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一章 二人の転生者

奈半利へ

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「父上、母上、準備が整いました。四日後から行って参ります」

「そうか、ついに行くのか。無理はするなよ」

「危険な事だけは絶対にしないようにね。時々は顔を見せるのよ」

 天文四年(一五三五年)夏、ついに俺の奈半利行きが決まった。

 向こうでの受け入れ体勢が整ったという事で、現安芸家当主である父上と母上に報告を兼ねた挨拶に来たのだが……母上が普段とは違い随分と悲しそうな顔をしている。これまでの印象では俺に対しては割とあっさりとしていると思っていた。それだけに意外な反応だった。

 もしかしたら情が深い人なのかもしれないな。単純に病弱な兄に掛かりきりで余裕が無かっただけかも、とふと思ってしまう。向こうで変な事をして心配させないようにしないと。

 逆に父上の方は俺の言葉に嬉しそうな顔をしていた。「奈半利で金を稼いで薬を手に入れる」という言い訳を本気で信じている。当然子供ができる事なんてたかが知れてるが、それでも兄上やお爺様のために頑張ろうする気持ちを尊重したいらしい。「その気持ちを忘れなければ国虎は立派な武士になる」と褒めてもくれた。

 二人共、お爺様から聞かされていたのだろう。安芸城周辺で行った事を奈半利でもするという話には納得していた。頭ごなしに否定されるのを覚悟していたが、それは一切無かった事に驚く。これは多分、こちらが勝手に乗り込むのではなく、相手方から望まれてのものだというのも関係していると思う。武家というのは面子を気にするのでこういうのには弱い。

 騙したみたいで少し申し訳ないが、送り出してくれる二人のためにも俺はやらなければいけない。稼ぎが出たら仕送りをして安心させよう。

 あれから二年近く、俺は必死になって頑張った。安芸城周辺なら勝手気ままな振舞いもある程度は許されるが、距離は大きく離れていないとは言え他領である。安芸家の評判を落とさないよう俺が模範的な行動ができないといけない。実際にするかどうかは別として、その技能は必要となる。

 だからこそこれまでとは打って変わって礼儀作法や勉学に励んだ。武芸はまだ早いにしても何かあった時に逃げられるよう、基礎体力の向上を目指してしっかりと運動も続ける。そのお陰かどうか分からないが、周りの人間の見る目も変化し、俺を認める人間が多くなっていった。奇行が鳴りを潜めたのが原因の可能性も多分にある。

 そうした理由でストレッチやラジオ体操をよく一羽兄妹と一緒にしていた。浄貞寺内でする分には人の目を気にしなくて良いという理由だ。走りこみ程度なら誰も文句は言わないが、これらは不思議な踊りにしか見えず、周囲の眉をひそめさせる原因としては十分である。

 その分、二人にはいい迷惑だったとは思うが……。

 最初の頃は動きに付いていけず、本気で不思議な踊りになっていたのは良い思い出である。

 心配していた一羽兄妹の寺での生活も、思った以上に過ごし易かったそうだ。最初の頃はなかなか馴染めずに孤立していたが、俺がちょくちょく遊びに行く上に差し入れをしたり、小坊主達を巻き込んでケイドロや缶蹴り (この時代風にアレンジはする)等の簡単な遊びを一緒にする内に徐々に打ち解けるようになる。凄くどうでも良いが、皆が俺を真っ先に狙ってくる事が多かったのは解せない。提案者は俺なのに見ているばかりだった。

 そうまでしなくても、特に和葉は要領が良いタイプで大人受けも良かったので、変に気にする事もなかったとは思っている。初めて会った時に比べれば二人共随分と明るくなっていた。

 それと寺に入れるまで気付かなかったが、二人は同年代の小坊主と比べると明らかに栄養失調であった。今でこそ肉付きも良くなっているが、抵抗力の弱さから俺の知らない所で病気になっていたかもしれない。そう思うとこの二年は無意味ではなかったと思っている。麻の実は今も俺達のオヤツ代わりである。

 親信の方はと言うと、こちらに直接やってくる事はなかったが、数ヶ月に一度手紙が届き、それで連絡を取り合っていた。俺達が奈半利で生活しやすいよう、準備をしてくれていたようだ。お陰である程度の人数で押しかけても問題無いとの事である。ありがたい。奈半利での生活を始めるに当たって、今一度ゼロからスタートしなければいけないのかと心配をしていたのでほっとする。お爺様や父上からはお小遣いを預かったり、ある程度の人を連れて行っても良いとの許しを得られた。地味だがこれが意外に大きい。

 具体的には酒造りの職人や流下式塩田の関係者等である。船大工ふなだいくも可能なら連れて行きたいが、こっちは無理そうだ。

 ただアイデアを出している時は結果だけを受け取る形で良かったが、いざ自身で何かを始めようとすると各所の根回しや手配、人材の確保等やる事が山詰みでなかなか思うように進まないものだ。そういう意味でもすぐに行かなかったのは正解である。

 そんなこんなで出発までの時間はあっという間だった。

「……今日出発だね、国虎。これが今生の別れになるかもしれないと思うと少し悲しいな……」

「滅多な事言わないでください兄上!」

 今日は具合も良いという事で何とか泰親やすちか兄上と面会が叶ったのだが、いきなり恐ろしい事を言い出す始末。史実ではどうか分からないが、俺の生活向上作戦のお陰で病弱とは言えどもずっと寝たきりになるほどの終末患者ではないのが救いだ。ここ最近は夏風邪を拗らせて伏せっていたが、ようやく快方が見えてきた。

 今は寝所で上半身を起こして俺と話をしている。

 足元の毛皮のブランケットは俺がプレゼントした物だ。ブランケット製作第一号のために多少不恰好な所はあるが、暖かくて兄上のお気に入りとなっていた。初めて使ってもらった時の喜びようは今でも忘れない。

「ゴホ、ゴホ。……相変わらずだね。口さがない家臣に今の国虎を見せたいよ」

「無理は禁物ですよ。私は兄上を支えるだけです。間違っても変な気だけは起こさないで下さいよ」

 正直な所、歴史が改変され兄上が当主を継いでくれるならこれほど嬉しい事はない。兄上には長生きして欲しいと本音で思っている。まだ一〇歳になったばかりだと言うのに楽しい事を知らず亡くなるなんて悲し過ぎるだろう。これまで兄弟らしい事を一度もできていなかったので、元気になれば一緒に色々な事をしたいといつも思っていた。

 それに俺からすれば当主なんてただ面倒なだけだ。元々そんなものは似合わない。煩わしい事に関わらず、領地開発に専念する方が向いていると思っているくらいである。

「本当、この弱い体が恨めしい。本当は私が頑張っている弟を助けないといけないのに、不甲斐ない兄で申し訳ない」

「そんな事より次お会いする時を楽しみにしていますよ」

「国虎……」

 何だか湿っぽい流れになってしまったがこうして兄上との面会は終わった。兄弟同士で争ったりする事もあるこの時代で、こうして仲が良いのも珍しいのではないだろうか? 我が安芸家は一族自体の結束が強いのが嬉しい。

 部屋を辞し、長い廊下を歩きながら今一度誓う。

 だからこそ俺はやる必要がある。家族のため、皆のため、そして俺のために。くだらない史実などクソ喰らえだ。いつか見てろよ長宗我部。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「国虎、見えたぞ! あれが奈半利の港だ」

 ついに俺達の出発の日となった。歩きで行けば遠いとは言え、所詮は同じ勢力圏内の隣の領地である。半日も掛けなくても到着する距離だ。

 ただ……少人数での移動という訳にはいかず、今回は総勢四〇名ほどの御一行様となったので意外と到着が遅れてしまった。

 今回の奈半利行きのメンバーは俺と一羽、和葉の剃髪兄妹は当然として、目付役兼護衛として左京進義兄上、そして引率の先生として元明おじさんとなる。元明おじさんは現地での引継ぎを終えると戻るとの事だ。

 そして後は、清酒 (澄み酒)の技術者等の俺が祖父に提案したアイデアに現場で携わっていた者達。実際に彼らのような存在がいたからこそ、絵に描いた餅が現実化した。数年蓄積されたノウハウがあるのはとても大きい。この人材でロケットスタートをするつもりである。勿論、技術指導の名目で一部を連れてきただけなので、技術移転が終われば元の地に戻る。

 最後が一〇歳前後の子供達が一〇人。俺の親衛隊予備軍である。河原者や農家の次男、三男坊から雇い入れた。当然コイツ等も全員つるっぱげの状態。経歴ロンダリング済みだ。

 本当はもう少し数を揃えて専属の土木作業員として運営したかったのだが、残念な事に今安芸城周辺は景気が良く、職にあぶれている大人がほぼいなかった。河原者もひっくるめての状態で。嬉しいやら悲しいやらである。

 仕方ないので、この一〇人のお子様には日本の小学生でもやっていた集団での行進等、組織的な動きをできるよう仕込んでいこうと思う。これができるようになるだけで相当な戦力となる。今はまだ、だらだらと思い思いに歩くだけの烏合の衆ではあるが……。

 そんな愉快な仲間達でやってきました奈半利の地。これからどんな事が起こるだろうか? もしかしたら、いきなり海賊に攻め込まれたりとかのとんでもない出来事が待っているのかと、ワクワクしながら港の方に目を向けるが……あれっ?

「うわっ、ショッボッ」

 奈半利川と土佐湾の合流地点に数艘の小さな船が停泊しているだけの粗末な施設。建物はある程度あるが、本格的に手を入れている形跡は一切ない。特徴と言えば、積み上げた丸太が転がっている位であった。

 これなら、まだ安芸城近くの海岸の方が人の手がはいっているのではないかと思う程。天然の港と言えば聞こえは良いが、要は何もしていないという意味である。

「親信……アイツ、騙しやがって……」

 口に出した瞬間に気付いたが、まだ手付かずだからこそ俺の力を借りたいのだろう。相変わらず地に足が付いていない。大言壮語も程々にして欲しいと思いながらも、今更引き返す訳にはいかないので腹を括るしかないと諦める。

 フリーハンドで好きなようにできるというのは嬉しいが、何をどこから手をつければ良いか分からない現状。やっぱりゼロからのスタートとなってしまった。

「しゃあねぇ。まずは現状把握からか……」

 こうして俺達の奈半利での前途多難な生活が始まる事となる。
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