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三章 敗北者達の叫び

閑話:傭兵募集

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 天文一一年(一五四二年)八月 堺 松山 重治

「あの立て札か。本当にありやがった。眉唾な噂も時には信じてみるもんだな」

 ここ最近の堺の町で話題をさらう傭兵募集の話。畿内では長く戦乱が続き、今日も戦に事欠かない。傭兵募集なんてのはそこら中に溢れている。だが、詐欺も良い所の仕事だ。立身出世を夢見たおのぼりさんか、食い詰めた浪人くらいしか引っ掛からない。

 なんて事はない。やらされるのは死んで当たり前の戦場に放り込まれて、「手柄を立ててこい」と言われるだけ。まともな武具さえも与えてくれない。雇い主は俺達の事なんてその辺の雑草と同じ位にしか思っていないような奴等ばかりだ。

 それでも万に一つの幸運が転がり込んでくるかも知れねぇと思いながら、何度か手弁当で頑張ってはみた。結果は御覧の通り。生きて戻ってくるのが精一杯の地獄ばかりだった。

 しかも、そういった時の仕事ほど報酬を渋りやがるときたもんだ。まだ何処かの大店おおだなの用心棒でもしている方が実入りが良い。

 俺も男と生まれたからには名を上げたいと思い、故郷からここ堺までやってきたが、もういい加減汚れ仕事には飽き飽きしていた。今では堅気の仕事に手を染めたり、故郷に戻って貧しいながらものんびりとした生活も悪くはないな……なんて考えていた頃である。

 ──その傭兵募集の噂を聞くまでは。

 傭兵募集はここではありふれている。それでも噂になるというのは理由がある。

 とにかく色々とおかしい。まず「強き者募集」という文言。傭兵なのだから集まるのは腕に自信のある奴等ばかりだ。弱いのに傭兵になろうとする奴なんてまずいない。この時点で間違っていた。

 次に報酬が絶対におかしい。相場の軽く三倍はある。しかも食事や寝る場所、果ては武具等まで支給されると言う。至れり付くせりの高待遇だ。逆に嘘ではないかと眉をしかめてしまう。

 最後がイカれてるとしか言いようがない。「死よりも名を尊ぶ者のみ来たれ!」という言葉。まるで最初から死が確定しているような内容だ。普通ならまずこんな内容では募集しない。

 こんな傭兵に応募する奴は馬鹿だ。幾ら報酬が高くとも命を失うのなら無意味としか言いようがない。貰った金はあの世ででも使えと言うのか? こんなふざけた話、酒の肴にもならない。

 ──けどな、

 それくらいじゃなければ面白くない。これでこそ花の咲かせ甲斐がある。戦場いくさばは元々が死んで当たり前。しかし生き残った先には名誉と金が待っている。こうした大博打に魅力を感じるから俺は堺までやって来た。こういうのを待っていたんだよ。

 そんな思いで噂の出所を手繰っていけば、ようやく目的の立て札が見つかる。

 そこには、弁慶もかくやと言わんばかりの体格の良い男が一人立ち尽くしていた。泡を吹いて地面に寝転がっている五人のゴロツキには見向きもしない。歯ごたえが無かったのか、物足りなそうな顔で空を見ている。

 ふとした拍子に目が合った。

「おい、そこのお主。今回のお役目に必要なのは強き者だけだ。お主がどれ程の強さか俺が見定めてやる」

「良いねぇ。そうこなくっちゃ。そこに転がってる奴等と同じに思ってもらっちゃ困るな。俺は一味違うぜ」

 何も言わずとも分かるのか、ぶっきらぼうにその男は声を掛けてくる。ここで引き下がり様子見するのも一つの手だ。しかしそれでは、何のためにこの場に来たのかが分からなくなる。虎穴に入らずんば虎児を得ず。良いぜ、その喧嘩買ってやろうじゃないか。

 俺も大概の馬鹿である。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「ほぅ、言うだけの事はあるな。少しは良い運動になりそうだ。楽しみだな」

「そりゃどうも。アンタがそう言ってられるのも今の内だけだと思うがな」

 俺の挑発を喜ぶかのように獰猛な笑みで目の前の男が近付いてくる。俺だから分かるが、軸がしっかりしており動きに淀みがない。ただ歩くだけで相手の実力の片鱗を見た気分だ。何者だコイツは。

 加えてあの丸太のように太い腕。これではそこら辺のゴロツキなら一溜まりもないのが分かる。

「どうした? 構えないのか? 腰に差している物を使えば良かろう。俺は無手だが遠慮は無用だ」

「はっ! そう言われちゃ黙ってられないな。ここで抜いたら俺がアンタより弱いと言っているようなもんじゃねぇか。こちらも無手で相手してやるよ」

 そう言いながら、いていた刀をその辺に投げ捨てる。俺にも意地がある。こんな奴に嘗められたままではいられなかった。

 俺の行動に驚いたのか、男はその場で立ち止まる。やがて「ほぉ」と一言呟き、

「その心意気に免じて最初の一撃は好きなように打たしてやる。いつでも掛かってこい」

 と更に挑発をしてくる。「力は拳で示せ」と言っているように聞こえた。

「……良いだろう。松山 重治いざ参る!」

 一歩ずつ摺り足で距離を計りながらも間合いを詰めていく。相手は目で俺を追いつつもその場から動かない。言った通り、本当に動かないつもりだ。

 こんな時、下手な小細工は逆に身を滅ぼす。やろうと思えば、石を蹴ってぶつけるなり、砂をブン投げるなり卑怯な手は幾らでもある。だが、ここでそんな事はしない。むしろ相手はそれを想定していると思った方が良い。なら、どうするか──

 ダン

 間合いに入った瞬間、地を蹴って大きく前に出た。

 着地後、すぐさま腕を振り被り、そのまま全体重を乗せた拳で殴りつける。

 ──答えは一つしかない。自身が使える最も強い一撃を繰り出す。相手の度肝を抜くなら、これ以上の方法はあり得ない。気迫を込めた右拳が、吸い込まれるように男の顔面へと導かれた。

 人通りのまばらなその空間に俄かに乾いた音が響く。

「へっ、どうだ。俺を甘く見るからこうなるんだよ。そのまま倒れちま……何ぃ!」

 これ以上ないくらいの強烈な突きを放ったというのに、相手は崩れる事もなければ後ずさりさえもしない。それもその筈。顔面目掛けてへの攻撃のつもりが、当たっているのは額の部分。当たる直前、咄嗟に身を屈めて額を突き出して凌ぎやがった。

「良い攻撃だったぞ。だが甘いな」

 何事もなかったようにそううそぶく。その声に触発されたのか、今度は俺の右手が痛み出した。こちらが攻撃したというのに傷を負う。石頭にもほどがあった。

「では次はこちらの番だ。馬路党隊長、馬路 長正参る。国虎様より教わった必殺の技、とくと味わえ!」

 気付いた時には遅かった。男が大きく身体を捻ったと思うと、側頭部に鈍器で殴られたような重い痛みが走る。視界がおかしくなり、どうなったかも分からない。分かった事と言えば、俺の身体が宙を舞い、地面にそのまま激突したというだけだった。

「つ、強ぇ……」

 後はそのまま意識が遠のく。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「はっ、ここは何処だ。……痛つつ、まだ痛みやがる」

 意識が戻った途端、急いで飛び起きるとそこは見知らぬ建物の中。ひどくガランとした空間。よく見ると奥には様々な道具が置いてあるのが分かる。

「寺……か。一体どういう事だ?」

「ここは堺からほど近い本願寺の寺の一つです。ようやく目覚めましたか。隊長、手加減無しで殴ったみたいですね」

 声がする背後を振り向くと、そこには大柄な体格の男がいた。こいつも先の殴りあった男と大差ない身体の大きさである。最近の堺はこんなおかしな連中がうようよいるのか。

 声を掛けてきた男は馬路党副隊長の魚梁瀬 修理と名乗る。隊長の馬路 長正が俺を殴り気絶させた後、治療のためにこの寺まで運んできたと教えてくれた。

 確かに頭の左に何かあるな……薬草を解して宛がっているようだ。意外と優しいの……か?

「それにしてもどうして……」

「ああ、気絶していたのでお話できませんでしたが、松山殿……で合っていますか? その松山殿が今回の傭兵募集に合格したんですよ。隊長が『コイツは見所がある』と褒めてましたよ」

「それで良いのか? 俺はあの隊長とやらには一発で負けたんだぞ。それでも合格というのが良く分からないな」

「あっー、あの隊長に勝てるのは本気の達人くらいのものでしょう」

 どうやら馬路党という部隊の中でもあの隊長は別格らしい。それだけ実力の差があるのだから応募に来る者が勝てるなどとは露ほども思っていないそうだ。そんな中、こうして実力を認めて連れて帰って来たのは珍しいと教えてくれた。

 今回の件も「拳で俺に挑んできた」と喜んでいたと言う。気骨のある者が好みだそうだ。

「そういうものかねぇ。ま、結果的に合格したんだから喜ばないとな……って、そう言えば俺の刀、あの時捨てたままだった。やっちまったー」

「安心ください。きちんと刀も持ってきてますから。……見た所、随分とくたびれてますね。どうしますか? こちらで武具は用意するつもりですが、愛用ならそちらを使って頂いて構いませんが」

「本当か? そいつは嬉しいねぇ」

「はい。数打ちですが。主よりそうするよう言われておりますので。勿論役目が終了した暁には報酬も用意します」

 こうしてトントン拍子に話が進む。装備や報酬だけではない。役目が終わるまではここを寝床としても使って良いとの事。しかも食事も提供してくれると言う。噂は全て本当だった。

「……と言うか、アンタ等の主ってのはどういうお大尽なんだ? 俺もこれまで何度か傭兵に参加したが、これ程のは初めてだぞ」

「まだ貴方にそこまでは話せませんね。……そうですね。生き残ったらお話ししましょう」

「そりゃそうだ。今ならケツまくって逃げるかもしれねぇからな。……それで俺はこんな所にまで来て何をやらされるんだ?」

「それはケツまくって逃げる事はしないと捉えて良いですか?」

「こっちも言い方が悪かったな。今更逃げはしないから安心しな。それで?」

「そう難しいお願いをする訳ではないですよ。我々が貴方達とする事は、河内国は飯盛山城に篭城している木沢 長政の遺児である木沢 相政きさわすけまさ殿を攫ってくるだけですね。途中、取り囲んでいる幕府軍を蹴散らさないといけないのが少し大変ですが」

 木沢 長政は先の戦で負けた側の軍を率いていた将だと聞いている。そうか、あの戦はまだ終わっていなかったのか。

 飯盛山城と言えば、その名の通り河内国は飯盛山に築かれた巨大な山城だ。その辺の小さな砦とは違う。戦が続いている以上、囲む兵の数が一〇〇や二〇〇というのはあり得ない。ウン千、いや下手をすると万の兵が今も取り囲んでいるのは想像に難くない。

 馬路党はその中を突っ切って、更には城の中まで突入する。俺達はそれを支援するというのが役割だろう。さらりという事ではない。

「おいっ、それは本気で言っているのか?」

「何を臆しているのですか? 『全員倒せ』と言っている訳ではないのですから、何とかなるでしょう。数は三〇〇もあれば充分です」

「はっ……はは……」

 隊長と比べてこの副隊長は話が通じると思っていたが、完全に俺の勘違いだった。馬路党……で良かったのか? 一体コイツ等は何なんだ? こんなイカれた奴ばかりなのか。

 だが俺も似たようなものだ。こうも自信たっぷりに言い切られると、できるような気がしてしまった。何か悪い物でも食ったのだろうか? いや違う。この祭りに俺も参加したくて堪らないのだ。

 馬鹿は死ななきゃ治らない。
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