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三章 敗北者達の叫び
詰め将棋
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面白いように敵主力の兵士がバタバタと倒れていく。まるでドミノのような光景。何もできずにうろたえているだけの敵兵から悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
だが俺達はそれを黙って見ている優しさはない。川を渡る事さえ躊躇しない大胆さで追撃を行なう。
もうここからはこちらの独壇場であった。反転して逃げようにも、背を向ければ的となるのが確定する。勿論やぶれかぶれで突撃するというのは論外。誰もが進んで次の犠牲者になどなりたくはない。苦し紛れに軍勢を左右に分けようとしても、練習も無しに突然組織的な行動はできない。せいぜいが押し合いへし合いとなって将棋倒しになるのが関の山。
敵には今、ただの太鼓の音が死への宣告にしか聞こえていない筈だ。永遠に打ち鳴らさないで欲しいと祈っているだろう。
もうここまで来れば決着は時を置かずして決まる。俺達の勝利として。今回は「全滅」を目的ではなく、「戦闘参加兵を一定割合減らす」という目的に特化した作戦であった。割り切った実験ではあったがこれだけの成果だ。きっとこの布陣は今後も使用可能と言える。次はもう少し層を分厚くして、擬似的なフルオート射撃を行ないたい所である。
そんな事を考えていると、派手な爆発音と盛大な「ヒャッハー」が右翼方面から聞こえてくる。あちらでも状況が動いたようだ。
正面主力が崩壊直前なのを好機と捉えたか、それとも手柄は自分達が全て頂くと思ったのか、その辺は分からない。得意の木砲一斉発射から突撃していく馬路党の面々。畿内の傭兵を編入して少し戦い方が変わったのか、何も考えずに即突撃という無鉄砲振りが無くなったように感じた。
「…………ん? もしかしてあれが世に聞く『かぶき者』か。随分派手な格好をしているのがいるな」
多分陣羽織だろう。鎧の上から着るベストのような衣類である。そう言えば服装に禁止事項は無かったと思い出す。随分と目立ちたがり屋の者がいたものだ。興味があるのでこの戦が終わったら長正にどんな者か聞こう。面白そうな人材なら上に引き上げるのもアリだろう。きっと土佐では見かけないタイプだと思われる。
続いて左翼に視線を移せば、こちらは手堅い戦いをしていた。あの成りからは想像できない動きの緻密さである。
基本は離れた距離での矢の応酬だが、それに嫌気がさし香宗我部軍が夜須川軍勢主力に合流する素振りを見せると、側面を衝こうと渡河を匂わせる行動をする。その傭兵隊の渡河を狙って香宗我部軍が襲おうとすると、今度はさっと後退して遠距離の攻撃へと切り替える。持ち場の意味をよく理解している見事さだ。
左翼は決着を決める必要が無く、ただ時間稼ぎをすれば良いだけである。決めるのは夜須川連合軍が壊滅してからで良い。その時点で香宗我部軍は包囲されるのが決定するため、潰走以外の選択肢がなくなってしまう悲しさはあるが。つまりは時間稼ぎさえすれば勝ちという戦いであった。
さすがは根来衆の精鋭部隊だ。特に心配の必要がない。全てが終わったらきちんと報酬で報いよう。
……とそうこうする内に中央の勝ちが見えた。後方から我先にと逃げ出している。こうなれば無駄に追い討ちせずとも決着の付いていない箇所に援軍を回しても良いかと思ったが……馬路党も勝ちを決めた模様。中央の部隊に先を越されたのが悔しいのか、逃げ惑う夜須家の兵を弾き飛ばしながら、そのまま敵城である下夜須城へなだれ込もうとしている。勢いで城を落とすつもりだ。相変わらず気の早い奴等である。
こちらの勝ち筋が見えた戦だから何も言わないが、できるなら敵軍の完全崩壊を確認してから城攻めは行なって欲しい。
そんな俺の愚痴を知ってか知らずか、次の連鎖もあっという間であった。
夜須氏の軍勢の崩壊を見たからか、中央の軍勢も空中分解する。ビリヤードのブレイクショットのように各自が思い思いに逃げ惑っている。足がもつれ地面に転ぶ者。無慈悲にそれを踏みつける者。混乱の極みとなっていた。後退して城に篭るという冷静な判断はもう無理だ。城よりも自身の命という至極当然の判断をする者が大半となる。
これで終わればまだ良かったのだが、残念ながらもう止まらない。敵中央の兵士の一部には香宗我部軍に逃げ込んだ者がいた。ここで逃げ込む兵士を殴り飛ばせたなら、香宗我部軍の被害は軽微で済んだろう。だが現実はそうはいかない。疫病神は有無を言わさず勝手に転がり込んでいく。
何故逃げ込む兵士が疫病神となるのか? それは子供でも分かる。追う北川村弓兵部隊がいるからだ。つまり香宗我部軍には正面に根来衆という敵を抱えながら側面を衝かれるという不幸が訪れる。それも突発的に。弓兵の数は少ないとは言え、二正面作戦という馬鹿げた事をしなければいけない。しかもここで踏ん張っても、続いて後続の投擲兵部隊までもが参戦するのが分かっている。そうすれば取り返しのつかない事態となる。明らかに無駄な行為としか言えないだろう。
少しでも損害を減らすなら、今ここで採れる行為は一つだけ。戦略的転進と言う名の退却のみだ。それもほうほうの体で逃げ帰るという無様を晒すしかない。これにて夜須川下流域合戦の勝敗が決まる事となった。
「こうなると詰め将棋の世界だな」
「某、将棋は知っておりますが、詰め将棋というのは初めて耳にしました。土佐独自の将棋の楽しみ方ですかな?」
「……ははっ、そういうものだ」
危ない。迂闊な一言だ。確か将棋自体は室町時代に現代とほぼ同じルールが確立されたと聞いた事があったが、詰め将棋はまだだったか。
不思議そうな表情をする杉原 石見守には悪いが、まずはこの戦いを全て終わらせてしまおう。遁走し始めた香宗我部軍を確認し、 石見守に根来衆への指示を出していく。
「石見守、根来衆の方は頼むぞ。俺は元明と共に夜須川流域の城を全て落とす」
「はっ!」
さあ、ここからがハンターチャンスだ。
根来衆には須留田城の攻略を命じた。香宗我部軍の退却に乗じて城攻めを行えば普段より楽に落城させられる事間違いなしである。可能性としては更に後方の香宗城まで逃げて須留田城の落城を防ぐというのもあるが、それは香宗我部軍の全滅を意味するのでまず行なわない。何故ならそれを根来衆が見逃す訳がないからである。嬉々として追撃を行なうだろう。戦での死亡はこうした退却時の追撃戦が大半を占める。
香宗我部軍にとってはある意味究極の二択と言えよう。城が落ちるか自身の命が亡くなるか。しかし、残念ながら兵の立場となれば少しでも命が助かる可能性を選択するので、須留田城への退却以外あり得ない。
味方を見殺しにする、敗残兵を受け入れないとする選択も一応は可能であるが、それは悪手になるのでまずしない。念のため、石見守には城攻略用の木砲を多数持っていくよう指示している。そうなった時は城を囲んで木砲の十字砲火による虐殺ショーが始まってしまう。城を枕に討ち死にしたい奴だけが採る選択である。
なお、ここで一点厳命しておいた。城攻めは須留田城のみである事。調子に乗って香宗城等の城攻めは行ってはいけない事である。須留田城を簡単に落とせば、勢いに乗じて「他の城も」となるのは分かる。しかし、何とか踏み止まってもらわないとならない。ベテランの石見守なら何とかするだろう。もし暇になったら須留田城と香宗城の間の田畑を焼くなり、堀を掘るなりするよう命じておいた。
これには理由がある。一番大きいのは他の城を俺達が手に入れた所でそれを維持ができないという悲しい理由だ。様々な理由で広げ過ぎた領土には対応できない。現状の俺達にはまだ早いというだけである。
「元明、馬路党の支援に下夜須城に行くか」
まずはしっかりと地盤固めから始めていこう。俺としては夜須川流域の城攻めの方が今回の目標だ。
残敵掃討も程々にして一度集合をさせる。その時に気付いたのだが、
「やるなお前等。もしかして死者無しか。さすがは安芸軍の精鋭だな。嬉しく思うぞ」
「軽傷が数名だけの模様です。城攻めには何の支障もありません」
これには驚く。まさに初見殺しが成功したという事だろう。盾兵の防御が間に合わず、流れ矢に当たったのが数名だけという結果であった。浮き足立った状態で敵が遠距離攻撃しても矢の無駄遣いでしかなかった事になる。立案した俺が言うのも何だが、出来過ぎとしか言いようがない。
「左京進と中務大輔はまずは兵達を労ってやれ。下夜須城の落城までは休んでて良いぞ……って、もう落としたのかよ。疲れている所を悪いな。兵を連れて下夜須城に入ってくれ。武装解除と残敵掃討を頼む」
『はっ!』
今回の戦では慣れない部隊を率いて一番疲れているだろう二人が、返り血を浴びて真っ赤になった馬路党の面々と入れ替わるように城に入っていく。後は二人に任せておけば大丈夫だ。俺達は俺達でのんびり残りの城を落としていくか。
「長正! まだ動けるか? 疲れてるなら安岡のオッサンに譲ってやっても良いんだぞ」
「押忍! 大丈夫です。まだ一つも敵の首を取っていない奴等がいますので、そいつ等にやらせます! やれるよな、お前等!」
長正の一言で馬路党の隊員が「押忍!」と返事をする。それにしても……あの長正が部下の手柄を気にするとは。単なる脳筋かと思っていたら随分と成長したものだと嬉しくなる。
「分かった。まずは怪我の治療だ。絶対にそのままにするなよ! 綺麗な水で傷口を洗ってからヨードチンキを使え。全員治療が終わったら出発するぞ!」
『押忍!!』
先の戦では「足りない」と言っていた馬路党も、今回はスッキリするまで暴れられるだろう。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
元々心配していなかったというのもあるが、続く城攻めは特筆する事無く全てが順調に終わった。……いや、順調ではないな。結局「上夜須城(支城含む)」、「宗円城」、「光国城」の全ての城を「力攻め」という下策で終わらせる形となる。とは言え、いつもの如く火器をふんだんに使用したからか日が暮れる前に終わらせた。砦並みの小さな城なので簡単だった。
この辺は政治的な判断として割り切るしかない。安芸軍が城を囲んで降伏勧告を行なった所、当然のように「領地安堵されるなら従う」というさっきの野戦の結果を全て忘れたかのような要求をしてきたからだ。しかも城に残っている兵も少ないというのに。
俺自身、この時代はこれが普通だと分かっている。武士というのは土地に縛られ、自らの土地を守るために戦う人種であるという事を。
しかし、それも時と場合による。俺達が和食氏をどうしたか知らないとは言わせない。まだ和食氏は使い道があるから捕らえたが、俺には夜須川流域の領主達を敢えて生かしておく理由がなかった。敵ももう少し考えて欲しいものである。
元現代人の感覚すれば、俺の行動は異常かもしれない。だが既に当主就任で盛大にやらかした身である。ここで甘い顔を見せると、反抗的な態度を取った安芸家の家臣達がまたつけ上がる可能性が出てくると考えてしまった。
それが今回の「力攻め」という形へ繋がる。降伏さえも許さない虐殺となった。各領主一族達の首を吐きそうになりながら検分していったが、その時考えていたのは「一歩間違えば俺もこうなる」という危機感。家臣達に総スカンを食らうまで俺は、まだこの時代の激しさを十分に理解していなかったのだと気付く。
特に香宗我部家は安芸家にとっては宿敵である。津田 算長に言われたからではないが、俺がこの因縁を清算しなければいけないと考えており、そのための布石としても譲れなかったという側面がある。しばらくすれば須留田城も安芸家の物となるだろう。明確に香宗我部家に敵対するというアピールになったのではないかと思う。
まあ……香宗我部の件は後で良いか。今は戦に大勝利した事を皆と喜ぼう。
「最後に勝鬨を上げるぞ! エイッ、エイッ!」
『応!!』
だが俺達はそれを黙って見ている優しさはない。川を渡る事さえ躊躇しない大胆さで追撃を行なう。
もうここからはこちらの独壇場であった。反転して逃げようにも、背を向ければ的となるのが確定する。勿論やぶれかぶれで突撃するというのは論外。誰もが進んで次の犠牲者になどなりたくはない。苦し紛れに軍勢を左右に分けようとしても、練習も無しに突然組織的な行動はできない。せいぜいが押し合いへし合いとなって将棋倒しになるのが関の山。
敵には今、ただの太鼓の音が死への宣告にしか聞こえていない筈だ。永遠に打ち鳴らさないで欲しいと祈っているだろう。
もうここまで来れば決着は時を置かずして決まる。俺達の勝利として。今回は「全滅」を目的ではなく、「戦闘参加兵を一定割合減らす」という目的に特化した作戦であった。割り切った実験ではあったがこれだけの成果だ。きっとこの布陣は今後も使用可能と言える。次はもう少し層を分厚くして、擬似的なフルオート射撃を行ないたい所である。
そんな事を考えていると、派手な爆発音と盛大な「ヒャッハー」が右翼方面から聞こえてくる。あちらでも状況が動いたようだ。
正面主力が崩壊直前なのを好機と捉えたか、それとも手柄は自分達が全て頂くと思ったのか、その辺は分からない。得意の木砲一斉発射から突撃していく馬路党の面々。畿内の傭兵を編入して少し戦い方が変わったのか、何も考えずに即突撃という無鉄砲振りが無くなったように感じた。
「…………ん? もしかしてあれが世に聞く『かぶき者』か。随分派手な格好をしているのがいるな」
多分陣羽織だろう。鎧の上から着るベストのような衣類である。そう言えば服装に禁止事項は無かったと思い出す。随分と目立ちたがり屋の者がいたものだ。興味があるのでこの戦が終わったら長正にどんな者か聞こう。面白そうな人材なら上に引き上げるのもアリだろう。きっと土佐では見かけないタイプだと思われる。
続いて左翼に視線を移せば、こちらは手堅い戦いをしていた。あの成りからは想像できない動きの緻密さである。
基本は離れた距離での矢の応酬だが、それに嫌気がさし香宗我部軍が夜須川軍勢主力に合流する素振りを見せると、側面を衝こうと渡河を匂わせる行動をする。その傭兵隊の渡河を狙って香宗我部軍が襲おうとすると、今度はさっと後退して遠距離の攻撃へと切り替える。持ち場の意味をよく理解している見事さだ。
左翼は決着を決める必要が無く、ただ時間稼ぎをすれば良いだけである。決めるのは夜須川連合軍が壊滅してからで良い。その時点で香宗我部軍は包囲されるのが決定するため、潰走以外の選択肢がなくなってしまう悲しさはあるが。つまりは時間稼ぎさえすれば勝ちという戦いであった。
さすがは根来衆の精鋭部隊だ。特に心配の必要がない。全てが終わったらきちんと報酬で報いよう。
……とそうこうする内に中央の勝ちが見えた。後方から我先にと逃げ出している。こうなれば無駄に追い討ちせずとも決着の付いていない箇所に援軍を回しても良いかと思ったが……馬路党も勝ちを決めた模様。中央の部隊に先を越されたのが悔しいのか、逃げ惑う夜須家の兵を弾き飛ばしながら、そのまま敵城である下夜須城へなだれ込もうとしている。勢いで城を落とすつもりだ。相変わらず気の早い奴等である。
こちらの勝ち筋が見えた戦だから何も言わないが、できるなら敵軍の完全崩壊を確認してから城攻めは行なって欲しい。
そんな俺の愚痴を知ってか知らずか、次の連鎖もあっという間であった。
夜須氏の軍勢の崩壊を見たからか、中央の軍勢も空中分解する。ビリヤードのブレイクショットのように各自が思い思いに逃げ惑っている。足がもつれ地面に転ぶ者。無慈悲にそれを踏みつける者。混乱の極みとなっていた。後退して城に篭るという冷静な判断はもう無理だ。城よりも自身の命という至極当然の判断をする者が大半となる。
これで終わればまだ良かったのだが、残念ながらもう止まらない。敵中央の兵士の一部には香宗我部軍に逃げ込んだ者がいた。ここで逃げ込む兵士を殴り飛ばせたなら、香宗我部軍の被害は軽微で済んだろう。だが現実はそうはいかない。疫病神は有無を言わさず勝手に転がり込んでいく。
何故逃げ込む兵士が疫病神となるのか? それは子供でも分かる。追う北川村弓兵部隊がいるからだ。つまり香宗我部軍には正面に根来衆という敵を抱えながら側面を衝かれるという不幸が訪れる。それも突発的に。弓兵の数は少ないとは言え、二正面作戦という馬鹿げた事をしなければいけない。しかもここで踏ん張っても、続いて後続の投擲兵部隊までもが参戦するのが分かっている。そうすれば取り返しのつかない事態となる。明らかに無駄な行為としか言えないだろう。
少しでも損害を減らすなら、今ここで採れる行為は一つだけ。戦略的転進と言う名の退却のみだ。それもほうほうの体で逃げ帰るという無様を晒すしかない。これにて夜須川下流域合戦の勝敗が決まる事となった。
「こうなると詰め将棋の世界だな」
「某、将棋は知っておりますが、詰め将棋というのは初めて耳にしました。土佐独自の将棋の楽しみ方ですかな?」
「……ははっ、そういうものだ」
危ない。迂闊な一言だ。確か将棋自体は室町時代に現代とほぼ同じルールが確立されたと聞いた事があったが、詰め将棋はまだだったか。
不思議そうな表情をする杉原 石見守には悪いが、まずはこの戦いを全て終わらせてしまおう。遁走し始めた香宗我部軍を確認し、 石見守に根来衆への指示を出していく。
「石見守、根来衆の方は頼むぞ。俺は元明と共に夜須川流域の城を全て落とす」
「はっ!」
さあ、ここからがハンターチャンスだ。
根来衆には須留田城の攻略を命じた。香宗我部軍の退却に乗じて城攻めを行えば普段より楽に落城させられる事間違いなしである。可能性としては更に後方の香宗城まで逃げて須留田城の落城を防ぐというのもあるが、それは香宗我部軍の全滅を意味するのでまず行なわない。何故ならそれを根来衆が見逃す訳がないからである。嬉々として追撃を行なうだろう。戦での死亡はこうした退却時の追撃戦が大半を占める。
香宗我部軍にとってはある意味究極の二択と言えよう。城が落ちるか自身の命が亡くなるか。しかし、残念ながら兵の立場となれば少しでも命が助かる可能性を選択するので、須留田城への退却以外あり得ない。
味方を見殺しにする、敗残兵を受け入れないとする選択も一応は可能であるが、それは悪手になるのでまずしない。念のため、石見守には城攻略用の木砲を多数持っていくよう指示している。そうなった時は城を囲んで木砲の十字砲火による虐殺ショーが始まってしまう。城を枕に討ち死にしたい奴だけが採る選択である。
なお、ここで一点厳命しておいた。城攻めは須留田城のみである事。調子に乗って香宗城等の城攻めは行ってはいけない事である。須留田城を簡単に落とせば、勢いに乗じて「他の城も」となるのは分かる。しかし、何とか踏み止まってもらわないとならない。ベテランの石見守なら何とかするだろう。もし暇になったら須留田城と香宗城の間の田畑を焼くなり、堀を掘るなりするよう命じておいた。
これには理由がある。一番大きいのは他の城を俺達が手に入れた所でそれを維持ができないという悲しい理由だ。様々な理由で広げ過ぎた領土には対応できない。現状の俺達にはまだ早いというだけである。
「元明、馬路党の支援に下夜須城に行くか」
まずはしっかりと地盤固めから始めていこう。俺としては夜須川流域の城攻めの方が今回の目標だ。
残敵掃討も程々にして一度集合をさせる。その時に気付いたのだが、
「やるなお前等。もしかして死者無しか。さすがは安芸軍の精鋭だな。嬉しく思うぞ」
「軽傷が数名だけの模様です。城攻めには何の支障もありません」
これには驚く。まさに初見殺しが成功したという事だろう。盾兵の防御が間に合わず、流れ矢に当たったのが数名だけという結果であった。浮き足立った状態で敵が遠距離攻撃しても矢の無駄遣いでしかなかった事になる。立案した俺が言うのも何だが、出来過ぎとしか言いようがない。
「左京進と中務大輔はまずは兵達を労ってやれ。下夜須城の落城までは休んでて良いぞ……って、もう落としたのかよ。疲れている所を悪いな。兵を連れて下夜須城に入ってくれ。武装解除と残敵掃討を頼む」
『はっ!』
今回の戦では慣れない部隊を率いて一番疲れているだろう二人が、返り血を浴びて真っ赤になった馬路党の面々と入れ替わるように城に入っていく。後は二人に任せておけば大丈夫だ。俺達は俺達でのんびり残りの城を落としていくか。
「長正! まだ動けるか? 疲れてるなら安岡のオッサンに譲ってやっても良いんだぞ」
「押忍! 大丈夫です。まだ一つも敵の首を取っていない奴等がいますので、そいつ等にやらせます! やれるよな、お前等!」
長正の一言で馬路党の隊員が「押忍!」と返事をする。それにしても……あの長正が部下の手柄を気にするとは。単なる脳筋かと思っていたら随分と成長したものだと嬉しくなる。
「分かった。まずは怪我の治療だ。絶対にそのままにするなよ! 綺麗な水で傷口を洗ってからヨードチンキを使え。全員治療が終わったら出発するぞ!」
『押忍!!』
先の戦では「足りない」と言っていた馬路党も、今回はスッキリするまで暴れられるだろう。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
元々心配していなかったというのもあるが、続く城攻めは特筆する事無く全てが順調に終わった。……いや、順調ではないな。結局「上夜須城(支城含む)」、「宗円城」、「光国城」の全ての城を「力攻め」という下策で終わらせる形となる。とは言え、いつもの如く火器をふんだんに使用したからか日が暮れる前に終わらせた。砦並みの小さな城なので簡単だった。
この辺は政治的な判断として割り切るしかない。安芸軍が城を囲んで降伏勧告を行なった所、当然のように「領地安堵されるなら従う」というさっきの野戦の結果を全て忘れたかのような要求をしてきたからだ。しかも城に残っている兵も少ないというのに。
俺自身、この時代はこれが普通だと分かっている。武士というのは土地に縛られ、自らの土地を守るために戦う人種であるという事を。
しかし、それも時と場合による。俺達が和食氏をどうしたか知らないとは言わせない。まだ和食氏は使い道があるから捕らえたが、俺には夜須川流域の領主達を敢えて生かしておく理由がなかった。敵ももう少し考えて欲しいものである。
元現代人の感覚すれば、俺の行動は異常かもしれない。だが既に当主就任で盛大にやらかした身である。ここで甘い顔を見せると、反抗的な態度を取った安芸家の家臣達がまたつけ上がる可能性が出てくると考えてしまった。
それが今回の「力攻め」という形へ繋がる。降伏さえも許さない虐殺となった。各領主一族達の首を吐きそうになりながら検分していったが、その時考えていたのは「一歩間違えば俺もこうなる」という危機感。家臣達に総スカンを食らうまで俺は、まだこの時代の激しさを十分に理解していなかったのだと気付く。
特に香宗我部家は安芸家にとっては宿敵である。津田 算長に言われたからではないが、俺がこの因縁を清算しなければいけないと考えており、そのための布石としても譲れなかったという側面がある。しばらくすれば須留田城も安芸家の物となるだろう。明確に香宗我部家に敵対するというアピールになったのではないかと思う。
まあ……香宗我部の件は後で良いか。今は戦に大勝利した事を皆と喜ぼう。
「最後に勝鬨を上げるぞ! エイッ、エイッ!」
『応!!』
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