国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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四章 遠州細川家の再興

一領具足

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 「一領具足」という言葉がある。これは土佐の長宗我部家を象徴する特殊な制度であり、英雄と言われる長宗我部 元親は当然だが、父親である長宗我部 国親の代から採用されていた。一般的にはこれが長宗我部家の躍進の原動力とも言われている。


 その言葉の意味は「緊急招集」と言って良い。もしくは「大動員」とでも言うべきか。平たく言えば、いつでも召集可能な屯田兵が長宗我部の領内にはわんさかいた事になる。しかも強い。


 よくこの制度は職業軍人制度との対比として出てくるが、優劣とは別の視点で見たいと思う。


 気になる点は「一領具足」における経済的な側面と言えよう。何故長宗我部の領民はこの「一領具足」を受け入れたのか?


 現代的な発想で考えれば、命を張って戦に参加するよりも農作業をしている方が遥かに安全で生活は安定する。それを上回る大きな報酬がなければ誰もがやりたくないだろう。実際、戦だからと村で兵の招集を行なっても、様々な理由で集まらないというのもあったと聞くし、兵役をさせる目的で傭兵を村で雇っていたという話もあるくらいだ。誰もが戦場に喜んで赴く訳ではない。しかし、長宗我部の領民は戦となれば兵になる事を拒まなかった者が多いと聞く。


 何故進んで兵となるのか? 答えは驚くべき内容であった。何と長宗我部家では活躍した領民には土地が与えられるのだという。当然良い土地ばかりとは限らないし、広さも大した事ないだろう。それでもこの報酬は破格と言える。例え一人一人の得られた土地は猫の額の大きさであったとしても、村単位で見れば大きな物になる。それを共同管理するも良し、最悪金銭に変えても良しだ。「一領具足」の士気の高さには理由があったと言えよう。口減らしや小金稼ぎに戦に出るのとは訳が違う。


 次に税収としての側面で見たい。これは検証するまでもなく、「一領具足」を続ければ税収が落ち込むのは確定だ。農作業が滞り収穫量が落ち込むからである。特に土佐は温暖な気候から麦と米の二毛作が可能な土地という事情もある。これは農閑期が果てしなく短い事を意味しており、大きな動員を掛けるのは農業を経済基盤とする領主には致命的と言えよう。そうでなくとも戦には多くの銭が必要となる。下手をすると赤字を垂れ流すだけの負のスパイラルの制度になりかねない。


 この二点を見ると「一領具足」は、欠陥だらけの制度にしか見えない。どの道税収として手に入れるのだから一緒ではないかと思うだろうが、それは違う。機械化もされていない農民に過剰に土地を与えた所で生産効率が落ちるだけだ。単位面積当たりの収穫量は低くなる。結果、現実的には得る物よりも失う物の方が多い形となる。


 但しこれは真面目に考えた場合だ。ここで忘れてはならない点が一つある。この時代の戦は略奪の側面があるという事だ。特に土地は分かり易い。土佐という山ばかりの地域で一体如何ほどの土地が余っていようか。なら答えは簡単となる。「ある所から奪う」 これを基準に考えれば、「一領具足」という制度は殺し尽くし、奪い尽くすのにピッタリと言える。当然「人」もその中に当て嵌まる。こう考えると略奪経済として見るならばある意味とてもよくできた制度かもしれない。平たく言えば、奪ったお宝を子分に分け与えるのが根幹と言えよう。


 …………物凄く迷惑な事この上ない。結論:長宗我部家はイナゴと変わらない。やっぱりコイツ等は蛮族である。


 天文一二年 (一五四三年)夏、俺はこんな事を考えながら元和食氏の領地で頭を抱えていた。


 どうしてこうなったのか全く理解できないが、この地の民はほぼ全員が安芸軍への編入を希望している。その上で村が所有していた土地も安芸家に全て差し出すと言う。対価に金銭はきちんと払うとは言え、俺は財という財を結果として全て奪い尽くす大悪党になっていた。


 切っ掛け自体はそう変な事ではない。軍備増強の必要に駆られる俺は新領地の一つである安芸郡芸西村で常備兵の募集を行なっただけである。陸の方は勿論だが、水軍も増強を考えていたため漁師も対象とした。戦が終わったばかりという点を踏まえて失業者対策を兼ねている。


 戦いの時は気にする余裕がなかったが、改めて見るとこの地はかなり荒れ果てていた。亡くなった父上が何度も和食氏に対して挑んだ結果だろう。無残な姿の家屋や田畑が多く見られた。このままでは野垂れ死ぬ者や売られる者がいつ出てもおかしくない。


 領民を前にして待遇面などの簡単な説明を行なう。難しい話をしてもきちんと聞かないのは分かっているので最低限の内容で済ませた。「アットホームな職場で皆の笑顔が絶えない」、要約すればこれに近い。何処のブラック企業だろう。


 そして最後は「兵と言っても必ず戦に参加するという訳では無いから気軽に来て欲しい。生活の保障はするぞ」という言葉。これで家を焼け出された者が少しは応募してくれればと思っていたら、事態は予期せぬ方向へと進む。


 まず最初に、


「それは女でもできますか?」


 という質問が飛び出してきた。


「兵と言っても常に戦場に駆り出される訳ではない。後方支援という役割もある。『戦に参加しない』とはこういう意味だ。例え戦えない者でも適材適所で配置すれば幾らでも仕事はある」


 と答えた所、質問者は物凄く喜んでいた。但し、危険度や専門性に応じて俸禄は変化するという説明を忘れず行なう。


 そうすると今度は、


「年寄りでもできますかのう?」


「童 (子供)でもできますか?」


「赤子でもできますか?」


 という立て続けの質問。病気持ちや怪我人、赤子は仕事はできないがそれ以外なら全て大丈夫だと言えば、どよめきが起こった。何か変な事を言っただろうか?


 トドメに、


「村全員が兵になったら、村の田畑の面倒は安芸のお殿様が見てくれるんですか?」


 というまさかの質問が飛び出る。明らかに土地を手放す気満々の内容である。確かに荒れ果ててはいるが、土地に未練はないのか? まるで先祖伝来の土地よりも生活の安定を求めているかのように聞こえた。


 民の割り切った考えに眩暈がしそうになるが、ぐっと堪えてこう回答する。


「こちらで土地を好きにしても良いなら、金銭で買い取るぞ」


 瞬間、応募が殺到した。地域一丸となって土地を捨てるという暴挙。残ったのは一部の漁師と寺社関係の者だけとなる。これぞ国民皆兵と言うべきか、安芸家版「一領具足」がここに完成した。


 ……絶対に何かが間違っている。


 俺が呆気にとられていると、見学目的で俺に付いて来た畠山 晴満が感心しながらも声を掛けてくる。


「国虎様、さすがに年寄りや童は無理があるのでは」


「晴満、大丈夫だ。俸禄を満額は出せないが、手伝いくらいならできる。それに奈半利の事業に振り分けても良い」


 この辺が俺の強みでもある。奈半利の事業はほぼ官製と言っても良いので公務員と変わらない。常備兵も特殊な部署ではあるが同じ公務員。同じ公務員なら人材の行き来を行なった所で問題は無い。


「いっそこの地は作物生産にでも使いますか?」


「それは良い案だな。するにしても治水や土地の区画整理、崩れた建物の撤去や寝泊りする長屋の建設等、先にする事が大量にあるがな。どうだ、ここでの再開発の責任者をしてみるか? 補佐に益信他何人か付けるし、寄子 (部下)も付ける。戦をするよりこっちの方が良い経験になるぞ」


「誠ですか? 是非やらせてください」


 占領当初、この地域は対長宗我部の前線基地にしようと考えていた。しかし、続く戦いで今度は須留田の城を手にした事でその構想が必要なくなる。前線基地なら川を挟んで田村荘 (現在長宗我部の領地)と隣り合っている須留田城の方が適しているからだ。また、本拠地である安芸城の防衛を考えるならこの地よりも街道上に防衛施設を作った方が良い。史実の穴内城や新城城のような役割がそれとなる。


 要するに現在の芸西村は、軍事的な役割を考えなくとも良い地へと変貌した。晴満の発言はそれを理解してのものと言える。本来であれば土地に応じた収益性の高い事業を再開発には選ぶべきだが、領地が増え、民の数が増えた事でより食料需要が増えると考えたという所か。しっかりと現状が見えているな。


 しかも、この地域はほぼ全てが文字通り安芸家の土地となったので、フリーハンドで一から思うように描く事ができる。水の諍いや土地の大小と言った問題も起こらない。道も整備し放題だ。一からやり直すというのは苦労を伴うと思うが、より一層のリターンが期待できる。これは大きい。実際に何をするかは親信や安田 益信との相談となるが、まずは晴満には長屋を設置する所からさせてみようと思う。作業する者達がずっと天幕で寝起きするのは可哀想だからな。この程度なら叱られないだろう。


 それにしても畠山 晴満がやる気になってくれたのは嬉しい。土佐に来た当初は暴飲暴食による激太りという迷走をしていたが、先日の戦を見て思う所があった……というか俺の境遇を自身に重ね合わせたのではないかと思う。規模の大小の違いこそあれ、俺と晴満は家臣から見放された者同士だ。そして、晴満にも味方となってくれる者が先日土佐まで駆け付けてくれた。傳役と言われる養育係である。手違いで離れ離れとなってからずっと探していたが、堺で消息を知ったらしい。堺近くの拠点で活動する杉谷一族のお手柄だと思われる。


 以来、晴満は正式に俺の家臣となった。この地で自身の畠山家を興すのだという。その意気込みが今回の視察の同行に繋がったのだろう。自ら手を上げてくれた。


「頼むぞ。急いで結果を出さなくとも良いから、少しずつ人を使う事を覚えて欲しい」


「はっ! 精一杯励みます」


「それに……どの道、その腹では戦に出す訳にはいかないからな。このままだと重過ぎて馬に乗れなくなるぞ」


「そっ、それは……肝に銘じておきます」


 この時代、荒れ果てた村の復興は自力で行なわなければいけない。領主が行う事などまずあり得ないという。だからこそ、戦が起こる度に土地は荒れ果て生産性は落ちていく。食べるのに困る者が大量に溢れる。更には土佐という限られた平地しかない地域。これが貧しさの連鎖を産んでいるのではないかと思う事が多い。


 そういった意味でこの事業は良いモデルケースになるのではないか。一年や二年では終わらない事業となるのは確定だが、完成の暁には多くの民達の腹を満たせ、安芸家の素晴らしさをアピールするのに一役買うのではないかと思っている。


 これまで奈半利でした事とは真逆の舵取りだが、対長宗我部への布石として食料は強い味方になるのではないかと考えた。これまで長宗我部の領土から食料を買い上げてきたが、思った以上に量が集まらない。むしろお隣の山田家の方からの買取の方が量が集まるという良く分からない結果が続いてきたからこその方向転換とも言える。


 今回「一領具足」を改めて考えた事で疑問が大きくなった。俺は土佐の地に詳しい訳ではないが、長宗我部家の本拠地と言われる「岡豊城」のある地域は土佐での穀倉地帯に隣接するのだから、安芸家のように純粋に平地が無い場所と違い、収穫量も多く遥かに安定した生活が送れるのではないだろうか? 何故土佐七雄の中でも一番低い三〇〇〇貫なのだろうか?


 これまでは自分達が精一杯で他勢力の事情を考える余裕などなかったが、実際に長宗我部家と隣接した事で意識するようになった。考えれば考えるほど、相手は悪い方の意味でとんでもない存在のような気がしてならない。


「……国虎様」


「ああ悪い。一羽、何か用か?」


「このままでは今日中に受付が終わりません。早く和葉に会いたいと思うなら、少しは手伝ってください」


「いや、一応俺は領主だぞ。その領主をアゴで使う気か?」


「……和葉を奈半利に戻しますよ」


「いやあ、労働って楽しいな。俺、今日は物凄く働きたい気分だ。さあ、晴満も一緒に手伝うぞ」


「あっ、はいっ」


 どうやら俺の家臣達は見放しはしないものの、平気で裏切るらしい。戦では前に出させてくれない代わりに、こういった場では平気で前線に出す。とても主君思いの奴等であった。
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