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第三章:天界
33.神を生む者
しおりを挟む————————side Amane ————————
「俺を神にしたのはナギだ」
フェンリスは静かにそう言った。
私と同じ黒い髪を持つナギさんの話をする彼の表情は、どこか切ないような、愛おしいものを懐っているような瞳だった。
私は胸がぎゅっとなった。
フェンリスが遠のいてしまいそうで怖くなった。彼の話の続きを聞くのが怖くなった。でも同時に少しでもたくさん声が聞きたくなって、私は続きに耳を傾けた。
「あれは確か1600年ほど前だった気がする。当時俺はただの狼で、トトはただの鴇だった」
「鴇!? トトさんって鴇だったの」
「そうだ」
優雅に羽ばたくトトさんを想像して、まあ確かに似合うかも、なんて考える。
「俺たちは人間の仕掛けた罠にかかって身動きが取れなくなっていたところを、ナギに救われた。ナギは神生みの力を持っていた。今存在する神の約半数はナギによって創造されたんだ」
「フェンリスとトトさんも、ナギさんのその神生みの力によって神様になったってこと?」
「ああ。俺たちはナギへの恩を返す為、頼まれてもいないのに眷属として仕えた。ナギは何も言わずに俺たちを側に置いた。そして彼の強力な神生みの神力に触れるうち、俺もトトもいつしか人間体を取れるようになった」
ナギさんは、フェンリスにとっていわば生みの親。私はまだ見ぬナギさんという神様に愛しさに似た感情が芽生えた。
フェンリスをこの世に存在させてくれたナギさん。フェンリスを大切にしてくれたナギさん。彼のことがもっと知りたくなった。
「ナギさんって、どんな神様?」
「ナギは人間を敬愛していた。人が空腹に苦しめばそのたびに心を痛め、戦が起きれば死んだ人間の分涙を流した。ナギを何よりも愛していた豊穣神ダミアは、ナギに悲しい顔をさせるまいと人間に恩寵を与えた」
「もしかして、この前言ってた豊穣の神様の大罪って……ナギさんの望みを叶えるためだったの」
「そうだ。勝手に作物が育てば人間は食べ物に困らなくなり飢饉も戦争も起きなくなった。人間は毎日笑顔で幸せに暮らした。ナギも毎日幸せそうで、俺とトトは、親同然に世話になった者が喜んでいるのが嬉しくて事の重大さに気づきもしなかった。人間は毎日幸せに暮らし、生きる努力を忘れてしまった」
フェンリスは後悔の念に顔を歪める。
「後で聞いた話だが、主神もナギに恩があるため、すぐに裁きを与えることはしなかったそうだ。天界が維持できているのはナギの神生みにより優秀な神が存在しているおかげだからな」
「でも……結局罰は下ってしまったんでしょ?」
「ああ。……ナギは異界へ送り込まれ、二体の神は永遠に会うことができなくなった。だからもうナギはこの世にはいない。アマネも俺も、ナギに会うことはできない」
私は息の仕方を数秒忘れた。淡々と昔話のような物語を紡ぐ彼に、何と言葉をかけていいか分からなかった。
フェンリスは大きく深呼吸をして、どんよりした空気を切り替えるように「さて」と号令をかけた。
「俺がなぜ土地が身になったかという質問に答えていなかったな。そういうことで、ナギが望んでいた世界を、俺とトトは叶えたいと思った。恩寵により作られた偽りの平和ではなく、人間がその手によって築いた本当の幸福をこの目で見たい。だから土地神になった」
「フェンリス……」
もう二度と会えない生みの親を想って、彼は力なく笑った。
私は何も知らずに、力になりたいと言った。未来を良くするために一緒に考えると言った。
考えてみれば、無責任な発言だよなあ。
だってフェンリスがやっていることって、いわば親からの夢を引き継いでいるようなもの。そんな固い絆の中私が「手伝う」と切り込んだって、対岸の火事だと思われても仕方がない。
「アマネ」
フェンリスは私の肩に両手を触れた。見上げると、晴れやかな顔をしたフェンリスが緑色の目にいつもの鋭さを取り戻していた。
「俺はお前を半神にしたことをすまないとは思っているが、後悔したことはない。これは俺の勝手な気持ちに過ぎない、無責任な発言だと罵ってくれていい。アマネと出会えて良かった。アマネが半神になってくれて良かった。アマネが俺の側に居てくれて良かった」
フェンリスは、私の無責任な発言を「無責任な発言」で包み込んだ。
そしてあまりにもスラスラ出てくる文言に気恥ずかしくなる。
「もうちょっと、なになになに、フェンリスがたまに恥ずかしいことサラッというの知ってたけど、今日は分量が多いよ、受け止めきれないよ」
「……すまない」
「ふふっ。それに、勝手じゃないよ。私も言ったでしょう? 半神になって良かったって。フェンリスも同じ気持ちでいてくれたのが分かって嬉しい」
「アマネは…やはり優しいな」
「優しさで言ってるんじゃ無い。これは私の本心。だからフェンリス、私も一緒にナギさんの夢を叶えたい。幸せな未来にしたい」
「ああ。アマネが居てくれればきっと叶う。人間たちのあの笑顔は間違いなく、これから先の未来に続く一歩だと思う」
「うん。私もそう思う!
そういえば……ビリエル君に聞いたんだ。『黒い髪の者はこの地に幸福をもたらす』という言い伝えが村にはあるって。もしかすると、それってナギさんのことなのかな」
「おそらくな。ナギは人間にも愛されていた。当時の人間から言い伝わったのだろう。だが……その迷信のせいでアマネは…」
フェンリスは心苦しげに眉間の皺を濃くした。
やっぱり、私が攫われて生贄になったのは髪が黒かったことも関係しているんだ。確かにそんな言い伝えがあったのなら、私を攫いたくもなるだろう。
「そんな顔しないで。私がフェンリスに言えるのは、ありがとうってことだけだよ。助けてくれてありがとう。側に置いてくれてありがとう」
「アマネ……」
「これから、一緒に頑張ろうね」
「そうだな」
湯気の舞うくつろぎの空間で、私たちはお互いをお互いの言葉で鼓舞しあった。
これから天界に向かわねばならないということを思い出したのは、いつも通りフェンリスに髪を乾かしてもらった後だった。
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