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続編その①〜初めての発情期編〜
1.冬眠
しおりを挟むあったかくておおきな体で暖をとりながら、夢と現の間を彷徨う。
瞼の外のほんのりとした明るさで、朝が来たのがなんとなくわかる。でもこの場所から離れた寒気を想像しては身が震えてしまうので、目の前のぬくもりに腕も脚も巻きつけたままぬくぬくと気持ちの良い睡眠へ再度誘われてみる。
僕が正式にこの世界の人間になって、早くも数ヶ月経った。このごろ寒い日が続いている。この前はパネースさんが体調崩しちゃったし、油断してると僕も風邪を引いてしまいそう。だから許してフレイヤさん。寝坊ギリギリで起きるから……
「ハルオミ、そろそろ起きる時間だよ」
フレイヤさんからお声がかかり、残念ながら二度寝チャンスは無くなってしまった。
「んーー、もうちょっと…」
布団の中に潜り込み、フレイヤさんのお腹の辺りに巻きつき直す。がっしりしてて硬いけどほどよく弾力があってあったかい人肌、とても良い……。
「仕方のない子だ。あと5分だけだよ」
ぽーっとしてしまう彼の香りに包まれながら甘やかされている時間がとっても幸せで、深い眠りに落ちていきそうに……って! だめだ! このままじゃ確実に爆睡してしまう! もし起きれなかったらフレイヤさんと朝ごはん食べられないしお見送りもできない。なんとかして目を覚まさなければ。
「ん、やっぱ……おきる…」
「そうかい? もう少しなら眠っていても大丈夫だよ」
「でも……いっしょに、あさごはんたべる」
言葉とは裏腹に体はフレイヤさんから離れようとしない。全く言うことのきかない体に鞭を打ち、開くまいと駄々をこねる目をなんとか開く。
「ねむい……」
目の前には僕と違ってシャッキリ目覚めているフレイヤさんの整ったお顔。
彼は心配気にこちらを覗き込む。
彼の首筋に咲く花紋を見つけて、幸せな気持ちに浸る。
「今日は一段と眠そうだ……ハルオミ、やはり無理せず休んでおいで。朝ごはんなら私が作ろう」
「んーん…だいじょうぶ、いっしょに………、」
起きあがりたいのに体はいうことを聞かない。
これが、春眠なんとやら?
いや、むしろ冬眠時期に入っているのかもしれない。
「ふふっ、本当に眠り姫のようだね。目の下もすっかり血色が良くなった」
「そのあだな、はずかしいからやめて……」
眠たくてもしっかりと苦言は呈しておかないと、フレイヤさんはすぐに僕を眠り姫扱いする。しかしほんと、この頃はどうにかしてしまったんじゃないかってくらいすぐに眠気が襲うんだよなあ。
なんとか力を振り絞って起き上がると、フレイヤさんに抱き上げられ、そのまま台所のテーブルへと連れて行かれる。
「今日は私がやるから」
と彼はそう言って、結局僕はぼんやりとした視界にフレンチトーストを焼くフレイヤさんをぼーっとおさめるだけだった。
「ほら、召し上がれ」
「わぁ…すごい。ありがとフレイヤさん」
今日のフレンチトーストはとっても特別。
フレイヤさんは砂糖をまぶしたフレンチトーストに炎の魔法をかけて、キャラメリゼ風に仕上げてくれた。
甘くて美味しそうな香りに、僕の眠気もちょっとずつ薄らぐ。
「さて、今日も素晴らしい朝を迎えることができた。いつもありがとう、ハルオミ」
テーブルを挟んで向かいに座ったフレイヤさんが、お茶を注ぎながら言った。僕たちの朝ごはんは彼の感謝の言葉で始まることが多い。
「こちらこそ、いつもありがとうフレイヤさん。今日は僕、なんにも手伝えなくて…」
「いいんだ、私は君が朝隣にいてくれたら、それだけで胸がいっぱいになる」
「ふふっ、またそんな恥ずかしいこと……でも、僕も同じ気持ちだよ」
2人で笑い合って、手を合わせる。
「「いただきます」」
こんなに幸せなことがあっていいのか、と毎朝思う。
うっとりしながら口に運んだフレンチトーストは、外はカリッと、中はトロッと。
「お、おいしすぎるぅ……」
味覚神経が歓喜のダンスを踊っている。
「ああ、本当に美味い。さすがハルオミだ」
「どうしてよ。今日作ったのはフレイヤさんでしょ?」
「私は君が昨夜仕込んでくれたものを焼いただけだよ」
「でも焼いたのはフレイヤさんでしょ? こんなに良い焼き加減で、しかもカリッとしてて香ばしくて…最高だよ」
「君が教えてくれたんじゃないか」
フレイヤさんは嬉しそうにどんどん口に運びながら、時折僕の口の端に付いたパンくずを指で拭いつつ、とても美味しそうに微笑んでいる。
「でもさ、本当の本当に飽きないの?」
「何がだい?」
「フレンチトーストだよ」
僕も負けじと口に運びながら疑問に思ったことを言うと、間髪入れずフレイヤさんの否定が入った。
「飽きるはずないだろう。このようにアレンジの利く食べ物は他に無い。調理法や素材を工夫すればありとあらゆる楽しみ方ができる。今日はパンが違うね。なんと言ったかな…」
「フランスパンだよ。バゲットとも言う」
「そうそれだ。君が以前このパンでサンドイッチを作ってくれた」
「よく覚えてるね。そうそう、それそれ。どう? フレンチトーストにしても美味しいでしょ?」
「絶品だ。そうだハルオミ、こういうのはどうだい? 明日はこのカリカリのフレンチトーストの横に、あいすくりーむを添えてみるんだ。たまらなく美味しそうだとは思わないか?」
「もちろん美味しそうだけど、明日もフレンチトーストでいいの?」
「ああ、もちろん! フレンチトーストがいい!」
彼はずっと僕の世界の料理名を言いにくそうにしていたけど、このごろ「フレンチトースト」と「アップルパイ」だけは流暢に言うようになった。
多分彼の血液の8割はその二つのスイーツでできている。
「わかったわかった、じゃあ明日はそれにしよう。フレイヤさんにアイスクリームを冷やしてもらって」
「任せてくれ」
彼が任せろと言うと、全てがなんとでもなりそうだから心強い。火も使えるし、冷却魔法も得意だし、高難度な転移魔法もいとも簡単にできる。本当に彼の魔法は自由自在だ。
「はぁ~ぁ~」
「どうしたハルオミ、浮かない顔だね」
「ううん、感心してるの。フレイヤさんどんな魔法も使えるからすごいなぁ~って。僕なんて全然だもん」
「何を言ってるんだい! 君だって昨日の夜、浮遊魔法に成功したじゃないか」
寝る前にフレイヤさんと魔法の練習をするのが最近の日課だ。昨日も例によって彼の監督の元、一枚のティッシュペーパーを浮かせる練習していた。
「でもさ、うっすぅ~~いティッシュペーパーをこぉ~~んなにほんのちょっと浮かせただけだよ」
人差し指と親指をくっつきそうなほど近づけ、自分の魔法がどんなに軟弱だったかをアピールすると、フレイヤさんはガッ!!と勢いよく立ち上がった。
「あの魔法は素晴らしかった! まるで君の優しく柔らかい心を表現しているようだった。君が初めて浮遊魔法を使った瞬間に立ち会えるなんて、私はなんて幸せ者なんだろうね」
言葉の勢いのまま抱きしめて来て、感動を表現してくれる。
「ちょっと危ないよフレイヤさん、お皿が落ちちゃう……でもありがとう。そう言ってもらえて嬉しいな」
「君の中に魔法が生じてまだ間もない。少しずつ覚えていけば良いんだよ」
「フレイヤさんの教え方とっても上手だから本当に心強いな。なんていうのかな……やっぱり、僕の中にはフレイヤさんの魔力が流れてるんだなっていつも感じる。なんだかフレイヤさんに守られてるみたい」
「それは光栄だ。私はできればひとときも離れず君のそばに居たいが、残念ながらそうはいかないのが現実らしい。だから私の存在が常に君の中にあるというなら、これほど感慨深いことは無いよ」
恥ずかしいことを平気な顔で言いがちなフレイヤさん。照れるので勘弁して欲しい時もあるが、率直に気持ちを伝えてくれるのはとても嬉しかった。
「さて、朝食の続きとしよう」
気持ちを伝えて満足したのか、抱きしめていた体を離してくれた……と思ったら、ヒョイっと抱き上げられ、彼の膝の上に着地させられた。
「ちょっと、っフレイヤさん下ろしてよ、食べにくいでしょ」
「良いじゃないか。ほら、口を開けて」
言われるがままに口を開けると、カリッ、トロッとした甘味が口の中に飛び込んできた。前の世界では人に食べさせてもらうなんてことなかったから、初めてフレイヤさんの手ずから食べさせてもらった時はびっくりしたけど、最近はもうすっかり慣れてしまった。
「モグ……」
「美味しいかい?」
「うん。フレイヤさんが作ってくれたからいつもより美味しい」
「何を言うんだい。他でもない君のおかげだよ。君のおかげで私は毎日幸せに過ごせている。本当にありがとう」
彼はあらゆる会話をこうして感謝に繋げてくれるから、僕も何気ない日常へのありがたみを忘れずにいられる。
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