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小瓶の宝物
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この日の講義は午後から。
だけど、少しだけ早めにアラームをセットして起床。洗面所で身なりを整え、楓が向かった先は熊田が経営するカフェだ。
週に一度だけの贅沢が出来る日。いつもの味気ない白米と味噌汁だけではない、美味しいカフェご飯。
カフェへ向かう足取りはいつも以上に軽く、思わず鼻歌すら口ずさんでしまうほどだ。
だけど、ドアを開ける瞬間だけは、どうしても緊張してしまう。優しい笑顔で出迎えてくれる事はわかっている、けど……
両手で、そっとドアを開ければ、軽快にドアベルが鳴り響く。気付いた熊田が、皿を拭く手を止めて「いらっしゃいませ。……おはよう、楓君」変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
ドキッとしながらも、平静を装い「おはようございます」照れながら挨拶を返し、カウンター席へと腰掛けた。
梅雨入り真直の六月半ば。
数日、ジメジメした湿気がまとわり付いて、嫌な季節になったなぁとドアに視線を向ける。
「最近は、湿気が多くて嫌になっちゃうよね」
話を振られて「そうですよね」と肩を竦めて答える。
「梅雨のジメジメが嫌いなので、除湿材を背負って歩きたいです」
「除湿材を? でも、分かるなぁ。服が張り付く感じとか、ジメジメする湿気は、僕も苦手でね。除湿材を背負いたくなる気持ちも分かるよ」
可笑しそうに笑いながらメニューを出される。
もう少しマトモな会話は出来ないのか、と自分でも思ってしまう。謎過ぎる変化球にすら、キチンと答えてくれる熊田に救われている……なんて考えながら、今日は何を食べようかとじっくり吟味する。
今日は何にしようか?
週に一度の贅沢が出来る日とは言え、高価な物は食べられない。ジューシーなハンバーグ定食、といきたい所だが予算は千円以内。
食事に飲み物をつける事を考えると、今後の生活が厳しくなってしまう。自炊できれば、もう少し食費は抑えられるのだが……
真剣にメニューを選んでいると「イチゴジャム作ったから、持って行くかい?」熊田が声を掛けてくる。
イチゴジャム? はて、何の事だろう?
首を傾げると、イチゴジャムを作ると言っていたのを思い出す。その場の雰囲気で出た話しだと聞き流していたが、本当に渡されると思ってはいなかった。
好意は嬉しいのだが、本当に受け取ってもいいのだろうか?
「試作品だから、食べて感想を聞かせてもらえると助かるんだけど、ダメかな? それとも今、渡すのは迷惑かな?」
「い、いえっ! 大丈夫です。けど、本当に貰っても良いんですか?」
「うん。楓君が食べてくれると、嬉しいなぁって思って作ったからね」
ニッコリと笑う熊田に「そういう事でしたら……」小さく頷く。
小さな瓶に入ったイチゴジャムは、割れないようにプチプチの梱包材に包まれていた。
宝物を貰ったような気持ちになり、嬉しくなった楓は両手で瓶を抱える。美味しいイチゴから作ったジャムは、どれだけ美味しいだろうか? 今から想像するだけでも楽しみだ。
「ありがとうございます。次、来た時に感想お伝えしますね」
「うん、楽しみにしてるよ」
満足そうに頷く熊田を見て、胸の奥がこそばゆくなる。
くすぐったくなるような、不思議な感覚。だけど嫌な感じはなくて、優しくてふわふわと温かい。
その正体が何かは分からないが、今はこのままでも良いか。そう考えながら、ボリュームミックスサンドとカフェオレを注文した。
「かしこまりました。少々、お待ちくださいね」
言いながら背を向ける熊田。今日も大きな背中だなぁ、眺めて、まったりと品が出てくるまで待っていた。
大きな皿に乗せられたカツサンド二つ、チーズエッグサンド、BLTサンド。美味しそう! と思ったと同時に、カツサンドが多い事に気付いた。
「カツサンド二つですか?」
「常連さんへのサービスだよ。楓君、いつも美味しそうに食べてくれるからね」
下手なウインク。両目が閉じかかってるウインクを見て、ふふっと笑ってしまう。だけど、週一回のペースで通う楓に対して、常連と認識してもらえる事は素直に嬉しい。
育ち盛りで、食欲旺盛な十八歳。
カフェのご飯だけでは足りないと思い、大学近くのコンビニで、おにぎりを買おうと思っていた。
素直に好意に甘えることにして、いただきます。手を合わせると「どうぞ」と嬉しそうにする熊田が目を細めていた。
だけど、少しだけ早めにアラームをセットして起床。洗面所で身なりを整え、楓が向かった先は熊田が経営するカフェだ。
週に一度だけの贅沢が出来る日。いつもの味気ない白米と味噌汁だけではない、美味しいカフェご飯。
カフェへ向かう足取りはいつも以上に軽く、思わず鼻歌すら口ずさんでしまうほどだ。
だけど、ドアを開ける瞬間だけは、どうしても緊張してしまう。優しい笑顔で出迎えてくれる事はわかっている、けど……
両手で、そっとドアを開ければ、軽快にドアベルが鳴り響く。気付いた熊田が、皿を拭く手を止めて「いらっしゃいませ。……おはよう、楓君」変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
ドキッとしながらも、平静を装い「おはようございます」照れながら挨拶を返し、カウンター席へと腰掛けた。
梅雨入り真直の六月半ば。
数日、ジメジメした湿気がまとわり付いて、嫌な季節になったなぁとドアに視線を向ける。
「最近は、湿気が多くて嫌になっちゃうよね」
話を振られて「そうですよね」と肩を竦めて答える。
「梅雨のジメジメが嫌いなので、除湿材を背負って歩きたいです」
「除湿材を? でも、分かるなぁ。服が張り付く感じとか、ジメジメする湿気は、僕も苦手でね。除湿材を背負いたくなる気持ちも分かるよ」
可笑しそうに笑いながらメニューを出される。
もう少しマトモな会話は出来ないのか、と自分でも思ってしまう。謎過ぎる変化球にすら、キチンと答えてくれる熊田に救われている……なんて考えながら、今日は何を食べようかとじっくり吟味する。
今日は何にしようか?
週に一度の贅沢が出来る日とは言え、高価な物は食べられない。ジューシーなハンバーグ定食、といきたい所だが予算は千円以内。
食事に飲み物をつける事を考えると、今後の生活が厳しくなってしまう。自炊できれば、もう少し食費は抑えられるのだが……
真剣にメニューを選んでいると「イチゴジャム作ったから、持って行くかい?」熊田が声を掛けてくる。
イチゴジャム? はて、何の事だろう?
首を傾げると、イチゴジャムを作ると言っていたのを思い出す。その場の雰囲気で出た話しだと聞き流していたが、本当に渡されると思ってはいなかった。
好意は嬉しいのだが、本当に受け取ってもいいのだろうか?
「試作品だから、食べて感想を聞かせてもらえると助かるんだけど、ダメかな? それとも今、渡すのは迷惑かな?」
「い、いえっ! 大丈夫です。けど、本当に貰っても良いんですか?」
「うん。楓君が食べてくれると、嬉しいなぁって思って作ったからね」
ニッコリと笑う熊田に「そういう事でしたら……」小さく頷く。
小さな瓶に入ったイチゴジャムは、割れないようにプチプチの梱包材に包まれていた。
宝物を貰ったような気持ちになり、嬉しくなった楓は両手で瓶を抱える。美味しいイチゴから作ったジャムは、どれだけ美味しいだろうか? 今から想像するだけでも楽しみだ。
「ありがとうございます。次、来た時に感想お伝えしますね」
「うん、楽しみにしてるよ」
満足そうに頷く熊田を見て、胸の奥がこそばゆくなる。
くすぐったくなるような、不思議な感覚。だけど嫌な感じはなくて、優しくてふわふわと温かい。
その正体が何かは分からないが、今はこのままでも良いか。そう考えながら、ボリュームミックスサンドとカフェオレを注文した。
「かしこまりました。少々、お待ちくださいね」
言いながら背を向ける熊田。今日も大きな背中だなぁ、眺めて、まったりと品が出てくるまで待っていた。
大きな皿に乗せられたカツサンド二つ、チーズエッグサンド、BLTサンド。美味しそう! と思ったと同時に、カツサンドが多い事に気付いた。
「カツサンド二つですか?」
「常連さんへのサービスだよ。楓君、いつも美味しそうに食べてくれるからね」
下手なウインク。両目が閉じかかってるウインクを見て、ふふっと笑ってしまう。だけど、週一回のペースで通う楓に対して、常連と認識してもらえる事は素直に嬉しい。
育ち盛りで、食欲旺盛な十八歳。
カフェのご飯だけでは足りないと思い、大学近くのコンビニで、おにぎりを買おうと思っていた。
素直に好意に甘えることにして、いただきます。手を合わせると「どうぞ」と嬉しそうにする熊田が目を細めていた。
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