神は生贄に愛を宿す

丑三とき

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第一章:生贄

14.お風呂②

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「半神の体質は神と違って人間に近い。人間と同じように髪も爪も伸びるし風邪も引く。神の声は月暈げつうんにしか聞こえないが半神は人間といつでも会話ができる。老いはしないが病にはかかる」

「人間と神様の間みたいなこと?」

「そのようなものだ」

「ふーん」

 話は耳に入っていたけど、髪の毛を触られているのが気持ちよくて上の空のような返事になってしまった。

「よし。ほつれた箇所は全て解けた」

「ほんと?  ありがとうフェンリス。今何を塗ってくれたの?」

「植物の種子から抽出した油だ。お前の髪に使おうと思い、昨日拵えておいた」

 これで指通りが良くなるはずだ、と満足げにフェンリスは呟いた。なんか……フェンリスって、おとうさん?  ともちょっと違う、お兄ちゃん?  でも無いような…この面倒見の良さ何なんだ。

 私がいくら彼の力を借りず自立しようと頑張ったって、到底敵わない包容力で応戦してくる。

 いっそ甘えちゃったほうがいい気すらしてきた。

「痒い所は?」

「あ、えっと、耳の後ろがちょこっと痒い」

「ここか?」

「うん、そこ……きもちぃ」

「っ」

 思い立ったら吉日。早速甘えてみると、ピンポイントに痒いところを的中させる絶妙な手つきで、無意識に顔中の筋肉がだらけてしまう。

 フェンリスすごい。神様は痒いところもわかるんだ。フェンリスセンサーだ。

「首の上のことも、おねがいします」

「っ、ああ、こうか?」

「んぅ、そこも、きもち…フェンリス、すごいね」

「…………」

 あまりの心地よさに目を閉じてしばらくフェンリスセンサーを堪能した。

「流すぞ」

「うん」

 彼はこれまた器用に、先ほど同様顔にかからないようにあわあわを流して、きゅっと長い髪を軽く絞って水気を取った。

 私は清潔になった髪の毛に指を通した。

「わぁ…とぅるとぅる!  すごいフェンリス!  髪綺麗になった!」

「元々綺麗だったのをただ洗っただけだ」

 いや、元の世界でもこんなうるうる艶々になったことないぞ。あのヘアオイルすご。今度作り方聞かなきゃ。あれ日本で売ったらフェンリス億万長者だよきっと。

 髪を触りながら立ち上がり勝手にはしゃいでいると、落ち着けと言われて先ほど同様前を向いて椅子に座らさた。

「前は自分で洗えるな?  背中は俺が流そう」

「そんなことまでして貰っちゃって、いいのかな」

「何も気にするなと言っているだろう。布はそれを使え」

「うん、ありがと」

 背中こそ自分じゃ届かないし、ここまできたらもうまるっと全身サッパリしてしまいたかったので、お言葉に甘えて背中を流してもらうことにした。

 フェンリスは石鹸を泡立て手拭いのようなもので私の背中を擦る。私も真似して腕や足を丁寧に洗ってみた。骨が浮き出て情けない。もっと食べて、筋肉も付けなきゃ。フェンリスみたいに…は、なれないと思うけど、せめて力仕事ができるまでには回復したい。

「力加減は大丈夫か?」

「うん、ちょうど良い」

「……右側の肩甲骨の部分、傷跡が残ってしまったな」

「ほんと?」

 恐らく塔の看守に襲われた時だ。床にすごい力で押さえ込まれたし、私もかなり抵抗したからな。

 振り向くと、フェンリスが落ち込んだように私の背を見つめていた。心配させちゃってる。

「大丈夫大丈夫!  傷跡くらい。傷がこんなに早く塞がっただけでも奇跡だよ。フェンリスの手当てのおかげだよ」

「お前の皮膚は美しいのでなるべく傷跡を残したくなかった」

 突然降りかかった言葉にひゅっと息を呑んだ。美しい……とか、フェンリスに言われると居た堪れないよ。私の百倍美しく神々しく猛々しく格好良い人にそんなこと言われるなんて照れてしまう。

 ……ま、まぁ!フェンリスが言ってるのは私の "皮膚が"だけどね!

 でも褒められると変にドキドキする。

「もう痛みはないのか?」

「うん、もう、全っ然痛くない!」

「そうか……」

 後悔するような、慈しむような低い声が耳に入ってきた次の瞬間、

「ひぁっ……」

 右側の肩甲骨に身悶えするほどのくすぐったさが走った。

「ちょっとフェンリス、ふふっ、もうくすぐったいよ!」

「す、すまん、つい」

 どうやら、傷跡が気になりすぎて指で撫でてしまったようだ。突然の刺激にびっくりして声が出てしまったじゃないか。ほんと、恥ずかしい。

「もう。前は洗い終わったよ?」

「そうか。こちらもすぐに洗おう」

 ゴシゴシと良い具合の力加減で布を往復されると、数年分の疲れが取れていくような心地よさを感じる。

「痒いところはあるか?」

「んー、真ん中の上らへん」

「このあたりか」

「ん、そこ……」

 私はここでもフェンリスセンサーを活用し、お風呂の醍醐味をフルに堪能させていただいた。


 体をお湯で流してもらい、全身さっぱりした私はフェンリスに再び横抱きにされ、湯船へと運ばれていった。

 慣れというのはすごい。最初はあんなに恥ずかしかったのに、抱き上げられ運ばれることに申し訳なさは感じれど、羞恥は早くも薄らいでいるのである。

 それよりも、早く湯船を堪能したかった。待ちに待ったお風呂!  数年ぶりのお風呂!

 だが……

「ふ、深っ!」

 フェンリス規格で作られている浴槽は、私が腰を下ろすと鼻の上まで浸かってしまいそうなほど深く、一瞬溺れそうになったところをフェンリスに拾われた。

「そうか。アマネには深かったな、浴槽用の椅子を用意しておけばよかった」

 不覚、とばかりに呟く彼は、バランスを崩した私をそのまま自分の膝の上に下ろし、「しばらくはこれで我慢してくれ」と言った。

「えっ、ふぇ、フェンリス、でも」

「そう畏まらずもたれかかって寛げ。せっかく楽しみしていた風呂だ。遠慮するな」

 彼は申し訳なさやら何やらで混乱する私の肩を自分の胸板に引き寄せ、「寛げ」と促す。無理だって。

 高さはちょうど良くなったけど、なったけど……!  後ろに当たるものは気のせいでは無いはずだ。


 尾骶骨の上あたりをゴリッと刺激するのは彼のアレに違いない。神様の通常モードすごい。

 そ、そうか、これもきっと神様界隈では単なる身体の姿形以外の何ものでもなく、この部分だけ特別いやらしい意味があるとかではなく、人間で言う肩が触れ合ったぐらいのことなのかもしれない。

 ご、郷に入っては郷に従わなきゃ。

 フェンリスの言うとおり、私はピンと伸ばしていた背筋を緩めて彼の胸に体重を預けた。

「どうだ?  久しぶりの風呂は」

「と、とっても気持ち良い」

「そうか。湯加減は?  もう少し上げることも下げることも出来るが」

「大丈夫!  丁度いいよ」

 彼は私の髪の毛を指で梳かしながらあれもこれも気遣ってくれる。

 話しかけられるたびに耳を掠める吐息と私の髪を梳かす指が、数年間忘れていた私の熱をズクっと蘇らせた。


「嘘でしょ……こ、このタイミングで……?」

「どうしたアマネ」

 ほとんど口の中でつぶやいた小さな小さな焦りも彼の耳にはしっかりと届いていて、心配そうに問いかけられた。

「あっ、えっと…なん、何でも無いよ」

「しかし…顔が赤い。のぼせてしまったか。一旦上がって休憩するか?」

「い、今はダメ!」

「?」

 私を抱えて立ちあがろうとするフェンリスを制止すると、本気で心配しているといった表情で顔を覗き込んだ。

「ご、ごめんなさい……」

「何を謝る。アマネ、どうした?」

「あ、あの……」

 ああああ居た堪れない。彼は本当に本気で心配してくれてるのに、こんな時にそんな気分になってごめんなさい。

 でも生理現象はどうもできない。半神はほとんど人間と同じ体質だってフェンリスも言ってたか。半神になったって人間と同じような現象が現れるのは仕方ないけど…なんで今なんだよぅ。

 私は、彼の心配を解くためにも意を決して正直に打ち明けた。

「に、人間って、いうのはさ! あくまでも、私の世界の人間の雄は、平均、最低でも週に一度か二度は……自分でするんだ。そういうデータがあるんだ」

「データ?」

「わ、私もね、そんなに多くは無いけど、どんなに忙しくて大変で時間が無い時でも、二週間に一度は自分でしてた。だって生理現象だから仕方ない、でしょう?  でもここに来てから、牢や塔に閉じ込められて、脳内ホルモンのバランスが崩れたのかな、全然、そういう気分にならなかったんだけど、気持ちが緩んで、体もさっぱりして、人肌に、触れて……。だから、ご、ごめんなさい……勃って、しまいました……」

 顔を湯に浸かりそうなほど俯け、小さく小さく呟くと、後ろからひとつ大きなため息が聞こえた。
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