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東の祓魔師と側仕えの少年
75.報告は大事②
しおりを挟む「しゅ、祝言を!? け、け、結婚するってこと?」
確かに、このたびニエルド様が当主になったんだし自然な流れではあるかもしれないけれど……
「パネースさん、何も言ってなかったよ…?」
「ああ。だろうね、彼も今日兄さんからその話を聞くだろうからね」
「……………」
「ん……? ハルオミ?」
フレイヤさんは、黙り込む僕の様子を不思議そうに伺う。
「……なんか、なんというか、フレイヤさん。この話、もしかしてまだ僕にしちゃいけなかったんじゃない……?」
「そうなのかい? 君や兄さんに報告は大事だと注意されたからいち早く伝えようと思ったのだけど」
顎に手を当てて首を捻りながら何でもないように言ってのけるフレイヤさん。
それはそうなのだけれども。
なんか、「今日プロポーズします」ってのを先に聞いちゃった感じがしていたたまれない。
明日どんな顔してパネースさんと会えばいいのだろうか。
「まあ……聞いちゃったものは仕方がない。ちょっとびっくりしたけど、ニエルド様とパネースさん、本当におめでたいね。僕まで幸せな気持ちになっちゃったよ」
「ああ、そうだね。私も兄弟として非常に喜ばしく思う」
目を細めて嬉しそうに言うフレイヤさん。この頃の彼は、家族に対する関心が以前よりも強いように思う。自分の親に兄弟がいることを知らなかったり色々と常識が抜けていたりしたのも、おそらくずっと余裕のない中、ギリギリの心で生きていたからだろう。彼の穏やかな表情に僕も嬉しくなった。
そして興味は"この世界の祝言"というところに移った。
「ねえ、この世界の祝言ってどんなことをするの?」
僕の投げかけた疑問に対してゆっくり、とってもゆっくり考えて黙り込んでしまったフレイヤさん。
…………うん、知らなそうだね。
「祝言なんて、挙げたことがないからね。でもいずれハルオミと挙げることになるのだから、しっかりと勉強しておかなくては。ハルオミの世界ではどんなことをするんだい?」
…………
今度は僕が黙り込んでしまった。
そうだ。
忘れてた。
この前も忘れてたのにまた忘れてた。
側仕えって将来的には主の伴侶になるんだから、僕もいずれ……。ずっと一生一緒にいようと誓い合いはしたけれど、いざそういう"伴侶"だとか"夫婦"だとかいう概念が頭の中に浮かぶと、本当に彼はそれで良いのかなどと考えてしまう。
明確に二人を結びつけるその単語に、急激な不安が襲ってきてしまった。
「………ハルオミ?」
自分でも顔に不安が滲んでいるのが分かるし、フレイヤさんを心配させているのは明らかだった。
「フレイヤさんは、僕でいいの?」
「……何がだい?」
「伴侶…いずれフレイヤさんの伴侶になるんでしょ、本当に僕でいいっ、うわ」
思い切り腕の中に閉じ込められて、紡いでいた言葉が彼の胸に押し付けられた。
「何を言い出すかと思えば……君しかいないに決まっているだろう! すまない、不安にさせてしまっただろうか。また私が何か不用意な発言を…」
「ちがっ、だ、だ、大丈夫! 」
彼を引き剥がし、じっと目を見つめた。
そうだ、僕がこんなに不安になっていてどうする。僕が不安だったらフレイヤさんまで不安になっちゃう。
こんなところで悩んでいては男がすたる。
僕はフレイヤさんを一生かけて幸せにすると決めたのだから……!!
「大丈夫! ごめんね、ちょっと感傷的になっちゃっただけ。僕はこの屋敷に来てからとても幸せで、愛する人に愛してもらえて本当に嬉しくて、こんなに幸せでいいのかなって、ちょっと考えちゃった。でももう大丈夫! 僕、フレイヤさんをずっとずっと幸せにするって決めたから」
「ハルオミ……」
引き剥がした体がまた覆い被さって来て、ぎゅうぎゅうと熱い抱擁を受ける。
「私も、君を一生幸せにすると誓う。君の美しい髪と美しい心が好きだ。流す涙も綺麗で、笑顔は大輪の花のようにきらびやかで、いつも目が離せない」
「ちょ、ちょっと、なに…? なんか恥ずかしいよ」
「恥ずかしがることはない。美しいだけではなく、強く逞しいところも愛おしい。呪いのことで弱気になる私の尻をたたき背中を押してくれたこと、決して忘れない」
フレイヤさんが僕の"好きなところ"をどんどん並べ立てるから、気恥ずかしくなってしまう。
しかしこのままでは終われない。僕も負けじと彼の好きなところを並べることにした。
「僕は、フレイヤさんのかっこいいところと、良い匂いがするところと…あと眠る時に優しく撫でてくれるところが好き!」
「私もハルオミから漂う甘い香りや、眠っている時に私の体に腕や足を一生懸命に絡めてくるところが好きだ」
え、何僕寝てる時そんなことしてたの!?
ど、動揺するな、負けない…!
「えっと…あんまり世の中のこと知らないところも、それはそれで可愛いから好き! あと僕の作ったものを美味しく食べてくれるし、あとは……」
「ハルオミのこの小さな手は不思議なほどに力強い。あのように心のこもった料理を作ることができる、優しい心の持ち主だ」
「ちょっと、まだ僕の番だったでしょ? 順番守ってフレイヤさん」
「おっと、そうかい、それはすまない」
「えっと、サラサラの銀色の髪はずっと触っていたいくらい心地よくて、目がとっても綺麗! 鼻筋もスッとしててかっこいい。過保護なところは少し直して欲しいけどでも嬉しいよ」
「君の髪も肌も、何もかもずっと触れていたくなるくらい心地よい。深い漆黒の目に見つめられるとたまらなくなる。この小さな口をめいいっぱい開けてものを食べるところなどは、小動物のようで愛おしい」
言い返しても言い返しても、フレイヤさんの口は止まることない。
僕たちは眠りにつくまで、ずっとお互いの愛する部分を紡ぎ続けた。
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