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二章 奈半利細腕繁盛記
海賊大将
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忙しくも騒々しい日々。気が付けば奈半利にやって来て三年が過ぎていた。
今更ではあるが元々は一年間限定という形で始めた三地域の領主。雑賀衆との商談の数日後、一応三人には延長するかどうかの確認を取ったが「そう言えばそんな事もありましたね」と随分と間抜けな回答をもらう。要は満場一致で延長が決定した。個人的には皆を振り回してばかりだったような気がするが、今ではそれが日常になっているようだ。但し、道清は除く。
元親お爺様からも領主業を継続するよう手紙をもらっており、まだ帰らなくとも良いとの事だ。数ヶ月に一度、畑山 元明殿が様子見にやってくるが、この一帯の変化にいつも舌を巻いている。父上達にどんな報告をしているかは分からないが、感触的には良さそうだ。
そうそう。母上からは、手紙の内容が素っ気なさ過ぎるのでいつも駄目出しを食らっている。その上で「たまには顔を見せに戻って来い」と書かれていた。半年に一度は実家に顔を見せに行っているのだが、それでは足りないらしい。きっと親というのはそういうものなのだろう。
そんなこんなで今も領主が続けられている。
「随分と変わったな」
「そうですね」
ここは俺のお気に入りのスポットでもある一帯が見渡せる高台。初めてここに来た時と比べると見える景色は大きく様変わりしていた。良い意味でも悪い意味でも。
明と暗、それとも繁栄と衰退、もしくは蝶となって飛び立つ前の蛹と言うべきか。多分誰もがここまで変化するとは思っていなかったろう。
俺達がこの地で種を蒔いた事業の多くは紆余曲折がありながらもすくすくと育っていた。今では各部門で慢性的に人手が足りない状態となっている。沿岸部に増えた数々の建物がその証明だ。無計画に乱立したカオスの状態。それでも笑い声と喧騒が絶えない活気のある町並みである。
片や内陸部に目を移すと今度は真逆の印象となる。長閑と言うには度を越した寂れ具合であった。今も村から働き手が現在進行形で減っている姿がそこにある。具体的には最初は手伝いから。やがては期間限定で雇用され、家族を家に置いての単身赴任。最後は正規雇用となり、家族を呼び寄せるという具合だ。結果、誰も耕そうとはしない雑草の生い茂った田畑だけが残されていた。無人となった家は資源を無駄にできないので解体させている。
そんな奇妙とも言える姿が眼下に広がっていた。
まだ今はその時ではないが、いずれは耕作放棄地を二束三文で買い取り、一大プランテーションへと変貌させるつもりである。とても楽しみだ。
なお、最近は戦自体が無いのでバレてはいないが、村がこんな状態では兵の動員は行なえないという隠し事がある。もし敵襲があれば、降伏か逃亡の二択になるだろう。そんな事が起きないよう、少しずつではあるが常備兵を増やし対策をしている。現在は一〇〇名程まで何とか揃える事に成功。主に金銭的な理由で数が揃えられないのは残念だが、専業なので質でカバーする。戦となれば足りない分は馬路家から借りる算段だ。
その馬路家の村とは現在も良好な関係が続いている。硝石丘はまだまだ先の話だが、木材や炭は勿論、思った以上に早くウサギや鹿の肉が安定供給されるようになった。後は馬路村の代名詞となっているゆずも手に入るようになる。
俺も知らなかったが、鹿革というのは武具として必需品であるにも関わらず日本国内での安定供給先が無かったらしい。応仁の乱より戦の続くこの時代、畿内での戦いは終わりが見えそうにない。そんな状況を堺の商人達が見逃す筈が無かった。予想通り鹿革の売却先は簡単に見つかり、右から左に流すだけで銭が転がり込んでくる。簡単なお仕事だ。その上、堺からのお客様なので港の使用税とも言える津料まで手に入る。二度美味しい。
食糧支援を止めない限り、この関係は長く続くだろう。
また、あの一件以来雑賀衆との付き合いも続いていた。と言うよりも、向こうが俺達との距離をどんどん詰めてきていた。ウチで作った弁才船の購入は当然だが、こちらに船大工を寄越してまで製造を手伝ってくれるほどの入れ込みようである。技術提携のようなものだろうか? お互いの職人達には良い刺激となり、切磋琢磨しあっている。特に今まで手の回らなかった新人教育を引き受けてくれるのが大きいと親信が言っていた。工房も大きくなり、人も増え、数も捌けるようになる。こちらとしては大助かりであった。
それだけではない。奈半利製の塩や魚醤、清酒のお得意様となってくれ、商売上でも良い関係が続いている。堺で商品を捌く訳ではないので好きなようにできるらしい。最近では「早く新しい商品を提供しろ」とまでせっつかれるまでになっていた。
地域の発展はうなぎ上り。倍々ゲームで動かす金が増えている。毎月の証文の処理が大変になる程だ。けれども借金の返済は一切していない。大事な事なのでもう一度言おう。借金の返済は一切していない。倍々ゲームで動かす金が増えているのは、利益の殆んどを再投資に回しているからである。幾ら儲かっていようと今の俺達に借金の返済をする余裕はまだ無い。自転車操業上等である。
債権者である商人達もこの一帯の発展を見ているからか、流れを止めて返済させるよりも、より大きな取引をしてこの機会にがっぽり稼ごうと考えているようだ。拡大が止まった瞬間、借金取りが大挙して押し寄せる……という事にはならないようにしないとな。
それはさて置き、良い循環が回ってきているこんな時に悪さをするのが親信である。
本来的には俺がもう少し細かな点まで目を配っていれば何も問題は無かった。単純に理解していなかったのだ。モノ作り大国日本の技術者の性質を。アイツ等は休む事を知らない。特にそれが未知の新技術となれば尚更だ。数日徹夜するなんて朝飯前と言える。
何をしていたかと言うと、俺に隠れて試作の縦帆の帆船を作っていたのだ。
船はそう詳しい訳ではないが、縦帆の船の特徴は風上方向へ進める事である。とても画期的な船らしい。風待ちの必要もなければ突然風向きが変わっても立ち往生する事なく航海ができるのだと言う。ウチで作っている弁才船でも採用されている横帆では考えられないそうだ。本当かどうかは知らないが。
当然技術者にとってこの試作船は格好の新しい玩具である。話を聞かされた時はさぞ狂喜乱舞しただろう。そうした事情も知らず、親信から完成の報告を聞かされて急いで工房に入った時は、完成した船よりも床にそのまま寝転がってマグロになっている船大工達の方に驚いてしまった程だ。コイツ等無茶しやがって。
一番の問題点である資材の調達をどう行なったのかという疑問はあるが、親信は絶対に言わないし、真実は闇に葬られる。これだけでも充分問題だと思うが、ここから更に問題が発覚する。
何と安田家の伝手を辿って惟宗 国長という海賊大将を呼ぶ段取りをしていたのだ。
誰もが知っている事だが、船というのはただその場にあるだけでは意味が無い。操船できる肝心の人間がいなければ宝の持ち腐れだ。だからこそである。
これは俺自身の不勉強だろう。お隣の甲浦の港を領有する惟宗家は安芸氏の庶流である。そこからの枝分かれはないと思っていた。だが実際には続きがあった。何と親信の家である安田家はこの惟宗家が祖先であったのだ。惟宗家は安田の性を名乗る事もあるらしい。驚きである。
つまり、安田家は安芸家の親戚の親戚である。畑山家ほどの強固な繋がりはないが、惟宗家も安田家も始まりは安芸家であった。どおりで元親お爺様や父上が俺をこの地に派遣する事を許す筈だ。余程信頼されているんだな。
話が逸れた。そうした親戚である事を利用して、親信は試作船のテストパイロット (?)を確保していたのである。何の伝手もない所からラブコールを受けても怪しいだけだが、親戚筋や見知った相手から「貴方の力がどうしても必要です」と言われれば、悪い気がしないのが武士の習性である。
俺個人としては、この惟宗 国長に対して史実の「盆踊りを見に行ってたら長宗我部に城を落とされていた」という強烈なエピソードを知っていただけに完全なネタキャラ扱いである。それが海賊大将とくればギャップを感じずにはいられない。そんな事で大丈夫なのだろうか?
しかも親信はそんな国長をスカウトする気だと白状する。いずれ組織する水軍の中心人物として考えているのだそうだ。まだ会った事も無い人物なのにどうしてこんな評価ができるのか俺には分からなかった。
いずれにせよ段取りしてしまった以上は今更断れない。お笑い海賊大将とならない事を祈るだけであった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
この時代の海賊には平時での収入源は大きく三つある。一つは漁師として魚や貝等の海産物を得る事。もう一つは、縄張りとする領海の安全な航路を案内するという名目で得る通行税。そして最後の三つ目が、
「おぅ、来たぞ」
「またかよ。いい加減こういうのは止めて欲しいんだが……」
「なら今日は奴隷買わないでおくか?」
人攫いとセットとなっている奴隷の販売である。戦国時代の奴隷と言えば九州が有名だが、ここ土佐の地でも普通にあった。
「いや、買うけど」
これが最近ここ奈半利に遊び (操船の練習)に来るようになった惟宗 国長との挨拶だ。正直和やかに交わす挨拶の内容ではない。
──海賊大将は本気で海賊大将だった。
コンビニにお金をおろしに行く感覚で奴隷販売の会計を済まそうとするなんて止めて欲しい。毎回五人から六人程度連れてくる。枷で行動の自由を奪っている姿は何度見ても心が痛むが、買う側である俺にも責任がある。何度毅然とした態度で断ろうと思った事か……。
曰く「ちょっとその辺の海辺の村から攫ってくる」との事だ。何かが間違っている気がするが、さすがは戦国時代。倫理観が激しく欠如している。
攫ってくる当の本人は、「食うや食わずの生活を送るよりはここで奴隷として働く方が遥かに良い」と俺の言葉に耳を傾けるつもりはない。頬に矢傷を残す武闘派ヤクザも真っ青な雰囲気の男がカラカラと笑う。自身では良い事をしていると思っている節があるだけにより性質が悪い。
俺は本来であれば犯罪の片棒は担ぎたくはない。だが、ここ奈半利での事業が現在進行形で拡大中という事もあって、常に人が足りないという切実な事情がある。そのため、例え連れてくるのが女性や子供がメインだったとしても基本的に全員買い取っていた。成人男性に比べて割安というのもある。
何故攫ってくるのが女性や子供ばかりかと言うと、単純に手間の問題だそうだ。成人男性は抵抗が激しいらしい。仮に楽に攫える成人男性がいたとしても怪我持ちや病気持ち等の「いわくつき」が多いのだとか。こういった時、安く買い叩かれるのが関の山である。聞きたくなかった戦国人攫い事情。
確かに国長の言う通り、ここでの生活なら雨露は凌げるし飢える事は無いだろう。しかしそれは、あくまで表面上。現実には大部屋での雑魚寝に飯も配給制である。これを「環境が良い」と言い切るのには語弊がある。
しかも俺の手はそれほど長くない。当然逃げ出す奴もいたりするが、それを手厚く保護するだけの余裕は持ち合わせていなかった。何をするにしても環境の厳しいこの時代は、逃亡すると死亡一直線である。山の中で女性や子供が生き延びられるほど現実は甘くない。
勿論、仕事の効率を考えると監視付きで強制労働させるなんて馬鹿な事はしない。人手の足りない部署で皆と同じように働いてもらうだけである。紡績辺りは格好の働き場所だ。働きに応じて給金を渡すし、食べ物も提供している。だが、突然見ず知らずの場所で「食うために働け」と言われるのは相当なストレスだろう。
こんな葛藤を抱えながらでも奴隷を受け入れざるを得ないこの現実が腹立たしい。そんな思いで今日もまた奴隷を買い取る。ある意味俺は、戦国時代の洗礼を受けていた。
そして俺はこの問題の解決方法を…………とっくの昔に分かっている。それはとても単純で困難な道。もっとこの奈半利を経済発展させれば良いというだけだ。そうすれば今よりも少しはマシになる。
海賊大将との出会いは俺が今まで見て見ぬフリをしていた事実に気付かされる出来事となった。
今更ではあるが元々は一年間限定という形で始めた三地域の領主。雑賀衆との商談の数日後、一応三人には延長するかどうかの確認を取ったが「そう言えばそんな事もありましたね」と随分と間抜けな回答をもらう。要は満場一致で延長が決定した。個人的には皆を振り回してばかりだったような気がするが、今ではそれが日常になっているようだ。但し、道清は除く。
元親お爺様からも領主業を継続するよう手紙をもらっており、まだ帰らなくとも良いとの事だ。数ヶ月に一度、畑山 元明殿が様子見にやってくるが、この一帯の変化にいつも舌を巻いている。父上達にどんな報告をしているかは分からないが、感触的には良さそうだ。
そうそう。母上からは、手紙の内容が素っ気なさ過ぎるのでいつも駄目出しを食らっている。その上で「たまには顔を見せに戻って来い」と書かれていた。半年に一度は実家に顔を見せに行っているのだが、それでは足りないらしい。きっと親というのはそういうものなのだろう。
そんなこんなで今も領主が続けられている。
「随分と変わったな」
「そうですね」
ここは俺のお気に入りのスポットでもある一帯が見渡せる高台。初めてここに来た時と比べると見える景色は大きく様変わりしていた。良い意味でも悪い意味でも。
明と暗、それとも繁栄と衰退、もしくは蝶となって飛び立つ前の蛹と言うべきか。多分誰もがここまで変化するとは思っていなかったろう。
俺達がこの地で種を蒔いた事業の多くは紆余曲折がありながらもすくすくと育っていた。今では各部門で慢性的に人手が足りない状態となっている。沿岸部に増えた数々の建物がその証明だ。無計画に乱立したカオスの状態。それでも笑い声と喧騒が絶えない活気のある町並みである。
片や内陸部に目を移すと今度は真逆の印象となる。長閑と言うには度を越した寂れ具合であった。今も村から働き手が現在進行形で減っている姿がそこにある。具体的には最初は手伝いから。やがては期間限定で雇用され、家族を家に置いての単身赴任。最後は正規雇用となり、家族を呼び寄せるという具合だ。結果、誰も耕そうとはしない雑草の生い茂った田畑だけが残されていた。無人となった家は資源を無駄にできないので解体させている。
そんな奇妙とも言える姿が眼下に広がっていた。
まだ今はその時ではないが、いずれは耕作放棄地を二束三文で買い取り、一大プランテーションへと変貌させるつもりである。とても楽しみだ。
なお、最近は戦自体が無いのでバレてはいないが、村がこんな状態では兵の動員は行なえないという隠し事がある。もし敵襲があれば、降伏か逃亡の二択になるだろう。そんな事が起きないよう、少しずつではあるが常備兵を増やし対策をしている。現在は一〇〇名程まで何とか揃える事に成功。主に金銭的な理由で数が揃えられないのは残念だが、専業なので質でカバーする。戦となれば足りない分は馬路家から借りる算段だ。
その馬路家の村とは現在も良好な関係が続いている。硝石丘はまだまだ先の話だが、木材や炭は勿論、思った以上に早くウサギや鹿の肉が安定供給されるようになった。後は馬路村の代名詞となっているゆずも手に入るようになる。
俺も知らなかったが、鹿革というのは武具として必需品であるにも関わらず日本国内での安定供給先が無かったらしい。応仁の乱より戦の続くこの時代、畿内での戦いは終わりが見えそうにない。そんな状況を堺の商人達が見逃す筈が無かった。予想通り鹿革の売却先は簡単に見つかり、右から左に流すだけで銭が転がり込んでくる。簡単なお仕事だ。その上、堺からのお客様なので港の使用税とも言える津料まで手に入る。二度美味しい。
食糧支援を止めない限り、この関係は長く続くだろう。
また、あの一件以来雑賀衆との付き合いも続いていた。と言うよりも、向こうが俺達との距離をどんどん詰めてきていた。ウチで作った弁才船の購入は当然だが、こちらに船大工を寄越してまで製造を手伝ってくれるほどの入れ込みようである。技術提携のようなものだろうか? お互いの職人達には良い刺激となり、切磋琢磨しあっている。特に今まで手の回らなかった新人教育を引き受けてくれるのが大きいと親信が言っていた。工房も大きくなり、人も増え、数も捌けるようになる。こちらとしては大助かりであった。
それだけではない。奈半利製の塩や魚醤、清酒のお得意様となってくれ、商売上でも良い関係が続いている。堺で商品を捌く訳ではないので好きなようにできるらしい。最近では「早く新しい商品を提供しろ」とまでせっつかれるまでになっていた。
地域の発展はうなぎ上り。倍々ゲームで動かす金が増えている。毎月の証文の処理が大変になる程だ。けれども借金の返済は一切していない。大事な事なのでもう一度言おう。借金の返済は一切していない。倍々ゲームで動かす金が増えているのは、利益の殆んどを再投資に回しているからである。幾ら儲かっていようと今の俺達に借金の返済をする余裕はまだ無い。自転車操業上等である。
債権者である商人達もこの一帯の発展を見ているからか、流れを止めて返済させるよりも、より大きな取引をしてこの機会にがっぽり稼ごうと考えているようだ。拡大が止まった瞬間、借金取りが大挙して押し寄せる……という事にはならないようにしないとな。
それはさて置き、良い循環が回ってきているこんな時に悪さをするのが親信である。
本来的には俺がもう少し細かな点まで目を配っていれば何も問題は無かった。単純に理解していなかったのだ。モノ作り大国日本の技術者の性質を。アイツ等は休む事を知らない。特にそれが未知の新技術となれば尚更だ。数日徹夜するなんて朝飯前と言える。
何をしていたかと言うと、俺に隠れて試作の縦帆の帆船を作っていたのだ。
船はそう詳しい訳ではないが、縦帆の船の特徴は風上方向へ進める事である。とても画期的な船らしい。風待ちの必要もなければ突然風向きが変わっても立ち往生する事なく航海ができるのだと言う。ウチで作っている弁才船でも採用されている横帆では考えられないそうだ。本当かどうかは知らないが。
当然技術者にとってこの試作船は格好の新しい玩具である。話を聞かされた時はさぞ狂喜乱舞しただろう。そうした事情も知らず、親信から完成の報告を聞かされて急いで工房に入った時は、完成した船よりも床にそのまま寝転がってマグロになっている船大工達の方に驚いてしまった程だ。コイツ等無茶しやがって。
一番の問題点である資材の調達をどう行なったのかという疑問はあるが、親信は絶対に言わないし、真実は闇に葬られる。これだけでも充分問題だと思うが、ここから更に問題が発覚する。
何と安田家の伝手を辿って惟宗 国長という海賊大将を呼ぶ段取りをしていたのだ。
誰もが知っている事だが、船というのはただその場にあるだけでは意味が無い。操船できる肝心の人間がいなければ宝の持ち腐れだ。だからこそである。
これは俺自身の不勉強だろう。お隣の甲浦の港を領有する惟宗家は安芸氏の庶流である。そこからの枝分かれはないと思っていた。だが実際には続きがあった。何と親信の家である安田家はこの惟宗家が祖先であったのだ。惟宗家は安田の性を名乗る事もあるらしい。驚きである。
つまり、安田家は安芸家の親戚の親戚である。畑山家ほどの強固な繋がりはないが、惟宗家も安田家も始まりは安芸家であった。どおりで元親お爺様や父上が俺をこの地に派遣する事を許す筈だ。余程信頼されているんだな。
話が逸れた。そうした親戚である事を利用して、親信は試作船のテストパイロット (?)を確保していたのである。何の伝手もない所からラブコールを受けても怪しいだけだが、親戚筋や見知った相手から「貴方の力がどうしても必要です」と言われれば、悪い気がしないのが武士の習性である。
俺個人としては、この惟宗 国長に対して史実の「盆踊りを見に行ってたら長宗我部に城を落とされていた」という強烈なエピソードを知っていただけに完全なネタキャラ扱いである。それが海賊大将とくればギャップを感じずにはいられない。そんな事で大丈夫なのだろうか?
しかも親信はそんな国長をスカウトする気だと白状する。いずれ組織する水軍の中心人物として考えているのだそうだ。まだ会った事も無い人物なのにどうしてこんな評価ができるのか俺には分からなかった。
いずれにせよ段取りしてしまった以上は今更断れない。お笑い海賊大将とならない事を祈るだけであった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
この時代の海賊には平時での収入源は大きく三つある。一つは漁師として魚や貝等の海産物を得る事。もう一つは、縄張りとする領海の安全な航路を案内するという名目で得る通行税。そして最後の三つ目が、
「おぅ、来たぞ」
「またかよ。いい加減こういうのは止めて欲しいんだが……」
「なら今日は奴隷買わないでおくか?」
人攫いとセットとなっている奴隷の販売である。戦国時代の奴隷と言えば九州が有名だが、ここ土佐の地でも普通にあった。
「いや、買うけど」
これが最近ここ奈半利に遊び (操船の練習)に来るようになった惟宗 国長との挨拶だ。正直和やかに交わす挨拶の内容ではない。
──海賊大将は本気で海賊大将だった。
コンビニにお金をおろしに行く感覚で奴隷販売の会計を済まそうとするなんて止めて欲しい。毎回五人から六人程度連れてくる。枷で行動の自由を奪っている姿は何度見ても心が痛むが、買う側である俺にも責任がある。何度毅然とした態度で断ろうと思った事か……。
曰く「ちょっとその辺の海辺の村から攫ってくる」との事だ。何かが間違っている気がするが、さすがは戦国時代。倫理観が激しく欠如している。
攫ってくる当の本人は、「食うや食わずの生活を送るよりはここで奴隷として働く方が遥かに良い」と俺の言葉に耳を傾けるつもりはない。頬に矢傷を残す武闘派ヤクザも真っ青な雰囲気の男がカラカラと笑う。自身では良い事をしていると思っている節があるだけにより性質が悪い。
俺は本来であれば犯罪の片棒は担ぎたくはない。だが、ここ奈半利での事業が現在進行形で拡大中という事もあって、常に人が足りないという切実な事情がある。そのため、例え連れてくるのが女性や子供がメインだったとしても基本的に全員買い取っていた。成人男性に比べて割安というのもある。
何故攫ってくるのが女性や子供ばかりかと言うと、単純に手間の問題だそうだ。成人男性は抵抗が激しいらしい。仮に楽に攫える成人男性がいたとしても怪我持ちや病気持ち等の「いわくつき」が多いのだとか。こういった時、安く買い叩かれるのが関の山である。聞きたくなかった戦国人攫い事情。
確かに国長の言う通り、ここでの生活なら雨露は凌げるし飢える事は無いだろう。しかしそれは、あくまで表面上。現実には大部屋での雑魚寝に飯も配給制である。これを「環境が良い」と言い切るのには語弊がある。
しかも俺の手はそれほど長くない。当然逃げ出す奴もいたりするが、それを手厚く保護するだけの余裕は持ち合わせていなかった。何をするにしても環境の厳しいこの時代は、逃亡すると死亡一直線である。山の中で女性や子供が生き延びられるほど現実は甘くない。
勿論、仕事の効率を考えると監視付きで強制労働させるなんて馬鹿な事はしない。人手の足りない部署で皆と同じように働いてもらうだけである。紡績辺りは格好の働き場所だ。働きに応じて給金を渡すし、食べ物も提供している。だが、突然見ず知らずの場所で「食うために働け」と言われるのは相当なストレスだろう。
こんな葛藤を抱えながらでも奴隷を受け入れざるを得ないこの現実が腹立たしい。そんな思いで今日もまた奴隷を買い取る。ある意味俺は、戦国時代の洗礼を受けていた。
そして俺はこの問題の解決方法を…………とっくの昔に分かっている。それはとても単純で困難な道。もっとこの奈半利を経済発展させれば良いというだけだ。そうすれば今よりも少しはマシになる。
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