24 / 34
第二章:村人
24.夢
しおりを挟むビリエル君のお野菜を使ってフェンリスが作ってくれたお浸しは、もう絶品だった。柔らかい中にも歯応えが残って、少しの苦味が出汁の風味を引き立てている。
ビリエル君が汗水流して育て上げた野菜の味に、私はより気持ちが引き締まる思いだった。
よし、がんばるぞ、と意気込むとフェンリスに「今日はもう何も頑張るな」とツッコミを入れられ、早々にお風呂に押し込まれた。
ちなみにいつ倒れても大丈夫なようにとフェンリスの監視付きで入浴した。湯船用の椅子も用意してくれたのでゆっくり浸かることができたが、腕を組んで仁王立ちで見られながら入るのはかなり恥ずかしかった。
いっそ一緒に入ってくれた方が……とも思ったけれど、万が一朝のような事件が起きてしまっては申し訳ないので言い出せなかった。
無事に入浴を済ませ、うるうるサラサラになった髪の毛をフェンリスに乾かしてもらい、小屋の中のベッドに突っ込まれる。顎まで布団をかけられて、まるで寝かしつけられる子供のようだ。
「暖炉が使えるのがこの場所だけなのでな。気温が高くなってきたとはいえ朝晩は冷え込む。主殿に暖炉を備えるまでは狭いが我慢してくれ」
ぽん、と布団越しに胸を撫でられ、うっとり心地よさを感じる。
「ありがとう。でも態々主殿に暖炉を作ってもらうのは申し訳ないからここで良いよ。狭いのも好きだよ? 落ち着くから」
「そうか。では、今日はもう早く寝ろ。もし何か必要なものがあればすぐに呼べ」
「ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみ」
小屋の中に自分の安堵のため息が響く。一人の空間ってなんだか久しぶりな感じする。
今までずっと一人だったのにフェンリスに助けられてからは一秒一秒が濃くて、閉じ込められていた数年を取り戻しているようだ。
今日は楽しかったな。
何もかもフェンリスにお世話になりっぱなしの一日だった。久しぶりにいっぱい歩いて、疲れたけど充実していた。
体の疲れと心の安堵が混じり合って心地の良い倦怠感に包まれ、いつのまにか気を失うように眠っていた。
◆————◆————◆
埃のにおいと、硬くて冷たい床。肺に舞い込むじめっとした空気。光が差さないから気を抜くと自分を見失ってしまいそうになる。
広くて暗くて何も無い。
途方もない絶望の時間は、ギリ、ギリ、とゆっくり首を絞められているよう。苦しいだけで死ぬこともできない。
私はどこにいるのだろう。
いつからいるのだろう。
いつまでいるのだろう。
冷たくて硬い床が骨に当たって痛い。
痛くて泣きたいのにあと少しのところで感情にストッパーが挟まったようになってもどかしい。
助けて、怖い。
誰か助けて。ここから出たい。空が見たい。澄んだ空気が吸いたい。あたたかい声が聞きたい。
私は誰に助けを求めているのだろう。
誰も助けてくれないのなら、いっそ死んでしまいたい。
◆————◆————◆
「っ!!!!……はぁっ、ハァ、はぁ、」
パチパチと薪の爆ぜる音が鼓膜を触る。起き上がると暖炉の薪がオレンジ色に燃えているのが見えた。窓の外には月が見えた。上を見上げると天井が見えた。
「ハァ、はぁっ……夢か……」
嫌な夢だったな。
塔の中にいる時は幸せな夢ばかり見ていたのに、どうして幸せな時に嫌な夢見ちゃうんだろう。
もう一度目を瞑ろうとするが、またあの情景が蘇ってきそうで恐ろしくなってしまった。
布団から抜け出し、暖炉のそばに体育座りをしてみる。
嫌な夢なんてさっさと忘れてしまえばいいんだ。
膝に顎を乗せて暖かい火をじっと見つめていると、こめかみを汗が伝った。
寒いのか暑いのかもわからない。
自分の感情がわからない。
だめだだめだ。考え始めたら余計にわからなくなる。
「散歩、してみよっかな」
それがいい。気分転換に頭を覚まそう。小屋の周りくらいなら迷子にならないだろう。
立ち上がって、思い切り扉を開く。
「うわぁ! びっくりした……」
ちょうど外から扉を開けようとしていたフェンリスと鉢合い、腰を抜かしそうになったところを抱き止められた。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫…」
「廁か?」
「……ううん、ちょっと…」
「眠れないんだな」
「…………」
沈黙が流れる。
きっと心配して来てくれたんだろう。俯いてなんと答えようか迷っていると、突如体が浮き、フェンリスの首筋がすぐ目の前に来ていた。
「わっ」
持ち上げられた私はそのままおとなしく身を任せる。彼は毛布で私を包み、小屋を出てしばらく歩き主殿へと運んだ。
「しっかりと毛布をかけておけば暖炉がなくとも問題はないだろうが、寒ければ言え」
連れてこられたのは、一切無駄のない最低限の家具にシンプルな装飾の寝室。
「ここは……?」
「俺の寝室だ」
私はフェンリスサイズの大きなベッドに寝かされ、顎のあたりまで布団をかけられた。
「ここで寝ろ」
「い、いいの? お邪魔しちゃって」
「今更気にするな。元々ずっとあの小屋に置いておくつもりはなかった。今からここも自分の部屋だと思って好きに使え」
フェンリスは私の隣に体を滑り込ませ、仰向けになって目を閉じた。目を閉じたまま、「悪い夢を見たらすぐに起こしてやる」と言った。
一瞬にして心が毛布に包まれたようにあたたかくなる。人肌がすぐそこにある。
誰かと一緒に居るって、こんなに幸せなことだったんだ。
「うん、ありがとう」
私はくすぐったい気持ちになりながら、フェンリスにならって目を閉じた。
静けさが耳を劈く。
お腹が空いていなくても、少し食べると呼び水になってもっとお腹が空くみたいに、どれだけ辛さに慣れていても、一度幸せを感じれば私の体はもっともっとと幸せを求めてしまうのだった。
私は更なる温もりを求め、無意識に言葉を発していた。
「フェンリス、もう少し……近づいてもいい?」
目を閉じて返事を待つ。
彼の声が聞こえるよりも先に、体が向こうに引き寄せられる。
「わぁっ」
驚いて目を開けば、緑色の瞳がすぐそこにあった。
「大丈夫だ。もうあの塔に戻ることは無い。お前は俺が逃がさん」
彼は欲しい言葉を全部くれる。
もしこの幸せなひとときが夢だったらどうしよう。たまにそんなことを考えてしまう。
気を抜いたらあの塔に引き摺り込まれてしまいそうで怖かった。
でもこうやって抱きしめられているだけで、何があっても彼が私を繋ぎ止めてくれるという安心感に変わった。
「フェンリス?」
「ん?」
彼は顔にかかった私の髪を指で払う。
「今日はわがままを聞いてくれてありがとう。とっても素敵な一日だった。フェンリスのおかげで、すごくすごく楽しかった」
「……幸せだったか?」
彼の瞳は、私の全てを見透かしているような不思議な魅力を纏っている。
「あの少年にお前が言ったこと、自分自身にもしっかりと心得ておけ。お前も自分の幸せを見つけろ。そしてずっと幸せに生きろ。分かったな?」
フェンリスの声の振動が耳に気持ちよく響く。
「うん、分かった」
私の返答に、彼は満足気に微笑んだ。
1
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました
ひより のどか
ファンタジー
ただいま女神様に『行ってらっしゃ~い』と、突き落とされ空を落下中の幼女(2歳)です。お腹には可愛いピンクと水色の双子の赤ちゃんドラゴン抱えてます。どうしようと思っていたら妖精さんたちに助けてあげるから契約しようと誘われました。転生初日に一気に妖精さんと赤ちゃんドラゴンと家族になりました。これからまだまだ仲間を増やしてスローライフするぞー!もふもふとも仲良くなるぞー!
初めて小説書いてます。完全な見切り発進です。基本ほのぼのを目指してます。生暖かい目で見て貰えらると嬉しいです。
※主人公、赤ちゃん言葉強めです。通訳役が少ない初めの数話ですが、少しルビを振りました。
※なろう様と、ツギクル様でも投稿始めました。よろしくお願い致します。
※カクヨム様と、ノベルアップ様とでも、投稿始めました。よろしくお願いしますm(_ _)m
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる