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東の祓魔師と側仕えの少年
86.祝言〜宴もたけなわ〜(終)
しおりを挟む「さて皆様、お話も弾んでいるところではあると思いますが、ここで私から締めのご挨拶を…」
「おっ!」
「よっ!当主!」
「いけいけ、かましてやれ!」
宴もたけなわ、といったところか。お酒が入って出来上がってる人もちらほらと居て、会場のは宴会のような砕けた雰囲気になっていた。
皆ニエルド様の言葉に注目する。
「………と、いきたいところですが。私はこれから当主としてこのように公共の場に立ち、自分の言葉を話す機会も多くなることでしょう。ついては、この場におきましては妃のパネースよりご挨拶させていただきたく存じます」
——おおおおっ!
ザワザワと歓声が上がる会場。当のパネースさんは聞いていなかったのか、「えっ?」と言って困った顔でニエルド様を見つめている。
戸惑いながらもゆっくりと前に進み、落ち着いた声色で話し始めた。
「改めまして、妃のパネース・ヴィーホットです。……皆様への感謝は先ほど当主のニエルドが述べてくれましたので……それでは私は、僭越ながら少し個人的なお話しをしたいと思います」
ふぅ、と胸に手を当て息を吐いて、ゆっくりとパネースさんは話し始めた。
「私はこのお屋敷に来てからしばらく、こんなところ私なんかには場違いだと思いながら過ごして来ました。綺麗なお洋服に大勢の執事さん、食器はどれもピカピカで新品のようで、寝台のシーツはいつも太陽の匂いがする。なんだか、劣等感を感じてしまったんです」
礼儀正しく、可憐で、でも強くて麗しい。
いつも憧れの存在であるそんなパネースさんがここを場違いだと思っていたなんて、知らなかった。
「しかしその劣等感も、ニエルドさんはじめ前当主のギュスター様、そしてムーサ様、ご兄弟のフレイヤ様にビェラ様が消し去ってくれました。このお屋敷の一員として認めてくれた。だから私はここで精一杯生きようと決めたのです。……そして私は、大切な友人と出会うことができました」
晴れやかな笑顔に、こちらまでつられて笑顔になる。
「ビェラ様の側仕えであるイザベラは、私の人生で初めての友人です。彼は私を一人の私として見てくれました。私が、自分などに側仕えが務まるのかと不安になっていた時、彼に尻を叩かれました。そして彼はこう言いました。『務まろうと務まらなかろうとどっちだっていいじゃんアホらしい。せっかく屋敷にいるんだから好きなように過ごそうぜ!』って」
頬を人差し指で掻きながら、んな事言ったか? と照れを隠すように言うイザベラ。こりゃ絶対覚えてるな。
「その言葉に面食らいました。でも確かに彼の言う通りだったのです。私が暗い顔をしていたらニエルド様を癒せないし助けられない。まずはこのお屋敷のことをもっと知って、もっと好きになろうと決めたのです。今では爆弾製造に付き合わされたり掃除をサボる彼を追いかけ回したり、ほんとうに手のかかる友人ですが、私が私らしくなれるきっかけのひとつをくれたのは彼なんです」
イザベラは、「余計なこと言うな」と言いながらもどこか涙を堪えているように見えた。
「そして、ハルオミ君」
いきなり名前を呼ばれたことにびっくりしつつも、彼の言葉を一文字たりとも聞き逃すまいと耳を澄ます。
「皆様もご存知の通り、彼は異界からいらっしゃいました。この世界の常識も分からず魔力も持たない。普通ならパニックになったり塞ぎ込んでもおかしく無い状況で、彼は自身の主であるフレイヤ様を呪いから救って見せたのです。それだけではない、彼は努力で魔力のコントロールを身につけました。生まれて初めて体に流れる魔力を抑制せねばならないなど、私にはどんなに大変なことか想像もできません。彼の前向きで健気で努力家なところに大変感銘を受けました。私も当主妃としてしっかりせねばと、そう背中を押されたのです」
「パネースさん……」
「お2人がいなければ、今の私はここには居ません。本当にありがとう」
ありがとう、そう呟く彼の目には、一筋、涙の跡が光っていた。そしてパネースさんは力強く締め括った。
「私はこれからニエルドさんの伴侶として、このお屋敷の当主妃として、それから彼らの友人として、この命ある限り全うして参る所存です。
皆様どうぞ、今後ともこの東の地を、そして魔祓い師ヴィーホット家を、よろしくお願いいたします!」
パネースさんの演説に、しばらく拍手が鳴り止まなかった。ギュスター様とムーサ様も感慨深そうに拍手を送っている。
イザベラは堪えていた涙が限界を迎えたように流れ、唇をかみながら微笑んでいた。
彼につられて胸が熱くなり、抑えきれなかった涙を流す。フレイヤさんは僕の肩を暖かい手で抱いてくれた。彼の笑顔もまた、幸福に満ち溢れていた。
大好きな友達の幸せな笑顔を見ながら大好きな人の腕に抱かれ、こんなに幸せなことは無いと噛み締める。
ずっとずっと、この世界で生きていきたい。
彼らの側で、自分らしく生きていくんだ。時に料理を楽しみながら、時に友人や家族と笑い合いながら、時に愛しい人の側で微睡みながら。
(完)
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