上 下
107 / 147
続編その①〜初めての発情期編〜

15.フェロモン

しおりを挟む


1週間ぶりの中庭。

地面に写った樹木の枝の影が、ざわっとそよいだ。影に1つの小さな浮遊物が加わり見上げると、小鳥が枝に止まっていた。

——チュン、チュン、

「鳥の囀りがこんなにも美しいなんて……これぞ朝、爽やかな朝、爽やかな気分…!  もう眠くないし怠くないしエッチな気分でもない!!」

「おっ、ハルオミ帰還した!」

「っ!?」

思いのままに爽やかな気分を口に出して表現すると、聞き慣れた声が背後から響いた。
トコトコ歩くたびにふわふわの金髪が揺れている。

「イザベラ……わーイザベラだ!  久しぶりぃ!」

抱きつきながら髪を撫でる。
うんうん、この感じこの感じ。1週間ぶりのイザベラだ。

「おいっ、ハルオミ…髪の毛わしゃわしゃするな!」

「え~いいじゃんいいじゃん、久しぶりに会ったんだもの~。イザベラはいつも可愛いくて小さくて元気だね~、よしよしよしよし」

「はははッ、やめろって、くすぐったい!  俺の方がでかいだろ!  ハルオミへんなテンションになってんぞ!」

僕の背中をバシバシ叩いて抵抗を示すイザベラ。変なテンション、たしかにそうかも。ずっと部屋の中にいたからイザベラともパネースさんともお話しできなかったんだもの。


「アラ、ハルオミ君がイザベラを襲ってる……珍しい光景ですね」

イザベラに抵抗されながらも撫で続けていると、もう一つ聞き慣れた声が増えた。

「その声はパネースさん!  ねえ、こっちきてよ、一緒になでなでさせて~」

「賑やかだと思ったら……とても楽しそうですねぇ。私も参加させてもらいましょう」

庭園の水やり帰りであろうパネースさんは駆け寄って来てイザベラごと僕を抱擁し、髪の毛をわしゃわしゃと撫で回す。

「パネースっ!  お前までくるな、暑苦しいだろ!  ハハハッ、もう何だよコレ…!」

イザベラは僕とパネースさんにぐしゃぐしゃに撫で回されながら苦言を呈す。パネースさんって意外と悪ふざけに付き合ってくれるから、そういうところも大好きだ。

「いやぁ~ハルオミ君がいない間、私たち寂しかったんですよ?  ね、イザベラ」

「俺は別に!」

「えっ、イザベラ寂しがってくれてたの?  嬉しいな~」

「だから別に寂しくねぇって言ってんだろ!  退屈だっただけだ!  つかハルオミ!  こんな中庭で『エッチな気分じゃない』なんて宣言、ダイタンだぞ!」

「あらっ、ハルオミ君そんなこと言ったんですか?  それはダメですね~、フレイヤ様のお説教ですね~」

パネースさんのわしゃわしゃ攻撃が僕を標的に変えた。

「わっぷ…イ、イザベラ聞こえてたの?」

「当たり前だろ、声がでかいんだよ!  パネース、その綺麗な黒髪もっと愛でてやれ」

「お任せください」

「ちょちょちょ、わぁ…っ、だ、だって最近ずっと熱に浮かされたみたいにいやらしくて変な気分だったんだよ。うずうずして、フレイヤさんの匂いにもいちいち興奮しちゃうんだもん。久しぶりに 頭がスッキリして叫びたくなったんだもん 」

「だからと言って、こんな中庭の広いところで叫んで良いことと悪いことがありますよハルオミ君。お仕置きです」

にやりとイタズラっ子の笑みを浮かべてパネースさんが攻撃を激しくする。

「ははははっ、や、やめてよもうぐしゃぐしゃ…ふふっ」

3人でお互いの髪の毛を楽しく撫でくりまわしながら言い合っていると、もう1つ聞き慣れた声が加わった。


「全く皆様、何をやっておられるのですか。ハルオミ殿も調子がまだ万全とは言い切れないのですから、そんなクソ激しいお戯れはまだお控えください」

腕を組んで呆れた表情のウラーさんにお叱りを受けたが、2人はそんなのお構いなしに撫でくりまわす手を止めようとしない。

「わっぷ、ちょ、ウラーさん助けてよ、2人がわしゃわしゃしてくる」

「やりだしたのハルオミだろ!」

ひと通り気が済むまでお互いを愛で合い、最後は円満にカタがついた。皆髪の毛がこれでもかと言うほどボサボサになっていた。


「すみませんウラーさん。私もハルオミ君に久しぶりに会えたのが嬉しくて、つい悪ふざけを」

3人とも、笑って乱れた呼吸をしっかり整える。

「ふぅ…ごめんごめんイザベラ。つい嬉しくってね」

「ま、まぁいいけどよ、ハルオミが元気なら」

イザベラは唇を尖らせてそっぽを向きながら小さな声でつぶやく。
か……可愛い。
もっかい撫でちゃおっかな。

僕のヨコシマな気持ちも、ウラーさんの言葉でおさまった。

「よくありませんよ。『中庭で側仕えの皆様が密なスキンシップを取りながら破廉恥なことを言い合っている』と、新人の執事が顔を真っ赤にして報告して来ました。まったくほどほどにしてくださいよ、うちの将来有望な新人をたぶらかすのは」

そんな報告があったとは……。

確かに状況的には完全に一致している。

「き、気をつけますっ」

イザベラもパネースさんも状況を把握して、僕同様焦りながら反省した。

「それは…気の毒なことをしてしまいました。本当にすみません」

「なんか……わるかった」

悪ノリしすぎて担任の先生に怒られたみたいになっている僕たちを、ウラーさんはぷぷっと笑い、

「せっかく久しぶりに会えたのですからもっと落ち着いてゆっくりお話ししては?  談話室でお茶でも淹れますから」

と優しく諭した。

「そうだな、ハルオミと話したいこといっぱいあるし!」

「そうしましょうか」


ウラーさんの提案で屋敷の中へと戻った僕達は、談話室で彼の淹れてくれたお茶を飲みながら無言の間を1秒も作らないほど話を弾ませた。

ウラーさんからの「皆様は口から生まれたのですか」という突っ込みに、イザベラがぷくっと頬を膨らませて反撃した。

「だって俺ら1週間ぶりに会ったんだぜ?  いいよなウラーは、ハルオミの部屋に毎日遊びに行ってたんだろ?」

「遊びになど行っておりません。わたくしは薬師としてハルオミ殿のご様子を伺っていたまでです」

「じゃあ、俺らもちょっとくらいいいじゃん」

ぷーすかと拗ねながら憎まれ口を叩くイザベラに負けじと、ウラーさんは言い返す。

「発情していないタイミングだったとしても、発情期には常にフェロモンを発しております。それに当てられれば本能的に興奮状態になることもあるのですよ。イザベラ殿は、ハルオミ殿を襲わない自信がありますか?」

「……………あるし!」

今絶対「ギクッ」ってなったよねイザベラ。

過去にイザベラから「エロい」だの「俺なら襲う」だの言われた(実際襲われた)身としては、きっと彼を興奮状態に追いやってしまう自信がある。

ただ、僕はそれよりもウラーさんの発した言葉が引っかかった。

「待ってウラーさん、僕、発情してなくてもフェロモン出てたの?」

てっきり発情している時にしか振り撒いていないと思っていたけど、発情期の間は常にフェロモンが放出されていたということだろうか。
そんな状態でクールベさんともウラーさんともお話ししてたの?  

「ええ、しっかりと」

「知らなかった……」

「一応お伝えはしましたが、覚えておられないのも無理はありません。発情期は体温が上がりぼーっとしてしまったり、眠気が常に続くようですし、思考も冴えなくなるのでしょう」

「そうそう。半分夢の中にいるみたいな時間が結構あったからなあ……」

お酒に酔ってる感覚ってもしかしたらあんな感じなのかな。

「ハルオミ君、よく乗り越えましたね」

パネースさんが、今度は優しい手つきで頭をぽんぽんと撫でた。

イザベラも、にっこりと珍しく人懐っこい笑顔で「よく生還したな、ハルオミ」と奮闘を讃えてくれた。

「これが三ヶ月に一度来ると思うとほんのちょっとだけ不安だけど……フレイヤさんがいてくれるなら頑張れるかな」

「ハルオミが部屋に篭ってる間は俺らも退屈だけど、部屋に入ったら絶対襲っちまうし、我慢する」

"絶対"襲うんだ。
正直すぎるイザベラの発言を笑いながらパネースさんが「私も自信がないので我慢します」と、こちらもサラッと爆弾発言をした。


まったくお二人とも……と、呆れ返るウラーさんに、イザベラがにやにやと反論する。

「お前はどうなんだよウラー。ハルオミがこの屋敷に来てから、クールベさんと過ごす頻度高くなったんじゃねぇの?」

同級生の恋愛事情(もう伴侶だけど)をおちょくるようなテンションで意味深な質問をするイザベラだが、僕は知ってる。ウラーさんがそんな揶揄からかいにたじろぐことは無い。堂々たる謎の態度でなんでも教えてくれるのだ。

「ええ。ご想像の通り、わたくしもクールベ様もハルオミ殿のフェロモンにしっかりやられしたので、ここ数日は盛り上がりました」

「あらま」

「人のこと言えねぇじゃん!」

パネースさんがぽっと頬を赤らめ、イザベラが突っ込む。僕はというと複雑な気持ちだ。
自分のフェロモンで、よその夫婦の夜の生活を捗らせてしまったなんて。

「ウラーさん、そうだったんだ……なんかごめんね」

「いえいえ、踏んだり蹴っ…願ったり叶ったりです」

ウラーさんはお茶菓子をテーブルに置きながらため息混じりに言う。踏んだり蹴ったりって言おうとしたな…何があったんだろ。クールベさんの"一回"は長いって言ってたし、色々と絶好調だったのかもしれない。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

処理中です...