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東の祓魔師と側仕えの少年
52.美味しかった
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◆
夜が明け、昼が過ぎた。
ニエルド兄さんとビェラはいつも通り討伐に出た。私の代わりは父上が引き受けてくれた。
ハルオミのことは私1人で問題ないからと、他の皆もそれぞれ自分の用事に戻ってもらった。彼らの支えがなければここまで乗り越えられなかっただろう。
皆のおかげで私の体調も回復に向かっている。
ハルオミに与えた魔力は少しずつ安定しているので魔力の授受はひとまず完了とし、私はハルオミの看病にまわった。
彼の唇には少し血色が戻り、体温も下がった。表情も先ほどよりは穏やかに見える。
あとは彼が体質の変化に適応して目を覚ますのを待つばかりだ。
——コンコンッ
「はい」
「フレイヤ様、あの……入っても」
パネースの声が聞こえてきた。どうぞと伝えると遠慮がちに扉を開く。イザベラも一緒のようだった。
「フレイヤ様、少し休憩してはいかがですか? ここは私たちが」
パネースの柔らかい雰囲気に救われている、とニエルド兄さんから何度も聞かされたのを思い出した。確かに彼の人当たりの良さは相手を安心させるものがある。
「大丈夫だ。ありがとう……」
遠慮の言葉に、今度はイザベラが反論した。
「けど、ずっとハルオミに付いていて食事も取られてないんじゃないですか?」
イザベラは元気で生意気で優しくてとっても可愛いんだよ、とビェラはいつも言っていた。
正直、側仕えなど魔祓い師に都合のいいように使われる可哀想な人間だと思っていた。なぜ自分の身を犠牲にしてまで魔祓い師に仕えるのか、不思議で仕方が無かった。
今では、それは"犠牲"などでは無いと分かる。
互いの真心が魔祓い師と側仕えとを結びつけているのだ。
「パネース、イザベラ、そこへ座って少し待っていてくれ」
「……? はい、かしこまりました」
私は彼らを寝台の横のテーブルに座らせ、調理場へと行った。ハルオミのように上手く調理器具は使えないので、3つの"あっぷるぱい"は魔法で温めた。温めると甘い香りが充満した。ハルオミが焼いてくれた時の方がいい香りだった気がする。彼にコツを聞かなくてはいけないな。
部屋に戻り彼らに差し出した。
「これ、ハルオミの……?」
「ああ、一緒に食べよう。君たちも腹が減っているだろう」
「いい、匂いですね……」
人の心を綻ばせる料理を作る彼の手は、今は力無く投げ出され生気が戻るのを待っている。
私たちはあっぷるぱいを食べながら色々な話をした。
二人とこのように腰を据えて話すのはほとんど初めてだった。
「ハルオミ、幸せだって言ってましたよ。番うことに失敗したらどうしようとかそういうことは考えない、もう充分幸せだから、って」
イザベラが微笑みながらそう教えてくれた。
「そうか。ハルオミがそんなことを……」
失敗したら自分がどうなるか知っていながら。本当に彼はどこまでも強い。その強さに私は何度も助けられた。
側仕えは魔祓い師を癒やし救うのが務めだ。しかし私は魔祓い師としてのみではなく、ひとりの人間として彼に救われている。ニエルド兄さんとビェラもまた、ひとりの人間としてこの二人に支えられているのだと今日気がついた。
「イザベラ、パネース」
「はい」
「何でしょう」
二人は食べる手を止めて姿勢を正した。
「いつもニエルドとビェラをありがとう。家族として改めて礼を言わせてくれ」
私も姿勢を正して頭を下げる。
「そんな、礼なんて……私の方こそ、ニエルドさんにはいつも支えられていますから」
「俺もです。ビェラさんに助けられてばっかりですよ」
「そうなのかい?」
「はい……俺、気に入らないことがあるとすぐ態度に出たりするから、屋敷の側仕えになるからにはそういうふうにしないように気をつけなきゃって思ってたんです。最初の頃は猫かぶれてたんですけど、我慢が爆発しちゃった時があって……主であるビェラさんに暴言吐いてしまったんですよね。うわ終わった、と思って落ち込みました。だって魔祓い師に暴言吐くなんて、世界を敵に回してるようなもんじゃないですか。でもビェラさん、『その方が君らしい』って言ってくれたんです」
「ビェラが?」
「はい。それから少しずつ話をして、やっとわかったんです。魔祓い師と側仕えの関係は俺が思ってるようなものじゃなかった。尽くされる側と尽くす側じゃなくて、お互いに真心が必要なんですよね。俺が尽くさなきゃいけないんだって思ってたけど、ビェラさん料理も掃除も、あと「疲れてるだろう」ってマッサージまでしてくれて…疲れてるのはビェラさんの方なのに。でもなんか、甘えちゃってる自分がいます……」
後ろ頭を掻きながら照れくさそうに頬を緩めるイザベラ。そんな彼を見てパネースはふふっと楽しげに笑った。
「ほんとに、たまに反抗期の息子とそのお母さんみたいなんですよ、二人のやりとり。イザベラも、いつもビェラさんにお世話になってるからどうやって恩返しすればいい? ってしょっちゅう聞いてきて。かわいいですよね」
「うるさいなっ……お前だってどうやったらニエルド様をイチコロにできるかって常日頃俺で変な技練習しやがって」
「こらっ、フレイヤ様の前でそんな……も、申し訳ございません」
パネースは顔を赤らめてバツが悪そうに目を彷徨わせた。
「いや、君たちの話は面白い。参考になるよ。そうか、ニエルドもビェラも、君たちに救われているだけではないんだね。二人も君たちに癒しを与えることができているのか。同じ魔祓い師として、兄弟として誇らしいよ」
私の言葉がおかしかったのか、パネースとイザベラは顔を見合わせて笑った。
「フレイヤさんだって、ハルオミを癒してるじゃないですか」
「私がかい?」
「ええ。ハルオミ君、口を開けばフレイヤ様のことばっかり。初めは側仕えの責任感からだと思っていましたけど、すぐに違うと確信しました。心からフレイヤ様を思っていて、純粋に役に立ちたいと考えている。それって、お互いの信頼あってこそですよね」
「そうか……ハルオミが……」
私も彼のことを救えていたのだろうか。支えられていたのだろうか。正直自身は無いが、これからは今以上に彼のことを考えたい。
もう二度と一人で抱え込んで欲しく無い。
私たちは、最後の一口を名残惜しく口に放り込み、同時に笑った。
「「「美味しかった」」」
夜が明け、昼が過ぎた。
ニエルド兄さんとビェラはいつも通り討伐に出た。私の代わりは父上が引き受けてくれた。
ハルオミのことは私1人で問題ないからと、他の皆もそれぞれ自分の用事に戻ってもらった。彼らの支えがなければここまで乗り越えられなかっただろう。
皆のおかげで私の体調も回復に向かっている。
ハルオミに与えた魔力は少しずつ安定しているので魔力の授受はひとまず完了とし、私はハルオミの看病にまわった。
彼の唇には少し血色が戻り、体温も下がった。表情も先ほどよりは穏やかに見える。
あとは彼が体質の変化に適応して目を覚ますのを待つばかりだ。
——コンコンッ
「はい」
「フレイヤ様、あの……入っても」
パネースの声が聞こえてきた。どうぞと伝えると遠慮がちに扉を開く。イザベラも一緒のようだった。
「フレイヤ様、少し休憩してはいかがですか? ここは私たちが」
パネースの柔らかい雰囲気に救われている、とニエルド兄さんから何度も聞かされたのを思い出した。確かに彼の人当たりの良さは相手を安心させるものがある。
「大丈夫だ。ありがとう……」
遠慮の言葉に、今度はイザベラが反論した。
「けど、ずっとハルオミに付いていて食事も取られてないんじゃないですか?」
イザベラは元気で生意気で優しくてとっても可愛いんだよ、とビェラはいつも言っていた。
正直、側仕えなど魔祓い師に都合のいいように使われる可哀想な人間だと思っていた。なぜ自分の身を犠牲にしてまで魔祓い師に仕えるのか、不思議で仕方が無かった。
今では、それは"犠牲"などでは無いと分かる。
互いの真心が魔祓い師と側仕えとを結びつけているのだ。
「パネース、イザベラ、そこへ座って少し待っていてくれ」
「……? はい、かしこまりました」
私は彼らを寝台の横のテーブルに座らせ、調理場へと行った。ハルオミのように上手く調理器具は使えないので、3つの"あっぷるぱい"は魔法で温めた。温めると甘い香りが充満した。ハルオミが焼いてくれた時の方がいい香りだった気がする。彼にコツを聞かなくてはいけないな。
部屋に戻り彼らに差し出した。
「これ、ハルオミの……?」
「ああ、一緒に食べよう。君たちも腹が減っているだろう」
「いい、匂いですね……」
人の心を綻ばせる料理を作る彼の手は、今は力無く投げ出され生気が戻るのを待っている。
私たちはあっぷるぱいを食べながら色々な話をした。
二人とこのように腰を据えて話すのはほとんど初めてだった。
「ハルオミ、幸せだって言ってましたよ。番うことに失敗したらどうしようとかそういうことは考えない、もう充分幸せだから、って」
イザベラが微笑みながらそう教えてくれた。
「そうか。ハルオミがそんなことを……」
失敗したら自分がどうなるか知っていながら。本当に彼はどこまでも強い。その強さに私は何度も助けられた。
側仕えは魔祓い師を癒やし救うのが務めだ。しかし私は魔祓い師としてのみではなく、ひとりの人間として彼に救われている。ニエルド兄さんとビェラもまた、ひとりの人間としてこの二人に支えられているのだと今日気がついた。
「イザベラ、パネース」
「はい」
「何でしょう」
二人は食べる手を止めて姿勢を正した。
「いつもニエルドとビェラをありがとう。家族として改めて礼を言わせてくれ」
私も姿勢を正して頭を下げる。
「そんな、礼なんて……私の方こそ、ニエルドさんにはいつも支えられていますから」
「俺もです。ビェラさんに助けられてばっかりですよ」
「そうなのかい?」
「はい……俺、気に入らないことがあるとすぐ態度に出たりするから、屋敷の側仕えになるからにはそういうふうにしないように気をつけなきゃって思ってたんです。最初の頃は猫かぶれてたんですけど、我慢が爆発しちゃった時があって……主であるビェラさんに暴言吐いてしまったんですよね。うわ終わった、と思って落ち込みました。だって魔祓い師に暴言吐くなんて、世界を敵に回してるようなもんじゃないですか。でもビェラさん、『その方が君らしい』って言ってくれたんです」
「ビェラが?」
「はい。それから少しずつ話をして、やっとわかったんです。魔祓い師と側仕えの関係は俺が思ってるようなものじゃなかった。尽くされる側と尽くす側じゃなくて、お互いに真心が必要なんですよね。俺が尽くさなきゃいけないんだって思ってたけど、ビェラさん料理も掃除も、あと「疲れてるだろう」ってマッサージまでしてくれて…疲れてるのはビェラさんの方なのに。でもなんか、甘えちゃってる自分がいます……」
後ろ頭を掻きながら照れくさそうに頬を緩めるイザベラ。そんな彼を見てパネースはふふっと楽しげに笑った。
「ほんとに、たまに反抗期の息子とそのお母さんみたいなんですよ、二人のやりとり。イザベラも、いつもビェラさんにお世話になってるからどうやって恩返しすればいい? ってしょっちゅう聞いてきて。かわいいですよね」
「うるさいなっ……お前だってどうやったらニエルド様をイチコロにできるかって常日頃俺で変な技練習しやがって」
「こらっ、フレイヤ様の前でそんな……も、申し訳ございません」
パネースは顔を赤らめてバツが悪そうに目を彷徨わせた。
「いや、君たちの話は面白い。参考になるよ。そうか、ニエルドもビェラも、君たちに救われているだけではないんだね。二人も君たちに癒しを与えることができているのか。同じ魔祓い師として、兄弟として誇らしいよ」
私の言葉がおかしかったのか、パネースとイザベラは顔を見合わせて笑った。
「フレイヤさんだって、ハルオミを癒してるじゃないですか」
「私がかい?」
「ええ。ハルオミ君、口を開けばフレイヤ様のことばっかり。初めは側仕えの責任感からだと思っていましたけど、すぐに違うと確信しました。心からフレイヤ様を思っていて、純粋に役に立ちたいと考えている。それって、お互いの信頼あってこそですよね」
「そうか……ハルオミが……」
私も彼のことを救えていたのだろうか。支えられていたのだろうか。正直自身は無いが、これからは今以上に彼のことを考えたい。
もう二度と一人で抱え込んで欲しく無い。
私たちは、最後の一口を名残惜しく口に放り込み、同時に笑った。
「「「美味しかった」」」
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