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四章 遠州細川家の再興

新土佐弓計画

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「私がいないからってだらしない生活を送らないように。きちんとアヤメちゃんの言う事を聞くのよ」

「心配性だな和葉は。俺の事より自分の心配をしろよ。辛かったらいつでもこっちに戻って来いよ」

 あれから数日後、茶番としか言えなかった婚姻問題は俺の提案した形で何とか収まる。政略結婚でしかない以上は、打算と利害さえ間違わなければ何とかなるという典型だろう。ある意味今回は札束で引っ叩いた逆転劇となった。

 そうすると今度は現実的に俺と和葉が夫婦となるべく動き出すのだが……今村家にも都合というものがあり、一度和葉が京まで行く羽目になった。幾らこちらで話が纏まったとしても、このどんでん返しは今村家自体には寝耳に水の話である。当然文一枚で知らせて終りになるような案件ではない。事の経緯の説明並びに和葉が今村家の養女として相応しい素養を身に着けなければいけないという話だ。

 例え俺が望んだ女性とは言え、向こうにもそれを追認する以上は責任がある。手続き等の問題もあるが、元が庶民である和葉は文字通り一度今村家の「養女」になる必要があった。

 浄久殿にはなるべく「最低限で」とは言っているが、教育にどの程度の時間が掛かるかは分からない。曰く武家の正妻としての役割その他を学ぶのが主になるとの事である。半武士の家なのに……いや、半武士だからこそ、そういった形式に拘るのかもしれない。

 今回の護衛には馬路 長正他一〇名の馬路党員を付ける事とした。「派手な護衛は止めてくれ 」という和葉の要望を聞き、最低限の人数とする。後はおまけとして松山 重治と川崎 時盛殿が付いて行く運びとなった。重治は新たな隊を任せるに当たって、昔馴染みや故郷で暇をしている連中に声を掛けたいとの提案を受けての同行。時盛殿はそろそろ次の修行地に向かいたいとの事で、この護衛任務を最後の仕事にするとの申し出である。時盛殿が抜けるのは惜しいが、兵法者は長く一箇所には留まらないものだと思うしかない。また、機会があれば土佐に寄って欲しいと伝えるのが精一杯であった。

 なお、「俺も京まで行って、義理の父親となる慶満殿や国慶殿に挨拶をしたいのだが」と言うと、前回と同じく全員に却下される羽目となる。この時代に生まれて未だ土佐から出た事がないという生粋の田舎者っぷりである。

 さて置き、次に和葉に会う時は俺達が夫婦となる時だ。とても楽しみである。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 「土佐弓」という弓がある。他国生産の弓と比べて性能的に何かが秀でている訳ではないが、土佐の豊富な木材で作られたこの弓はしっかりとした作りで完成度が高く、贈答用としても有力者の間では認知されている。京や堺にも度々出荷されているという由緒正しき (?)弓である。

 親信が根来に渡り、和葉が京に向かいと、何となく手持ち無沙汰になった最近の俺は、そんな「土佐弓」の製造を我が安芸領内でもできないかと考えていた。当然、魔改造を施すのが前提である。

 切っ掛けは、姫倉 右京が何度目かの明との密貿易で合成弓 (コンポジット・ボウ)を手に入れた事である。これまで右京は息子の姫倉 豊前ひめくらぶぜんと共に、明やアジア各国で俺の指定した物品を探し回ってくれていた。その甲斐あってか石墨に始まり、さつまいも (さつまいもは明に伝わっていなかったために他の国で探させた)やカボチャ、とうもろこし、ほうれん草等々を手に入れ、順次試験栽培を行なった上で本格生産へと乗り出している。

 特に先日今村 浄久 殿に話したサトウキビは大手柄であった。サトウキビと言えば多くは沖縄や奄美等の南西諸島で作られており、温暖な地域で育てるイメージがあるが、それであるならここ南国土佐も栽培には何の問題もない。事実、現代でも高知県でサトウキビは栽培されている。

 サトウキビの何が凄いか? そこから砂糖が取れるのは当然として、俺の中では精糖作業を行なった残り粕である「廃糖蜜」を楽しみにしている。何故なら「廃糖蜜」からは「ホワイトリカー」を作る事ができるからだ。この「ホワイトリカー」は梅酒等の果実酒の原料でもある。安芸領製造の日本酒では僧坊酒に品質の面で遅れを取っているのが残念だが、果実酒なら独占商品となり得る。

 見込み違いだったのは、紀伊国での梅の本格栽培は江戸時代に入ってからという事である。お陰で根来寺や雑賀衆を経由した梅の確保を行なう計画が白紙となった。それでも梅自体はこの時代には結構簡単に手に入るのがせめてもの幸い。場合によっては苗木で手に入れるのも可能だ。土佐で本格的に梅を栽培するのも悪くはないだろう。

 話が逸れた。明との密貿易品の中に合成弓があった事に俺は喜んだ。モンゴルの弓かトルコの弓かは分からないが、現物を手にする事ができるとは思っていなかったからだ。合成弓の基本理念は知っていても、いざそれを「再現しろ」と言われてもできる筈がない。だが、これで合成弓を作る事が可能となる。

「どうせなら面白い事をしたいよな……」

 目の前の合成弓を眺めつつも構想を練る。いつも通り後ろには一羽が控えているが、こういう時はいつも黙したままだ。余計な事を言って俺の考えを乱したくないと考えているのだろう。加えて最近はアヤメも静かに控えるようになった。和葉がいない分、自分が頑張らなければと張り切ってくれるのは良いが……相変わらず人のいる所では虚無僧姿である。

 いい加減慣れたので気にならなくはなったが、不意に後ろを振り向くとまだ驚く時もある。

 弓の話題ではよく、和弓と合成弓として最もメジャーなトルコ弓のどちらが強いか? という益体やくたいも無いものが上る。和弓はロングボウに分類されてもおかしくないほど大きく、合成弓はショートボウとも言われるサイズからそもそもの大きさが違う。同列に語るものではないというのにだ。

 それくらい和弓の性能は素晴らしく、合成弓の性能も素晴らしいから出る疑問なのだろう。何となく気持ちは分かるが、どうせなら優劣を付けるのではなく、「両者の良い所取りをした究極の弓はできないのか?」という考察があっても良いのではないかと常々思っていた。

 けれどもこの考察は一瞬で無意味となる。二つの弓は製作理念が同じだからである。片や竹、片や動物の腱や骨と素材に違いこそあれど、する事は同じく素体となる木材へ補強を行い弓として完成するというものであった。

 確かにこれでは比較するくらいしかできないか……と思っていた矢先、和弓には弓胎弓ひごゆみがあるのを思い出す。

 弓胎弓というのは戦国時代末期に考案された弓だ。和弓の完成形とも言われ、構造は現代もそう変わらない。特徴は、この時代の主流である前後に竹材を貼り付けた「三枚打弓さんまいうちゆみ」や四方を竹材で囲んだ「四方竹弓しほうちくゆみ」とは逆転の発想で作られた点である。簡単に言えば芯に竹ヒゴを使用し、しならせる箇所には竹材を配置、補強として側面に木材を接着させるという代物である。最早ほぼ竹で作られた弓と言っても良い代物。なお、現代の和弓は表面にグラスファイバーやカーボンファイバーを使用したり、芯にカーボンファイバーを使用する場合が多い。

 これまでの情報を整理すると、和弓には合成弓には無い「芯」が存在する事が分かる。

 ……とするなら、

「物凄く頭悪いな。俺は」

 もしかしたら、芯に竹ヒゴを使用して合成弓を作れば「ぼくのかんがえたさいきょうのゆみ」が出来上がるのではないかと思ってしまった。但し、そのまま無加工での使用は竹ヒゴがもたないと思われるので、腱で補強するなりの工夫が必要になるだろう。

 そんな事をしなくともまだどこにも配備されていない弓胎弓を先駆けて作るなり、大型化させた合成弓を作る方が遥かに効率的だ。特に弓胎弓の実用化は大きい。基本的な操作感覚はそのままで威力が向上するのだから、単純な戦力アップとなる。真面目に考えるなら、欲を出さない方が良い事は分かっている。

「あくまでも副産物として考えるならアリか……」

 どの道、いきなりトンデモ弓を作る事はできない。手順を踏み、少しずつ改良する形となる。まずは弓胎弓の製作。平行して合成弓を製作する所から始めよう。そこから弓胎弓の芯の素材に手を付ける。現代でも芯にカーボンファイバーを使用するのだから、火入れをして油抜きした竹材を芯に組み込む実験もしたい。後は平行して大型化した合成弓の製造。

 これらの工程を経てからの最新鋭弓の試作となる。強度アップさせた竹芯を内蔵した大型合成弓が目指す所となるだろう。何となくモビルスー〇のジ〇とザ〇を組み合わせるような感覚だ。無意味に終わりそうな臭いがプンプンする。

「……よし。一羽、工廠こうしょうを作るぞ。まずは木材加工職人の手配だ」

「かしこまりました」

 これまで俺達は造船という形で木材加工の技術を上げてきてはいたが、だからと言って木材加工においての万能さは無い。木砲を作る時のような木を刳り貫く加工はお手の物だが、小さな細工品を作る作業には殆んど手をつけていなかった。弓は根来から買っていたという有様である。

 なら現状の体勢でどうやって弓を作るのか? 答えは意外な所に潜んでいた。昨年安芸家に降った「公文家」がここでいきなり重要な役割を果たす。公文 重忠の末弟、名を横山 友隆よこやまともたかと言うのだが、その横山家が治める領地に介良地区が含まれており、古くから木器生産の盛んな地であった。当然弓も製造している。

 つまり、公文家を通して横山領に住む木材加工に慣れた職人を招聘する事が可能となるという具合だ。謝礼は必要になるだろうし、高待遇を約束する必要はあるが、一から職人を育てなくとも良いのは大きな利点となる。

 また、素材となる木材が安芸領になければ介良地区から買っても良い。木材は切り出しただけではそのまま使用する事はできず、必ず乾燥の時間が必要となる。木器生産の盛んな地なら素材は多めに準備している筈。こちらの用意する木材が職人の基準に届かない場合は、体制が整うまでは外部から仕入れても良いとは思っている。

 それにしてもまた金が飛ぶ。ヨードチンキや捕鯨で出た利益、小規模ながらの海外貿易のアガリで少しずつ借金を返していたというのに、芸西村の開発や夜須地区の開発でまたもや借金が増え、今度は兵器製造部門の工廠の設立だ。数年後にはプラスとなって返ってくるのは分かってはいるが、どうにもままならない。

「もう少しゆっくりと進めるべきか……」

「問題無いかと。根来寺は勿論ですが、浄貞寺も資金協力はしてくれます。後は……夜須大宮八幡宮から以前より安芸家の事業に参加したいとの打診がありますので、これを機に協力を依頼されてはどうでしょうか?」

 最初の頃は見向きもされなかった俺達だが、やはり津田殿との提携が大きかったのかこうして向こうから協力したいという話まで舞い込んでくるようになっていた。浄貞寺辺りはアゴで使っているような気がするのに友好的なのが意外な程である。寺社との付き合いは、こういう利点もあるので疎かにはできない。

「それで国虎様、その……『工廠』という名称なのですが、私も直ぐには何をする所か分かりませんでした。何か他の名前はありませんか?」

「あっ、悪い。そんなものか。気が付かなかった。教えてくれてありがとうな。そうだな……いずれは鉄砲製造も同じ部署になるだろうから、土佐と言えばこれしかないか。なら『ミロク兵器製造部門』、通称『ミロク』でいくか」

 これが現代まで続く、銃器メーカー「ミロク」の始まりであった (嘘)。
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