上 下
49 / 147
東の祓魔師と側仕えの少年

49.やり場のない怒り

しおりを挟む
———————Side Freyjaフレイヤ———————

「なぜ……なぜ教えてくれなかったのです叔父上!!」

「フレイヤ兄さん、落ち着いて」

「ビェラは少し黙っていてくれないか」

「っ!……兄さん、怖いよ」

「フレイヤ、本当にすまない……」

「謝罪を聞きたいのではありません! なぜ、教えてくださらなかったのですか、ハルオミが……!」

寝台に横たわり大量の汗を流すハルオミ。
息をするのも精一杯の彼の顔は苦しそうに歪んでいる。


ハルオミはつがいの儀式を終えた後、すとんと眠りに落ちるように意識を失った。

無理をさせ過ぎてしまったかもしれない。そう思い、彼に気持ちよく眠ってもらえるよう私は自分たちの体や寝台を綺麗にして、ハルオミに服を着せ、寝台の中に寝かせた。お互いに触れている時間が多かったからか、私の瞼も限界を迎えた。

彼の隣で寝るのは心地よかった。彼の血液の味と匂いは中毒性がある。まだ私の口の中で、そして体の中で渦巻いている血を味わうようにして目を閉じた。



この日、私は幸せな夢を見た。

一度も夢にうなされず起きるのは何年ぶりだろう。体がとてつもなく軽かった。


私は意識の覚醒を自覚してすぐに飛び起きた。
まず初めに服を脱ぎ、自分の体を確認した。


「消えている………」

消えている。

全て消えている。

忌々しい線状痕が消え、本来の皮膚がそこにはあった。成功した。ハルオミの言った通りだ。「きっと番える」。彼の言葉を信じて、ただ信じて信じ抜いた。

「……ありがとう、ハルオミ…」

寝ているところを起こすのは悪いが、彼にも早く見てもらいたい。

「ハルオミ、見ておくれ! 呪いは消えた。成功したんだ。本当にありがとうハルオミ、君のおかげ……ハルオミ、どうしたんだい?  ハルオミ!」

彼には血の気というものがなかった。
顔を真っ青にして、大量の汗をかいていた。

「ハルオミ……しっかりしなさい!」


すぐに家族に報告した。
父上と母上、ニエルド兄さんとビェラ、イザベラとパネースにウラー、それから叔父上が部屋に集まった。


私は叔父上を問いただした。
すると彼は、異世界の者と番になるリスクを全て話した。

私が聞いていたものとはだいぶ違った。

ハルオミが元の世界に強制送還されてしまう可能性も、ハルオミが死んでしまう可能性も、私は何も知らなかった。

パネースは青ざめて膝をついた。イザベラは今にも溢れそうなほどの涙を目に溜めている。彼ら以外の者も全員、表情を歪めて悔しそうに歯を食いしばっている。

「ハルオミ君が、お前には言うなと……」

私に胸ぐらを掴まれた叔父上は、小さな声で話し出す。

「皆に伝えないでほしいと言われた。心配するからと。お前にリスクを話せば、絶対に番わないと言うだろうから……いや、この言い方はズルいな。俺がハルオミ君に期待しちまったんだ。お前の半身であるハルオミ君なら、きっとお前を助けてくれると。だからハルオミ君だけに伝えた。彼の判断に任せてしまった」

叔父上は静かに言葉を紡ぐ。その唇がかすかに震えたのを私は見逃さなかった。

「本当にすまないフレイヤ、俺は、本当に……ああ、っくそ、情けねえ……」

情けないのはどちらだ。
人に当たってばかりで、何が半身だ。何が番だ。

ハルオミが私を信じてくれたように、今は私がハルオミを信じなければ。


「どうすれば、いいでしょうか……」

叔父上から手を離し頭を下げた。

「フレイヤ……」

「教えてください叔父上。私はどうすればいいのでしょうか。まだ諦めたく無い。ハルオミを助ける術を教えてください!」

守りたい。
何があっても彼に尽くそうと誓ったのに、人を責めてばかりいたのでは、今この瞬間も戦っている彼に示しがつかない。

「魔力を流せ」

そう言って私の頭をポンと叩く。
顔を上げると、そこには威勢を取り戻した叔父上がいた。

「ハルオミ君に、今お前の出せる限りの魔力を流せ」

「しかし、弱っているハルオミにそんなことをしてしまえば……魔力を流せば彼の体質はこの世界の人間と同じになる。体質変化の過程で体に更なる負担がかかってしまいます」

「大丈夫だ。今のハルオミ君は、魂がどっちつかずの状態にある。彼は今この世界の人間でもあり、元の世界の人間でもある。その不安定さに体が付いていっていない故の瀕死状態だ。彼を呼び戻せ。……俺を信じろ」

「……わかりました」

すぐさま苦しそうに息を吐く彼の元へ向かう。
するとイザベラも急いで私の元へ来た。

「フレイヤ様! これを……!」

「イザベラ…これは」

彼はハルオミの印章を渡して来た。
キラキラと銀色に輝く柔らかいレースの印章は、ハルオミによく似合っていた。

「預かっていたんです。もしフレイヤ様に魔力を貰えるようになったらこれを付けるから、それまで俺に、預かっていろと……」

「……ありがとう、イザベラ。君がつけてあげて」

「しかし……」

「あの時も、ハルオミ嬉しそうだったんだ。君が一生懸命考えて選んでくれたそれを私に嬉しそうに見せてくれた。それは君からの贈り物だろう? ハルオミも、その方が喜ぶ」

「…っ! わかりました!」

イザベラが布団の横を少しはぐり、ハルオミの左脚をわずかに晒す。白い脚にも汗が滲んでいる。イザベラは震える手で印章を取り付けた。

「ハルオミ、戻って来いよ、ふざけんじゃねえぞ。死んだら殺すからなお前、ほんと、っふざけんじゃねえぞ……」

「イザベラ……」

ついに涙があふれてしまったイザベラを、ビェラが支える。

私は印章に手を翳し、意識を集中させる。印章は、魔力を与える者と与えられる者の媒介となる。与える者の魔力をより引き出し、与えられた者への影響力をより強めるのだ。

「ありがとう、イザベラ」

「……、ハルオミを連れ戻して!」

「分かった」

魔力を思い切り注ぐと、想像した以上に力が吸い取られる。怯まず力を込める。全てを彼に捧げると決めたからには、後には退く気にもならなかった。


魔力の授受を開始した私たちの周りで、クールベ叔父上はさらに指示を出す。

「いいか、与えるフレイヤも、与えられるハルオミ君も、二人の体力は今この間にも削られている。全員でバックアップを」

「では俺は解熱魔法を……」

母上の提案を、すぐさま叔父上は却下した。

「ダメだ。全員、今はこの二人にいかなる魔法もかけるな。余計な魔力が入り込んではいけない」

「ではどうすれば……」

「ムーサさんとイザベラとパネースは、ここに書いてある薬草を手分けして全種類調達して来てくれ」

「薬草酒を作るんだな? 分かった。行こうイザベラ、パネース」

「「はいっ」」


「兄貴とニエルドとビェラは、とにかく氷を集めてくれ。魔力で作ったのはダメだ。北の地セヴェラーの流氷でも担いで来い。二人の体温を下げるためにはもう物理的に冷やすしかねえ」

「分かった」

「ウラーは薬草が届き次第調合を頼む」

「かしこまりました」

皆与えられた役割を果たしに取り掛かった。


体内からは凄まじく魔力が放出し続け、私の意識は朦朧とし始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

SODOM7日間─異世界性奴隷快楽調教─

槇木 五泉(Maki Izumi)
BL
冴えないサラリーマンが、異世界最高の愛玩奴隷として幸せを掴む話。 第11回BL小説大賞51位を頂きました!! お礼の「番外編」スタートいたしました。今しばらくお付き合いくださいませ。(本編シナリオは完結済みです) 上司に無視され、後輩たちにいじめられながら、毎日終電までのブラック労働に明け暮れる気弱な会社員・真治32歳。とある寒い夜、思い余ってプラットホームから回送電車に飛び込んだ真治は、大昔に人間界から切り離された堕落と退廃の街、ソドムへと転送されてしまう。 魔族が支配し、全ての人間は魔族に管理される奴隷であるというソドムの街で偶然にも真治を拾ったのは、絶世の美貌を持つ淫魔の青年・ザラキアだった。 異世界からの貴重な迷い人(ワンダラー)である真治は、最高位性奴隷調教師のザラキアに淫乱の素質を見出され、ソドム最高の『最高級愛玩奴隷・シンジ』になるため、調教されることになる。 7日間で性感帯の全てを開発され、立派な性奴隷(セクシズ)として生まれ変わることになった冴えないサラリーマンは、果たしてこの退廃した異世界で、最高の地位と愛と幸福を掴めるのか…? 美貌攻め×平凡受け。調教・異種姦・前立腺責め・尿道責め・ドライオーガズム多イキ等で最後は溺愛イチャラブ含むハピエン。(ラストにほんの軽度の流血描写あり。) 【キャラ設定】 ●シンジ 165/56/32 人間。お人好しで出世コースから外れ、童顔と気弱な性格から、後輩からも「新人さん」と陰口を叩かれている。押し付けられた仕事を断れないせいで社畜労働に明け暮れ、思い余って回送電車に身を投げたところソドムに異世界転移した。彼女ナシ童貞。 ●ザラキア 195/80/外見年齢25才程度 淫魔。褐色肌で、横に突き出た15センチ位の長い耳と、山羊のようゆるくにカーブした象牙色の角を持ち、藍色の眼に藍色の長髪を後ろで一つに縛っている。絶世の美貌の持ち主。ソドムの街で一番の奴隷調教師。飴と鞭を使い分ける、陽気な性格。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

R18、最初から終わってるオレとヤンデレ兄弟

あおい夜
BL
注意! エロです! 男同士のエロです! 主人公は『一応』転生者ですが、ヤバい時に記憶を思い出します。 容赦なく、エロです。 何故か完結してからもお気に入り登録してくれてる人が沢山いたので番外編も作りました。 良かったら読んで下さい。

【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました

尾高志咲/しさ
BL
 部活に出かけてケーキを作る予定が、高校に着いた途端に大地震?揺れと共に気がついたら異世界で、いきなり巨大な魔獣に襲われた。助けてくれたのは金髪に碧の瞳のイケメン騎士。王宮に保護された後、騎士が昼食のたびに俺のところにやってくる!  砂糖のない異世界で、得意なスイーツを作ってなんとか自立しようと頑張る高校生、ユウの物語。魔獣退治専門の騎士団に所属するジードとのじれじれ溺愛です。 🌟第10回BL小説大賞、応援していただきありがとうございました。 ◇他サイト掲載中、アルファ版は一部設定変更あり。R18は※回。 🌟素敵な表紙はimoooさんが描いてくださいました。ありがとうございました!

イケメン後輩に性癖バレてノリで処女を捧げたら急に本気出されて困ってます

grotta
BL
アナニーにハマってしまったノンケ主人公が、たまたまイケメン後輩と飲んでる時性癖暴露してしまう。そして酔った勢いでイケメンが男の俺とセックスしてみたいと言うからノリで処女をあげた。そしたら急に本気出されて溺愛され過ぎて困る話。 おバカな2人のエロコメディです。 1〜3話完結するパッと読めるのを気が向いたら書いていきます。 頭空っぽにして読むやつ。♡喘ぎ注意。

同室の奴が俺好みだったので喰おうと思ったら逆に俺が喰われた…泣

彩ノ華
BL
高校から寮生活をすることになった主人公(チャラ男)が同室の子(めちゃ美人)を喰べようとしたら逆に喰われた話。 主人公は見た目チャラ男で中身陰キャ童貞。 とにかくはやく童貞卒業したい ゲイではないけどこいつなら余裕で抱ける♡…ってなって手を出そうとします。 美人攻め×偽チャラ男受け *←エロいのにはこれをつけます

処理中です...