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四章 遠州細川家の再興

和葉の帰還

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 勝って当然、いや、むしろ負ける方が難しいと思える二度目の楠目城の攻略も無事終わり、その余勢を駆って植村うえむら城や改田かいだ城をもあっさりと呑み込む。ついに長宗我部家の本拠地である岡豊城を射程圏内とした。その距離約五キロメートル。歩きで二時間も掛からない。

 進軍はここで一旦お休みとなる。

 相変わらず家臣からは「このまま本拠地も叩いてしまいましょう」と脳筋な発言が飛び出すが、それには乗れない。将棋のように王を取ればそれで終了とはならないからだ。ここで無理に駒を進めればこちらも大きな被害を受けてしまい、その後本山氏を始めとした第三勢力から袋叩きに合うのが目に見えていた。

 皆にとっては面白くない理由だが、今は確実な勝ちを拾えるよう力を溜めるのが最も手堅い。例えば西の一大勢力でもある一条家のように今は中立を決め込んでいる相手も、いつ牙を向くか分からないという想定もしておかなければならなった。

 一条家とは敵対しないよう外交を通じてこちらの味方に引き込む、もしくは中立を貫いてもらうという方法もあるにはあるのだが……それは難しい交渉となる。長宗我部家の現当主である長宗我部 国親は、幼少時に一条家に保護されていたとも言われており、一条家にとって長宗我部家は子分のような存在とも言えるからだ。

 それ以前に、土佐の東に大きな勢力が生まれるのは歓迎すべき出来事ではない。本山家という大きな存在が緩衝地帯となっているから、安芸家の伸張への目こぼしがされているといった所だろう。

 こういった事情を踏まえて、最前線ではいつも通りに堀を掘り、逆茂木張り巡らせて簡易の野戦築城を行なう。また、おあつらえ向きに改田城から北へ約一キロの山中に物見として作られた城があったので、それを当然のように接収。こうして対長宗我部の警戒網を敷いた。 

 懸案だった山田家家臣の問題もこうなればあっさりと解決する。無駄な抵抗だと観念したのか、元義殿の弟である山田 長秀やまだながひでや山田家にその人ありと言われた重臣の西内 常陸にしうちひたちが降ったのを切っ掛けとして堰を切ったように皆が降伏し、元の鞘へと納まった。香宗我部家の時もこうであって欲しかった。

 その後は畑山 元氏が再結集した山田家家臣団に元義殿の養子として認められ、晴れて山田家の新当主誕生となる。見せしめとして落とした城の城主も命からがら逃げ出しており、この顛末を知ってあえなく帰順。多少の回り道があったものの、全てが予定通りの結末となる。

 山田家家臣達はしばらくは戸惑う日々が続くと思うが、当主が真面目な性格の元氏だから気に入るのではないかと思っている。それに元氏には初陣で城を三つ落とすという箔も付けた。武を大事にする者なら、これだけの経歴を持つ当主にはそうそう巡り合えないと分かるだろう。それも加えて心情的にも従い易い筈だ。

 とは言え、急ぐ事はない。少しずつ互いを知れば良いだけだ。まずは改田城から東の旧山田領の再開発からとなる。折角の穀倉地帯をより有効に活用するべく区画整理や治水、用水路の引き込みを行なう。作業員や家臣達と共に皆が現場で汗を流せば、元氏の性格も理解されるだろう。ただ書類を眺めるのではなく、同じ窯の飯を食うというのが大事と言える。

 今回も民から用地は全て買い取った。幾ら旧山田領の民が裕福とは言え、安芸領の生活水準には敵わなかったようだ。新たに製鉄が加わった安芸家直轄事業の職人見習い、それに水軍や陸軍要員として旧山田領内の二割から三割程度の労働人口を狙い撃ちして引き抜くと (部屋住みの次男三男が中心)、残った者は生産性が維持できずに貧乏暮らしが確定する事から、それを嫌がって我も我もとこぞって雇われを希望する。結果、いつもの一領具足となった。土佐の生活環境の厳しさが良く分かる光景と言えよう。

 こんな共産主義のようなやり方は本当は好きではない。土地の買い取り事業はあくまで一時的な措置だ。区画整理に水利権、その他諸々。こうした問題を解決した上で効率的な作業ができるようになれば、いずれは民に返す予定である。その時には土佐の地も実り豊かになっていると思いたい。

 続いては旧香宗我部領となるが、こちらは安芸家が荒廃させたので民は進んで土地を差し出した……と言うか、積極的に安芸家に保護を求めてきた。いつもながら何というマッチポンプ。普通ならこんな仕打ちは怒るように思うが、代表者の一人が言うには「むしろ安芸家の統治になるのを待ち望んでいた」というものであった。最近知ったのだが、奈半利の生活に憧れる者が土佐でも少しずつ増えているらしい。

 何となく、香宗我部家が降伏を申し出たのはこういった民の声を無視できなくなったのではないかと思ってしまった。

 ずっと後回しになっていた旧香宗我部領に手が付けられるようになったのも、文官仕事ができる人材が増え始めているというのも大きな理由である。嬉しい事に朝倉 景高の呼び掛けに応じてくれた人達が意外といた。畿内では戦乱が続いているので、ある種の疎開のようなものかもしれない。例え一時的なものであったとしても今の安芸家にはとてもありがたい限りだ。

 今回開発を任せるのは、その中でも若狭わかさ国よりやって来た二人となる。

 一人は楊弓会ようきゅうかい事件という景高が京を追われる切っ掛けとなった事件で切腹を言い渡された本郷 光泰ほんごうみつやす。その後罪は許されはしたが、一度失脚してしまった以上は幕府奉公衆 (武官官僚)内に居場所は無く、細川 晴元に近付く事で何とか命脈を保っていたが……肩身が狭かったのだろう。二つ返事で了解してくれた。派閥争いに敗れたとは言え、元は中央官僚である。その力を土佐で是非発揮してもらおう。 

 そしてもう一人は武田 信実たけだのぶざねである。言わずと知れた安芸武田家最後の当主だ。名門中の名門である。弟の武田  元慶たけだもとよしと共に土佐へとやって来てくれた。

 どうしてこんな大物が……という疑問を持ったが、彼は安芸武田家が実質上滅んだ後は居候をしていた出雲尼子いずもあまご家を去り、実家である若狭武田家で燻っていたらしい。現代で言うニートだ。一念発起して幕府で働こうとも考えていたそうだが、その中で肩身の狭い思いをするよりは……という理由で土佐行きを決めたと話してくれた。自分の代で家を潰してしまったという後ろめたさがあるのだろう。
 
 失脚や没落。エリートコースを歩んでいた二人にとって、足元が崩れ去る事態がその身に起こったのだ。自分を知る者のいない土地で人生をやり直したいと考えても不思議ではない。今彼らに必要なのは何かに怯える必要のない平穏な生活なのだろう。そう思うと、少しずつで良いからこの土佐で居場所を見つけてもらえればと願わずにはいられなった。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 こうしてまた書類仕事の日々に戻ったある日、ついに和葉達が戻って来た。……何故か大量の人を連れて。

「勝手に連れ帰ったりして迷惑だったかな?」

 中でも和葉が連れ帰ってきたのは全て子供ばかり。男女合わせて総勢四〇人ほどいる。ボロボロの服に薄汚れた姿、更には明らかに栄養失調の体つきを見れば、戦禍で親を亡くした孤児と思われる。和葉が昔の自分と重ね合わせ、見過ごせなかったという所か。

「いんや。むしろ人手が増えるのは嬉しいからお手柄だぞ。ありがとうな。問題は住む場所があるかどうかか」 

「ごめん。忘れてた」

「まあ、こういう時は浄貞寺を頼れば良いしな。住職には迷惑を掛けるが、その分寄進をするさ」

 寺社と良好な関係を築いていると何かあった時にとても便利だ。一時的な人の受け入れもしてくれる。元々この時代は軍の逗留所として頻繁に利用されているのだから、この程度なら大丈夫だろう。他の寺社領は土地の開発名目で根こそぎ奪っていたが、浄貞寺だけは菩提寺という理由で優遇を続けていたのが功を奏した形となる。

 和葉の話によれば、京にはまだまだこうした子供達がいるらしい。当然大人もであるが。そうした人達を土佐に移住させれば人手不足も解消するのではないかという提案を受ける。

 俺としては願ったり叶ったりであるが、その提案はこれまで考えないようにしていた。十把一絡げに人を受け入れるというのは、下手をすると犯罪者まで呼び込んでしまうからだ。その懸念を払拭する方法を俺は知らない。

「押忍、国虎様! それなら西岡衆の革島殿に頼めば何とかなります。自分がこの度の上洛で革島家との伝手を作りました。それに後日、馬路党の入隊希望者として革島殿の次男や同じ西岡衆の弓削家がやって来ます」

「…………はぁ? お前等、京で何してたんだ?」

 俺と和葉の話を聞いていたのか、馬路 長正がとんでもない発言で割って入ってきた。続いて一緒に戻ってきた松山 重治までもがその発言に補足を入れて同意する。

 要するに対価は必要となるが、窓口となる革島家が移住希望者の選定をしてくれるというものだ。犯罪者はここでふるい落とせば良いとなる。地域に根ざした豪族だけにその手の話はすぐに舞い込んでくるのだとか。そして革島家の協力で、馬路党の拡充は当然として、食い詰めた傭兵達を雇って安芸軍の兵力の増強、更には各種事業の人手不足も解消して新規事業までも立ち上げられるという。とても夢のある話だ。

 ……おかしい。最初は和葉と孤児の受け入れの話をしていたのに、何故急にこんな大きな話になったのだろうか。何か俺に隠しているのではないかと思い長正と重治の顔を見るが、普段と変わる所がない。むしろ俺の反応を見て、和葉が少し動揺しているような気がした。

「それにしても西岡衆とはな……」

 西岡の地は京洛外の農村でありながら、足利 尊氏あしかがたかうじの直轄軍として組み込まれたり、先の応仁の乱では東軍の準主力であったとも言われている。表向きとは違い、実態は完全に武闘派集団だ。歴史の表舞台にはそう登場する訳ではないが、勝龍寺しょうりゅうじ城が置かれる地域で知られている。京支配に影響を及ぼす重要な地域とも言えるだろう。どうしてそんな所と伝手ができたのか意味が分からないが……武闘派だけに長正が喧嘩でもした後に仲良くなったのだろうか。

「まあ畿内事情に深入りできるほど安芸家は大きくないから気にする必要は無いか。分かった。横山 紀伊と杉谷 与藤次を派遣しよう。それで革島家と話をつけるしかないな。孤児の件もその時に依頼すれば良いだけだな。長正、紹介状を書けよ」

「押忍! 自分は書きものは苦手です。松山にやらせてください」

「長正、またそんな事言って。いい加減書類仕事もできるようになれよ。それか、十分な俸禄を出しているんだから、それで右筆を雇え。たくっ、重治、悪いが今回は頼まれてくれるか?」 

 俺でさえ嫌いな書類仕事を一羽に手伝ってもらいながらこなしていると言うのに……本当、馬路党のヤツ等と来たら、報告書一つ書くのも嫌がる者が多いから困る。お陰で俺の目の届かない所では何をしているか把握できない。今の所安芸家に苦情が来ていないので、悪さまではしていないのが救いと言えば救いだ。

「何にせよ、無事和葉が戻ってきて嬉しいよ。これでようやく一緒になれるな」

「その前に式が待っているけどね。大丈夫だと思うけど、失敗しても笑わないでよ」

「俺も似たようなものだから気にするな。そうだな、予定組まないといけないな。けど、その前に一仕事するか」

「…………うん? 何かあるの?」

「いや何、譜代家臣達の大掃除が残っていてな。今日、面白い報告をもらったんだ。長正、重治。戻って早々で悪いが手伝ってくれ。頼むぞ!」

『押忍!!』
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