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子は鎹

214 子は鎹

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ぼうっと、病院の空を見る。

 キャシーのせいで、思い出したくもない記憶を思い出してしまった。

 平和で、どこにでもある家庭だったのに父の不倫のせいで一気に崩壊した。

 幼馴染み一家の死、祖父の死、母は精神的なストレスで記憶喪失、冷たくなった母。

 不幸が連鎖した数年だった。

 それで、ふと思い出したのが“子は鎹”と言う言葉だった。

 “子は鎹”、それは子供への愛情が夫婦をなごませ、仲を取り持つと言う意味がある慣用句だ。

 もし、僕が鎹になれていたのなら、状況は好転できていたのだろうか。

 僕は、僕は……。

「カルタ?」

 いつの間にか制作途中の編み物を持った永華が隣に座っていた。

「……永華?」

「どうしたの?顔色悪いよ?」

「あ、あぁ、昔のことを思い出していてな」

 入院してから、それなりにたったことから永華の顔色は随分とましになってきていた。

「あぁ……。それで、気分が落ち込んでたの?」

「まぁ、そうだな。……子は鎹って、知ってるか?」

「え?あ~、子供が夫婦なかを取り持つってやつ?知ってるけど……」

「僕がそれになれていたら、変わっていたのかなっ、て……」

 あぁ、前に風邪を引いていたときと同じだ。

 気が落ち込んでしまっているせいで、らしくもないことをしてしまっている。

 本来、永華に聞くべきことでもないのに……。

「鎹になれてたら、アイツが……お父さんが不倫することはなかったんじゃないかって、思って……」

「……ふーん?」

 僕の話を聞く永華はどこか不満そうだ。

 こんな話を聞かされるんだから不満そうになるのもおかしなことではない。

 こんなこと、話すべきじゃなかったんだ。

「自責の念にかられてるところ、キツいことを言うようだけどさ。無理だと思うよ?」

「え?」

「そもそも、子は鎹って夫婦仲が冷めてるのを子供が繋ぎ止めてる状態だもん。遅かれ早かれって話しだよ。“子を鎹にしたら夫婦は終わり”とも言うじゃん?」

 そ、れは……。

「そう、だが……」

「親父さんの不倫が原因なんでしょ?んなら親父さんは元から鎹が有ろうが無かろうが無理矢理にでも離れる気だったんでしょ。カルタが鎹になろうとしようが、無理だったと思うよ」

「……」

「だって、繋ぐ先のお母さんをを必要として無くて、別の人を元々お母さんのいたところに据え置こうとしてるんだからさ。家を出ていって相手のところに行くような不倫ってそんなもんでしょ?」

 ……手厳しいな。

「遅かれ早かれって、今の状態にはなってたよ。どうにかする方法なんて、親父さんが不倫しないこと以外に無いんだから」

「……どうすれば、お母さんは苦しくなくなると思う?」

「さあ?私は本人じゃないからわかんないよ。でもまあ、カルタが味方でいることじゃない?」

 僕が味方に?嫌われているのに……。

「……」

「あとはね、親父さんの股の間に有るものを使い物になら無いようにするために蹴りあげるとか?」

 永華の口から恐ろしい言葉が飛び出した。

「……」

「え?なにその反応?」

 静かに怯えていると永華が不思議そうな表情で僕の顔を覗き込んでくる。

「い、いや、なかなかに恐ろしいことをいうものだなと……」

「そう?本人のやったことを考えると、割りと寛大な処置では?」

 言っていることはわからなくもないが、やろうとしていることは同じ男として末恐ろしい……。

 やっぱり、永華は敵対した者に対して容赦がない。

「まあ、次にお母さんに怒鳴っていたりしたらやろうか……」

「そうしたら~」

 随分と気楽な返事が返ってきた。

 もう、この話しは置いておこう。無しだ。

「……」

 永華は僕がお母さんの味方でいれば良いと言ったが、本当にそれがお母さんの苦しみを取り除く行為になるんだろうか。

「不安?」

 どう言葉にしていいからわからなくて、無言で頷く。

「何が不安?」

 考えてから、少しずつ言葉にしていく。

「お母さんは、僕に冷たいから……味方でいて、喜ぶのか……」

「……これは私の推測だけどさ。嫌ってはないと思うんだよね」

「え……」

 嫌ってないと言うのなら、なんで僕に対して冷たくするんだろうか?

 冷たくする理由なんて……。

「お母さんが冷たくなる前って何があったの?」

「えっと、記憶を無くしてた」

「その前は?」

「アイツと、女が来て、離婚しろって……」

 思い出したくもない……。

「その前、カルタとお母さんはどんな感じだった?」

「……たぶん、依存してた」

「それでしょ」

「それ、って?」

「依存状態から脱却しようとしたんじゃない?両極端な話だけどね」

「え?それで……?」

 いや、いやいや。

 依存状態から脱却しようとして、僕に対して冷たくなるって一体どう言うことだ?

「だって、カルタのお母さんだし?こう、不器用な生き方してそうだなって」

「それ、僕が不器用な生き方してるって言ってるのと同じなんだが……」

「親父さんの不倫が原因の夫婦不仲を自分のせい、自分がもっと何かできたらって自分を責めてる奴が不器用じゃないって?」

「……」

 客観的に言われたら、随分とこう……永華の言ってることが否定できなくなってきたな。

 そういえば、葵おばさんもそんなこと言ってた気がするな。

 そうか、お母さんは不器用なのか……。

「それが正解かはわからないだろ」

「本人じゃないしね。答えが気になるんだったら返ったら聞けばいいじゃん」

「それで、予想外の答えが返ってきたら?」

「カルタが望んでない答え?」

「……あぁ」

「その時は……まぁ、話し合うしかないんじゃない?」

「やっぱり、そうなるか」

「カルタとお母さんの納得するところ探さないと行けないじゃんか。最初っから諦めてたり、会話の選択しとらないのはダメだよ」

 永華の言うことはもっともだ。

「そうだよな。やる他無いんだ」

「まぁ、もし?駄目だったんだったら……発破かけたのは私だし、何かあれば私のできることはするよ」

「永華のできること?」

「ん~……。ハグとか?」

「子供か」

「うるさいし」

 僕が口を開かなかったことで会話が途切れてしまった。

 前の約束の時もそうだが、僕に対して随分と献身的だというか……僕のことを気にかけているというか……。

 少し、聞いてみよう。

「なあ、永華」

「なに~?」

 手持ちぶさたになっていたのか、制作途中の編み物を黙々と進めていた永華に声をかけると視線だけがこちらに向いた。

「永華はなんでそんなに僕のことを気にかけるんだ」

「……それは、ん~」

 僕の質問に、永華は少し考え込む。

「記憶を無くした後、リコスさんの魔法で記憶を取り戻したときに、思い出したんだよね」

「何を?」

「覚えてはいたけど、なかなか思い出せなかった幼馴染みの事とか、他にも色々とね」

 そういう永華の表情はどこか寂しげなものだった。

「……それと僕がどう関係するんだ?」

「え~……教えてや~らない」

「は?何だよ……」

 本当に子供みたいな奴……。

「知りたかったら思い出せば良いんじゃない?」

「え、思い出す?」

「じゃあ、私は病室に返るから」

「あ、ちょっ……」

 体調不良を微塵も感じさせない走りで永華が去っていく。

 止めようとした手のひらは虚しく空中をきった。

「……一体、何のことを言ってるんだ?」

 思い出すって、何を?
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