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続編その①〜初めての発情期編〜

10.キャラメリゼ風フレンチトーストのアイスクリーム添え

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◆◆

あったかくておおきな体で暖をとりながら、夢と現の間を彷徨う。

昨日と全くおんなじ朝。眠くて眠くて寒くて、中々起き上がれない。もうちょっと眠っていたくて、目の前のぬくもりに腕も脚も巻きつけたまま幸せに浸る。

「んん、ぅ……」

「ハルオミ」

大好きな声が僕を呼んでる。待ってね、もうちょっとしたらおきるから……ああでも、ちょっとむりかも……フレイヤさんの腕の中とっても気持ちいいから、このままもう一回寝ちゃいたいなぁ…

「ハルオミ、起きたかい?」

「ん、……んぅ…まだ…おきてない……」

目を瞑ったまま答えると、頬に優しい温もりが触れる。すぐに彼の指だと分かった。

「ふふっ、全く、君はいつもいつも可愛いね」

「ふれーやさん……もう、あさ?」

「ああ、もう朝だ」

「ん、む……おきる……」

起きると言いながらも、なかなか瞼が開いてくれない。

「大丈夫だ、まだ寝ていなさい。君は昨日から発情期に入ったから、1週間ほどは部屋から出ずにゆっくりしなければいけないよ」

発情期……はつじょう……

「そ、そうだった……」

———パチッ

「お。お目覚めだね」

「忘れてた」

昨日、自分がどのような痴態を彼に晒したのかすっかり忘れてしまっていた。

「フレイヤさん、僕、寝てる時大丈夫だった?  フレイヤさんに変なことしなかった?」

「大丈夫だよ。ぐっすり眠っていた」

「フレイヤさんもぐっすり眠れた?  僕のことずっと見ていてくれたんじゃないよね?  ちゃんと寝たよね?」

「当然だろう。私も昨日は少し……いや、ずいぶんと張り切ってしまったからね」

困ったような苦笑いを浮かべて頬を指でかきながら目を泳がせるフレイヤさん。

4回、しちゃったもんね……。

まぁ、とはいえ朝までぐっすり眠れたということは、クールベさんの言っていた『発情の頻度』というのはそれほど高くないということだろうか。寝込みのフレイヤさんを襲わずに済んで良かった。

「ハルオミ、体の方はどうだい?  まだしんどいだろう、いきなり立ち上がると差し障るから、少しだけ体を起こそうか」

「うん、ありがと」

フレイヤさんは僕の背中にクッションを挟んでくれて、僕は重たい体をなんとか起こした。

「もう少ししたらクールベ叔父上が来てくれるそうだ。何か飲むかい?」

「うん……あ、ぼく自分で」

「いいから座っていなさい。この時期無茶は禁物だよ、分かったね?」

「…ありがと」

何から何までやってもらって申し訳ないと思いつつも、フレイヤさんに世話を焼かれるのも焼くのも好きだから、つい頬がにやけちゃう。

「しあわせ……」

フレイヤさんは自分の身支度を進めつつ、魔法で遠隔操作のようにお茶を淹れる。そのスムーズでエレガントな所作に感動する。

フレイヤさんの長い銀色の髪の毛、僕が梳かしてあげたいなあ。フレイヤさんのシャツのボタン、僕が閉めてあげたいなあ。でも、こうして彼が身支度してる様子をただただ遠くから見るのも好きだなあ。

結局フレイヤさんとならどんな瞬間だって幸せなんだ。

「ハルオミ、いい夢でも見れたのかい?  楽しそうな顔をしている」

フレイヤさんは暖かいお茶を手に戻ってきてベッドに腰掛けた。

「ふふふっ、秘密」

「秘密にされると気になるな」

彼の手から受け取ったカップをふぅふぅと冷まし、口をつける。あたたかいお茶は、朝の寒さに冷えた体を芯からホッとさせる。

夢は見なかったけど、朝起きたら隣にフレイヤさんがいるだけで夢みたいに嬉しい。




———コンコンッ

「入るぞー」

扉の外から聞こえたのは、クールベさんの声。

「どうぞ」とフレイヤさんが声をかけると、眠そうに大きなあくびをしながらクールベさんが入室してきた。

「おはようございます、クールベさん。昨日はありがとうございました」

「おう、おはようハルオミ君、どうだ。昨日は一度も起きずに眠れたか?」

「はい、もうぐっすり。倦怠感はあるけど……ヘンな感じはまだ無いです。」

「そうか、昨日の"4回"が効いてんのかもな」

「!!」

ギクっ、とバツが悪そうに目を逸らすフレイヤさん。中々珍しい光景だったので目に焼き付けておいた。

「今のところに無いなら、フレイヤは通常通りに任務に行け。もしハルオミ君に異変があったらお前分かるんだろ?」

「ええ、昨日も異変を感じて戻って来ましたので」

「そうだったんだ」

「なら、何か感じたらすぐに戻れ。ニエルドとビェラにはもう事情は伝えた。パネースとイザベラ、執事らにもハルオミ君の部屋には入るなと言ってある。発情期の空気に誰が当てられるか分からねぇからな」

「ありがとうございます、クールベさん」

仕事が早すぎて頼りになりすぎる。昨日たくさん「変態」って思ってすみませんでした。


「ハルオミ君には退屈な思いさせちまうが、数日我慢してくれ」

「いえ、我慢だなんて……!それに僕、とっても眠くて、昨日もお昼寝してたら3時間も経っちゃってたんです。だから退屈することは無いかと」

「そうか。その眠気はおそらく発情期が原因だな」

「やっぱり、そうなんですか?  なんか異常な眠気だなと思って」

「ホルモンバランスの崩れもあるが、発情すると体力も気力も、知らず知らずのうちに削られる。回復するために眠くなるんだ。だからこの期間はしっかりと寝て体力を温存しておけ、いいな?」

「わかりました」

眠気にもきちんと理由があったと分かって安心した。お言葉に甘えてしっかり寝て、この数日間を乗り切らなきゃ。

「じゃ、俺はウラーんとこで朝メシ食ってくるわ。お前らもごゆっくりー」

「はい、ありがとうございます」




クールベさんに礼を言い、再び2人だけの朝が訪れる。

「ハルオミ、食欲はあるかい?」

「うん、睡眠欲の方が強いけど……でもお腹減っちゃった」

考えてみれば、昨日夜ご飯食べ損ねちゃったし。

「それじゃ昨日言った通り、今日はカリカリのフレンチトーストにアイスクリームを乗せようか」

「っ、~~もう、聞くだけで美味しそう!  今日は僕が焼くね。フレイヤさんはアイスクリームをお願い」

「君はゆっくり…」

「大丈夫だよ、座りながらやるから」

「……そうかい、疲れたらすぐに休むんだよ」

「はいはーい」

フレイヤさんは心配で仕方がないという顔をしつつも、いつも好きなようにやらせてくれる。世話を焼かれるのは好きだけど焼かれっぱなしだと居た堪れなくなっちゃう。彼もそれを汲んでくれたのだろう。何でもお見通しで、敵わないな。




表面はカリカリで、中はぷるっぷるんのフレンチトーストの横にフレイヤさんお手製のアイスクリームを添えた特製豪華モーニングを堪能しながら、僕たちは2人して頬っぺたが落ちそうになっていた。

「わぁぁ~~、なにこれ、すご……っ!!」

「驚いた。こんなにうまいとは思わなかった……!」

フレンチトーストとアイスクリームのアツヒヤに加えて、キャラメリゼの苦味とカリカリの食感がとてつもないマリアージュが生まれている。これ思いついたフレイヤさん天才。

「これナイスアイデアだよフレイヤさん!  クールベさんにも食べさせてあげればよかったね」

「ああ。きっと驚く。彼に振る舞うのはまた次の機会にしよう」

「そうだね、今はウラーさんと仲良く朝ごはん食べてるかもしれないもんね」

しかしウラーさんとクールベさんが夫婦だったなんて、全然気づかなかったなぁ。

確かにウラーさんって、年齢の割にどっしりしてるっていうか、怖いもの知らずっていうか、大人っぽい感じするもんなぁ。普段からクールベさんと話してるからかな。

「そういえばウラーさんって、ここで執事をして長いの?  執事の皆さんから頼りにされてるみたいだった」

「ウラーは10年以上執事をしてくれているよ」

「10年以上っ?  すごい、かなり長いね。……でも意外だ」

「何がだい?」

「フレイヤさんなら『ウラーかい?  いつのまにか居たから、いつから執事をしているのかは分からないね』なんて言うかなと思った」

フレイヤさんのモノマネをしながら言うと、彼はおかしそうに笑った。

「はははっ、そのように思われても仕方がないね。私はこれまであまり人に興味を持たなかった。クールベ叔父上が私の叔父上だと言うことも知らなかったくらいだから。でもウラーは色々な意味で印象的だったからね」

「印象的?」

「ああ、昔から私の周りにはなぜか執事も軍人も、家族以外の魔祓い師も寄りつかないのだが……」

そりゃ「冷酷」だの「怖い」だのと恐れられてたもんね。微笑んだだけでびっくりされてたもんね。

「ウラーは私にも両親にも兄弟にも、忌憚なく何でも言う。皆に遠慮せず接してくれるからこちらも気を遣うことなく助かっているんだ」

「ウラーさん、ハッキリもの言うもんね」

パネースさんとニエルド様の婚約祝いの食事会の時も、フレイヤさんと言い合ってたし。







フレイヤさんを見送った後、僕はベッドに横になった。寝てすぐ横になったらいけないって分かってるけど、甘いもを食べたせいで眠気がピークに来てしまった。

クールベさん曰く、発情状態というのは無意識に体力が消費されてしまっている状態だという。しかもホルモンバランスの崩れもあって、常に眠気が続くかもしれないということだ。

「はぁ~、歩くのもしんどいなんて……」


ベッドサイドのテーブルには、クールベさんが先ほど帰り際に貸してくれた数冊の本が積んである。

昔の文献らしいけど、発情期のこととか番のこととか書いてあるから参考に、と。
きっと難しいんだろうなあと思いながらも、パラパラとめくってみる。

「それにしても、番の存在って貴重で前例もあまりないのに、たくさん調べてくれたんだなぁ……」

根っからの研究者体質とはいえ大変だったと思う。改めて、クールベさんにはいくら感謝してもしきれない。

「クールベさんがいなかったらフレイヤさんの呪い解けてなかったわけだし。それにしても……ふふっ、『生の資料』だって。ちょっとでもお役に立てれば嬉しいな」

クールベさんのためなら研究対象でも資料でも大歓迎だ。

「最低でも5日間、長くて7日間か……よし、乗り越えるぞ」








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