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続編その②

1.風邪っぴき

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◆◆◆◆◆


「ゲホッ、ゲホッ、……ハァ、はぁ…」


ある日の夜。
心地いい夢に包まれていると急に胸がザワザワして目が覚めた。覚醒とともに隣から苦しそうな息遣いと咳が聞こえて来て、慌てて飛び起きる。

「フレイヤ、さん……?」


急いで部屋の明かりをつけて彼の顔を覗き込むと、額に汗を浮かべ苦痛に表情を歪めていた。

「フレイヤさん!?  大丈夫?  どうしたの?」

今日は夜伽の日では無かったが、帰宅したフレイヤさんの表情がいつもより曇っていたので僕から誘った。しかし彼の返事はNOで、「それよりも早くこっちにおいで、一緒に眠ろう」とベットの中で抱き込まれそのまま眠りについたのだ。

「起きれる?  しんどい?」

「ッ、はぁ……ハァ…ゲホっ、ゲホッ!」

「フレイヤさん、ああ、よしよし、辛そう……どうしよ……魔物退治の影響かな、それとも、風邪ひいちゃったのかな……」

彼の大きな体をさすりながら問うが、返ってくるのは辛そうな咳ばかり。呼吸も荒い。なんとかして辛さを取り除いてあげたいけど、彼の苦痛が魔物によるものなのか、それとも体調の問題かによってするべき対処が全く違う。

魔物の影響であれば性的な接触をするのが一番効果的だけど、風邪であればそれはただの負担になってしまう。

「フレイヤさん……」

体をさすって、汗を拭って、ギュッとしがみつく。

怖い。

フレイヤさんがこのままいなくなってしまいそうで怖い。彼の呪いを解いてからしばらく経ったとはいえ、いつ何が起こるかなんて誰にも分からない。呪いが再発したのか、それともまた別の悪い呪いに取り憑かれたのか。

悪いことばかり考えて、不安に押しつぶされて消えそうになる。涙が出そうになる。

「ゲホッ、ゲホッ」

だめだ、いけない。フレイヤさんこんなに苦しそうなのに弱気になってちゃだめだ。
僕が苦しい時にたくさん助けてくれたのに、今度は僕が助けなきゃ。

「誰か呼んでこないと。……クールベさん今日は居ないかな。ウラーさんは、起きてるかな」

執事や軍人の方たちは、交代制で当直をしている。もし誰かが起きてたらお医者さんを呼んでくれるかもしれない。

考えている暇はない。
頼れる人を頼らなきゃ。僕がフレイヤさんをなんとかしなきゃ。

「フレイヤさん、待っててね。すぐ誰か呼んでくるからね」

僕はもう一度彼に抱きついてから、廊下に駆け出した。

夜に廊下へ出るのは暗くて怖くて仕方なかった。とにかく走って、執事さんたちの部屋を目指した。僕の足音が聞こえたのか、誰かが驚いたように声をかけてきた。

「ハッ、ハルオミ殿!?  どどどどうされたのですか!?」

「!」

慌てて駆け寄ってきてくれたのは、当直の軍人さんだ。お屋敷を巡回していたのだろう。

僕は誰かがいてくれた安心感と、状況を伝えなければという焦りでしどろもどろになりながら必死に伝えた。

「あっ、あのっ、えっと……お医者さん、フレイヤさん、お医者さんが……!」

「フレイヤ様が、どうかされたのですか」

「つ、辛そうで……お医者さん、呼んでください!」

なんとか僕の意図を汲んでくれた軍人さんは、「ハルオミ殿はお部屋に戻ってフレイヤ様についていてあげてください」と言って、急いで人を呼びにいってくれた。


フレイヤさんの背中をさすりながら待っていると、軍医のおじいちゃん先生が来て診察をしてくださった。
先生は魔法らしき光でフレイヤさんを照らした。
曰く、魔物の影響ではなく風邪とのこと。安静にしていれば治るそうなので、ひとまず解熱剤と鎮痛剤の注射を打って布団を被せた。


先生や軍人さん、そして騒ぎを聞きつけた執事さんが「私たちが見ておきましょうか」と言ってくださったが、僕はフレイヤさんについていたかったから、ありがとうございますと言ってそれぞれのお仕事に戻ってもらった。


しんどそうに息をするフレイヤさんをたくさんさすって、先生が置いていってくださった冷たいタオル(魔法で丸一日冷感が持続するらしい)でおでこを拭ったりしていると、ゆっくり彼の目が開いた。

「!  フレイヤさん……!?」

あまり大きい声を出さないよう気をつけながら彼に声をかける。

「大丈夫?  しんどい?  痛いとこある?」

矢継ぎ早の質問に、フレイヤさんは状況を理解したのか、ふふっと柔らかく笑った。

「こんなふうに体調を崩すのは幼少期ぶりだよ。ケホ、ケホッ……ごめんねハルオミ。ゆっくり眠れなかっただろう」

彼の声は咳をしすぎたのか少し掠れていた。

「今僕のことなんて気にしないで。もう大丈夫だよ、お医者様に注射してもらって、この冷たいタオルももらったからね。フレイヤさん、汗かいてるからお水飲んで?  起き上がれる?」

辛そうな顔を覗き込んで言うと、「そうだね、いただこう」と言って体を起こした。彼の背に手を添え、コップに入った水を差し出す。

少しずつ水がフレイヤさんの口に吸い込まれ、ゆっくり喉が上下するのを見てひとまず安堵する。

もう一度彼を寝かせ(と言っても僕にフレイヤさんの体位を変えられるほどの体力などないから、ただ見守っていただけなのだが)、布団を首元までかける。

「ありがとうハルオミ。世話をかけるね」

「こういう時くらいいっぱいお世話させて。普段は僕が助けてもらっているんだから」

「なんて頼もしいんだ。私は本当に幸せ者だ」

いつものように優しい言葉をくれる彼に安堵の息を吐いた。

「しっかり寝なきゃだめだよ。僕がずっとよしよししててあげるから」

彼の母親にでもなった気分で、自分よりも遥かに広い胸をぽんぽんと叩く。

「君が隣にいてくれるだけでこんなに落ち着くんだね。風邪などひさしぶりに引いたものだから少し不安な気分になってしまったが、ハルオミが付いてくれているだけで安心する」

「ほんと?  僕、フレイヤさんの役に立てたかなあ」

「ああ、もう君がいてくれたら百人力だ……っ、ゲホッ、はぁ……」

「っ、ごめん、っ喋らせちゃった。とにかく今は安静にね。ほら、目を瞑って」

「ありがとう」


苦痛を取り除くようにおでこをよしよし撫でる。静かに目を閉じている彼はいつもより数段幼く見えた。



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