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子は鎹

176 強くなりたい

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ローザベッラ婦人からモカノフとローシュテールが繋がっていると言う話は聞けたが決定的な証拠はない。

 今考えれば証拠はあったのかもしれないが誰かがやっている妨害工作のせいで見つかっていないのか、はたまた破棄されてしまったのかもしれない。

 こうなれば、ブレイブ家からモカノフ関連やSDSセブン・デットリー・シンズ関連の証拠が出てくることはないだろう。

 やはり、自力で篠野部の居場所を調べて、モカノフを叩く他ないだろう。

 病院から魔法学校に帰って、また地図を開く。

 情報が西に集中していることから、モカノフやローシュテールの背後にいる者達は王都の西側をアジトにしているのだろうと予想ができた。

 予測はできているが、西側のどこがアジトであるのかわからない。

 一番怪しいのはスラム時代の九龍城砦のように違法建築で膨れ上がって、いりくんでいる建物の、どこかしらだろうと予測を建ててみる。

 でも、今でも少しずつではあるがスラム時代の建物を解体していっているから、本当にあの建物がアジトであるかどうかは不明だ。

 まぁ、長く滞在するとバレやすくなるというから、そこらへんを考えていつ移ってもいいように準備でもしているから、スラム時代の建物を使っているのかもしれない。

 どれもこれも、確実な証拠の無い推測で推論だ。

 確実にモカノフ達がいる保証もないし、もしかしたら篠野部を連れていったのはモカノフではない、別の王都の西側を拠点とする犯罪組織の可能性もある。

 ままなんないな……。

 私が記憶を失くすなんてことがなければ、こうはならなかったのかもしれない。

 今でも、そう考えることがある。

 タラレバの話だから、こんなことを考えていたってしょうがないのはわかっているが、考えられずにはいられなかった。

「篠野部……」

 誰にも聞かれないような小さい声で名前を読んでみても、返事は帰ってこない。

 当たり前だ。

 篠野部は誘拐されてしまったのだから。

 その事実を再認識してため息を吐く。

 ローレスと篠野部、ロンテ先輩が行方不明になったときだって、ここまで精神的に沈むことはなかった。

 それとは別に、あんまりにも進まない状態に対するものと、不甲斐ない自分に対するもの苛立ちもある。

 本格的に私が命を狙われたこと、はじめから私たちが狙いだったことがわかっているのが原因なんだろうか。

 けれど、いつだか、クラスメイトの女子にいわれたことが頭をよぎる。

 “かまう”と“独り占めしたい”と、あの子には見えたいた。

 私は篠野部のことを“お互いにあまり踏み込むようなことはしない友人”だと思っている。

 ただまあ、私たちの関係が友人関係になるのかといわれれば疑問を抱くし、クラスメイトに言われたことを思えば“友人未満”が正しいのかもしれない。

 クラスメイトに言われたときから薄々感じていたことだが、私は篠野部に対してよくわからない感情を抱いているらしい。

 その感情が、精神的に沈む原因になっているのかもしれない。

 その感情の名前はわからないし、昔を振り返ってみても似たようなものは見たり感じたりした記憶がないから、本当にわからない。

 多分、複雑なものなんだろうとは思う。

「……にしても、今気づくかね」

 我ながら呆れたものである。

 大事なものは失って始めて気がつくと言うけれど、これもその類いなのだろうか?

 失う気など更々無いので、篠野部の居場所を見つけ出す腹積もりだ。

「はぁ……篠野部の居場所を見つけ出すといっても、推測だし場所が場所だから特効も仕掛けられないんだよねえ」

 しかも、私は狙われていたことから先生達に外出することを止められる可能性が高い。

 というか、ほぼ確実に止めてくるだろう。

 ローザベッラ婦人に会いったに関しては私が駄々をこねらから、仕方なく通してくれたんだろうな。

 にしても、完全に後手に回りすぎているせいで当てずっぽうで特効をかけるか、向こうから敷けてくるのをまつしか選択肢がなくなっている気がする。

 これに関しては誰が悪いとかはない。

 強いて言うのなら計画、実行したモカノフ達だろう。

「はぁ……。魔導警察がダメな以上、自力でどうにかするしかないよね」

 そうやって自分に言い聞かせるように呟いて、席を立つ。

 これは言い訳だ。

 魔導警察に妨害工作をしてい何者かがいる可能性がなければ、また別のことを言って独断で操作をしていただろう。

 そこらへん、小さい頃から変わらないものだ。

 席を立って、向かうのは裏庭だ。

 これから、あと少しでリアンさんとの約束の時間になる。

 あ、一度寮に戻って、木刀を取りに行かなきゃ行けない。

 進む方向を変えて、私は若干走りぎみで進んでいった。



 木刀をもって裏庭に行けば、柵の向こうにリアンさんの姿が見えた。

 柵を越える頃には、犬系獣人特有の鼻の良さから私が来ていることに気がついたらしく、控えめではあるが手を振ってくれた。

「今日は一人できたのか?」

「あとから何人か来ますよ」

「そうか。……?なにか変わったか?」

 一瞬、なんのことを言われたかわからなかったけど、わりとすぐに心当たりが見つかった。

 そういえば、学内にいる人達は私が記憶を取り戻したことを知っているが、学外の、しかもアスロンテ軍学校の生徒であるリアンさんが私が記憶を取り戻したことを知っているのだろうか?

 私が記憶を取り戻したことを知っている外部の人間は、そもそもの話し記憶を無くしたことすら知らないローザベッラさんと記憶を取り戻すのに一役かってくれたリコスさんくらいなものである。

 ミューが教えているかもと思ったけど、前回あったのが一週間前で記憶を取り戻したのが五日前だからリアンさんが記憶を取り戻していることを知るよしもないのでは?

「あ~……。実は記憶を取り戻しまして」

「む!そうなのか?それはめでたい」

 ずいぶんとあっさりとした反応である。

 時代劇に出てくる侍じみた性格、言動のリアンさんらしいといえばらしいし、友人達に色々いわれたあとなうえ、精神的に沈み気味の私的にはリアンさんの反応はありがたいものだった。

「といっても、思い出したのは五日前ですがね」

「そうなのか。不調は?」

「ないです」

「ならば支障はないな。構えろ」

 う~ん、あっさりしているけど心配してくれてるところや性格とか、私が通ってた道場の先生に似てるけど何かしらの達人って皆こんな風にカラッとしてるんだろうか。

 リアンさんにいわれるがままに木刀を構える。

 そして始まる木刀での打ち合い。

 カン、カンと木刀同士がぶつかり合う音が辺り一帯に響き渡る。

 前よりも強くなった自覚はあるが、依然としてリアンさんとの実力差はあった。

 もっと強ければ、もし私がリアンさん並みに強ければ記憶を失うことも、魔法を封じられることも無かっただろう。

 つい苛立ちがつのり、それにともなって振るう木刀に出てしまい、乱暴な太刀筋になってしまった。

 そのうちに木刀が弾き飛ばされてしまい、いつかのように首に木刀を突きつけられてしまった。

「……」

 思わず苦い顔になってしまう。

「集中していないからこうなる。太刀筋に苛立ちが出ていたが、何を考えていた?」

 バレてる……。

「……もっと強ければ、今のような状態にはなっていないんじゃないかって、思ってました」

「聞き齧った程度にしか知らないが、永華殿が強くても弱くても、変わらなかったように思えるが?」

「少なくとも記憶を失くすことはなかった、と思ってます」

「ふむ……」

「傲慢だなんだといわれるかもしれないけど、篠野部がいなくなったのは、すくなからず私のせいだと思ってます。私が記憶を失くさなければ篠野部が苦しむことはなかったし、一人で色々と背負い込むこともなかっただろうから……」

 きっと、篠野部は私たちの誘いを断っている間、もとの世界に買える方法を探していたに違いない。

 私が記憶を失くしたせいで使い物にならなくなって、しかも地雷を踏んだせいで調べものなんかを一人ですることにしたんだ。

「少なからず、篠野部が誘拐される事態のトリガーになってる!記憶を失くす前に私に散々注意してたんだから自分が危険な目に遭う可能性もわかっていたのに、それがわからなくなるほど追い込んだのは記憶を失くした私だ!」

 地雷を、嫌な思い出を思い起こさせるようなことになれば人がどうなるかなんて私がこの身をもって知っていることだ。

 他のことを考える余裕なんか無いし、下手すれば目の前のことだって考えられなくなる。

「君、本人だって望んで忘れたわけではないのだ。あまり怒鳴ってやるな」

「でも……」

「そんなに後悔して、悔しいと思っているのなら、もう二度と同じ思いをしないように強くなれ。悪いが私は頭ので気がよくないので気が利いたことは言えん、出きるのは話を聞くことと稽古をつけることだけだ」

 リアンさんの言うことはもっともだ。

 強くなれば良い、私の目的を達成するためにも、同じことになら無いためにも。

 弾かれた木刀を拾い上げ、構える。

「そのやる気や、よし。普段よりもキツくしてやる」

「望むところだ」

 そもそも私にうずくまっている暇なんて無いんだから、やれることはなんでもやっていかないと行けないんだ。

 また、森に木刀同士がぶつかり合う音が響いた。
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