国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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三章 敗北者達の叫び

閑話:陽動と突入

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 あれから約一月の時が流れる。俺は今日も本願寺の末寺で鍛錬を続けていた。

 最初は人数が集まり次第すぐにでも飯盛山城に出陣するのかと思っていたが、拍子抜けしたような平和な日々を送っている。毎日の楽しみが、たらふく食える美味い飯というのがよく分からない。

 こうした日々を送る一番の理由は、現場が膠着状態に陥っているからだ。どうやら今も和平交渉が続いているらしく小競り合いばかりを続けているそうだ。まだ本格的な攻城戦に発展する素振りが見えないとの事であった。

 結果、「より入念な準備を」という話となり、現在は別働隊が現地調査を行っていると教えてくれた。何でも城への侵入路やら城内の構造の把握、果ては拉致する人物の特徴を調査しているとの事である。最初にここに来た時には押し込み強盗でもするかのような勢いだったのに、随分と入念な準備をするものだと感心する。

 あの隊長は見かけによらず慎重な性格なのかと思っていたら……どうやら俺達の雇い主からの指示であったと副隊長が教えてくれる。予想通りと言うか、隊長の方は早く暴れたくて仕方がないらしく、雇い主の指示に文句を言っているとの事。

 それでも抜け駆けして先走らない所が隊長らしいと言える。

 こうなると俺達傭兵組は暇になるのかと思っていたら、実はそうではない。隊長の鬱憤晴らしも兼ねたしごきに付き合わされる羽目となる。まあ俺も、隊長の強さを知りたかったのでそう悪い話ではなかったりする。

 馬路党との鍛錬に付き合って分かった事だが……やはりアイツ等は無茶苦茶だった。武芸の鍛錬の時間が相当少ない。普通は型を繰り返して技を磨いていくものだが、するのは基本のみという有様である。高度な型は「知らないし、やらない」の一言で終わっていた。

 重視するのは身体の動きや持久力である。見よう見真似で俺達もやらされていたが、柔軟という身体を柔らかくする変な動きや、これまた変な踊りにしか見えないが体幹を鍛えるという鍛錬を執拗に行っていたのが印象的である。後は、膝を曲げて伸ばすだけの「すくわっと」という変な踊り。これもしょっちゅう行なっていた。

 そして、馬路党は模擬戦をよく行なう。「袋竹刀」という割った竹を組み立てて袋を被せた擬似的な刀を使用するのが特徴だ。木刀だと下手すると怪我をさせる恐れがあるという何とも軟弱な理由である……と最初の内は思っていた。

 だが、俺の考えは間違っていた。アイツ等は強い。木刀だと怪我を恐れてかお互いが間合いを取ることが多いが、馬路党の隊員は平気で前に出てくる。俺が一つ攻撃を入れるとお返しに三つ攻撃を入れてくる凶悪さだ。気が付けばいつもボロ布のようにされていた。「袋竹刀」という打たれても痛くないという安心感が一歩前に踏み出す勇気を与えるのだろう。これがアイツ等の強さの秘訣じゃないかと思う。

 馬路党との鍛錬はことごとく俺の常識の枠外であった。

 そう言えば常識の枠外というのがまだある。この寺には初めて見る武器が大量にある事だ。焙烙玉はまだ良い。村上水軍も使っていると言われている火を付けると爆発する陶器製の礫の一種である。名は聞いた事があったが、現物を見たのは初めてであった。数があり得ない程あるという問題があるが、副隊長曰く「爆発しなければ良いだけ」と笑っている異様さだ。俺達は大量の火薬と一緒に毎日寝起きしている。

 もう一つ。煙玉という武器がある。これは導火線に火を付けしばらくすると、もくもくと煙が上がってくる代物だ。ただ煙を出すだけの物に何の意味があるのか最初は分からなかったが、使い方が分かると「これは面白い」と何度も火を付けて遊ぶ。同じ傭兵仲間からは迷惑そうな目で見られていたが、気にはしなかった。

 あの隊長でさえ、煙玉の着火は何度も練習しているという。俺自身、これは戦場でのかく乱という意味ではとても有用だと思うが、残念ながら傭兵内では受けが悪い。

 いや、理解者が一人だけいた。名を川崎 時盛かわさきときもりと言う。遠くは越前えちぜん国の出身で、現在は諸国を漫遊しながら修行をしている身らしい。今回の話を修行にはうってつけと考え応募した変人である。刀にも槍にも通じ、達人並みに強い。噂では応募の際、隊長をもう少しで負かす位まで追い込んだらしい。……そんな男が、よく俺と一緒に煙玉で遊んでいる。何でもこの煙玉を兵法に取り入れたいと考えているようだ。そんな人物だから焙烙玉にも興味深々であるが、こちらは爆発音がうるさいとかで本番までお預けらしい。とても残念そうな顔をしていた。

 後は「ばある」という途中で折れ曲がった金属棒もあったりするが、こちらは武器というよりは道具として使う物らしい。

 そういった訳で、今の俺達は傭兵というよりは共同生活を送る仲間のようになっていた。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「おおっ、今日も美味そうだな」

 今の生活において最も楽しみな時間と言える飯の時間。

 俺達も随分大所帯になっていた。以前に副隊長が言っていた三〇〇人は超えるんじゃないだろうかという人数がここで暮らしている。そうなると食事一つ取っても大変な量となり、専ら大鍋で煮炊きするような献立が殆んどだった。

 けれども、俺達は文句の一つも言わない。理由は単純明快。美味いからだ。しっかりと味付けされており、肉まで入った具沢山である。しかも一日三回食えるし、腹一杯になるまで食える。

 集められた目的から、もう一月以上外には出ていない。堺の町で飲み歩くなんて以ての外だ。普通に考えれば血の気の多い俺達が大人しくするなんてできる訳がないが、奇跡的に問題も起こらず平和に過ごしているのはこれが理由であった。問題を起こした途端に飯抜きとなる。後、隊長に日々へとへとになるまでしごかれるので喧嘩なんてする体力が残っていないというのもあるが、まあそれは良い。

 立ち昇る匂いから、今日は味噌味の雑炊と思われる。こうした調味料をきちんと使った飯が当たり前に食えるのが何とも嬉しい。慣れない内は少し塩辛いかと思ったが、今ではこちらの方が当たり前となった。

「ほらっ、しっかりと残さず食えよ」 

「分かってるって。野菜を残したりしねぇよ」

 木製の椀に溢れんばかりに雑炊が注がれる。何故か飯炊きはいつも馬路党の奴等が担当しており、俺達傭兵組は後片付けだけで良い。隊長曰く飯炊きも鍛錬の一つらしい。必要となる食材の量の計算や火の扱い等々、学べる事が多いとの事である。よく分からないがそういうものだそうだ。

 それはそうと、ここの飯は野菜が多く入っている。強い体を作るには野菜をしっかり食べるのが必須との事だ。俺は特に好き嫌いをする事なく全部食べるが、傭兵組は野菜嫌いが意外と多い。残そうとすると大体隊長や副隊長に殴られる。大の大人が泣きながら無理矢理野菜を食わされるのは、最早ここの名物でもある。俺達の事を考えてくれているのは分かるが、馬路党のやり方はこういう所が良く分からなかった。

 そんな楽しくも美味い食事時ではあるが、今日はいつもと様子が違う皆のざわつきがこの場を満たす。

 ──理由は、木箱の上に乗った隊長が真剣な顔で俺達を見ていたからである。

 やがて、

「注目!!」

 と大きな声を響かせた。

 緊張感の漂う雰囲気に誰もが固唾を呑む。勿論俺もだ。隊長の口から何が出るのかはほぼ全員が分かっている中での答え合わせ。一字一句聞き逃さないようにと一斉に静まり返る。

 そんな中でようやく飛び出す言葉。

「食いながらで良いから楽にして聞け。五日後、ついに飯盛山城まで出陣する事が決まった。城内の構造がようやくある程度分かったとの事だ」

『おおっーー!!』

「押忍!! 隊長、その言葉をずっと待ってました!」

 場内がてんやわんやの状態となった。

 楽しみにしていた者、冷静に現実を受け止める者、もうすぐタダ飯が食えなくなるなと思う者、反応は様々。だが、誰一人恐怖の声を上げないのが頼もしい。

「それでだな。今回のお役目では部隊を二つに分ける。一つは城内に突入して要人を攫う部隊。もう一つは陽動として騒ぎを起こし、突入の支援をする部隊だ!」

 ここで告げられたのは衝撃の事実。

 言いたい意味は分かる。城を包囲している敵を分断をするという兵法だ。小数で攻め込むには困難な山城への突入が、し易くなると言いたいのだろう。あくまでも、城内に突入するのは「馬路党」。捨て駒の囮は俺達『傭兵』。

 これまでの日々が嘘だと思うくらい一気に興醒めする自分自身がいた。馬路党となら面白い戦いができると期待していた想いが音を立てて崩れていく。こんな所に来るんじゃなかったと後悔の念が広がる。他の傭兵達も俺と同じように考えているのが手に取るように分かる。俺達が望んでいたのは、死を掛けるに値するやり甲斐のある戦場にでる事なんだよ。……畜生。

 けれども、そんな怒りを一瞬で忘れさせるような発言が隊長の口から出る。

「勿論、俺達馬路党は陽動として派手に暴れる方だ!! 馬路党の名前を畿内の奴等に骨の髄まで刻んでやるぞ!」

『応!!』

「…………えっ?」

「あっー、お前等傭兵組は突入の方な。杉谷のおっさんの指示に従えよ。色々と手配してくれているみたいだから、何とかなるだろう。陽動はお前等にはやらん」

 落差のある隊長の口調に馬路党の隊員だけがどっと笑う。対する俺達傭兵組は開いた口が塞がらず完全に沈黙したまま。隊長の言った言葉の意味は理解できているというのに、感情でそれを理解できない状態がずっと続いていた。

「分からん奴等だな。堺の街中での"試し"を思い出せ。近い間合いだったろう。それが答えだ」

 つまり、今回の傭兵募集は建物内での戦いを想定し、それに対応できそうな者を集めたと言いたいのだろう。確かにそうだ。俺も隊長と殴りあった。城内での戦いは長い槍や弓は不向きで逆に足手纏いとなる場合もある。特に今回の役目を考えるなら、近距離での攻防が肝となるのは間違いなかった。

 …………何なんだ? コイツ等は命が惜しくないのか? 俺も充分に馬鹿だと思っていたが、コイツ等は俺以上の馬鹿だ!

 けど、どうしてだろう。何故かコイツ等が格好良く見えてしまう。俺が持っていない何かを持っているからだろうか? いや違う。きっと俺はこういう馬鹿になりたくて、この場にいるのだ。

 そう思った途端、自然と喉から言葉が溢れ出た。

「押忍隊長! 相談があります!!」
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