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四章 遠州細川家の再興

不如帰

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 腹に響くような連続する発射音。城内を白煙が満たし、硝煙の臭いが漂ってくる。

 ドサリと倒れる音がし、晴れた煙の中から出現した光景はさながら地獄絵図のようであった。

「ひっ、ひいぃっ……」

 辛うじて銃撃から逃れた兵が、その惨状を見るや否や腰を抜かし地面へとへたり込む。

 そこにはどす黒い血が今も溢れ出し、血飛沫が壁を染め、顔は醜く潰れた元兵士という名の死体が複数転がっていた。

 すかさず今一度の発砲音がする。

 たった一瞬の判断ミスが、地面にへたり込んだ兵士を仲間の待つ黄泉の国へと送り届ける。

「銃身交換!!」

 俺の声で離別霊体部隊が一斉に使用済み銃身のみを捨て、取り出した予備の銃身をレシーバーにセットした。予め火薬と弾丸を詰めておいた銃身を使うという構想。銃身に再度火薬と弾丸を装填する必要は無い。言わばマガジンを交換するような感覚だろう。

 転がった銃身は回収班が拾ってしっかりと背中のカゴへと放り込んでいた。

 城への突入戦はCQB (クロース・クォーターズ・バトル)と同じようなものと言って良い。狭く迷路のような通路では大兵力を展開できず、大きな得物や長い得物は逆に仇となり使用できないという問題がある。
 
 だからこそ敵は戦場にここを選んだという事になるが、俺達にも必勝の策があった。それが「散弾銃」である。

 散弾銃と言えばポンプアクション式が一般的であり火縄銃とは縁遠いように感じるが、極論を言えばどんな銃でも散弾銃となる。単純に使用する弾丸を多数の小さな物へと変更すれば良いだけだからだ。特に銃口から弾丸と火薬を詰める前装式の種子島は相性が良いとも言える。

 ただ、種子島の弾丸の装填方法を知っているなら「口径の小さな無数の小さな弾丸を詰めればバレル内で弾丸の保持ができなくなるのでは?」という疑問が出るだろう。当然それに対しての対策もしてある。要は擬似的なショットシェルを作り、その中に無数の小さな弾丸を詰めれば良いだけだ。以前親信とテーパードバレルの話の中に出てきた鹿革カートリッジがその役割を果たしてくれた。

 また、散弾銃として有名なウィンチェスターM1897には「トレンチガン」という別名がある。第一次世界大戦時の塹壕戦でM1897が鬼のような活躍をした事からこう呼ばれるようになった。その活躍ぶりは敵国から「戦時国際法に抵触する」と訴えられた程である。戦時国際法とか言われると難しく聞こえるが、意訳すれば「そんなチート兵器使うな」と文句を言われたという話だ。

 そこから考えれば塹壕戦で大活躍した散弾銃はCQBと相性が良い事という事になる。城への突入戦でも同じく大活躍するというのは想像に難くない。

 しかし、そんな散弾銃にも弱点はある。これは江戸時代の日本で幕府や藩に散弾銃が制式採用されなかった理由と同じだ。散弾銃は射程距離が短い。発射から弾丸が拡散し、力が分散するのがその理由である。現代の散弾銃でさえ実用的な距離は一〇メートルから三〇メートルと言われている。種子島の有効射程が一〇〇メートルである事から考えれば大きい違いだというのが分かるだろう。
 
 そのため、実は散弾銃の思想自体は中世からあったが、軍事用として使用される事はほぼ無く狩猟用にしか使われていなかったと聞く。

 話は逸れたが離別霊体とは種子島で散弾銃を効率良く運用するために考えたものだ。本来は使い捨てという思想を逆手に取って「バレルチェンジ・システム」へと昇華する。弾薬の再装填の手間を軽減したのがその意味である。長銃身のライフルでは成り立たないが、短銃身のショットガンならこれが成り立つ (長銃身だと暴発の危険あり)。

 最早馬鹿としか言いようがない考えだが、この圧倒的な火力の前に敵は近付く事さえできないというのは事実である。その上で刀や弓では決して再現する事のできない惨たらしい傷痕も残せる。これが恐怖となり敵を追い詰める。まさに戦時国際法に抵触する活躍が期待できる反則火器へと様変わりした。

 オマケとして、使用済みのバレルはきちんと回収して鋳潰せば、今一度離別霊体になるという環境への優しさ……いやケチ臭さだな、もあるというのを追記しておく。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 予想通り離別霊体部隊の投入は、敵の自信を絶望へと変化させていた。

 隘路で待ち構えている武将を名乗り終える前に一撃で死体に変えてしまうと、残りの兵はあっさりと逃げてしまう。

 大手門での必勝の陣さえ、木砲と離別霊体のコンビネーションの前には見る影もない。乱戦を挑んだ所で、広範囲攻撃とバレルチェンジによる切れ目無い発砲で瞬く間に制圧をしてしまう。奥に進めば進むほど離別霊体の発砲回数が減っていくというよく分からない状況になっていた。

 ……もしかして敵は「勝ち目無し」として逃げ出しているのだろうか。

 そう言えばいつも通り支援に焙烙玉を投げ込むよう指示は出しているのだが、爆発音は殆んど無いな。俺達が突入した反対側の門から敵が打って出てきているのかもしれない。城外には包囲組として畑山 元明や杉原 石見守のベテランを残しているのでそうなっても何とかなるだろう。

 それに今回の目的は反対派に力の差を見せつけ心を折る事だ。無理に全滅をさせる必要は無い。俺達が城を落とせば全てが終わる。

「ついに到着か」

 そうこうする内に俺達突入組は最後の本丸と思しき場所に到着する。城主含めた主要人物はきっとこの門を越えた中だ。これまでと違い重厚な布陣と兵の数がそれを物語っている。当然兵の質も……間違い無く精鋭兵だと分かる。

 だが今の俺達にはその程度何の障害にもならない。

「焦らなくて良いぞ。これまで通りをすれば俺達の勝ちだ」

 そう。敵は完全にジリ貧である。追い詰められているのは向こうであり、決して俺達ではない。例え一斉に盾を構えた重厚な壁を作ろうと、狭間から弓で狙われていようと落ち着いて対処すれば良いだけである。

 これまでの敵は俺達を撃退する事を主としていた。通路を進む俺達は道幅の狭さから自然と行列となる。篭城側はそれをモグラ叩きのように少しずつ痛打を与えて数を減らしていくという考え。とても順当と言えるだろう。

 だからこそ離別霊体部隊が大活躍した。相手から近寄ってきてくれるのだ。リアサイト代わりの溝による雑な狙いでも簡単に当てる事ができる。その後は慣れない発砲音に敵が萎縮するので、散弾銃の利点を活用して「大体この辺」とぶっ放せば良い。近距離兵器の利点を最大限に生かした。

 なら敵が亀の甲羅のようにじっと篭っている場合はどうすれば良いか?

「よーし、敵さんは焙烙玉の的になりたいと言っているぞ。お前等、導火線に火を点けて順番に投げ込んでやれ! 離別霊体部隊は敵が動くまで待機だ」

『応!!』

 ──鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。

 外からの支援攻撃で爆発物を投げ込んでいるのだから、安芸軍はそれを大量に持っているくらい分かるだろうに。突入組の俺達も持っているという想定ができない辺りが浅はかとしか言いようがない。

 ここからは完全に蹂躙劇であった。

 順番に投げ込まれた焙烙玉が敵陣で派手な音を立てて爆発し、破片を飛ばす。それに伴い木製の盾へと火が移る。破れかぶれでこちらに襲いかかってくれば、回収班が金砕棒で弾き飛ばす。盾を前面に出していようとそれは変わらない。どちらにしろ袋の鼠だ。

 敵が焙烙玉の爆発や破片を嫌って盾を上方に捧げた瞬間、ジュツと火縄を押し付ける音が聞こえた。

 これが最後だとばかりに離別霊体が一斉に火を吹く。撃つ、撃つ、撃つ。捨てる、捨てる、捨てる。拾う、拾う、拾う。バレルチェンジ・システムを最大限活用した面制圧攻撃。

「俺っちの二段撃ちを食らいな!!」

 どこから持ち出したのか知らないが、杉之坊 照算が両手に離別霊体を持ち、二丁拳銃さながらの連続発射を行っていた。それ、絶対に撃った後の事を考えていないよな。

 ……案の定、撃ち終わった後はそそくさと後ろに下がり、従者と二人でバレル交換をしていた。

 こうして杉之坊 照算の活躍もあり、本丸入口の最大の難所も制圧完了。血と肉塊が溢れかえる屠殺場へとその姿を変える。門をこじ開けて中に入った時、生き残った兵士が震えながら投降してきたのはある意味当然の結果とも言えた。

 最後は城主達のいる部屋へとなだれ込んだのだが……そこには数体の死体が転がっていただけであった。城主並びにその家族達であろう。大口を叩いて反対派を集めて篭城したは良いものの各個撃破され虐殺される。自分達がその仲間に入るのを嫌ったと見た方が良い。せめて死ぬ時は武士らしく……という辺りか。死に方にまで面目があるのかとついくだらない事を考えてしまった。

「最初から大人しく降っていれば良いものを。詰まらない意地張りやがって……。よし、勝鬨を上げるぞ!」


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 激戦を制して「さあこれで終わった」と包囲組のいる場所に戻った所、そこは戦に勝ったような雰囲気ではなかった。

「石見守、どうしたんだ一体……」

「はっ。実は中城城主らしき人物を取り逃がしたらしく、このままで良いものかと話し合っておりました」

 今回包囲組は支援攻撃をしながら城から逃げ出した兵を始末するのがその役割であったが、時間が経つほどに雪だるま式に増えてくるので対処に苦慮していたそうだ。逃げる兵だけではなく、中には降伏を願い出ていた者がいた事がその原因である。それもかなりの数であったと言う。

 幾ら降伏したからと言ってそのまま放置する訳にはいかない。大人しくさせるために手を縄で縛ったり、余計な事をしないように見張りを付ける必要がある。結果、そちらの方に気を取られて逃亡兵の取りこぼしが出るのは必然と言えた。

 問題はその取りこぼした逃亡兵の中に中城城主が紛れ込んでいた事だ。降伏兵の何人かが「中城城主も逃げた」という情報を持っていた。自身の保身ために元味方を売るのは人の性であるから情報の信憑性は高い。

 もし、取りこぼしたのが他の城主であったなら皆も気にしなかったと思う。しかし今回の立て篭もりからも分かる通り、中城城主は反対派の主導的な役割を果たす者だ。下手をすると時を置いてどこかで武装蜂起するのではないかという心配がある。勿論、ただの弱小領主が武装蜂起するのなら影響は小さいが、仮にも反対派の主導者に行動を起こされるのは厄介と言えよう。

 そういった事情で今直ぐ討伐に向かうべきか、それとも一度様子見をするべきかと話し合っていたそうだ。

 なるほど。俺が見た死体の山は身代わりか。兵達を死地に向かわせて自分だけは逃亡とは随分と良いご身分だな。確かにそういった人物を見逃しておくと、まず間違いなく逆恨みされるだろう。

「国虎様、是非私に討伐許可を出してください。この汚名、必ず晴らします」

「おいおいっ相政、そう深刻になるな。相政は何も悪い事はしていない。敵の策に気付けという方が間違いだ」

「ですが……」

「あっー、分かった。分かったからそんな顔をするな。討伐は許可するが絶対に危ない真似はするなよ! 折角皆で宴をしようと思ったのに、相政が戻るまでお預けだな。だから絶対に大怪我をするな」

 一族の再興を背負っているからか、どうも木沢 相政は真面目過ぎる。この性格が災いして大怪我をしないか心配になってしまうが、手柄を上げれば心に余裕が出てくるのではないかと期待して、討伐を許可する事にした。会った事は無いが、噂で知る父親の木沢 長政とは随分と違う……いや、自分が活躍する事でその噂を払拭したいのかもしれない。人の事は言えないが、武家というのは難儀なものだと相政を見ているといつも思う。

「ありがとうございます。すぐに兵を纏めて討伐に向かいます! 後、火器もお借りします!」

「ああっ、良いぞ……って、えっ?! もしかして逃亡先を知っているのか?」

「なっ、木沢殿。儂の言った通りだろう。お主が言えば国虎様も許してくれると。さてと、儂達も兵を纏めて木沢殿に助太刀するか」

「えっ?! 石見守まで行くのか? お前等、さっきまで一体何を話し合っていたんだ……」

「はっ! この木沢 相政、今より中城城主を討伐するため楠目くずめ城を落としに参ります!」

「ちょ、ちょっと待て! 楠目城は山田氏の本拠地だろうが! どうしてそれを落とす必要がある」

「それでは御免!」

 何が起こっているのか理解できないが、分かった事が幾つかある。

 口ぶりから察するに、逃げた中城城主は西の山田氏に助けを求めたという事になる。そして、それを口実として包囲組が山田氏に攻撃を仕掛ける。更に俺が相政に討伐許可を出したので命令違反でも何でもない……と。

「……やられた」

 抜け駆けか。ようやく繋がった。この後、兵がほぼ残っていないと思われる香宗我部領内の反対派の城を接収しようと考えていたのだが……その程度の手柄では満足できない、目に見えてはっきり分かる手柄が欲しかったという辺りだろう。

 その手柄を得るために中城城主の討伐を口実にしたのだろうと思われる。一瞬、「全てを計算した上で敢えて逃したのではないか?」と余計な事を考えたりもしたが、それはさすがに考え過ぎだ。

 どちらかと言えば、今回の中城攻略の騒ぎに山田氏が兵を出して警戒していなかったのを物見 (偵察)が報告したのが切っ掛けだろう。隣で戦をしていても黙って何もしない相手なら簡単に倒せると考えて当然だな。おあつらえ向きに戦を始める口実まであるとなれば尚更だ。

 なかなかどうして。やはり木沢 長政の息子だ。真面目な性格は間違いないが、したたかさも持っている。二代目勇者は伊達ではない。

「なあ一羽、前に言ったよな。安芸家の軍勢は『俺があってこそ』だと。それは嘘だったのか?」

 ふと、以前一羽が俺がいなければ安芸軍は弱いと言っていたのを蒸し返してみる。実際は頼もしい家臣ばかりじゃないのかと。

「さあ、そんな事言いましたっけ」
 
 本当、俺の家臣は頼もしい奴等ばかりだ。
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