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子は鎹

160 失くしたもの

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翌日、図書館で変わらず調べものをしていると学校の裏庭に来るようにと、ヘルスティーナ先生に呼ばれた。

 ヘルスティーナ先生についていって学校の裏庭に言ってみればザベル先生、じっと戌井を見つめるマッドサイエンティスト基ドラスベリー先輩と、それに怯えるナリューラ先輩の後ろに隠れる戌井、戌井とドラスベリー先輩に挟まれるナリューラ先輩といった感じになっていた。

 いったい何が起こっているんだろうか。

 情況をのみこめずにいると、僕がいることに気がついた戌井が慌てて走ってきて僕の後ろにかくれてしまった。

 その間も、マッドサイエンティストは戌井のことを三つ目のでじっと見つめていた。

 戌井が完全に隠れてしまうと三つの目は、今度は僕の方をみた。

 完全に獲物をみる肉食獣の目である。

 戌井が怯える理由がよくわかる。

「なんで呼ばれたんですか?」

 早くマッドサイエンティストの目から逃れたくて、顔色の悪いザベル先生に言葉を掛ける。

「……永華さんが魔法を行使するのに問題がないかの確認です」

 先生は少し間を置いて答えたが、どうも顔色といいマッドサイエンティストや僕がいることといい、何か変な気がする。

 別に戌井が魔法を使うのに支障がないかを確認するだけなら僕やマッドサイエンティストがここにいる必要はないと思うんだが……。

「ま、魔法使うの?」

「みたいだな」

 マッドサイエンティストがいるからか、怯えっぱなしの戌井は魔法を使うときいて更に不安そうに表情を歪ませた。

「頭を怪我したとき、稀に魔法を行使する際に支障をきたすことがあります。今、魔法をきちんと行使できるのか、支障があってもどうすればきちんと魔法を使えるようになるのか、それを確認します」

「きちんと魔法が使えないと、自分も他人も危険に
晒してしまうから、安全のためにやらなきゃいけないことなんじゃ。できるか?」

「で、でき、ます」

 そのあと、使う予定の火球を出現する魔法について軽く説明をして、戌井を裏庭の中央に立たる。

 ザベル先生は何かあったときに対応できるように、一番戌井に近いところに立ち、ヘルスティーナ先生は僕とマッドサイエンティストの近くにいて、真剣な目で戌井を見つめる。

「いつでもいいぞ~」

 ヘルスティーナ先生の言葉に戌井は頷き、杖を構えて目をつぶる。

「ヘルスティーナ先生、なんでマッド……ドラスベリー先輩とナリューラ先輩がここにいるんですか?」

 気になっていたことを聞いてみる。

「ん?あー、いや……確認のため、になるの」

 妙には切れが悪い。

「お主はあの子と長い付き合いなんじゃったな。事情を知るものはそばにおった方がいいじゃろうし……。他言無用じゃぞ」

 頭の上にはてなを浮かべつつ、ヘルスティーナ先生に言われるままに少ししゃがむ。

「あの子は、もしかしたら一生魔法が使えなくなるかもしれない」

 耳打ちで伝えられたことは、受け入れがたい事実だった。

「まだ確実なことではないが、そうなる魔法薬を投与された可能性が高いんじゃ」

「解毒薬の類いは?」

「わからん、いかんせん情報が古くてな。これで魔法が使えなければ、その魔法薬を過去に作っていた国のものに手紙を出し、色々聞くつもりじゃ」

「そう、ですか」

 ここは魔法学校、魔法が使えなければ在籍することは難しいし、元の世界に帰るために取れる方法のひとつにある王宮魔導師になるには魔力は必要不可欠である。

 王宮魔導師以外の道を取ろうにも、それは僕たちの人生を掛けても完走できるか怪しい道であった。

 だから僕たちは一番確実で可能性が高い王宮魔導師になることを選んだ。

 最近知り合った皇さん達に仲介を頼んで異世界人であるから保護して欲しいと願い出ても、皇さん達の手伝いをさせられる未来が見えているし、その仲介できそうな皇さんは戌井に対していい感情を持っていなさそうだ。

 戌井が何をしたかは知らないが、戌井がいるというのに皇さんが快く仲介を引き受けてくれるのかは疑問である。

 そもそも、皇さんが仲介役をしてくれたとして、王宮の人たちが僕たちの言い分を信じてくれるかは別だし、疑いを持たれた先で何をされるかもわからない。

 僕が警戒しすぎ?それならいいだろうけど、僕はともかく記憶をなくしてしまっている戌井が異世界人であるというのを信じてくれるかは別の話である。

 詐欺の類いだと思われてしまえば、王を騙そうとしたことで重たい刑罰が下るかもしれない。

 比較的安全な道は王宮魔導師になって、異世界から人を呼ぶ魔法について探り、自力で帰ることである。

 どちらかが王宮魔導師に選ばれなくても、もう片方が選ばれてしまえばいいと考えていた。

 そう考えたのは王宮魔導師になるのは狭き門だからだ。

 だけど、ヘルスティーナ先生の言葉が本当で、なおかつ解毒薬の類いがなければ、戌井は王宮魔導師を目指すことすらできないし、メルリス魔法学校にいれるかも怪しい。

 記憶を取り戻したとして、結果は同じだろう。

 ……僕がどうにかしないといけない。

 重たいものが、肩に乗っかった気がした。

「……」

「ケイネは力流眼を持っておるから同席を頼んだ。ビーグルはケイネを止めるためのよういんじゃ。念のために、な。わしらで止められるが、ザベルが使い物にならなくなってる可能性があるからの……。わし、体格的に弾き飛ばされるかもしれないし……」

「は、はぁ……」

 視線をヘルスティーナ先生から戌井にうつす。

 さっきっから、ずっと魔法を使おうとしているんだろう。

 だけど、杖を振っても、力を込めても、いくら何をしても何も起きなかった。

 単に魔法を使う感覚が掴めないだけなのかもしれないが、“魔法が使えない”可能性がある以上、その姿は不安を感じる他なかった。

 ……なんか、動きが小動物じみてるな。

「……誰だ」

 判決を下される犯罪者のような気持ちで、戌井が魔法を使えるのかどうか、その回答を待っているとマッドサイエンティストが口を開いた。

 うつむき、手が白む程握り混み、拳は震えている。

 声は地を這うように低い。

 慌ててヘルスティーナ先生が間に入ろうとするが体格の問題で押し退けられてしまった。

 顔を上げたかと思うと僕に掴みかかってきた。

「誰だ!私の研究対象になんてことしてくれたんだ!どこのどいつか教えろ!」

「ぐっ!」

「まて!落ちつけよ!ソイツも狙われた側なんだぞ!」

 胸ぐらを掴み上げられ、首がしまる。

 すぐにナリューラ先輩が引き剥がしてくれたから、どうということはなかった。

「ケホッ……。い、いきなり何するんですか」

「何もだってもないだろう!私の研究材料に、一体どんな薬を打ちやがったんだ!まったく魔力が体外に排出されてない、それどころか薬の効果か外に出ることを妨害されてるじゃないか!あんなの、魔法が使えなくて当たり前だ!」

「落ち着けって!」

 自分の獲物に手を出されたマッドサイエンティストは怒髪天になり、犯人を知っているだろう僕に突っかかってきたようだ。

「またれよ!篠野部は襲われている永華を助けただけで、しかも犯人は明確にわかっとらん。篠野部につっかかるでない。そもそも、何かあってもなるべく大人しくしているという条件で実験に必要な物も買ってやるといったじゃろう」

「くっ……!」

 流石に自分の実験関係のことになると、いくら実験対象に手を出されて怒髪天になっているとはいえ止まらざる終えないらしい。

「僕だって、知っているなら殴り込みにでもいきたい気分ですよ」

「チッ……」

 倫理観が死んでいる、というのをレイスがいなくなっていた頃に聞いたが、本当らしい。

「やはり、駄目ですか」

 本人よりも顔面蒼白なザベル先生が、震える声でマッドサイエンティストに聞いた。

「無理だな。魔力の巡り方が制限されてて、解毒薬でも飲まない限りは魔法は永遠に使えないだろう」

 マッドサイエンティストの言葉に更にザベル先生の顔色が悪くなる。

「……魔法、使えないのヤバイ?」

 ザベル先生の顔色、マッドサイエンティストやヘルスティーナ先生の反応をみてヤバイことだと感じたのか、戌井が不安そうにしながら僕に聞いてきた。

「……ここは魔法学校だから、ヤバイと言えば……まぁ、うん」

「え、えっと……どうしたら……」

「解毒剤が手に入るまで、どうにもできないだろう」

「そ、そう、なの……」

 言わなかった方がよかったかもしれない。

 戌井からすればここは唯一の居場所にも等しいものだ。

 そこを追い出されるかもしれないとなれば、顔面蒼白で泣きそうになるのも可笑しくはない。

 発言、ミスったな……。

 戌井にはあるブレスレットが渡されることになった。

 そのブレスレットは魔力を吸い上げるもので、体内に魔力が溜まり続けるのは体に害を及ぼす可能性があるから渡された。

「……わ、私ここから出なきゃ駄目なの?」

「いや、夏休みが終わるまでに解毒剤が手に入れば大丈夫じゃろう」

 解毒剤は、あるかどうかわからないらしいけど。

「手に入らなかったら?」

「学校で保護になるかの……。安心せい、いきなり外に放り出すようなことはせんよ」

「そ、そうですか」

 もと元生徒だったこと、僕がここにいること、色々と考慮して保護になる可能性が高い、といった感じだろうか。

 どんな薬か聞いておけば、僕が調べてどうにかすうるってことも出きるかもしれないけど……。

 それはそうとして、本当に解毒剤はあるのだろうか。

 先生達が事前に調べているだろう状態で“情報がないから解毒剤があるかわからない”なんてことになるのだろうか。

 ……あんまり、考えない方がいいかな。

 先生達なら大丈夫だよな……。

 そうやって、一抹の不安を感じつつも、どうにもできないから寮に帰る他なかった。
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