熊カフェ店長と大学生君

千鶴

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小瓶の宝物2

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「ご馳走様でした」

ほどよく腹が満たされ、カフェオレを飲みながらまったりと過ごす。静かな空間だけど、嫌な沈黙ではない。

カフェオレを飲みながら、まったりと過ごす時間は幸せだ。

午後からの講義まで時間があるので、もう少しだけのんびりさせてもらおう。

イチゴジャムはトーストにつけようか。ヨーグルトに入れても美味しそうだな。帰りにスーパーに寄って、食パンとヨーグルトを買おう。

他に美味しい食べ方はないだろうか? スマートフォンを取り出し、検索しようと楓の手が止まった。

店の外から女性の賑やかな声が聞こえてくる。何処かで、聞いた事がある声だな……なんて思っていると、ドアが開く。

カラン、カランと軽快にドアベルが鳴り響き「マスター! 今日も来たよ~」若い女性の声が静かな店内に響く。

何度かすれ違ったことがある、美人OLの三人組だ。

会社の制服ではあるが、スタイルが良く、モデルの様に綺麗で、思わず息を呑んでしまった。都会の女性は綺麗だけど、迫力がある。

ボブショートの女性と目が合うと「可愛いお客さんだ~」なんて言いながら、近付いてくる彼女達。逃げる術もなく、あっという間に三人に囲まれてしまった。

美人に囲まれると言う未知の体験をして、良い香りがするとか、近くで見るとさらに迫力が増す。後威力は何処に消えた? というレベルの感想しか出てこない。

「可愛いねぇ。大学生かな?」

「何度か、すれ違ってたよね。この近くに住んでるの?」

「見てみて、凄く髪がサラサラだよ~。若いっていいなぁ」

髪を触られたり、頬を突かれたり、されるがままだ。三人はキャッキャッと騒いでいるが、迫力がある美人に囲まれた楓は小さく震えている。

どうしよう……半泣きになっている楓は、熊田に助けを求めるようにジッと見つめた。

「君達、若い子で遊ばない。怖がってるでしょ」

「えー。ちょっと位、良いじゃん」

「若い子の反応が新鮮で楽しいんだもん。マスターは、のらりくらり交わすしさぁ」

「君達みたいな若い子が、僕みたいなオジサンを本気で相手する、なんて思ってないからね」

「あたしは本気なんだけどー!」

「はいはい、そういう事にしておきますよ。若い子で遊んだから、今日は端の席ね」

はーい。素直に返事をして、三人組はカウンターの端に座る。

メニューを渡され、賑やかな黄色い声が店内を満たしていく。

熊田と彼女達のやり取りを見て、キュッと胸が締め付けられるような痛みを覚える。モヤモヤした気持ちを悟られないよう、俯いてやり過ごす。

自分だけ特別扱いしてくれている。なんて思い上がっていた。

通う頻度も、店で使う金額にも大きく差がある事なんて、最初から分かっていたことだろうに。

彼女達に対し、砕けた口調の熊田の態度にも、モヤッとしたものを感じていた。

こんな気持ちのまま、カフェにいる事は出来ない。伝票を持って席を立つ。

気付いた熊田がレジへ向かい、三人組が「またね~」と笑顔で手を降ってくる。声を掛けてくれる彼女達を無視するわけにもいかず、ぎこちない笑顔で会釈すると「可愛い~」と声が上がった。

「ごめんね。彼女達、悪気は無いんだけど」

「いえ、大丈夫です。図書館に、用事があったのを思い出したので」

もちろん嘘だ。笑顔を取り繕って、嘘を重ねていく。

彼女達に嫉妬している、なんて言えるわけがない。

「あの子達には言っておくから。お詫びにどうぞ」

お釣りの後に渡されたのは、飴玉二つ。赤と黄の包み……イチゴとレモンだろうか?

「勉強、頑張ってね」

ニッコリと優しい笑顔を浮かべる熊田。その笑顔だけで、モヤモヤしていた気持ちが晴れてしまうのだから、単純だなと思う。

優しさが染みて、涙が滲む。こんな顔を見せられないと、ご馳走様でした。慌てて頭を下げて、足早に店の外へ出た。

少しだけ上がる息は、急いで出てきたからだ。呼吸を整え、思い出したように黄色い包みを開いて口の中に放り投げた。
甘酸っぱい味が、口いっぱいに広がり、今日の講義も頑張ろう。と少しだけ気合が入った。
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