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二章 奈半利細腕繁盛記

ビジネスパートナー

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 道清にああは言ったが、俺は何とか北川家に渡す利益を最低限にする方法を考えていた。いくら相手が小さな勢力だとしても下手に力を持ち過ぎるのは後々を考えると厄介になるのは確実である。こちらの金で仮想敵が強くなるなんて冗談にも程があるだろう。けれども、今後は木材需要が増えるのは確定と来ると、実に悩ましい問題であった。

 これを解決するのはただ一つ。平たく言えば、新たな木材供給源が欲しい。

 方法としてはまだ手付かずの奈半利の奥地を利用するというのがある。しかしこれだと新規事業になるので、新たな予算や人員等多くのリソースを割かねばならない。現在の俺達にはそれだけの余裕はまだ無かった。

 そうすると、お隣の惟宗家を頼るというのが一番の近道だと思うが……距離がある分、調達コストが上昇する点が問題である。

 ゆくゆくは商圏拡大をするため、高くても惟宗家との付き合いは増やす必要はあるが、今はまだその時ではない。

 現状俺が求める木材供給先の条件としては……、まず距離が遠くない事、次に高価にならない事、こちらに対して従順または友好的である事、更には取引上こちらが有利である事、経済的にこちらに依存している部分があるなら尚良い。最後は北川家に対して牽制をできる存在である事という辺りであろうか……。

「そんな都合の良い所無いよなぁ」

 改めて諸条件を考えると無茶振りも甚だしい。そんな相手がいるなら、むしろ積極的に取り込みをしたいとさえ思う。本当にあればだが……。まあ、この問題は急ぎではないのでしばらくは先送りで良いだろう。現状では近場からの切り出しで何とかなる。

 そんな事を考えながら安田城に顔を出すと、珍しく安田益信が姫倉右京と難しい顔をしながら何かを話し合っていた。今の体勢になってからは益信には総務全般……というか面倒な事務仕事はほぼ全て丸投げ、右京には商人との窓口になってもらい、売買のやり取りをしてもらっている。

 右京は以前から木材の取引で商人との付き合いがあり手馴れているというのもあるが、本人がいずれ船を使った交易を担当したいという希望があり、任せていた。

「殿、丁度良い所に。実は……」

 何かトラブルでもあったのかと聞くと、この一帯に勢力を持つもう一つの家の話を聞かされる事となる。

馬路うまじ家? この周辺にそんな家があったのか。初めて知ったぞ」

「この安田城から川に沿って北にずっと進んだ所にあるのですが、そこから食料を分けて欲しいと頼まれまして……。今は収穫前ですから、こちらにも余裕が無いのでどうしようかと話し合っていたのです」

「最近戦でもしたのか? それとも流行り病でも出したのか?」

「いえ、場所が場所だけによく食糧不足になるのです。馬路家は山中にある村なのですが……」

「なっ、山か! なら木材を売ってるんじゃないのか? 二人共、俺が許すから援助しろ。それと益信は安芸城に食糧支援の要請、右京は商人から食糧を買い漁れ。高くなっても問題無い。後でこの分は全て取り返せるから心配するな」

『はっ!』

 まさかこんな都合の良い存在があるとは思わなかった。即答で援助を決定する。馬路家というのは良く分からないが、ゆずのジュースの馬路村の事だろうか? いや、そんな事はどうでも良い。ある意味これが土佐の多くの村の姿なのかもしれないが、木材以外の主力商品が無く、山中のために土地が耕作に適しておらず食糧不足という弱点を抱えている……よくこれまでやってこられたと思う。多分普段からギリギリの生活を送っているのだろうな。

 それにしても……経済的に自立できていない村がこんな近くにあったとは何と素晴らしい。しかも場所は北川家の北に位置する。山の中なので実質的には隣接しているとは言い難いが、これで後は俺達に従順であれば完璧だ。北川家の封じ込めが狙える。是非忠実な犬……もといビジネスパートナーとしたい。

 状況的に考えればこういった場合、「食糧支援で言う事を聞かせる」というのが最もポピュラーだろう。けれどもそれでは面白くない。下手をすると反抗心を植えつける悪手にもなり得るし、最悪北川家と手を結ばれてしまう。これだけはマズイ。ならば……産業を育成させて安く買い叩く方が良い。いや、これだと言い方が悪い。ここは「下請けとしてこき使う」という表現の方が正しいだろう。

 育成させる産業には幾つかの腹案があるが……一度現地を見てみたいな。

「殿、何考えているのですか? 物凄く悪い顔をしていますよ」

「これくらいならまだ大丈夫だ。宍喰屋との時はもっと酷かった筈だぞ」

 二人共が俺の顔を見てげんなりとした表情をしていた。もしかしたら前回の宍喰屋の件を思い出したのかもしれない。矢継ぎ早で指示を飛ばした際は俺の事を尊敬の眼差しで見ていたというのに、一瞬にしてコレである。ともあれ、今回の被害者は二人ではないから安心だろう。

 妙な誤解はあるが、今回の一件は無意味な偽善ではなくきちんと利益に繋がると理解されたと思いたい。収穫前の最も値段の高い時期に食料を買い漁るんだ。この対価はきっちりと頂く。首を洗って待っていろよ馬路家。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「おおっー、良い所じゃないのか? 壮観だな」

 三カ月後、俺達は馬路家を訪ねる事にした。食糧支援諸々の処理を終わらせ、秋の収穫を終え、空いた時間ができるまでに時間が掛かったからである。そして、奈半利、田野、安田の三地域は予想通り今年の収穫から数字は落ちていた。仕方ないと言えば仕方ないが……。

 早速宍喰屋には食料買い付けの指示を出し、出入りの中小の商人には土佐国内からの食料の買い付けを依頼する。特に香宗我部の領地からは米以外の雑穀も買い付けするよう指示を出した。益信や右京からは「こんな事をしたら香宗我部の力が増す」と反対されたが、きちんとその意味は説明しておいたので渋々納得してくれた。今はまだまだ動かせる金額が小さいので影響力は少ないだろうが、いずれは効果が表面化するだろう。その時までのお楽しみである。

 なお、出入りの商人から「田村たむらからの買い付けはどうしますか?」と尋ねられたので、当然そこからも買うように依頼した。最近知ったが、この田村と言うのは守護代家の細川ほそかわ様が代々治める場所らしく (現在は守護代ではない)、ここ土佐でも有数の穀倉地帯だそうだ。現状は大きく買えないが、繋がりを持って悪くない相手である。

 原資は塩を販売した利益となっている。宍喰屋がいつも喜んで買ってくれるので大助かりだ。

 そんな訳で本日は俺と一羽、それに益信と道清に護衛一〇名程の御一行となった。道が険しいので、俺や一羽は護衛に背負子で背負われての移動となる。

 安田川を遡り、勾配のきつい地面を一歩ずつ確実に進める。直線距離としてはそれほど遠くない。安芸城に行くのと同じくらいだ。けれども山道の踏破は容易ではない。途中休憩を挟みながらというのもあったが、朝に出発したというのに馬路家の村に到着した時には日が暮れはじめていた。

 背負われていた俺は途中の景色を眺めながらの物見遊山だったが、皆は慣れない山道を歩いたのだから随分と疲れたろう。特に俺を背負ってくれた護衛には戻ったら差し入れをしないとな。

 そうして俺達は馬路家の者達と会う事になるのだが……ある意味恐ろしい事になってしまった。

 今日俺達が訪問する事は事前に知らせておいたので敵襲と勘違いされる等の大きな混乱は起きないだろうと思っていた。けれどもその認識は大間違い。何と集落に入った途端、まるで救世主かと思うような扱いを受けてしまう。馬路家の面々は一族総出でやってきて、初対面からスライディング土下座でもするような勢いでひれ伏されてしまった。主にまだ七歳のガキである俺に対して。

 本当、何が何だか分からない。

 馬路家の当主曰く、今回の食糧援助は感謝してもしきれないらしく、その上でこの集落で新たな産業を興すと言ってくれるのは前代未聞だそうだ。これまでは援助をお願いしても高値で食料を売りつけられる事しかなかったらしい。

 あまりの扱いの悪さに「これまで何やってたんだ」という思いで益信を睨みつけるが、当然視線を合わせようとはしない。道清に至ってはガハハと笑うだけで、何も考えていないのが丸分かりであった。

 誰もが目の前で精一杯のこの時代、お隣の事などどうでも良いと言うのは良く分かる。けれども、同じ安芸家の仲間なのだから足元を見るのだけはよろしくない。こういう考えは俺の方が変なのだろうか? いや、俺も俺でひどい事をしようとしているか。

 ともあれ、これは多少無理をしてでも計画を前倒しした方が良いか。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 翌日。大人達は前日の夜に歓迎の宴ではしゃいでいたが、俺は子供だという事で早々に眠りについた。予想はしていたが、やはり山は温度が下がるのでとても寒かった。このごろは当たり前のように和葉かずはと一緒に寝る日々になっていたので、久しぶりの一人寝となる。今回和葉はお留守番。最初は「一緒に行く」と駄々をこねたが、体力的な問題で断念をする羽目になる。

 それはさて置き、朝から村を見て回っているが……予想よりも平地はあるし家の数も多い。刈り入れが終わっているからはっきりとはしないが、田んぼもかなりある。失礼な話ではあるが、確認するまでは限界集落というか過疎の村だと思っていた。これで食糧不足になるというのは意外である。

 やはり、標高が高いので温度が低くなっている点や日照時間の短さが影響しているのだろうか? 個人的には肥料を使っての土壌改良や正条植え等をしっかりと行なえば大丈夫なような気もするが、考えが浅いのだろうか? そんな事をつらつらと考えていた。

「天然温泉もあると言うし、思った以上に良い所じゃないのか? 住むとなると色々と不便はあるだろうが……」

「国虎様、それは褒めていないと思います」

「まあそう言うな」

 隣にいる一羽は今日もツッコミが厳しい。大人達は昨日の宴ではしゃぎ過ぎたのだろう。まだ今は二人だけなので、周りを気にせず発言できるのがありがたい。

「けど、村がこの状態なら下手に手を入れない方が良さそうだな……金も掛けられないし……」

 奈半利では産業の特化という大胆な改造ができたが、他所でこういった事は早々できない。勿論、ここが馬路家の領地というのもあるが、資金的にも今は手一杯である以上は大きな投資もできないという事情があった。

「殿ぉー! 申し訳ございません」

 どうにか考えが纏まってきた所で、ようやく残りのメンバーが到着する。必死で走ってきたのか皆の息が乱れて、到着した途端にへたり込む者までいた。護衛としての一羽もいる上にここは山の中だ。襲われる事もないだろうに「皆心配性だな」と他人事のように思う。面白かったのが、馬路家の者は俺にこの領地の素晴らしさを懇切丁寧に伝える機会を失った事だろう。俺が「粗方見終わった」と言うと、物凄くがっくりしていた。観光案内でもしたかったのかと一瞬思ってしまった。

「こういう所で言うのもどうかと思うが、まあ聞いてくれ」

 全員の息が戻り落ち着いたのを見計らって、聞きたいであろう結論だけを先に言う事にした。俺がどんなとんでもない話をするのか、一斉に注目が集まる。既に前科があるので仕方ないと思うが、今回はそう無茶な内容ではないので安心して欲しい。

「これからも馬路家とは仲良くやっていきたいし、望むなら援助を続けても良い。それも毎年」

「本当ですか?」

「但し、しっかりと仕事はしてもらうぞ。俺が依頼する仕事は『硝石丘しょうせきおかの管理』だ。これは安芸家における超重要機密となる。どうだ、できるか?」

「はっ、はい。是非やらせて頂きます……と、それで、『硝石丘』とは一体どういうものでしょうか?」

 さすがは馬路家。この一言で十分信用に値する。こういう場合、最初に「かしこまりました」と言える人間は少ない。喜べ親信、これで硝石の目処が付きそうだぞ。

 いずれは長宗我部との戦いも見据えて火器を考えなければと思っていたが、一番大事で臭い思いをする硝石製造を任せられる伝手ができたのが今回の収穫と言える。さて……この出費、何とか商売で取り返すか。
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