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三章 敗北者達の叫び

追撃の巨人

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 楽に戦に勝利したというのに喜ぶ事なく、もっと戦がしたいと血に飢えている我が家臣達。もう少し兵達の気持ちを考えて欲しいと思うのは俺だけであろうか。半数とは言わないまでも、今回動員した兵の何割かは今回が初陣である。今は気分が高揚しているから疲労に気付かないと思うが、こんな状態で連戦をさせるといざ本番という段になって体が動かなくなるというのは良く聞く。そうならないようにするのも指揮官の勤めである。

 どうしてこんな事も分からない……あっ、コイツ等の方が雰囲気に飲まれているのか。安岡 道清や阿弥陀院 大弐のようなベテランもいるのに本当何してるんだ。

「あっー、却下だ。連戦を想定した量の火器を運んでいない。一度補給に戻らないと無理だ。それに香宗我部に仕掛けるには兵が足りない。夜須川流域の城を放置して戦ったら、背後を突かれて終わりだ。軍を二つに分ける必要がある」

 とりあえず尤もらしい話で家臣達を黙らせる。次は弱っていた和食氏のような相手ではない。万全の体制の敵と戦う事となる。そういった事情も踏まえると、これ以外の結論は出せなかった。

 俺からすれば和食氏を滅ぼしただけでも十分な成果だ。後は開発をしながら徐々に力を蓄える形が手堅い。今ここで無理をすれば、折角の成果を全て台無しにしてしまう可能性があった。

「まずは兵に休息を取らせろ。当然お前等もだ。一晩寝て落ち着けば、今日俺に言った事がどれだけ無茶な内容だったか分かると思うぞ」

 こうして渋々ながらも皆を納得させた俺は、守備兵を残して奈半利へと戻った。

 ……とここまでは良かったのだが、ここから先が頭を抱えたくなる方向へと話が進む。

「ようボウズ、聞いたぞ。ついに当主になったらしいな。親父さんの事は残念だったが、ボウズが当主なら安芸家は安泰だ」

「津田殿、どうしたんだいきなり? こちらこそ何も連絡ができなくて申し訳ない。身の回りが落ち着いたら、挨拶の使者を出すつもりだったんだがな」

「事情は分かっているから気にするな。大変だったらしいな。それで……親父さんの仇討ちに協力しようと思って、根来から傭兵を連れてきたぞ。総勢五〇〇だ。好きに使ってくれて良い」

 そう言って顎をしゃくり船の方向を示す。何の予告も無く傭兵を俺に貸し出してくれるという、降って沸いたような話が今日津田 算長から持ち込まれた。勿論、代金はきちんと支払わないといけない。

 根来寺の実力者である算長とは友好的な関係が続いている。今では切っても切れないビジネスパートナーにもなっていた。その要因の一つに俺が以前提案した傷薬のヨードチンキの大当たりがある。戦乱の続く畿内ではこれ以上無いうってつけの商品と言えよう。

 幾らヨードチンキが時代を先取りした画期的な商品だとしても、知名度ゼロから、そして聞いた事も無い怪しげな薬品となれば、そうそう売れはしない。人は未知の物に対しての警戒心が強くなるからだ。薬ではないが有名な例ではカップヌー〇ルがそれに当たる。発売当初は消費者から見向きもされなかった。

 それなのに派手に売れているのには理由がある。根来寺の名前を使用したブランド戦略がその秘訣と言えよう。簡単に言えば、ヨードチンキは根来寺印の霊験あらたかな傷薬として商品化している。

 効能は根来寺の傭兵を使っても実証済みである。それが売れ行きに拍車を掛けた。強い上に怪我にも負けない傭兵 (兵の損耗率が下がった)、その一端がヨードチンキのお陰となれば皆が欲しがるのも納得である。

 現代風に言えばOEMとなる。製造は安芸家、販売は根来寺。これで俺達二人は互いに笑顔となった。

 他にも火薬や石墨等の商品を購入したり、こちらからは様々な特産品を買ってもらっている。取引額は年々増大していっている。

 そんな関係だからこそ、算長は俺の危機に駆けつけてくれた。今後のためにも俺が安芸家当主として安泰である必要を感じたのだと思う。いや、ビジネスライクと言うよりは、俺という歳の離れた友人のために力を貸そうという意味合いが強いのか。良い友人を持ったな、俺は。

 なお、俺は算長に傭兵を借りるという発想が一切思いつかなかったので、連絡はシノさんか阿弥陀院 大弐がしたものと思われる。

「あー、その事だが……悪い。もう仇討ちは終わらせた。折角骨を折って来てくれたのに申し訳ない」

「……それは本気で言っているのか? まだ親父さんが亡くなって一月も経っていないだろう。どうやって兵を集めたんだ」

 そこからは兵の数が足りなくとも、電撃作戦と火器でそれを補ったという対和食氏戦の内容を話していく。表情をクルクル変えて驚きを隠さない算長を見て、一瞬「軍事機密を話しているかもしれないな」と思ったりもしたが、規模の大小はあれど同じような作戦は他の家でもしているだろうと勝手に結論付けて、包み隠す事をしなかった。

「和食 親忠の首は安芸城に送ったから見せる事はできない。けれども全て本当の話だ」

「ボウズは他の領主とは違うと思っていたが、戦も強いとはな。なら尚の事、ここでもっと力を見せた方が後々楽になるぞ」

「津田殿も長正みたいな事言わないでくれ。俺は戦が好きな訳ではないんだがな。可能なら商いだけしていたい」

「そういう所がまだ甘いな。いいか、反抗的な家臣にはしっかりと上下関係を見せた方が良い。特に代替わりを行なった直ぐには。こういうのは実績を積んで作っていくものだが、ボウズには今それを一気に増やす機会が転がり込んできている。『まぐれで勝った』、『先代が滅亡寸前まで追い込んでいた』他にも難癖を付けようと思えば幾らでもできる。そういうのが口に出せなくなるような功績を立てれば、ボウズに逆らう家臣はいなくなるぞ」

「あっ……」

「一番良いのは香宗我部の滅亡だろうな。そうまで言わなくとも、香宗我部の軍に勝つだけでも大きい」

 馬路 長正他が俺に対して戦の継続を求めたのは、政治的な理由であったと知る。就任当初の俺の安芸家での立場はマイナスと言っても過言ではない。和食家との戦はそれをゼロに戻した程度という事になる。それを今度はプラスに持っていこうというのが、皆の考えという意味だ。

 多分長正はそこまでは考えていないだろう。けれども奈半利勢の力をもっと見せ付け、どちらが上か分からせたかったのだと思う。俺に反抗的な連中は、「自分達がいなければ安芸家は立ち行かない」という自負が少なからずある。そこを衝く形だ。つまり、反抗的な家臣達がいなくても安芸家は戦に勝てるという結果を見せる。「役立たずはすっこんでいろ」とでも言いたいのだろう。

「津田殿……面倒臭い」

「そう言うな。あの状態が続いていたら、ボウズのやりたい事もやれないぞ」

「やるしかないのかー。これは」

「そのために傭兵を連れてきたんだから、絶対に勝てよ」

 懸案だった兵力の問題が算長の助力で一気に解消する。ここで追い返すのは悪手以外の何者でもないようだ。この出来事は、否が応でも俺をもう一度戦場へと引きずり出す結果となってしまった。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「国虎様、此度の勝利おめでとうございます。次の戦も近いと聞き、我等一同微力ではありますが馳せ参じました」

「畑山家は安芸家と一心同体です。是非お力添えをさせてください」

「元明おじさん、左京進義兄上、頭を上げてください。援軍とても力強いです。頼りにさせて頂きます」

 安芸城へ和食 親忠の首を送ったからか、それとも俺が危なっかしく感じたからかは分からないが、今度は親戚の畑山 元明と安芸 左京進が奈半利に兵を引き連れてやって来てくれた。急いで駆けつけたからか総勢で一〇〇程。これが二人の今すぐ動かせる兵としては限界らしい。無理をさせてしまった。

 確かにこれでは元盛お爺様が仇討ちに対して積極的でなかったのがよく分かる。父上が亡くなった戦で本家の戦力はかなりの痛手を被ったのだろう。有力家臣は兵を出そうとしないしな。なお、有沢家、黒岩家、井原家の兵もこの一〇〇の中に含まれている。

 元明おじさんから聞いたが、母上と元盛お爺様は俺の独断専行には微妙な評価らしい。嬉しくもあるが、無謀な行動はして欲しくないそうだ。そう言った意味で、今回の二人の派遣は俺へのお目付け役の側面もあると思われる。

「もうここまで来て逃げる訳にはいかないですね。次はどう戦いますか? 和食氏のように素直に城に篭ってくれるとはまず考えられません。敵は国虎様が城攻めに強いと思っているでしょうし」

 いつものように親信がニヤニヤとしながら俺の考えを聞いてくる。そう簡単に良い考えが浮かぶ訳ではないのだが……ああ、現時点での方向性を皆の前で話して欲しいのか。相変わらず如才ないな。

「その事なんだがな……基本的には香宗我部家と全面的には争わない考えだ」

 そう言った途端、評定の間にいた奈半利勢が不満そうな顔をする。

「まあ聞け。次の戦は香宗我部との境にある夜須川流域の親香宗我部の小勢力共を潰す事を目的としている。だが、その戦いに夜須川流域の奴等が何もせずに待っているだけというのはあり得ない。必ず援軍を頼む筈だ。援軍を頼む相手は香宗我部家と見て間違いない」

 正直な所、前回の和食氏戦のようにただ城攻めだけで済むならどれ程ありがたいか。しかし、左京進義兄上が言った「次の戦も近い」という言葉から察するに、この噂は敵陣営にも流れていると見るのが妥当だ。対安芸家に向けた準備をしていると考えて動く必要がある。

 その上で親信が言った「俺は城攻めに強い」という言葉の意味となる。普通に考えて敵はこちらが有利となる選択をしない。早々に負けが確定する攻城戦ではなく、次は野戦と考えた方が良いだろう。俺達の出陣に合わせて迎撃体勢を整えた布陣をしてくる。だからこそ香宗我部の援軍が生きてくると見るべきだ。城攻めの最中に援軍として駆けつけてくるというのでも良いが、これは下手をすると各個撃破される危険性がある。和食氏の城を俺達が電撃的に落とした事が伝わっているなら、挟み撃ちが成立しないと考える筈だ。

「そこで吊り出されてきた香宗我部を叩く。いくら津田殿や本家の援軍があったとしても、素直に香宗我部と戦えばこちらの被害も大きくなる。まずは布石として香宗我部を弱らせる所から始めるつもりだ。今回は橋頭堡として須留田の城を奪う。そして夜須川流域の城を落として香宗我部包囲網を形成する。今の所はこう考えている」

 包囲網とは言っても、実際には夜須川流域の城と香宗我部領との間には山があるので、そう呼べるかどうか怪しいものである。

 皆は香宗我部の方にしか目が向いてはいないが、俺からすれば"親香宗我部"の小勢力の方が目障りだ。コイツ等は時勢により陣営をコロコロ変える。安芸家が有利になれば簡単にこちらに転ぶだろうが、逆もまた真なり。俺達が不利と見るや香宗我部の陣営へと鞍替えするだろう。そんな面倒な相手ならいっそ、安芸家の養分とするべく領土を直轄化したい。

 塵も積もれば山になるとは言わないが、地道な地盤強化をしておかなければ不確実要素が増えるばかりである。小さい所を確実に叩き潰し、身代を大きくするのはセオリーとも言える。変な所で足を掬われたくない。

 それに先に香宗我部と戦えば、夜須川連合と西の長宗我部の両方が援軍としてやって来る事を想定しなければならない。さすがにこれを全て叩き潰すだけの力はまだ俺にはない。結論としては各個撃破が手堅い。急がば回れというアレだ。

「それに……香宗我部には仕掛けをしているからな。包囲網が完成してからじっくり甚振いたぶるので問題無い。どうだ。分かってくれたか? 後、夜須川連合相手の野戦だが、今回試したいのがあってな。その生贄になってもらうつもりだ」

 一気に「王手」とならない遠回りな戦略に家臣達の不満はあるとは思う。しかし、今ここでは功を焦る局面ではない。確実に勝ちを拾い、実力を蓄える。勝負をかけるのはそれからでも遅くはない。また、実戦経験という意味でも俺達には足りないという思いがあった。

「押忍! 国虎様。今回はどんな秘策があるんですか?」

「いや、秘策というものではないぞ。今の内でなければ試せないと思ってな。『戦列歩兵』と言うんだが……聞いた事ないよな」

 皆がその言葉を聞いてぽかんとする中、必死で笑いを堪えようとしている親信の姿を俺だけは見逃さなかった。
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