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東の祓魔師と側仕えの少年
〈番外編〉執事たちの日常
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〈番外編〉執事たちの日常
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アキオが屋敷に来たばかりの頃、「10.暇つぶし① 」にて、執事や軍人などとすれ違ったハルオミ。「会釈すると、みな僕を見てヒソヒソ話をし始めた。」について執事側のエピソード。
——————————————————
ここ最近、ヴィーホット家の屋敷の執事や軍人らの間ではある人物の話題で持ちきりになっていた。
その人物は見たことのない漆黒の髪の毛と漆黒の瞳をしていて、白い肌はそれらの黒に映えている。年齢の割には小柄で子供らしく、しかし礼儀正しくお辞儀をする姿は大人のようで、ギャップのあるその姿に、屋敷の人間は皆釘付けになっていた。
それだけではなく、あのフレイヤ・ヴィーホットの側仕えであるという点、さらにフレイヤ・ヴィーホットを朗らかに微笑ませる力の持ち主だということもまた興味を惹く要因となっていた。
しかしどれだけ興味があっても、気軽に話しかけるわけにはいかない理由が彼らにはあった。
その小さな彼——名はハルオミという——の主であるフレイヤが、屋敷の人間とすれ違うたびハルオミへの牽制のような視線を向けるのである。
震え上がるような冷たく鋭い視線に、屋敷の執事も、軍人も、料理人も、一人を除いては誰もハルオミに話しかけることができないのだ。
今日もまた向かいから歩いてくるハルオミに会釈をされた執事が2人、心の中でほっこりしながらも話しかけられないもどかしさに苛まれていた。
「お、おい! 会釈してくださったんだから何か返せよ」
「いやそれはお前も同じだろう! な、なぁ、話しかけても良いと思うか?」
「挨拶くらいなら……いや待て、フレイヤ様に何されるかわからない」
「だ、だよな……」
廊下をすれ違いハルオミに会釈をされると幸運が訪れるなんて噂もあった。が、彼の主の顔を思い浮かべて結局何もできぬまますれ違って終わるのであった。
——ガチャ
執事休憩室にて。
「ウラー先輩っ! 今日は二度もすれ違うことができました!」
「へーよかったですねー」
「ちょっと、もうちょっと我々の喜びに共感してくれたっていいじゃないですか」
「無駄無駄、ウラー先輩は毎日ハルオミ殿と話してるから、あの会釈のありがたみが麻痺してるんだ」
執事たちは、ハルオミと毎日のように言葉を交わしているウラーに苦言を呈した。
「麻痺だなんて人聞きの悪い。あなたたちがフレイヤ様に話しかけられないと言うから、わたくしが仕方な……喜んでほぼ専属のような形でフレイヤ様のお世話をさせていただいているのです。そんなわたくしが側仕えであるハルオミ殿に萎縮してしまってどうするんです」
「べ、べつに私たちだって萎縮なんかしてないですよ!」
「そうですよ!ただ…仲良くなりたい、っなんてのはおこがましいですが! ちょっとお話ししてみたいなあ、と……」
執事らは、これまで異世界人を見たことが無かった。
そもそも異世界から人間が転送されてくるというこの世の仕組みは知っていても、実際に異世界人を目の当たりにするのは人生で一度や二度くらいのもの。
皆、愛らしさのある珍しい顔立ちのハルオミとお近づきになりたくて仕方がなかった。
しかしハルオミとすれ違うたび、フレイヤの視線が脳裏をよぎる。そんな執事たちの気持ちもウラーは痛いほど分かるのであった。
「まあ……話しかけられない気持ちも分かりますが……仕方ありません、わたくしからフレイヤ様にお話ししてみます。執事らがハルオミ殿と話したがっている、と」
「本当ですか!?」
「約束ですよウラー先輩!」
「はいはい」
その後、そんな会話などすっかり忘……忙しくて手が回らなかったウラーだが、フレイヤの呪いの件も落ち着き、ハルオミが無事この世界の人間となった祝いの家族会で、ようやく伝えることができたのである。
執事も料理人も軍人も給仕も皆、ハルオミと会話をしたいがフレイヤの視線が怖くてできない、と。
当のフレイヤは「そうだったのかい、すまないね」などといとも軽い返事を寄越したので、ウラーは呆れて言葉も出なかった。
◆
それからしばらく経ち、ニエルドとパネースの祝言も無事終わった頃、ハルオミはすっかり屋敷に馴染んでいた。
挨拶も交わすし、世間話もする。
そしてフレイヤが休みの日には、中庭で繰り広げられるハルオミとフレイヤのほのぼのとした会話に耳を澄ませるのが執事たちの日課になっていた。
「フレイヤさん、今日もいい天気だね」
「ああ、本当にいい天気だ。こんな日にハルオミとこうして中庭で朝日を浴びれるとは、私はとても幸運な人間だ」
「恥ずかしいからやめてよ。それよりさ、今日は何して過ごす? 貴重なお休みの日だから、フレイヤさんの好きなことして過ごそう?」
「そうだな……ではまずいつも通り、君の膝枕で昼寝をしたいな」
「ちょっ……(ヒソッ)ここでそんなこと言わないでよ! 執事さんたちに聞こえたらどうするの!」
思い切り聞こえている、とは言えず、周りの者は皆ニコニコと微笑みながらも「そうかそうか、いつも膝枕で昼寝をしているのか……あのフレイヤ様が…」と内心慄いているのであった。ハルオミに。
「いいじゃないか聞こえたって。それにいいのかい? 執事の皆とも仲良くしているのだろう? 私のことは気にせず、ハルオミのしたいことをして過ごしていいのだからね」
「何言ってるの? 僕はいつも屋敷にいるけど、フレイヤさんは久しぶりのお休みなんだから。フレイヤさんがしたいことを僕もしたいの」
恥ずかしいことを言うなと言っておきながら、自身も随分と恥ずかしいことを言っていることに気がついていないハルオミ。その姿に、皆ほわほわと微笑ましい気持ちになる。
それにしても、あの冷酷で冷淡で、突き刺すような、凍えるような、はたまた闇に侵された虚無のような、なんとも言えない瞳だったフレイヤがハルオミの前ではこれほどまでに柔らかくなることに、執事たちは未だに慣れずにいるのだった。
【今日のお昼は膝枕で昼寝】というフレイヤのスケジュールを頭に刻み込んだ執事らは、皆それぞれ自分の仕事へと戻っていくのであった。
end.
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アキオが屋敷に来たばかりの頃、「10.暇つぶし① 」にて、執事や軍人などとすれ違ったハルオミ。「会釈すると、みな僕を見てヒソヒソ話をし始めた。」について執事側のエピソード。
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ここ最近、ヴィーホット家の屋敷の執事や軍人らの間ではある人物の話題で持ちきりになっていた。
その人物は見たことのない漆黒の髪の毛と漆黒の瞳をしていて、白い肌はそれらの黒に映えている。年齢の割には小柄で子供らしく、しかし礼儀正しくお辞儀をする姿は大人のようで、ギャップのあるその姿に、屋敷の人間は皆釘付けになっていた。
それだけではなく、あのフレイヤ・ヴィーホットの側仕えであるという点、さらにフレイヤ・ヴィーホットを朗らかに微笑ませる力の持ち主だということもまた興味を惹く要因となっていた。
しかしどれだけ興味があっても、気軽に話しかけるわけにはいかない理由が彼らにはあった。
その小さな彼——名はハルオミという——の主であるフレイヤが、屋敷の人間とすれ違うたびハルオミへの牽制のような視線を向けるのである。
震え上がるような冷たく鋭い視線に、屋敷の執事も、軍人も、料理人も、一人を除いては誰もハルオミに話しかけることができないのだ。
今日もまた向かいから歩いてくるハルオミに会釈をされた執事が2人、心の中でほっこりしながらも話しかけられないもどかしさに苛まれていた。
「お、おい! 会釈してくださったんだから何か返せよ」
「いやそれはお前も同じだろう! な、なぁ、話しかけても良いと思うか?」
「挨拶くらいなら……いや待て、フレイヤ様に何されるかわからない」
「だ、だよな……」
廊下をすれ違いハルオミに会釈をされると幸運が訪れるなんて噂もあった。が、彼の主の顔を思い浮かべて結局何もできぬまますれ違って終わるのであった。
——ガチャ
執事休憩室にて。
「ウラー先輩っ! 今日は二度もすれ違うことができました!」
「へーよかったですねー」
「ちょっと、もうちょっと我々の喜びに共感してくれたっていいじゃないですか」
「無駄無駄、ウラー先輩は毎日ハルオミ殿と話してるから、あの会釈のありがたみが麻痺してるんだ」
執事たちは、ハルオミと毎日のように言葉を交わしているウラーに苦言を呈した。
「麻痺だなんて人聞きの悪い。あなたたちがフレイヤ様に話しかけられないと言うから、わたくしが仕方な……喜んでほぼ専属のような形でフレイヤ様のお世話をさせていただいているのです。そんなわたくしが側仕えであるハルオミ殿に萎縮してしまってどうするんです」
「べ、べつに私たちだって萎縮なんかしてないですよ!」
「そうですよ!ただ…仲良くなりたい、っなんてのはおこがましいですが! ちょっとお話ししてみたいなあ、と……」
執事らは、これまで異世界人を見たことが無かった。
そもそも異世界から人間が転送されてくるというこの世の仕組みは知っていても、実際に異世界人を目の当たりにするのは人生で一度や二度くらいのもの。
皆、愛らしさのある珍しい顔立ちのハルオミとお近づきになりたくて仕方がなかった。
しかしハルオミとすれ違うたび、フレイヤの視線が脳裏をよぎる。そんな執事たちの気持ちもウラーは痛いほど分かるのであった。
「まあ……話しかけられない気持ちも分かりますが……仕方ありません、わたくしからフレイヤ様にお話ししてみます。執事らがハルオミ殿と話したがっている、と」
「本当ですか!?」
「約束ですよウラー先輩!」
「はいはい」
その後、そんな会話などすっかり忘……忙しくて手が回らなかったウラーだが、フレイヤの呪いの件も落ち着き、ハルオミが無事この世界の人間となった祝いの家族会で、ようやく伝えることができたのである。
執事も料理人も軍人も給仕も皆、ハルオミと会話をしたいがフレイヤの視線が怖くてできない、と。
当のフレイヤは「そうだったのかい、すまないね」などといとも軽い返事を寄越したので、ウラーは呆れて言葉も出なかった。
◆
それからしばらく経ち、ニエルドとパネースの祝言も無事終わった頃、ハルオミはすっかり屋敷に馴染んでいた。
挨拶も交わすし、世間話もする。
そしてフレイヤが休みの日には、中庭で繰り広げられるハルオミとフレイヤのほのぼのとした会話に耳を澄ませるのが執事たちの日課になっていた。
「フレイヤさん、今日もいい天気だね」
「ああ、本当にいい天気だ。こんな日にハルオミとこうして中庭で朝日を浴びれるとは、私はとても幸運な人間だ」
「恥ずかしいからやめてよ。それよりさ、今日は何して過ごす? 貴重なお休みの日だから、フレイヤさんの好きなことして過ごそう?」
「そうだな……ではまずいつも通り、君の膝枕で昼寝をしたいな」
「ちょっ……(ヒソッ)ここでそんなこと言わないでよ! 執事さんたちに聞こえたらどうするの!」
思い切り聞こえている、とは言えず、周りの者は皆ニコニコと微笑みながらも「そうかそうか、いつも膝枕で昼寝をしているのか……あのフレイヤ様が…」と内心慄いているのであった。ハルオミに。
「いいじゃないか聞こえたって。それにいいのかい? 執事の皆とも仲良くしているのだろう? 私のことは気にせず、ハルオミのしたいことをして過ごしていいのだからね」
「何言ってるの? 僕はいつも屋敷にいるけど、フレイヤさんは久しぶりのお休みなんだから。フレイヤさんがしたいことを僕もしたいの」
恥ずかしいことを言うなと言っておきながら、自身も随分と恥ずかしいことを言っていることに気がついていないハルオミ。その姿に、皆ほわほわと微笑ましい気持ちになる。
それにしても、あの冷酷で冷淡で、突き刺すような、凍えるような、はたまた闇に侵された虚無のような、なんとも言えない瞳だったフレイヤがハルオミの前ではこれほどまでに柔らかくなることに、執事たちは未だに慣れずにいるのだった。
【今日のお昼は膝枕で昼寝】というフレイヤのスケジュールを頭に刻み込んだ執事らは、皆それぞれ自分の仕事へと戻っていくのであった。
end.
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