな悠長な事を言っていたら敵が逃げてしまいます。今からやりましょう。大丈夫です。皆力が有り余っていますから」

「分かった。分かったから、そうせっつくな。さすがに今日だけは休め。明日決行にするからしっかり準備しろよ」

『応!!』

 ……それにしても、どうしてだろう。相変わらず長正とは微妙に話が噛み合っていないような気がする。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 翌日、和葉を連れて安芸城に戻る途中、城下町はお祭りムードとなっていた。俺が昨日の内に杉谷 与藤次を通じて安芸城周辺に俺と和葉との婚姻の話をばら撒かせたからだ。

 嘘ではないが、式はまだ行わないというのに。

 和葉によればまだ細川家の養女となる手続きができていないらしく、後数日は必要らしい。手続きが終われば今村 浄久殿が書類を携えて土佐へやって来る手筈となっていた。

 また、祝言を行なうにしても何の準備もできていないという悲しい現状がある。これから必要な物を揃えなければいけない状態だ。そうなると、どんなに早くとも式をするのは一〇日後と言えるだろう。

 けれども今俺の口からその内幕は民には伝えない。皆の声援に応えるように、明日にも式を挙げるかのように、にこやかな顔を作り手を振り続ける。

「何だか皆を騙しているようで悪い気がする」

「そう言うな。敵を欺くにはまず味方からだ。悪いが付き合ってくれ」

 久々に全員が揃った完全武装の馬路党に護衛されながら、二人して安芸城への道を馬で進む。このまま進めば後は安芸城へと入城する交差点で全員が立ち止まった。

 民はここで俺が何かを言うのかと思ったのかもしれない。周囲がざわつき始め俺の一挙手一投足に注目する。

 ──だが、その答えは、

「これより裏切り者である岡林家、小川家、小谷家、専光寺家の四家を成敗する! 罪状は『横領』。この四家は意図的に主家の力を弱める行いを繰り返した。立派な利敵行為だ! それに譜代という立場に胡坐をかいて私服を肥やすという武士の風上にも置けない姿だ! 証拠は全て押さえている。正義は我にありだ。お前等、行くぞ!」

『応っ!!』

 お祝いムードで浮かれきった中に奇襲を行なう戦の宣言であった。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 ──その夜

 四家への襲撃は全て成功に終わる。完璧に裏をかいたのだから当然と言えば当然の結果と言えた。

 結果は、岡林家と専光寺家が当主死亡。一族郎党もほぼ討ち死に。抵抗にあってしまったので止むを得ない形だ。小川家は当主自身がこの日巡回に出ていたという事もあり、戻ってきた所を捕まえようとしたが取り逃がす。僅かな供回りだけで逃げ出した姿を目撃した民が報告してくれた。それでも、小川家の財産や土地は全て差し押さえ、主だった家人は全て殺害する。使用人に罪はないが、この時代の常識である連座を適用して室津へと左遷した。

 そして最後の一家となる小谷家だが……

「あれだけ私に盾突いた割には随分と潔いな」

「国虎様のお力には感服致しました。今後は身を粉にしてお仕えします」

 当主である小谷 正春こたにまさはるは俺達が踏み込んだ瞬間に全面降伏。自らが剃髪し、出家するからと助命嘆願をしてきた。

「出家まではしなくても良い。その代わりに全財産と領地は没収する。後は身分もだな。一族郎党全てを馬路党行きにするから、そこで一から出直せ。泣き出したくなるまで扱かれてこい」

「…………」

「『身を粉にしてお仕えします』じゃなかったのか?」

「はっ、はい。かしこまりました」

 ある意味この辺が落とし所だろう。反抗的な家臣の全てを粛清していけば、回りまわって自分の身を危うくする。素直に頭を下げたなら許す度量が必要だと感じた。とは言え、その分罰は必要となるが……。

 もし今回の粛清が当主就任直後の早い段階での出来事であったなら、残りの反対派に一致団結されて内戦待ったなしの状況となるか、もしくは見限られて大量の出奔を覚悟しなければならなかった。和食氏の更なる侵攻を招いていただろう。

 だが今は違う。領地を増やし、地盤固めができたのが大きい。兵力はまだ心許ないが、山田家という強力な一門衆も得た。ようやく反対派筆頭の一掃を行なっても大丈夫な状況が作り出せた。

 そこで小谷家の降伏となる。これで残りの反対派もこれ以上抵抗を続けても意味がないと悟るだろう。頼るべき譜代がもういない以上、残りの抵抗勢力も徐々に降ってくると思われる。

 長かった。
 
 後は残務処理か。当主が逃亡した小川家の取り潰しは仕方ない側面があるが、岡林家と専光寺家は譜代家臣である以上、当主が亡くなったからと言っても簡単に潰す訳にはいかない。対策としては俺の周りの者を新当主としてねじ込んで取り込むのが良い。そうすれば譜代家臣が重用される図式となり、皆もより従い易くなるだろう。

「なら、誰にするか……」

「国虎様、一体何の話でしょうか?」

「いや、こっちの話だ。悪いな……とそうそう、思い出した。正春は読み書きと計算はできるか?」

「まあ、できますが、それが何か役に立ちますでしょうか?」

「おっ、できるのか。なら大丈夫だな。小谷家は馬路党行きだが、その中でも正春には大事な役目を与えよう」

「…………」

 俺の言葉を受け、正春が明らかに不満そうな顔となる。禄でもない事を言い出すと分かったのだろう。けれども、頭を下げた直後ではそれを口には出せない。今更ながら俺に降伏した事を後悔しているかもしれないな。

「そんな顔をするな。役職手当を付けるからそう悪い提案では無いぞ。正春は馬路党隊長の馬路 長正の副官にする。報告書等の作成が主になる……と言っても、任務に同行できるよう隊での鍛錬には強制参加だろうがな」

「…………かしこまり……まし……た」

 長正からすれば待望の右筆役となり、俺からすれば長正の側に置けば今後邪な考えは起こせないという一石二鳥の提案。幾ら馬路党の俸禄が良いとは言え、子供も二人いるのだから手取りが多い方が生活は何かと楽になる。何て家臣思いの領主であろうか。自画自賛の名案と言える。

 何となく正春の顔が恐怖で強張っているような気がするが……長正が恐いのだろうか? 小谷家の館に押し入ったのは誰が一番乗りだったか……。

 そうだな。思い出せなかった事にしよう。
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