1 / 8
出会ったのは優しい熊さん
しおりを挟む
広瀬 楓 十八歳。人生、最大のピンチに陥ってます。
(マジで、辿り着ける気がしないんだけど)
平日の通勤ラッシュ時の駅は、どこから沸いて出てきたんだ? と思ってしまうほど、人で埋め尽くされていた。
受験の為、前日に上京。宿泊したホテルから、受験会場まで電車を乗り継いで行こうとしていたのだが……絶賛、迷子中である。
楓自身、母譲りの超方向音痴である自覚はあった。それは従姉も知っていて『当日、一緒に行ってあげようか?』申し出てくれた。高校生にもなって、従姉に付き添いしてもらうのは恥ずかしい、と羞恥が勝り断ってしまったが、今となっては後悔している。
絶対に道に迷うだろう、と分かっていたので予定時間より早めに出発。スマートフォンのナビのおかげで、無事に駅まで辿り着けた。……が、駅構内が大迷宮だった。
もちろん駅員に尋ねた。日本語なのに、何を言っているのか理解出来ず、首を捻り何度も聞き返す。虫の居所が悪かったのか、忙しいラッシュ時に説明するのが面倒だったのか、眉を顰め、あからさまため息をつく駅員に「すみません。もう、大丈夫です」慌てて会釈して、立ち去ったのは二〇分前の話だ。
何番線とか、○○行きの電車とか言われても分からない。田舎者でも分かるように、細かい説明をお願いします。
駅をさ迷い歩いて1時間半が経過していた。早めに出発したといっても、流石に時間もギリギリだ。気ばかり焦るが、違う電車に乗り込むのは危険だ。
恥を忍んで、従姉に電話するべきだろうか……
スマートフォンの画面を見ながら険しい表情をする。絶対にバカにされるけど、遅刻は出来ない。
通話ボタンを押そうとしたところで「大丈夫? もしかして迷子?」と背後から声を掛けられ、ビクリと大袈裟に肩を震わせた。
自分に声を掛けてくれているのだろうか?
明らかに迷子になっているのは、楓しかいない。他の人は歩みを止める事無く、真っ直ぐ目的地へと向かっている。そんな中、ポツンと立っている楓は、誰がどう見ても迷子なわけで……。
ゆるりと振り向くと、黒いコートに大きな紙袋を抱えている男性が立っていた。声を掛けてくれた男性が優しそうだが、身長が高くて、見上げなくてはいけない。
(熊だ。大きな熊がいる)
ポカンと見上げてしまう。
田舎から上京してきた楓に、変な壷を売り付けたり、宗教の勧誘だったりするのでは? 一瞬の内に、様々な疑念が巡り、無意識の内に引き腰になってしまう。
「あ、急にごめんね。さっき通りかかった時、駅員さんに道聞いてるの見てたんだよ。まだいるから、迷子なのかなって」
「…………っ!」
都会は怖いところだよ。知らない人に声を掛けられても、応じちゃいけないよ。出発前、身内のお年寄りから、耳にタコが出来るくらい、聞かされた言葉が甦る。
目の前の男性は、本当に悪い人なのだろうか?
笑うと目尻が下がり、優しい笑顔を向ける男性が悪い人とは思えない。だけど、詐欺師は優しそうな風貌をしているとも聞いた事がある。
困っているのは事実だが、知らない大人に声を掛けられ、ホイホイついて行くほど世間知らずではない。この場合、どう対応するのが正解なのか分からず、逃げるチャンスを窺う。
引き腰になっている楓に気付いたのか「僕、怪しい人だよね。えっと、ちょっと待ってて……」そう言いながら財布を取り出す。さらにその中から出てきたのは免許証。
「…………?」
「妖しいけど、怪しい人じゃないです。僕の身分証です」
「……くまだ、さん?」
「熊田 順平です。君が困っているように見えたから、声を掛けました」
「あ、はい」
意図せず、名前を当ててしまった事は伏せておこう。
提示された免許証を見ると、記載されている名前も顔写真も、熊田のもので間違いはないようだ。
楓のような子供相手に免許証を提示して、身元を明かすような人ならば、悪い人ではないはず。信用するに値する確信を得て、楓は置かれている状況を伝える事にした。
「迷子です。どの電車に乗れば良いのか、分からなくて」
改めて言葉にすると、かなり恥ずかしい。
駅員の○番線ホーム、○○行きの電車、快速急行だの、各駅停車だの分からない言葉ばかりで、頭がパンクしそうになっていた。色々説明されるも、広すぎる駅構内を一人で歩くのは至難の業だ。
頼れる人が出来た。ずっと一人で心細かった所に、現れた救世主にじわりと涙が溢れそうになる。迷子になった上に、人前で泣くなんて恥ずかしい事は出来ない。グッと堪え、俯く楓の頭をポンと大きな手が撫でてくれた。
「大丈夫。絶対に間に合わせるから。センター試験だよね? 何処の大学かな?」
「えっと……○○大学です」
「……僕も同じ方向だから、駅まで一緒に行こうか。君が迷惑じゃなければだけど」
「迷惑なんて! むしろ、俺の方が迷惑掛けてるのに……あの、お願いできますか?」
「もちろん。少し急ごうか」
「は、はい!」
「この人混みだからなぁ…僕のコートの裾、掴んで良いよ。はぐれたら大変だからね」
優しい笑顔を向けながら、どうぞ。と裾を差し出される。
高そうなコートの裾にシワを作ってしまうのは、正直気が引ける。連絡手段がない中、熊田とはぐれてしまったら、それこそ遅刻確定だ。
申し訳なく思いながら、控えめに裾を掴み、目的地へと歩き出した。
満員電車に揺られ、大学の最寄り駅に到着した。
先ほどの駅に比べると、人が多くない。地元の駅に比べれば人の通りも多く、改札口も複数あり、一人では出口までたどり着けなかっただろう。
改めて熊田に礼を述べると「大した事はしてないよ」と変わらぬ、優しい笑顔にホッとする。
何かを思い出したように鞄から取り出したのは、何故か油性マジックとホッカイロ。色々な物が入ってるなぁ……考えていると「君の名前を教えてもらえるかな?」そう尋ねられる。
楓も熊田の身元も知っているし、目的地まで連れてきてくれた事もあり、警戒心が薄れていた。まぁ、名前くらいなら……
「広瀬 楓です」
「楓君、ね。……うん、上手く出来た!」
ホッカイロに何かを書いて、満足そうに頷いている。差し出されたホッカイロには、ちょっと不細工な熊と《頑張れ、楓君》と綺麗な文字が記されていた。
ちょっと不細工な熊のイラストと、綺麗な文字のギャップに笑いながら「ありがとうございます」とホッカイロを両手に包み、深々と頭を下げた。
「うん、行っておいで。……大学までの道は大丈夫?」
「制服を着てる人達について行くので、だっ大丈夫です……多分」
自信がなくなり、ドンドン小さくなっていく声に、熊田はキョトンとしている。その後、吹き出して「それは大丈夫なのかな?」可笑しそうに笑っていた。
「きっと大丈夫です! 駅から距離もないですし、多分。……あの、ここまで案内してくれてありがとうございました。受験、頑張ってきます!」
「頑張ってくるんだよ」
もう一度、頭を下げて、足早に改札口を通り抜ける。
チラリと肩越しに振り向くと、楓を見送ってくれる熊田が小さく手を降っている。グッと両手を握り締め、気合を入れる楓。最後に軽く頭を下げ、試験会場の大学へと向かったのだった。
(マジで、辿り着ける気がしないんだけど)
平日の通勤ラッシュ時の駅は、どこから沸いて出てきたんだ? と思ってしまうほど、人で埋め尽くされていた。
受験の為、前日に上京。宿泊したホテルから、受験会場まで電車を乗り継いで行こうとしていたのだが……絶賛、迷子中である。
楓自身、母譲りの超方向音痴である自覚はあった。それは従姉も知っていて『当日、一緒に行ってあげようか?』申し出てくれた。高校生にもなって、従姉に付き添いしてもらうのは恥ずかしい、と羞恥が勝り断ってしまったが、今となっては後悔している。
絶対に道に迷うだろう、と分かっていたので予定時間より早めに出発。スマートフォンのナビのおかげで、無事に駅まで辿り着けた。……が、駅構内が大迷宮だった。
もちろん駅員に尋ねた。日本語なのに、何を言っているのか理解出来ず、首を捻り何度も聞き返す。虫の居所が悪かったのか、忙しいラッシュ時に説明するのが面倒だったのか、眉を顰め、あからさまため息をつく駅員に「すみません。もう、大丈夫です」慌てて会釈して、立ち去ったのは二〇分前の話だ。
何番線とか、○○行きの電車とか言われても分からない。田舎者でも分かるように、細かい説明をお願いします。
駅をさ迷い歩いて1時間半が経過していた。早めに出発したといっても、流石に時間もギリギリだ。気ばかり焦るが、違う電車に乗り込むのは危険だ。
恥を忍んで、従姉に電話するべきだろうか……
スマートフォンの画面を見ながら険しい表情をする。絶対にバカにされるけど、遅刻は出来ない。
通話ボタンを押そうとしたところで「大丈夫? もしかして迷子?」と背後から声を掛けられ、ビクリと大袈裟に肩を震わせた。
自分に声を掛けてくれているのだろうか?
明らかに迷子になっているのは、楓しかいない。他の人は歩みを止める事無く、真っ直ぐ目的地へと向かっている。そんな中、ポツンと立っている楓は、誰がどう見ても迷子なわけで……。
ゆるりと振り向くと、黒いコートに大きな紙袋を抱えている男性が立っていた。声を掛けてくれた男性が優しそうだが、身長が高くて、見上げなくてはいけない。
(熊だ。大きな熊がいる)
ポカンと見上げてしまう。
田舎から上京してきた楓に、変な壷を売り付けたり、宗教の勧誘だったりするのでは? 一瞬の内に、様々な疑念が巡り、無意識の内に引き腰になってしまう。
「あ、急にごめんね。さっき通りかかった時、駅員さんに道聞いてるの見てたんだよ。まだいるから、迷子なのかなって」
「…………っ!」
都会は怖いところだよ。知らない人に声を掛けられても、応じちゃいけないよ。出発前、身内のお年寄りから、耳にタコが出来るくらい、聞かされた言葉が甦る。
目の前の男性は、本当に悪い人なのだろうか?
笑うと目尻が下がり、優しい笑顔を向ける男性が悪い人とは思えない。だけど、詐欺師は優しそうな風貌をしているとも聞いた事がある。
困っているのは事実だが、知らない大人に声を掛けられ、ホイホイついて行くほど世間知らずではない。この場合、どう対応するのが正解なのか分からず、逃げるチャンスを窺う。
引き腰になっている楓に気付いたのか「僕、怪しい人だよね。えっと、ちょっと待ってて……」そう言いながら財布を取り出す。さらにその中から出てきたのは免許証。
「…………?」
「妖しいけど、怪しい人じゃないです。僕の身分証です」
「……くまだ、さん?」
「熊田 順平です。君が困っているように見えたから、声を掛けました」
「あ、はい」
意図せず、名前を当ててしまった事は伏せておこう。
提示された免許証を見ると、記載されている名前も顔写真も、熊田のもので間違いはないようだ。
楓のような子供相手に免許証を提示して、身元を明かすような人ならば、悪い人ではないはず。信用するに値する確信を得て、楓は置かれている状況を伝える事にした。
「迷子です。どの電車に乗れば良いのか、分からなくて」
改めて言葉にすると、かなり恥ずかしい。
駅員の○番線ホーム、○○行きの電車、快速急行だの、各駅停車だの分からない言葉ばかりで、頭がパンクしそうになっていた。色々説明されるも、広すぎる駅構内を一人で歩くのは至難の業だ。
頼れる人が出来た。ずっと一人で心細かった所に、現れた救世主にじわりと涙が溢れそうになる。迷子になった上に、人前で泣くなんて恥ずかしい事は出来ない。グッと堪え、俯く楓の頭をポンと大きな手が撫でてくれた。
「大丈夫。絶対に間に合わせるから。センター試験だよね? 何処の大学かな?」
「えっと……○○大学です」
「……僕も同じ方向だから、駅まで一緒に行こうか。君が迷惑じゃなければだけど」
「迷惑なんて! むしろ、俺の方が迷惑掛けてるのに……あの、お願いできますか?」
「もちろん。少し急ごうか」
「は、はい!」
「この人混みだからなぁ…僕のコートの裾、掴んで良いよ。はぐれたら大変だからね」
優しい笑顔を向けながら、どうぞ。と裾を差し出される。
高そうなコートの裾にシワを作ってしまうのは、正直気が引ける。連絡手段がない中、熊田とはぐれてしまったら、それこそ遅刻確定だ。
申し訳なく思いながら、控えめに裾を掴み、目的地へと歩き出した。
満員電車に揺られ、大学の最寄り駅に到着した。
先ほどの駅に比べると、人が多くない。地元の駅に比べれば人の通りも多く、改札口も複数あり、一人では出口までたどり着けなかっただろう。
改めて熊田に礼を述べると「大した事はしてないよ」と変わらぬ、優しい笑顔にホッとする。
何かを思い出したように鞄から取り出したのは、何故か油性マジックとホッカイロ。色々な物が入ってるなぁ……考えていると「君の名前を教えてもらえるかな?」そう尋ねられる。
楓も熊田の身元も知っているし、目的地まで連れてきてくれた事もあり、警戒心が薄れていた。まぁ、名前くらいなら……
「広瀬 楓です」
「楓君、ね。……うん、上手く出来た!」
ホッカイロに何かを書いて、満足そうに頷いている。差し出されたホッカイロには、ちょっと不細工な熊と《頑張れ、楓君》と綺麗な文字が記されていた。
ちょっと不細工な熊のイラストと、綺麗な文字のギャップに笑いながら「ありがとうございます」とホッカイロを両手に包み、深々と頭を下げた。
「うん、行っておいで。……大学までの道は大丈夫?」
「制服を着てる人達について行くので、だっ大丈夫です……多分」
自信がなくなり、ドンドン小さくなっていく声に、熊田はキョトンとしている。その後、吹き出して「それは大丈夫なのかな?」可笑しそうに笑っていた。
「きっと大丈夫です! 駅から距離もないですし、多分。……あの、ここまで案内してくれてありがとうございました。受験、頑張ってきます!」
「頑張ってくるんだよ」
もう一度、頭を下げて、足早に改札口を通り抜ける。
チラリと肩越しに振り向くと、楓を見送ってくれる熊田が小さく手を降っている。グッと両手を握り締め、気合を入れる楓。最後に軽く頭を下げ、試験会場の大学へと向かったのだった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
みどりとあおとあお
うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。
ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。
モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。
そんな碧の物語です。
短編。
だって魔王の子孫なので
深海めだか
BL
魔王の子孫である朔魔光は、由緒正しき名門校『私立御伽学園高等部』に通っていた。猫を被りながら、ストーカーじみた勇者の子孫"天勝勇人"を躱す日々。だけどある日、敵対しているはずの天勝家から婚約の打診が届いて……?
魔王の子孫である主人公が、ブラコンな兄とストーカー気質な勇者の子孫と弟系サイコな悪魔の子孫に愛されながら、婚約回避に向けて頑張るお話。
*序章では主人公がバリバリに猫かぶってます。(一人称→猫かぶり時は僕 普段は俺)
*お話の舞台は日本のようで日本じゃない、御伽や伝承が実在した(過去形)世界線です。
*魔王の家系→『言霊魔術』など、家系ごとの特殊能力が出てきます。
*主人公も結構なブラコンです。
*痛い表現がある話には※つけます。
例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる