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東の祓魔師と側仕えの少年

83.祝言〜正装〜

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◆◆◆

「ねぇ、本当に大丈夫?  変じゃない?」

「ああ、君は何を着ても素敵だよ」

「ちゃんと見てる?  こんなに素敵な服着たことないから分からないよ……こことかシワになってない? 大丈夫かな?」




いつもと違う特別な朝。
いつもと違う特別な洋服。

今日、パネースさんは祝言を挙げる。



普段着でというわけにはもちろんいかず、皆それぞれ正装をして参加する。
僕は白いシャツの上からグレーをベースにしたベストを合わせ、ベストと同じ色のズボンを穿きフォーマルな装い。髪の毛もボサボサではダメなので、朝一番、ウラーさんに少し後ろに撫で付ける感じに整えてもらった。
クル、クル、と後ろや横をフレイヤさんに見せて少しでもおかしいところが無いか確認してもらうけど、彼はずっとニコニコ笑って頷くばかり。
本当にちゃんと見てるのかしら。

フレイヤさんはというと、大人の色気がダダ漏れてもうとんでもないことになっている。
どこか騎士のような雰囲気もあるグレーの詰め襟スーツは、所々に銀色の装飾が施されていてとても彼らしい。そしていつもは下ろしている長い髪の毛を後ろでひとつにまとめ、端正な顔立ちが惜し気もなく曝け出されている。手足の長さも強調されていて、隣に並ぶには相当な覚悟が必要だ。

だから変なところは無いか一生懸命聞いているのに、先ほどからこの調子。「可愛いよ」「素敵だよ」と言われても隣にこんなどこぞのスーパーモデルみたいなのがいたら誰が自信など持てようか。

本当にパネースさんの友人として列席しても恥ずかしくないか、フレイヤさんの側仕えとして他の地の魔祓い師様方の面前に出ても大丈夫か、もう心配で心配で仕方がない。

何度も鏡を見たりクルクル回ったり忙しなくしているとフレイヤさんにヒョイっと脇を掴まれて抱き上げられた。そして椅子の上に座ったフレイヤさんの膝の上におろされる。

「フレイヤさん、シワになっちゃう……」

「ハルオミ、君は私の自慢の側仕えであり、私の愛する人だ。私にとっては君が君であるというだけで充分なんだよ」

後ろから僕の手を握り言い聞かせるように囁く声は、とても落ち着いていて耳にすっと染み込んだ。

「いつものハルオミも充分魅力的だが、今日の君は一味違った魅力がある。大丈夫だよ、シワにもなってないし釦もきちんと閉まっている。髪も跳ねていない。パネースにとっても自慢の友人だ、背筋を伸ばしていつもの笑顔でいれば問題無い、自信を持って」

フレイヤさんは僕の襟元をぴっと引っ張り、力強い声でそう言った。

そうだ。こんなに素敵な服を着ていても背中が丸まっておどおどしていたのでは台無しだ。きちんと胸を張って、自信を持って、恥ずかしくないように振る舞わなきゃ。

「ありがとうフレイヤさん。そうだね、友人席にこんなにネガティブなのがいたらパネースさんに恥かかせちゃう。緊張するけど、胸を張って頑張る!」

「そのいきだ。見慣れぬ者も来るだろうが私が側にいる。衣装がヨレたり汚れたりしたらすぐに教えてあげるし、緊張したら休んでもいい。とにかく君も楽しんで」

ぽん、とエールを贈るように僕の肩を二度叩く。彼からの心強い激励を受けて、シャキッと立つ。

鏡を見ると、背筋の伸びた自分の姿。
先ほどよりほんの少しだけ逞しく見えた。








会場は、お屋敷の中の一番大きな大広間。
100人、200人は余裕で入りそうなこの会場に続々と来賓も訪れている。厳かで上流階級感あふれる場に、各地の魔祓い師たちが大集結している。入り口付近で既に飲まれそうになっていると見知った声が救世主のように話しかけてきた。

「ハルオミ!  似合ってんな!」

「イザベラぁー」

彼も僕と同じようなベストで決めて、金髪をハーフアップにしている。立ち居振る舞いも堂々たるものだ、さすが。隣にはビェラ様もおり、フレイヤさんと並ぶとそこはまるでファッションショーのランウェイのようだ。

「イザベラも似合ってるね、ビェラ様も素敵です」

「ありがとうハルオミ君。ハルオミ君も決まってるね!」

人の良い笑顔でそう言われると少し安心する。それからフレイヤさんが皆を中へと促した。

「さて、皆中へ入ろう」

僕はフレイヤさんの隣をなるべくピタリと、でも邪魔にならないように少し距離をあけて歩く。
中世ヨーロッパの舞踏会ような、はたまたお金持ちのパーティーのような、なんとも言えない空気が漂っている。

見たこと無い人たちがいっぱい居て、皆それぞれ難易度の高そうな会話を繰り広げていた。ここにいる人たち、ほとんどみんな魔祓い師ってことは、みんな"英雄"ってことだよね。すごい……

フレイヤさんが広間の中ほどまでツカツカと進んだ時、あたりの注目はこちらへと集まった。

「フレイヤ殿が、側仕えを……」
「噂は本当だったのだな」
「あの隣の方がそうか?」
「髪が黒い……初めて見た…やはり異界の……」
「目も黒いように見える、それに、あのような小柄な体で……」

自分の話をしているのが遠くからでも分かってしまう。身構えていると、一人の男性がこちらに話しかけてきた。

「フレイヤ殿、ビェラ殿」

名前を呼ばれた2人は姿勢良く振り返り、その男性に向かって笑みを浮かべた。

30代くらいだろうか。
髭を生やした恰幅の良い男性は、フレイヤさんを見るなり「良かった…!」と感嘆の声を漏らした。

「あれから変わりないようですね。ステージ5の呪いにかかったと聞いた時は、どうなってしまうかともう気が気ではありませんでした」

「ヤン殿、その節は本当にご心配をおかけしました。北の地セヴェラーの氷が無ければ私とハルオミは助かっていなかったかもしれないと考えると、なんとお礼を申し上げたら良いか……!」

「なに、国内で随一の実力を誇る東の地ヴィーホットの役に立てたというだけで、身に余る想い。……おっと、そちらがハルオミ殿ですね。お初にお目にかかります。わたくしは北の地の当主、ヤン・セヴェラーと申します」

髭の男性は僕に向かってお辞儀をした。
この方が北の地セヴェラーの当主様…!
恰幅が良いのもあいまって、すごい貫禄だ。

僕は緊張でこんがらがる口でなんとか挨拶をした。

「ハ、ハルオミと申します。フレイヤさんの側仕えをさせていただいています。あの……呪いの件、僕たちが大変な時にたくさん助けてくださったと聞いています。本当に、本当にありがとうございます!」

ばっ!  と90度にお辞儀をすると、それまでこちらを見ていた方達がわらわらと集まって来た。

「や、やはり君があの"英雄"だったのか…!」
「なんとまぁ謙虚な!」
「自らがこの国を救ったようなものなのに、"ありがとうございます"、と?」
「こちらこそ礼を言わせていただきたい、本当にありがとうございます!」


………なんだか掴めない話の展開に、目線でフレイヤさんに助けを求めた。

が、彼は微笑ましそうに僕を見つめるだけでなんの説明もしてくれない。え? え? 何、英雄は皆様の方でしょう。この方々魔祓い師なのですよね?  

シャッキリすると決めたのに……早くもあたふたと汗が止まらない僕に助け舟を出してくれたのは、いつのまにかいらっしゃっていたギュスター様とムーサ様だった。

「フレイヤ、ハルオミ君が話についていけなくて困惑しているじゃないか」
「ハルオミ、久しいな。魔力の抑制も身につけたと聞く。やはり君の努力は尊敬に値する」

「ムーサ様、ギュスター様……」

見知った面々が増えていき安堵していると、横からフレイヤさんが口を挟む。

「父上、母上、ハルオミは初めての顔ぶれに緊張しているのです。しかしご覧くださいこの出立いでたちを。こちらの世界の正装もよく似合っている。私の自慢の側仕えです」

「「そういうことじゃない!」」

ムーサ様とかぶってしまった声にハっとしつつも、続く説明に耳をしっかりと傾けた。ムーサ様が言うには、こうだ。

「ハルオミ君、ここ東の地ヴィーホットの魔祓い師は、歴史的にも全国で屈指の強さを持つんだ。特にフレイヤは、祓魔に関しちゃ世界でも1、2を争う。まあ当たり前だ、君が来るまで魔物を祓うことしか脳みそに無かったんだから。そんなコイツがステージ5の呪いにかかったと来た。あの時、実は国中、いや、世界中にすぐに噂が広まったんだ」

「そう、だったんですね……知らなかった」

フレイヤさんが世界で1、2を争う手練れの魔祓い師なんて聞いてない。ほんとに、大事なことばっかり言わないんだから。

それはそうと、世界中でそんなに大変な噂になってたことも知らなかった。そりゃ世界屈指の魔祓い師がもしかしたら死んでしまうかもしれない、魔物になるかもしれない、なんて……パニックになって当然だろう。

「そんなフレイヤを救ったのが君だ。だから皆、君を"英雄"と呼んでいるらしい」

ニカッと爽やかな笑顔でトンでもないことを言うムーサ様。

「いや!! あの! 違います! 僕は全然そんなんじゃありません!!!」


——シーン………



やっ…


ちまったああ………!


無意識に大声が出て、側にいた人たちがほぼ全員僕に注目していることに気がつく。なんとかその場を収めようと、とにかく頭に浮かんだことを口に出すしかなかった。

「えっと、ちがいます、僕は…僕はフレイヤさんの側仕えとして、それから彼を愛する一人の人間として、好きなようにさせて貰っただけでして……その結果、彼の呪いが解けたという、だけでして。違うんです、英雄は皆様のほうです。僕は、フレイヤさんの呪いを解いた後意識を失ってしまって、その間に皆さんが助けてくれたから……だから、皆さんが……! みんな、全員、全ての人が、いつも誰かにとっての、英雄だから…! 僕だけじゃない、から、あの……です……!!」

無理やり押し込んだ感は非常に否めないけれど、言いたいことを全て吐き切った達成感で、心の中はスッキリしていた。




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