6 / 8
その人は、誰?2 熊田side
しおりを挟む
注文の品を運んだ後、在庫のチェックを再開する。気を抜くと、すぐ手が止まってしまい、意識は楓達のテーブルへと向けられてしまう。
お客様のプライベートを盗み聞きするなんて、合ってはいけない。頭では分かっているのに困ったものだ、こっそりとため息をついた。
随分と親しげに会話している楓を見て、付き合っているのだろうか? と、勝手に想像してしまう。
ちょっと……いや、かなり抜けているし、駅で迷子になるレベルの極度の方向音痴。悪い大人に騙されそうだな、なんて他人である熊田も心配してしまう程だ。
お付き合いしている人が、しっかりしていれば安心出来る。はずなのに、何となくモヤッとしたものが心に残ってしまう。
もしかしたら年上の女性に騙されている? 常連客のOL達に対して、戸惑う様子を見せていたから楓を思い出す。
すんなりと楓の心の中に入り込んで、親しげに会話している姿。会話は耐える事無く、ずっと笑顔だ。
「楓、何かデザート食べる?」
「沙織ちゃんは何か食べる?」
「そうねぇ……フルーツタルトにしようかな。決まった?」
「俺はイチゴのタルト」
「やっぱりイチゴかぁ。楓、イチゴ大好きだもんね~」
「そ、そうだよ。変わってないって笑うんでしょ?」
「笑わないよ。逆に変わってなくて安心してる」
「どういう意味だよ、それ……」
「変に染まってなくてホッとしてるのよ。アンタ、昔から騙されやすかったし。あ、すみませーん」
彼女……沙織が軽く手を挙げて熊田を呼ぶ。声に気付いた振りをして、カウンターから出て向かう。
「お待たせ致しました」
「フルーツタルトと、イチゴのタルトを一個ずつお願いします」
「かしこまりました」
注文を受けて下がろうとした所で「あの、熊田さん」と声を掛けられ、ピタリと足が止まる。どうして彼女が自分の名前を知っているんだろう? なんて思うが、楓から聞いたのだろう。
顔に出さないよう、いつも通りの笑顔を向けて頷く。
ホッとした表情の沙織が「楓がお世話になっております」深々と頭を下げてきた。
え? と思う間も無く「沙織ちゃん!」慌てて止めに入る楓が椅子から飛ぶように駆け寄るが……つまずいて転びそうになる。
咄嗟に身体を支えると、随分と軽い事に驚いてしまう。
キチンとご飯は食べているのか、違う心配をしてしまった。
「楓君、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。すみません……」
慌てて離れて、席に着く楓。見た目通り、細いけど……想像以上に軽かった。無意識に楓を支えた感触を反芻して、チラリと顔を見やる。
よほど恥ずかしかったのか、小さく縮こまっていた。
「ここはお姉ちゃんとして、お礼しておかないとね」
「お姉ちゃんじゃなくて、従姉でしょ!」
「センター試験の時、送ってくれたんでしょ? …その節はありがとうございました。この子、極度の方向音痴ですから」
あはは、なんて笑う沙織を見てホッとしている自分がいた。
「僕としても、困ってる楓君を放っておけなかったんです。近くに住んでいる事には驚きましたけどね」
連休明けの出来事を思い出し、ふふっと笑みが零れる。
会う事はないだろうと思っていたのに、近所のアパートに住んでいると聞いた時は驚いたものだ。
「熊田さんのような、頼れる大人が近くにいてくれると、私も安心します」
「僕は何もしてないですよ」
和やかに会話をしていたが、楓が少しだけ不機嫌そうな顔をしている。沙織を取られて、拗ねてしまったのかもしれない。これ以上、待たせるわけにはいかない。
「少々お待ちください。急いでお持ち致しますね」
会釈してカウンターへ戻り、フルーツタルトとイチゴのタルトを持って行った。
会計時、沙織が運転する車で田舎に帰省すると話してくれた。お盆期間は来てくれないのか、と少しばかり残念に思う。
飴玉を渡して「気を付けてね」と送り出した後、客がいなくなった店内は静かだ。
盆期間は来客も殆どない。数年振りに祖父母の家に行ってみるのも悪くはない。
そんな計画を立てながら、スマートフォンを取り出した。画面には《おばあちゃんの家》の番号が表記されていた。
出てくれると良いな、そんな思いを秘めながら、呼び出し音を静かに聞いていた。
お客様のプライベートを盗み聞きするなんて、合ってはいけない。頭では分かっているのに困ったものだ、こっそりとため息をついた。
随分と親しげに会話している楓を見て、付き合っているのだろうか? と、勝手に想像してしまう。
ちょっと……いや、かなり抜けているし、駅で迷子になるレベルの極度の方向音痴。悪い大人に騙されそうだな、なんて他人である熊田も心配してしまう程だ。
お付き合いしている人が、しっかりしていれば安心出来る。はずなのに、何となくモヤッとしたものが心に残ってしまう。
もしかしたら年上の女性に騙されている? 常連客のOL達に対して、戸惑う様子を見せていたから楓を思い出す。
すんなりと楓の心の中に入り込んで、親しげに会話している姿。会話は耐える事無く、ずっと笑顔だ。
「楓、何かデザート食べる?」
「沙織ちゃんは何か食べる?」
「そうねぇ……フルーツタルトにしようかな。決まった?」
「俺はイチゴのタルト」
「やっぱりイチゴかぁ。楓、イチゴ大好きだもんね~」
「そ、そうだよ。変わってないって笑うんでしょ?」
「笑わないよ。逆に変わってなくて安心してる」
「どういう意味だよ、それ……」
「変に染まってなくてホッとしてるのよ。アンタ、昔から騙されやすかったし。あ、すみませーん」
彼女……沙織が軽く手を挙げて熊田を呼ぶ。声に気付いた振りをして、カウンターから出て向かう。
「お待たせ致しました」
「フルーツタルトと、イチゴのタルトを一個ずつお願いします」
「かしこまりました」
注文を受けて下がろうとした所で「あの、熊田さん」と声を掛けられ、ピタリと足が止まる。どうして彼女が自分の名前を知っているんだろう? なんて思うが、楓から聞いたのだろう。
顔に出さないよう、いつも通りの笑顔を向けて頷く。
ホッとした表情の沙織が「楓がお世話になっております」深々と頭を下げてきた。
え? と思う間も無く「沙織ちゃん!」慌てて止めに入る楓が椅子から飛ぶように駆け寄るが……つまずいて転びそうになる。
咄嗟に身体を支えると、随分と軽い事に驚いてしまう。
キチンとご飯は食べているのか、違う心配をしてしまった。
「楓君、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。すみません……」
慌てて離れて、席に着く楓。見た目通り、細いけど……想像以上に軽かった。無意識に楓を支えた感触を反芻して、チラリと顔を見やる。
よほど恥ずかしかったのか、小さく縮こまっていた。
「ここはお姉ちゃんとして、お礼しておかないとね」
「お姉ちゃんじゃなくて、従姉でしょ!」
「センター試験の時、送ってくれたんでしょ? …その節はありがとうございました。この子、極度の方向音痴ですから」
あはは、なんて笑う沙織を見てホッとしている自分がいた。
「僕としても、困ってる楓君を放っておけなかったんです。近くに住んでいる事には驚きましたけどね」
連休明けの出来事を思い出し、ふふっと笑みが零れる。
会う事はないだろうと思っていたのに、近所のアパートに住んでいると聞いた時は驚いたものだ。
「熊田さんのような、頼れる大人が近くにいてくれると、私も安心します」
「僕は何もしてないですよ」
和やかに会話をしていたが、楓が少しだけ不機嫌そうな顔をしている。沙織を取られて、拗ねてしまったのかもしれない。これ以上、待たせるわけにはいかない。
「少々お待ちください。急いでお持ち致しますね」
会釈してカウンターへ戻り、フルーツタルトとイチゴのタルトを持って行った。
会計時、沙織が運転する車で田舎に帰省すると話してくれた。お盆期間は来てくれないのか、と少しばかり残念に思う。
飴玉を渡して「気を付けてね」と送り出した後、客がいなくなった店内は静かだ。
盆期間は来客も殆どない。数年振りに祖父母の家に行ってみるのも悪くはない。
そんな計画を立てながら、スマートフォンを取り出した。画面には《おばあちゃんの家》の番号が表記されていた。
出てくれると良いな、そんな思いを秘めながら、呼び出し音を静かに聞いていた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる