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三章 敗北者達の叫び

御曹司と木沢三人衆

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 「泣く子も黙る」という言葉がある。これは三国志に登場する魏の武将である張遼ちょうりょうの武勇が有名となり、敵国「」の江東こうとう地方では怪物のように恐れられ、泣き止まない子供には「張遼が来るぞ」と言えば泣き止んだという逸話から発展した言葉である。

 今、畿内では「馬路党が来るぞ」と言えば子供が泣き止むらしい。杉谷 与藤次が教えてくれた。一体何をしでかしたんだアイツ等。

 天文一一年(一五四二年)の八月の末、その話題の馬路党が戻って来た。何故か人数が増えて。見知らぬ顔が大量にいる。よく分からないが、堺で掻き集めた傭兵が馬路党への入隊を希望しているらしい。当の本人達は俺の命令通りにやったと言うが、絶対に嘘だ。本当に何をしでかしたんだアイツ等は。

 「人の噂も七五日」と言うし、ぽっと出の田舎者が多少のやんちゃをした所ですぐに話題にも上らなくなるだろう。畿内での活動の際、安芸家の家臣である事は言わないよう厳命しておいたので、馬路党被害者の会を結成されて「謝罪と賠償を要求する」とはならない……よな。

 ここまで騒ぎになった以上、馬路党にはしばらく大人しくさせる必要がある。その間、この新人達の面倒を見させるのが丁度良い役目と言えよう。血反吐を吐くまで徹底的に鍛えさせるつもりだ。

 こちらとしては精鋭部隊が増強される事に否はない。住む場所も充分に空きはあると思われるので、二つ返事で了承する。問題があるとすれば素行面だ。今回の新人は「傭兵」と名乗っているものの、実態は賊と変わらないような者も結構いる。そういう輩が鍛錬から脱落し、この奈半利で犯罪に走らないかという心配があった。大人しくしてくれる分には問題無いが、しばらく様子見をしないといけないだろう。とりあえず何か問題が起きた時は馬路党に処理をさせるつもりだ。

 一応は変な人物が紛れ込んでいないか新規入隊組の面通しは行なったが、今の所は問題無さそうだ。厳つい面構えの野郎が、武士待遇として俸禄制の常雇いになる事や貰える俸禄の高さに驚き、喜んでいた。中には指揮官待遇を望んだ売り込みと思われる者もいたが、「まずは半年続けてみろ。全てはそれからだ」と発破を掛ける。幾ら俺が広く人材を募集しているとは言え、いきなり身元のはっきりしない傭兵を手元に置くような真似はできない。そういうのは実績を出してからである。

 一〇〇人近くやって来た傭兵組を捌くのは多少手間ではあったが、慣れるとそう難しくはない。むしろ大変なのは亡くなった馬路党隊員の遺族への補償と、一緒に連れ帰ってきた身元のはっきりしている者への対処であった。

 身元がはっきりしていると言っても限度があると思うのは俺だけであろうか?

「お初にお目に掛かります。私は尾州畠山びしゅうはたけやま家の先の当主であった畠山 晴満はたけやまはるみつと申します(現在の尾州畠山の当主は畠山 稙長)。安芸家で厄介になってはどうかと紹介を受け、こちらに参りました」

「こちらこそ宜しくお願い申し上げ……えっ? 尾州畠山の先の当主ですか?」

「ははっ。先の当主とは言っても捨てられた身ですがね。ただ私も、このままで終わりたくありませんので、何とか再起を図るつもりではいます。今の私に何ができるか分かりませんが、しばらく御厄介になります」

「このような田舎でよろしければ、ゆっくりしてくださいませ」

 ……三管領家の人物がいきなり奈半利にやって来てしまった。

 畠山家というのは我が安芸家とは比べ物にならないくらい上流階級の家である。安芸家の親戚に「畑山はたやま家」があるが、それとは全く関係無い。「畠」と「畑」、字は似ているが大きく違う。畠山家がどれほど凄い家かと言えば、足利将軍に次ぐ役職である「管領」職に就任できる家柄だ。この時代はまだ身分制度がしっかりと残っている関係上、家柄は重要な位置を占める。

 現代風に言えば、田舎の土建屋に財閥の御曹司が転がり込んできたようなものである。迎え入れる事に反対はないが、場違い感が半端無い。ここを気に入ってくれるだろうか? その点が心配である。

 ……それにしても、現状の畿内の畠山家は尾州家と総州そうしゅう家に分裂しているとは言え、一度は尾州家の当主となった人物だ。そう簡単に捨てられて流浪の身になるという事があるのだろうか? そんな疑問を感じる。

 しかし、それはあっさりと自己解決した。

 年代や人物はきちんと覚えていないが、畿内の畠山家は遊佐 長教や木沢 長政が自らの都合で当主の首を挿げ替えていた事を思い出す。畠山の家は内ゲバが続き、魔境と化しているのだろう。

 想像するに、政治的に畠山の名を利用しておいて用がなくなったからポイ捨てされたという所だろうか? 話を聞く限り、幕府に敵対しないというアピールのためだけに擁立された犠牲者と思われる。家の都合で尾州畠山家の傀儡当主としたは良いが、政変が起こると何の手助けもしなかったらしい。擁立したからには最後まで面倒を見ろよと思うのは間違っているのだろうか? いや、そこまでできなくとも、せめて幕府から「敵」認定されないように口利きをするであったり、都からの追放処分にされないように説得するであったりとできる事はあったのではないかと思う。

 会話では爽やかに受け答えをしてくれていたが、目の奥が濁っていたように感じた。多くを語る事はなかったが、この数ヶ月、きっと相当な屈辱をその身に受けただろう。

 まだ彼が老境の域であったならここで余生を送るのも悪くないかと思ったが、見るからに二〇代前半の若さである。全てを諦めるのには早過ぎる年齢と言える。

 それに、まだ彼の心は完全には折れていないのだと思う。だからこそ今回の飯盛山城襲撃における現地協力者にもなってくれた。突入部隊を手引きしてくれたと言う。当主から都落ち、果ては辺境に流れ着くと、今はまだ目まぐるしく変化した環境を受け入れるのが精一杯だろうが、いずれ自分から何かを始めるんじゃないかと思っている。手助けはその時で良いだろう。しばらくは心身共に疲れを癒してもらうつもりだ。

 まあ、畠山 晴満はまだ良い。心に傷こそ負っているが、そう悪い人間とは思えないからだ。こっちに比べれば可愛いものである。

「…………木沢 浮泛きざわ ふはんだ。ふん」

木沢 中務大輔きざわ なかつかさたいふだ。礼は言わんぞ」

木沢 左馬允きざわ さまのじょうです。ご厄介になります」

「こ、こちらこそ宜しくお願いします」

 今回の爆弾と言うか、馬路党が連れ帰ってきた面々の中に凄いのが紛れ込んでいた。木沢家の人々である。順番に木沢 長政の父親、弟その一、弟その二となる。ちょっと頭が痛くなってきた。

 加えて長政の子供である木沢 孫九郎きさわ まごくろうを含めた計四名を飯盛山城から攫ってきたらしい。正直、その孫九郎だけを攫ってくれば良かったのではないかと思うが、どうやら木沢 孫九郎が細川玄蕃家に協力する見返りとしてこの三名の保護を求めたと言う。木沢 孫九郎は現在、京で細川玄蕃家と合流しているそうだ。

 こうなったのには理由がある。木沢 長政の乱の結果、没落するだけだと思っていた木沢家が、現在進行形で所領(領地)が全滅の危機に扮しているという話だ。ぺんぺん草も残らない凄まじさらしい。遠からず木沢家の拠点が全て無くなる事が予測されるのだと。そうすると、このままでは特に木沢 浮泛の命が危ないという事である。現状でも七〇を超える年齢だけに、体力的な問題で逃亡生活はできない。しかも、安全に保護してもらえる場所が畿内にはもう残っていないという悲しい現実が待っていた。

 まだ木沢 長政の弟二人はこんな状況でも何とかなる。これまでのような良い生活はできないが、素性を隠せば何らかの形で再就職先はあると思われる。しかし、木沢 浮泛だけはそうはいかない。みすみす祖父を野垂れ死にさせたくないという木沢 孫九郎の思いが、彼ら三人を奈半利まで運んだ。こういった経緯があったと知ると、木沢 浮泛にとって現状は複雑な気持ちになるのは分かる。だが、やり方が強引だったとは言え、そのまま飯盛山城に篭っていたのなら死亡一直線である。少しは俺達に感謝してもバチは当たらないのではないかと思ったりもした。

 ……予定通りに進んだとは言えないが、結果的に木沢 長政の子供が細川玄蕃家と合流するのだから作戦は上手くいったと思うようにするしかないか。それにしても木沢家の凋落が凄まじい。見事なまでの嫌われっぷりだ。

 こうなった以上はこちらで手厚く保護するしかない。何処かに専用の家を建てるのが良いだろうな。しばらくは来客用の宿を使ってもらう事にする。

 ただ……木沢一族を受け入れるに当たって一点確認しておきたい内容がある。

「畠山様は木沢一族に対しての恨みは無いのですか?」

 そう、畠山 晴満の気持ちの問題だ。俺自身も「畠山 晴満と木沢一族のどちらを保護するか?」と尋ねられたら、間違いなく畠山 晴満を選択する。例え幕府から敵だと認定されていたとしても、もう都には足を踏み入れられないとしても、それらは本人の責任ではない。政治的な判断で一時的にそうなったに過ぎないだけだ。時が経てば状況も変わる。

 所詮土佐の地は、守護及び守護代不在でも何とかなるような、中央の政治からは殆んど切り離されたような辺境である。彼を匿う事で俺達が不利益をこうむるというのはまずあり得ない。なら、彼の身の上に同情するのは人として普通の感情だ。

 だからこそ、良い環境でゆっくりと傷を癒してもらいたいと思う。それ故の木沢一族の存在が目障りと思わないかの確認であった。彼は木沢 長政という存在が無ければ、もう少し平穏な人生を送れたのではないか? 自らの人生を狂わされたと今も恨みに思っているのではないかと心配になったからだ。

「…………そうですね。恨みが無いと言えば嘘になりますが、今は彼等も私と同じ立場ですから。いがみ合った所で何の解決にもならない、というのが正直な気持ちです。だから彼等も受け入れてあげてください」

「立派な考えですね。その前向きな考えがあるなら、畠山様はきっと大成しますよ」

「ははっ、尾州畠山の現当主が約七年間紀伊国で諦めなかった事を知りましたからね。私でも何かできるんじゃないかと思っただけですよ。……ですが、ありがとうございます」
 
 これは俺も知った時に驚いた。畠山 稙長は、遊佐 長教に追放されながらも紀伊国で力を蓄えて、昨年尾州畠山の当主に返り咲いたという話だ。これが心の支えになっているのだろう。木沢一族の件は、拘ると自分自身が前に進めないとでも考えているのかもしれない。こうした話を聞くと、お飾りとは言え名門の当主になれたのには理由があったのだと考えてしまう。やはり馬鹿では務まらないものなのだろう。

「分かりました。そう仰って頂けて安心しました。改めてようこそ土佐へ。歓迎致します。何か困った事がありましたら、遠慮なく仰ってくださいね」

 ついつい前世のクセで右手を差し出してしまったが、それに異を唱える事無く当たり前のように握手を交わしてくれる。気が付けば俺達二人は笑っていた。都落ちした悲壮感を感じさせない良い顔である。

 今日俺は、こうして犯罪者四名を受け入れた。
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