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子は鎹

172 腹をくくれ

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ザベル先生達に促され、職員室から入れる別室の中に入り、ソファに座る。

「これが検査結果です」

 紙に私から採った血をつけた紙が変色している。

「“神秘の魔法薬”に使われている材料のうちいくつかは死ぬまで体内にとどまり続けるので、それに反応するように作った紙を使いました」

「それで、どっちなんですか?」

 答えを催促したのはザベル先生だった。

 普段の様子から想像も出来ない言動に驚くが、ザベル先生は私が魔法を使えなくなったと確定したときに当人である私を差し置いて一番ショックを受けていた人だ。

 この反応も、おかしくはないだろう。

「陽性、“神秘の魔法薬”を使われています」

 ノシラさんの言葉に、部屋の仲の空気は最悪なものになる。

「連絡をいれたときに何も言わなかったが、解毒剤はあるのかの?

「あります。ベン」

 ベンさんが持っていた袋を机に置き、中身を取り出した。

 そこにはコップ程度のサイズの瓶に、ドブのような色をした液体が入っていた。

「これが、“神秘の魔法薬”の解毒剤です。連絡をくださったときに、解毒剤について答えなかったのは、これの存在を知られたくないからです」

「王は、解毒剤は“神秘の魔法薬”を悪用しようとしているものに対して大きなアドバンテージになると考えており、対策をされないためにも秘匿するようにとおっしゃられておりました」

 確かに、解毒剤は大きなアドバンテージになるだろう。

 強敵を魔法が使えないようにして、安心していたところに強敵が復活してきたら相手はビビること間違いなしだ。

「それに、“神秘の魔法薬”事態が扱うこと事態が禁じられているので、存在があまり表に出てていないのもあります」

 “神秘の魔法薬”が表に出回ってないんだから、徐用途供給の関係で表に出回ってない薬の解毒剤が簡単に流通するわけもない。

「戌井さんに投与されたのが“神秘の魔法薬”だと決定したので、これを飲んでもらうわけですが……」

 ベンさんが言葉を詰まらせ、シノラさんと共に気まずげに視線をそらす。

「ですが……。どうしたんですか?」

「その……効果は保証できるんですが、味が酷くて……」

 もしかして、見た目どおりの味なんだろうか……。

「昔、これを一口飲んだ者が完飲できずに気絶したくらいです」

 ベンさんの言葉に、もう一度薬を見てみる。

 かわらずドブのような色をしており、ベンさんの言葉のせいか異様な圧を感じる気がする……。

「薬で気絶!?!?!?!?」

「そ、それって、薬として機能するんですか?」

「こわ……」

 私が静かにドン引きしていると、気まずげに目をそらしたシノラさんが残酷な現実を告げた。

「完飲しないと、機能しませんね」

「すぅー……」

 なるほど、私がこれから一口でも飲んだ者が気絶するような激マズの解毒剤を飲まなければいけないのか……。

 コップ一杯分の量を、これから飲まなければいけないのか……。

 一口飲んだら気絶してしまうような味ってなんなんだろうね……。

 頭を抱えて、一人現実逃避していると乾いた笑いが溢れてきた。

 もう、笑うしかないよ……。

「さ、さすがに味の改善とかしないんですか?完飲できずに気絶って解毒剤の本末転倒って言うか、使えないのでは?」

 本当にそうだよ、先生。

「今まで、使う機会がたったの一回だけだったので……」

「使う必要の無い物に必要性がないことや、味の改善の難しさから今だ出来ておらず……」

 非望の光は潰えました。

 気分はそんな感じです。

 深呼吸して現実を受け入れようとする。

 少し考えて、私はすくっと立ち上がって扉の外を目指すが、一瞬でヘルスティーナ先生に捕まってしまい地面に座り込むことになった。

「ヘルスティーナ先生!嫌です!私、一口飲んだら気絶するような物を飲むなんて嫌です!」

「でも飲まんと魔法は使えないままじゃぞ?魔法、使えんとお主の目的は達成できん」

 受け入れられなかった私は劇物を飲みたくなかったが故に、今いる部屋からの脱出を図ったものの、先生に叶うわけもなく、半泣きになりながら拒否したら正論で返されてしまった。

「う~……」

 ヘルスティーナ先生の言う私の目的にというものは王宮魔導師になることを言っているのだろう。

 たしかい魔法がなければ魔導師にはなれないから魔法が必須と言われるのも納得するんだが……。

「だからってそんな劇物のみたくないです!」

「いや、劇物て……」

「まあ、味的に事実ですから……」

「飲んだ人が気絶してるからな……」

 同情するなら味をどうにかしろ!!!!

 思わず叫びそうになったのを飲み込み、解毒薬を睨み付ける。

「……味覚を魔法でいじるのは、どうでしょう?」

 ザベル先生が希望を見つけてくれた。

「魔法を貫通してしまうので意味がありません」

「そ、そうですか」

「どんな加工したら、そんなとんでもない液体が出来るんじゃ……」

 ヘルスティーナ先生もザベル先生もドン引きだし頭抱えちゃってるじゃん。

「……っ!」

 暴言が飛び出そうになったのを飲み込み、床に拳をぶつける。

「心中お察しします……」

「します……」

 そんな申し訳なさそうな感じでいられたら私文句言えなくなっちゃうじゃん!!

 内心荒れ狂うのをどうにか落ち着かせようと、また深呼吸する。

「永華さん……」

 ザベル先生は気遣わしげに、こちらを見てくる。

 ザベル先生は私が魔法を使えなくなったと確定したときにザベル先生らしくないくらいに凄い顔色が悪くなって、動揺していた。

 これ以上先生達を心配させることをしくないが、劇物を飲みたくない……。

 悩んで、悩んで、それで立ち上がった。

「……き、気絶したら今日中に起こしてくださいね」

「あ、わかりました……」

 それだけ言って、腹をくくった私は“神秘の魔法薬”の解毒薬の瓶をとり、フタを開けた。

 特に匂いはしないが、本当に色が酷い。

 いつだったか、勉強しているときに篠野部くんが青や紫なんかは食欲がなくなる“食欲減退色”だって、教えてくれたことがあるけれど、これドブ色も食欲減退色でしょ……。

「ふぅ……よし!」

 私は覚悟を決め、腹をくくり、ドブ色の液体である解毒薬を煽った。

 液体が口には言った瞬間、いっきに苦味とえぐ味、雑味、生臭い感しが混ざり会い舌がビリビリと痺れだし一瞬、意識を失いそうになり、反射で吹き出しそうになったが無理やり飲み込んだ。

 飲み込んだ瞬間、喉も胃も痺れだし涙が溢れだしてくる。

 あまりの冒涜的な味に冷や汗と脂汗が溢れだし、震える手は気をまぎらわせるためにキツく、シワを刻み込みそうなほど服を握り混んだ。

 先生達やシノラさん達が何か言っている気がするが、それを気にする余裕もない。

 解毒薬を最後の一滴まで飲み干し、静かに瓶を机に置く。

 一度、飲むのをやめたら、もう二度と口をつけられないから一気に飲んでいるが、この判断は英断だと思った。

 だって、今にも吐き戻しそうだったからだ。

「……はきそう」

 もはや蚊の鳴き声のそれにも等しい声量で呟く。

「の、飲みきった!な、なんと言う精神力……!」

「憔悴しているけど気絶してない……!」

 シノラさん達が騒がしいが、解毒薬のせいで痛む頭に響いて余計にいたくなるので静かにしてほしい。

 喋る気力も、文句を言う気力もなく、ただただ地面に座り込み、意地でも吐かないように口許を押さえる。

「だ、大丈夫ですか?」

「無理するでないぞ……」

 シノラさん達に比べて静かな先生達の存在は癒しに近しい。

 あまりの憔悴具合からソファに寝かされ、ザベル先生がどこからか持ってきた団扇で扇いでくれてヘルスティーナ先生が口直しのためのものを購買に買いにいっている。

 四時間い及ぶ吐き気と、吐き気のせいで迫り来る眠気__多分、気絶しそうになってる__と戦い、なんとか打ち勝つ。

 しょぼしょぼとしつつも、ヘルスティーナ先生が口直しにと購買で買ってきてくれた冷え冷えで甘い夏蜜柑をちびちびと食べる。

「いやぁ、驚きましたよ。まさか、気絶することなく全部飲みきるなんて」

「正直吐き出して気絶すると思っていました。いたいけな子供で、女の子に無理やり飲ませると言う所業をしないといけないと思ってましたから」

「そっすか……」

 まともな返答を返す余裕はなく、適当に返事をする。

 しかも、四時間たったと言うことで、効果が出ているか確かめるために採血されることになった。

 ほんっと……。

 精神的に疲弊してぐったりとしていると、結果が出たようで喜色満面のシノラさんとベンさんが結果を見せてくれた。

「効果出ましたよ!この結果なら、魔法が使えるようになっているはずです!」

「本当ですか!」

 疲弊している私にかわってザベル先生がとても言い反応を返した。

 魔法、魔法……。

 記憶を失くしてから使ったことがないから実感がわかない。

「魔法、使えますか?大丈夫そうなら使ってみてください。杖は持っていますね?」

「ブレスレットは外すんじゃぞ」

 先生達に促されるままにブレスレットを外し、杖を取り出してブレスレットを外してから沸いて出てくる見えない何かを杖に注いでいく。

「我が道を照らし、暗き道に光を灯さん。トーチ」

 音を立てて、ライター程度の火が杖の先に灯った。

 先生達から歓声が上がる。

 これが、魔法……。

「よかった……」

 ザベル先生は力なく地面に座り込み、ヘルスティーナ先生はソファに座って脱力した。

 私は、魔法を取り戻した。

 あとは、篠野部くんと記憶だけだ。
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