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東の祓魔師と側仕えの少年

80.声援

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◆◆◆

気温:適温
天候:晴れ
体調:良好
場所:中庭
時:午後2時

この日、この瞬間、僕は人生の岐路に立っていた。



あれから数日、特訓に励んだ僕は抑制のコツがだんだんと掴めていくのを感じていた。「魔力探知球」に意識を集中させるたび、クールベさんやイザベラやパネースさんは「次はもっと息を潜めてみよう」「次はもっと腹の底から力を出してみよう」など的確なアドバイスをくれるので、その度に自分が魔力をコントロールできていくのが分かる。

そして今日、一回、また一回とクールベさんからの「合格」を貰うことができている。つまりこの黒い球を黒いまま数秒浮き上がらせキープする、それに立て続けに何度も成功しているのだ。

疲れも感じない。
それは魔力が放出していない証拠だった。

そして!
あと!  あと一回合格を貰えればこの訓練は修了となるのである!!  
いよいよここまで来た。この抑制がきっちり出来れば、僕は魔力を持つ人間として、この世界の人間としてスタート地点に立てる。

応援してくれるのは、クールベさん、イザベラ、パネースさん、そしてウラーさんをはじめとする執事の皆様! それから給仕さんや軍人さんや料理人さん!うん、多い!

人が多くて緊張する。
だけど皆に見守られているという心強さもある。

周りを見れば、ある人は両手を組んで祈っていたり、ある人は拳を握りしめてエールを送ってくれていたり。

その気持ちに応えたい。
僕は目を閉じて、中庭に吹く穏やかな風に感覚を研ぎ澄ませた。
目を開き、目指すは2メートル先。あの球に魔力を当てるんだ。

「いけハルオミっ」

「ハルオミ君、頑張ってください」



丹田に意識を集中させ、自分の中の魔力を少しずつ球に放つ。

——ふわっ

浮いた。
油断はいけない。ここから、ここからが勝負だ。
球が浮いたということは、今自分が放っている魔力を減らしても増やしてもいけないということだ。この時間が一番難しい。集中力をブレさせたら、魔力がおさまってしまうか大放出してしまうかのどちらかだ。

このまま、このままキープ。


再び目を瞑り、フレイヤさんの顔を思い浮かべる。
これは自分で身につけた魔力を安定させる方法だ。

以前フレイヤさんに聞いたことがある。
フレイヤさんは何でそんなに上手に魔力を扱えるのか、と。
もちろんつい最近魔力が生じた僕と、生まれてからずっと魔力と共に生きてきたフレイヤさんとでは感覚が違うことは分かっている。でも今僕の中に流れている魔力は何を隠そう彼から譲り受けたものだ。何かヒントは無いかと聞くと、彼は「私はずっとハルオミの顔を思い浮かべているよ」と言った。

最初は、「そういうことじゃなくてー」と思っていたけど、不思議とフレイヤさんを想うと魔力が安定するのだ。

彼から貰った魔力だからか僕たちが番だからかは分からないけど、心が落ち着いて、一本の細い線のようなものが自分から球に繋がっているのが分かる。

とても心安らか。
僕の意識は目の前の球にのみ集中しているようで、周りへの感覚も研ぎ澄まされている。葉のそよぐ音が心地いい。鳥の囀りが爽やかに駆ける。


その研ぎ澄まされた感覚で、誰かがハッ、と息を呑んだのがわかった。


次の瞬間、



「よし、合格っ!」

というクールベさんの声が響いた。


ぽん、ころん、と地面に落ちる球。

全員がその球を目で追いかける。





——ウワアァァァァァァァァァッ!!!!


大歓声が地響きのように鳴り渡った。誰からともなくこちらに駆け寄ってきて、「ヤッター!」「ヨッシャー!」と叫ぶ。

「やったなハルオミ!やったやった!」

「すごいすごいハルオミ君!やった、合格!!」

2人が泣きそうな顔をして僕に抱きつく。
初めて今自分の身に起きていることを理解できた。

「イザベラ、パネースさん………合格、合格……!」

わいわいと3人で抱き合ったまま跳ねる。
その周りでは屋敷の人たちが拳を突きあげたり抱き合ったりしている。


「ハルオミ殿、やりましたね」

「ウラーさん、ありがとう…!」

「素晴らしかったですよハルオミ殿!!」
「やりましたね!やりましたね!」
「俺はハルオミ殿ならできると信じていたさ!」
「何言ってんだお前、起き抜けから『今日は大丈夫かな、ハルオミ殿大丈夫かな』ってそわそわしっぱなしだったじゃねぇか!」
「おまえっそれは言うなって!」
「何はともあれおめでとうございますハルオミ殿!」
「おめでとうございます!!」

「みなさん……」

執事さんも給仕さんも軍人さんも料理人さんも、みんな一緒になって喜びの声をあげる。

僕が今できるようになったのは、難しい魔法でもなければただの「抑制」だ。しかしこれだけたくさんの人が成功を祝福してくれている。中庭で訓練を始めてから、悔しい気持ちも全て赤裸々に態度に出して成功への糧にしていた。それを見てくれていたのだろう。どんなに今僕が嬉しいか、皆が分かってくれている。こんなに暖かい人たちに囲まれているのがとても幸せだった。


「なかなか余裕のある魔力だったじゃねえか。これならもう大丈夫だろう。よくやったな」

「クールベさん……!」

彼はつかつかとこちらに来て声をかけてくれる。手には魔力探知球が握られていた。

「クールベさんのおかげです、本当にありがとうございます!」

「なに、俺は別に暇つぶしだよ、ハルオミ君の努力の成果だ」

クールベさんの言葉に反応したのはウラーさんだった。

「よく言えたものですよ、訓練が終わるたびに『次はこのアドバイスをしてあのアドバイスをして…いやでも一気に言い過ぎるとキャパオーバーか?なあウラー、俺はどうすりゃいいんだっ?』などとまあ我々執事の休憩室にまで叫びながら入って来て、皆休憩どころではありませんでしたよ」

「そ、そうなんですか?」

「ウラー、お前の減らず口は相変わらず健在だな」

「あら、お褒めいただきどうも光栄に存じます」

クールベさん、そんなに考えてくれていたんだ。「屋敷に挨拶してから帰る」ってよく言ってたけどまさか執事さんたちの休憩室にまでお邪魔していたとは。

「クールベさん、改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。クールベさんのおかげで、一歩前進できました」

「ハハハッ、そりゃ良かった。中々良い魔力だったぞ」

「ありがとうございます!」

お礼を言うと、イザベラとパネースさんが再び抱きついて来て僕たちはもう一度喜びを噛み締めた。

「ハルオミ!  これでハルオミの料理食えるな!」

「こらイザベラ、ハルオミ君まだ抑制を身につけたばかりなんですから、無理を言うんじゃありません」

「なんだよパネース、お前が一番楽しみにしてたんじゃねぇか」

「それは……っ、それとこれとは話が別です!」

「どこが別なんだよ」

「別でしょう!」

言い合う二人を見て僕は笑いが溢れて仕方ない。

「ふふふっ、あっははは、ありがとう2人とも」

「ハルオミ君…」

「ハルオミ」

2人は顔を見合わせて、もう一度ガバッと僕に抱きつく。僕たちはしばらく抱き合いながら喜び合った。



そして皆が少しずつ落ち着いて来た頃、クールベさんがこちらに手を差し出した。

「ほら、これは練習用にやるよ」

「いいんですか?  これ、クールベさんが作ってくれたんですよね」

「元々ハルオミ君用に作ったやつだからな、こんなんでも何かしら役に立つだろ。もう俺の監督はいらねぇだろうが、くれぐれも無茶はするんじゃねえぞ」

「分かりました!ありがとうございます」

「クールベ様のお作りになるガラクタがお役に立つ時が来るとは」

「なんだとウラーお前」

「それでは、わたくしどもは仕事に戻りますので、これにて失礼いたします」

「おいおまっ」

「はい。ウラーさん、皆さんも、本当にありがとうございます」

頭を下げて、心を込めて皆さんを見送る。
彼らの応援がなければここまで来ることが出来なかったかもしれない。多くのギャラリーに緊張もしたけれど、本当に心強かった。

「あんの野郎、好き勝手言いやがって、お仕置きしてやる……!」

隣ではクールベさんが何やら禍々しいオーラを噴出しながらイケナイ大人の笑みを浮かべている。普段変態だけど(?)怒らせたら怖いのかもしれない……。



この日、僕はほぼ全ての移動を軽やかなスキップでおこなっていたらしい。(執事、料理人、その他大勢談)



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