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四章 遠州細川家の再興

パフォーマンスセンター

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「ただ一つだけ覚えておいてくれ。俺達は鉄砲を作っても売る気は無い。自分達で使う鉄砲を作るだけだ。あっ、傘下の惟宗家には売るかも知れないか。ただ、そこから流出させないようにするから安心してくれ。津田殿の商売を邪魔しない」

 怒りの表情を浮かべる算長に裏切りはないと急いで補足する。計画を打ち明けた瞬間に気づいたのは、堺や近江おうみ国 (滋賀県)の国友くにとも村等で鉄砲の生産が始まるのは未来の出来事であるという事。俺にはその未来知識があるが、現段階では鉄砲の生産が始まったという情報は入っていない。いくら算長であっても、時の征夷大将軍の肝いりで国友村の鉄砲生産が始まるなんて予測もできないだろう。

 つまり俺の発言は、同業他社がいる状態と独占市場である現状とでは大きく意味合いの違う迂闊なものであった。そのための補足となる。あくまでも別の目的で鉄砲製造の技術が欲しいのだと。

 俺の足りない言葉で一気に雰囲気が悪くなってしまったが、冷静な算長は何とか声を荒げるのを踏み止まってくれた。息を整えようと幾度かの深呼吸を繰り返すとやがて、

「……ボウズなら本当にそうするんだろうな。その言葉は信じる。だがな、売るつもりがないなら品質が上がらないぞ。数が作れない事には職人の腕を磨きようがない。良い物を求めるなら根来から買った方が良いんじゃないか? 敢えて土佐で鉄砲を作る意味は何だ?」

 と正論を交えながらその真意を問い質す。要はそんな意味の無い事をしてまでして土佐で鉄砲を作る理由が知りたいとなる。

「理由としては、単なる複製品ではなく改良品を作りたい。今触らせてもらった中で幾つかの不満点があった。とは言え、その不満点をどう解消するかの具体的な案は無い。こんな状態で津田殿に要望を出しても実現はできないからな。なら自分達で研究するしかないという結論だ。ただ、それとは別に津田殿からも鉄砲は買うから安心して欲しい」

 これは半分は嘘で半分は本当だ。例えば引き金の大型化や用心金の設置は簡単にできる。だが、銃床の改良となると銃の構え方から変更しなければならない。俺達はそれで良いとしても、種子島の射撃姿勢は弓の扱いに準じており、形状もそれに合わせられて作られているので、そもそもが相容れない。思想自体が違うと言えよう。

 その上で時期尚早という思いもある。もし既に種子島銃製造のノウハウを確立して量産体制が整っているなら共同開発という名目での改良案は伝えやすい。だが現状は複製さえもできていない。これでは絵に描いた餅にしかならないと言える。それに職人は部外者に口出しされるのを嫌がるという本質的な問題もあった。 

 こうした諸々の事情を考慮すると、効率的な考えではないが独立した工房をお互いで持つのが最もすっきりすると判断した。算長も俺の言った意味は分かるだろう。お互いの目指す目的が違うというだけの話だ。

「まだ複製品もできていないのにそんな簡単に……いや、ボウズ達ならやりそうか。どうせ技術提供を断っても根来製の鉄砲から勝手に作りそうだしな。ここで恩を売るのも悪くないか。ならボウズ、一つ気になる事があるんだが答えてくれるか?」

「何だ?」

「ボウズの所には腕のある鍛治師がいないだろう。それをどうするか聞かせてくれ。まさかこれまでのように海部に頼む訳じゃないんだろ?」

 覚悟はしていたが、俺の真意を理解した算長が呆れ果てた表情で見てくる……がやがて諦めへ変わる。意訳としては「駄目だコイツ。早く何とかしないと」という所だろうか。

 それでもこうして具体的なプランに落とし込んで質問をしてくる算長は、どこまでも実業家であった。

「……ああ、そういう事か。今の安芸領には確かにいないな。だが、心配しないでくれ。須留田の北西にある山田家では結構な数の腕の良い鍛治師を抱えている」

「まさか……」

「その通りだ。山田家は安芸の傘下に置く」

 本来なら一から野鍛治を鍛えて一人前にするというのが正攻法であり、一番確実な方法ではある。だが、算長の望んでいる回答はそういうものではない事が分かっているし、俺もそんな悠長な真似をする時間的な余裕はないと思っている。乱暴なやり方ではあるが、ある意味戦国時代らしい発想だ。「無いならある所から奪う」という略奪経済そのものである。

 このやり方を選択せざるを得ないのは、全てほぼ俺の行動が原因と言って良い。親信から聞かされたが、史実では近々長宗我部家が土佐七雄の筆頭とも言える本山家と婚姻同盟を結ぶ。目的は遠交近攻。長宗我部家が周辺地域に喧嘩を売る合図だ。本山家はその後ろ盾に使うのだろう。

 バックに本山家が付いているとなれば周辺の弱小領主は連合を組み難くなる。徒党を組むと、子供の喧嘩で終わらず親が出てくるというのは世の常。弱小領主は戦を大規模にしたくはないので、親 (本山家)の登場は避けたい。小規模の戦いで終わらせたいと考えるのが常と言える。その心理を付いた各個撃破が長宗我部家の戦略だ。親子揃って虎の威を借りるのが得意というか、強かというか。

 個人的には婚姻同盟より先に田村荘に攻めたのが気になっているが、親信の見解では土佐一番の穀倉地帯である田村荘だけは何としても真っ先に手にしたかったのだろうと。特に俺の元服及び就任式で当主不在となったのが、またとないチャンスに見えたのでないかという話だった。

 ある意味俺のせいで細川 益氏様が所領を失ったのかと思うと罪悪感に苛まれる。ただ当の益氏様は、現在安芸城で快適に暮らしているらしく元領地への未練を見せないのだとか。何でも元盛お爺様や木沢 浮泛と共にお達者倶楽部 (要は高齢者サークル)を結成しているという。益氏様は文化人でもあるので城下の民に人気があるようだ。まだ四〇代の年齢で働き盛りだというのにそれで良いのかと思う。

 なお、木沢 相政の母親も安芸城で暮らしているとの事。俺の母上もそうだが二人共未亡人で気が合うのだとか。ついでに二人共息子が顔を見せないので愚痴を言い合っているらしい。言われてみれば俺も相政も境遇は良く似ているな。

 話が逸れた。安芸家が弱小領主であればその限りではないが、腐っても土佐七雄の一勢力である。力の大きさが違う。お陰で今後対長宗我部家への戦略は、長宗我部家単独ではなく本山家との共同戦線があるものとして考えなければいけない形となった。

 史実通りなら長宗我部家は香宗我部家を養子縁組で傘下に置いた後に本山家と手切れとなるが (それに加えて現本山家当主の病死も理由)、安芸家が香宗我部家を降してしまうなら本山家との手切れは難しい。対本山家に舵を切るには力が足りないと判断する可能性が高い。

 なお、このタイミングなら長宗我部家と同盟して両家合同で本山家に対抗するという可能性も一応はある。だが安芸家は田村荘を奪われた益氏様を保護している関係上、長宗我部家との同盟はあり得ない。田村荘の返還や賠償金の支払いを長宗我部家がするとは思えないからだ。まだ安芸家が本山家と同盟する方が現実味がある。本山家が一条家と戦うに当たって背後を固めるという理由だ。

 けれどもそれは実現しない。理由も簡単である。相手は土佐七雄の筆頭だ。当主就任したばかりの俺では役不足である。相手に同盟を検討されるのはもう少し力を持たないといけない。俺が長宗我部家を降してようやくという辺りだ。

 こうした事情により、安芸家単独で長宗我部家と本山家の両陣営と戦えるだけの力が必要となる。その力を鉄砲に求めるのはそれほど間違ってはいない筈。その為にも山田家が治める地は是が非でも手に入れなければならないとなった。

 何だか史実より悪い方向に進んでいるような気がしないでもないが、性質の悪い事に親信はむしろ喜んでいたりする。最近では「これで土佐統一の目処が立ったな」と無責任な台詞を堂々と吐くようになっているくらいだ。

「ボウズもなかなか大変だな」

「まだ目の前に香宗我部家がいるのに先の事まで考えないといけないからな。まあ、五年を目処に何とかすれば良さそうだから、それが救いだ」

「事情は分かった。ボウズ達はお得意様だからな。伸るか反るかの大事な時期だと言われたら俺も断れねぇ。今回は貸しにしてやるよ」

「本当か!」

「但し条件がある。まず最初に親信のボウズとそのネジ職人の二人……それを根来に貸せ。とにかく複製品が作れない事には全てが始まらない」

「それはその通りだな」

「次に俺の息子を家臣として召抱えろ。阿弥陀院 大弐もいるが、この二人が監視役だ。絶対に余所に鉄砲を売るなよ」

「それは分かるが気が早いんじゃないか」

「まあ聞け。それで息子にはさっき言ってた改良品の開発に参加させろ。そして最後は改良品が完成したら根来に売れ。これだけの条件が飲めるならボウズ達の鉄砲製造に全面的に協力してやる。それまでにボウズもきちんと山田家を降しておけよ」

「はっ……はは……」

 まさかの逆提案だった。算長の言いたい事は相互の技術提携だ。俺達はネジを。算長はそれ以外の技術となる。根来衆の支援の元で種子島銃のカスタム部門設立を手伝ってくれる形となる。

 関係としては銃器メーカーであるスミス〇ンドウェッソン社とパフォーマンスセン〇ーのようなものであろうか? もしくはS〇I社とイ〇フィニティ・ファイアーアームズ社の関係と言っても良い。車で例えるならホン〇社とM-TE〇社の関係にも似ている。

 それにしても大物は違う。ちまちましたのは好まないのだろう。やるなら徹底的に。そんな覚悟を窺わせる言葉であった。

「あっ、そうそう。ボウズ達が完成させる予定の改良品は外に流さないから安心しな。それはお互い様だからな」

「そこまで言われたら、断りようがないな。宜しく頼む」

「久々の大博打だ。俺も何だか興奮してきた。ボウズ、絶対長宗我部に勝てよ。何なら思い切って本山も一条も倒して土佐を統一しろ」

「へ? ……それは一体どういう意味で……」

「何言ってんだ! 『長宗我部に勝つために根来の技術が欲しい』っていう話だろ。たぎるじゃねぇか。小さい頃から知っているボウズが南海の王を目指すって言ってるんだから、俺も覚悟を決めねぇとな!」

「あっ、いや……そこまででは……」

「そう謙遜するなよ! 当主になって僅かの月日で香宗我部を追い詰めているボウズができない筈ないだろ。娘がいたら嫁に……は無理か。和葉の嬢ちゃんがいたな。まあ、息子にはしっかり言っておくから時々で良いから活躍の場を与えてくれ。少し生意気だがボウズならしっかり手綱を握れるさ」

「…………頑張ります」

 気が付けばまたもや外堀が埋められてしまう。俺は呪われているのだろうか? 家中の統制をしっかり取るために香宗我部との戦いを始めたかと思えば、今度は長宗我部との対決まで決められてしまった。そうポンポン課題を出されても簡単にはできない事は分かっている筈なのに、無茶振りが過ぎると思うのは俺だけであろうか?

 隣にいる一羽の顔を見る。とても満足気な表情をしていた。きっと算長の言った「南海の王」の言葉に反応しているのが分かる。一羽も一羽で俺を買い被り過ぎだ。

 このままの勢いだともっと凄い課題を出されるのではないかと危惧し、雰囲気を変えるべく話を横道に逸らしてみる。

「そう言えば津田殿。さっき『親信とネジ職人を借りる』と言ったが、根来寺に行くのか? なら俺も一緒に行きたいんだが」

「駄目だ」

「駄目です」

「どうして?」

「今ボウズがいなくなったら、間違いなく長宗我部家と香宗我部家が攻めてくる。細川殿を見てそれに気付かないのか」

「その通りです。今の安芸家の軍勢は国虎様あってのもの。不在なら皆が勝てると思いません」

「そういう事だ。なら俺はこれから奈半利に行って親信のボウズに会ってくるわ。ボウズはここでしっかり頑張れよ」

「そ、そんなあー」

 本日の教訓:口は災いの元。こんな事なら素直に根来から火縄銃を買うだけにしておけば良かったと、激しく後悔するばかりであった。
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