狐宮学校の怪談

猪瀬

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住み着く“何か”

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静かな空間に、そのメロディーはいように響いた。

 慌てた春はスマホを取り出し、メロディーを止めるべくスマホを開いた春の目に飛び込んできたのは高等部団長、羽澄静からのメッセージだった。

 春は、その内容に目を見開く。

 まるで今の状態を知っているかのような文面、考えることを放棄して文面を前の二人に告げる。

「……“狐のお嬢様を連れて生徒会室に連れてきて”だって」

「……羽澄先輩、か?なんで……?」

「さぁ、でも生徒会に連れていこう」

 生徒会室に“何か”を連れていくために、席を立つ。

 実が先導して生徒会室に向かう。一階の階段の裏手から視線を感じた気がしたが、すぐになくなったから気のせいだろう。

 高等部、三階にある生徒会室周辺は静まり返っていた。

「失礼します。羽澄団長」

 生徒会室に向かって声をかければ羽澄の声で返事が返ってきた。

「入っていいよ」

 生徒会室の中には羽澄静、ただ一人だけ。

 羽澄は椅子から立ち上がり、こちらに近づいてくる。

「人払いはしておいた。そちらの転校生が狐面の怪異だね?」

 肯定を返すと満足げに頷いて、“何か”をじっくりと見極めるように見るとにこりと笑い“何か”に向かって手を差し出した。

「僕は霊冥怪団の高等部団長、大団長とか羽澄団長と呼ばれている。よろしく、狐さん」

 警戒する素振りもなく、手を差し出した様子に二人はドン引いていた。

 そして実は自分のことを棚にあげているのに気がついていない。

「……よろしく」

 カチリと機械のように“何か”のあ表情が切り替わる。

 少し考えてから、“何か”は手を握り返した。

「ははは、これはこれは……」

 久我のときのように狂喜乱舞とは言わないが、頬が赤く染まるほど喜んでいるのが見てとれた。

 団長になるには怪異や妖怪の類いに関して変態にならないといけないのだろうか……。

 羽澄と“何か”の交流を見守っていると羽澄がクルリと二人の方を向いた。

「春くん、実くん、君達は返っていいよ。時間も時間だし、私は色々と話したいことがあるからね」

 羽澄に言われ時計を見てみれば指し示す時刻は下校時刻だった。

 いい加減、学校をでなければ教師がうるさいだろう。

 “何か”と羽澄を二人きりにすることに抵抗があったがニコニコとした笑顔を羽澄に向けられる。

 笑顔ではあるものの、どこか圧力を感じる。言外に「早く行け」と言われてる気がした。

「えっと、自分達は時間のなので失礼します」

「さ、さようなら~」

 軽く会釈をして早々に生徒会室から出る。

 夕方、視界にうつる教室にはほとんどの生徒がいない。とはいえまだ居るらしい、先ほど影が少しだけ見えた。

 春と実は後ろ髪引かれつつも、自分達にできることはないし帰れと言われている以上なにもできることはないと判断して家路についた。



 生徒会室、羽澄は“何か”に座るように進め、前にお茶を置いた。

「粗茶ですがどうぞ」

「ん」

 “何か”は湯気の立つ茶を表情ひとつ変えず啜る。

「いくつか質問をしても?」

「あぁ」

「なんの妖怪ですか?」

「九尾」

「そうですか」

 “何か”もとい“九尾”はあっさりと自分の正体をあかした。

 内容はともかく、他から見れば何気ない会話をしているように見えるだろうが羽澄と“九尾”の間には冷たい空気が漂っていた。

 それは“九尾”から発されているものだ。

 羽澄は内心、冷や汗を流しながらも歓喜していた。

 後輩たちが連れてきた妖怪が思っていた数段、大物だったからだ。

 九尾もいえばオカルト好きの心を擽る、大物妖怪だ。

 アニメや漫画では敵味方関係なく登場し、キャラクター達を翻弄している様子が描かれることが多く、大きな力をもち、人を化かし、ものによっては人を破滅に追いやると知られている。

 妲己という歴史に名を刻む悪女や、玉藻前という歴史に名を刻む賢女の正体が九尾の狐だと言われている。

 九尾の狐は妖怪的側面もあるが、神獣としての側面もある妖怪だ。

 怪物から神獣、神獣から妖怪に転身していった奇妙奇天烈な存在。

 妲己の話しに至っては「殷を滅ぼしたのはこの女なり」と晒し首にされるレベルのことをやらかしている。

 どの側面をとっても人の手におえる存在ではないし、一歩間違えれば狐宮学校が存在ごとき得かねない。

「それで、ご用件は?」

霊冥怪団れいめいかいだんを利用したい」

「利用?」

「うむ、実は__」

 そこから“九尾”の続けた言葉に、羽澄は目を見開いたものの、ニコリと綺麗に笑い、結果的に了承する運びになった。



 翌日、羽澄と“九尾”を生徒会室に二人きりにして置いてきたことを気にしていた二人は早足で登校して霊冥怪団れいめいかいだんが使っている教室に入る。

 中には誰もいない。

 まだ、誰も来ていないんだろうか?

 それからホームルームが始まる少し前まで部屋の中で待ってみるも、誰も訪れやしない。

 嫌な予感が背中の神経を這い上がるような感覚に陥る。

 教室に狐坂誠がいるのは確認できた。

 他の団員も、部屋には来ていないもののちらほらと学校の中で見かけるから、たまたま集まっていたなかっただけなんだろうと結論付ける。

 だが、背中の嫌な感覚はなくならない。

 時間は過ぎて放課後。

 いつのまにか狐坂誠は消えており、荷物も置かれていないことを考えると旧校舎に帰ったのかもしれない。

 それか、霊冥怪団れいめいかいだんが使っている教室にいたり……?

 霊冥怪団れいめいかいだんが使っている教室からは人の声や音が聞こえる。中には今だ見慣れない団員達がいた。

 ……得に変なところはない。

 本当に旧校舎に帰っただけのようだ。

 二人は安堵から、ホッと息をつく。

 春はどっかりと備え付けられているソファに座り込み、通学カバンに入れていた棒つきキャンディーを頬張る。

 実は春の向かい側に座り込み、少し前に図書館から借りてきた分厚い推理小説の続きを読もうと本を取り出す。

 その他の団員も、各々自由気ままに好きなことをやっている。

 日常風景だ。この前のような廃墟にも等しい旧校舎に団員が突撃するようなのは珍しいことである。

 団員が来ては帰っていく。それを繰り返して、部屋の中にいる人間が春と実、それから花水木、花園の三人だけになった頃。

 大きな音を立てて扉が開いた。

 久我と、珍しく羽澄もいる。その後ろには狐坂誠が立っていた。

「なっ!?」

「えっ!?」

 久我は得意気で、羽澄は感情の読み取れない笑顔で部屋にはいってきた。狐坂誠に関しては本性を隠す気らしい、微笑みを浮かべている。

「む、久我に羽澄先輩?羽澄先輩がここに来る何で珍しいですね。いつもは生徒会室にいるのに……」

「新しく仲間になる子がいるからね」

 “新しく仲間になる”?

「今日から新しく仲間になる狐坂誠さんだ!歓迎したまえ!」

 このテンションのあがりよう、もしや久我は狐坂誠の正体知っていたりするんだろうか?

 羽澄はメールの内容からして知っている、それか察しているんだろうけど……。

「よろしくお願いしますね。特に春ちゃん、実くん」

 名前を呼ばれ悪寒が走る。教室の中で友人達に何度も呼ばれているから、知られているのは疑問に持たないが、真意がわからない。

「よ、よろ、し……く」

「あ、あぁ、はは」

 苦笑いしか出てこない。

 狐宮学校中等部に入学してから数日、変人揃いと聞いておりなにかトラブルはあるだろうと覚悟はしていたが、まさか怪異が団員になる異例の事態が起こるとは誰が予測できただろうか。

 狐坂誠が花園と話している間に春と実は羽澄と久我の元にいき、小声で詰め寄る。

「なんで、あれがいるんですか!?」

「人じゃない何かですよ?よくもまあ、所属すること了承しましたね!?」

 慌てる春達をよそに久我も羽澄もにこやかだ。

「いやあ、羽澄先輩から話を聞いたときは驚いたよ。まさか、怪異が自分から来てくれるなんて……うへへ」

 気持ち悪い久我は置いといてだ。昨日、狐坂誠と話していた羽澄にターゲットを変える。

「なにか脅されでもしました?」

「それとも洗脳かなにかですか?」

「いや?純然たる利害の一致の結果だよ?向こうの目的のために霊冥怪団れいめいかいだんを利用したいんだって」

「は?」

「安心していいよ。人に危害を加える気はないらしいから」

「いやいやいや、そういう話ではないでしょ!?」

 いくら言っても聞いてもノラリクラリ、かわして笑って、そのうち部屋から出ていってしまった。

 狐坂誠が霊冥怪団に所属してからと言うもの、同じクラスであると言うことで三人に組まされることが増えた。

 狐坂誠と名乗った九尾は学校にも、霊冥怪団にも、いつの間にか馴染んでいた。

 突如として現れた転校生で、生徒として非常に優秀であるがゆえに目立ち、高嶺の花のような存在になっていた。

 春や実からしたら下手に人と関わろうとしない点で安心であるから、そのままでいてほしいと願うばかりだ。






 図書館にいる赤い瞳の怪異も__

 上階への踊り場で座り込む怪異も__

 暗い、暗い、その影から付け狙う怪異も__

 空き教室に住み着く怪異も__

 無名を冠し、人を羨む怪異も__

 昔を懐かしみ、ピアノを弾く怪異も__

 途方にくれ、学校にたどり着いた怪異も__

 学校の菜園にて密かに息をする怪異も__

 旧校舎の狐の怪異も__

 すべからく、あなたを待っているかもしれません。

 いえ、もう迎えが来ているようですね。

 だって、ほら、後ろに__












             __青白い手があるんだから。
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