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東の祓魔師と側仕えの少年

49.やり場のない怒り

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———————Side Freyjaフレイヤ———————

「なぜ……なぜ教えてくれなかったのです叔父上!!」

「フレイヤ兄さん、落ち着いて」

「ビェラは少し黙っていてくれないか」

「っ!……兄さん、怖いよ」

「フレイヤ、本当にすまない……」

「謝罪を聞きたいのではありません! なぜ、教えてくださらなかったのですか、ハルオミが……!」

寝台に横たわり大量の汗を流すハルオミ。
息をするのも精一杯の彼の顔は苦しそうに歪んでいる。


ハルオミはつがいの儀式を終えた後、すとんと眠りに落ちるように意識を失った。

無理をさせ過ぎてしまったかもしれない。そう思い、彼に気持ちよく眠ってもらえるよう私は自分たちの体や寝台を綺麗にして、ハルオミに服を着せ、寝台の中に寝かせた。お互いに触れている時間が多かったからか、私の瞼も限界を迎えた。

彼の隣で寝るのは心地よかった。彼の血液の味と匂いは中毒性がある。まだ私の口の中で、そして体の中で渦巻いている血を味わうようにして目を閉じた。



この日、私は幸せな夢を見た。

一度も夢にうなされず起きるのは何年ぶりだろう。体がとてつもなく軽かった。


私は意識の覚醒を自覚してすぐに飛び起きた。
まず初めに服を脱ぎ、自分の体を確認した。


「消えている………」

消えている。

全て消えている。

忌々しい線状痕が消え、本来の皮膚がそこにはあった。成功した。ハルオミの言った通りだ。「きっと番える」。彼の言葉を信じて、ただ信じて信じ抜いた。

「……ありがとう、ハルオミ…」

寝ているところを起こすのは悪いが、彼にも早く見てもらいたい。

「ハルオミ、見ておくれ! 呪いは消えた。成功したんだ。本当にありがとうハルオミ、君のおかげ……ハルオミ、どうしたんだい?  ハルオミ!」

彼には血の気というものがなかった。
顔を真っ青にして、大量の汗をかいていた。

「ハルオミ……しっかりしなさい!」


すぐに家族に報告した。
父上と母上、ニエルド兄さんとビェラ、イザベラとパネースにウラー、それから叔父上が部屋に集まった。


私は叔父上を問いただした。
すると彼は、異世界の者と番になるリスクを全て話した。

私が聞いていたものとはだいぶ違った。

ハルオミが元の世界に強制送還されてしまう可能性も、ハルオミが死んでしまう可能性も、私は何も知らなかった。

パネースは青ざめて膝をついた。イザベラは今にも溢れそうなほどの涙を目に溜めている。彼ら以外の者も全員、表情を歪めて悔しそうに歯を食いしばっている。

「ハルオミ君が、お前には言うなと……」

私に胸ぐらを掴まれた叔父上は、小さな声で話し出す。

「皆に伝えないでほしいと言われた。心配するからと。お前にリスクを話せば、絶対に番わないと言うだろうから……いや、この言い方はズルいな。俺がハルオミ君に期待しちまったんだ。お前の半身であるハルオミ君なら、きっとお前を助けてくれると。だからハルオミ君だけに伝えた。彼の判断に任せてしまった」

叔父上は静かに言葉を紡ぐ。その唇がかすかに震えたのを私は見逃さなかった。

「本当にすまないフレイヤ、俺は、本当に……ああ、っくそ、情けねえ……」

情けないのはどちらだ。
人に当たってばかりで、何が半身だ。何が番だ。

ハルオミが私を信じてくれたように、今は私がハルオミを信じなければ。


「どうすれば、いいでしょうか……」

叔父上から手を離し頭を下げた。

「フレイヤ……」

「教えてください叔父上。私はどうすればいいのでしょうか。まだ諦めたく無い。ハルオミを助ける術を教えてください!」

守りたい。
何があっても彼に尽くそうと誓ったのに、人を責めてばかりいたのでは、今この瞬間も戦っている彼に示しがつかない。

「魔力を流せ」

そう言って私の頭をポンと叩く。
顔を上げると、そこには威勢を取り戻した叔父上がいた。

「ハルオミ君に、今お前の出せる限りの魔力を流せ」

「しかし、弱っているハルオミにそんなことをしてしまえば……魔力を流せば彼の体質はこの世界の人間と同じになる。体質変化の過程で体に更なる負担がかかってしまいます」

「大丈夫だ。今のハルオミ君は、魂がどっちつかずの状態にある。彼は今この世界の人間でもあり、元の世界の人間でもある。その不安定さに体が付いていっていない故の瀕死状態だ。彼を呼び戻せ。……俺を信じろ」

「……わかりました」

すぐさま苦しそうに息を吐く彼の元へ向かう。
するとイザベラも急いで私の元へ来た。

「フレイヤ様! これを……!」

「イザベラ…これは」

彼はハルオミの印章を渡して来た。
キラキラと銀色に輝く柔らかいレースの印章は、ハルオミによく似合っていた。

「預かっていたんです。もしフレイヤ様に魔力を貰えるようになったらこれを付けるから、それまで俺に、預かっていろと……」

「……ありがとう、イザベラ。君がつけてあげて」

「しかし……」

「あの時も、ハルオミ嬉しそうだったんだ。君が一生懸命考えて選んでくれたそれを私に嬉しそうに見せてくれた。それは君からの贈り物だろう? ハルオミも、その方が喜ぶ」

「…っ! わかりました!」

イザベラが布団の横を少しはぐり、ハルオミの左脚をわずかに晒す。白い脚にも汗が滲んでいる。イザベラは震える手で印章を取り付けた。

「ハルオミ、戻って来いよ、ふざけんじゃねえぞ。死んだら殺すからなお前、ほんと、っふざけんじゃねえぞ……」

「イザベラ……」

ついに涙があふれてしまったイザベラを、ビェラが支える。

私は印章に手を翳し、意識を集中させる。印章は、魔力を与える者と与えられる者の媒介となる。与える者の魔力をより引き出し、与えられた者への影響力をより強めるのだ。

「ありがとう、イザベラ」

「……、ハルオミを連れ戻して!」

「分かった」

魔力を思い切り注ぐと、想像した以上に力が吸い取られる。怯まず力を込める。全てを彼に捧げると決めたからには、後には退く気にもならなかった。


魔力の授受を開始した私たちの周りで、クールベ叔父上はさらに指示を出す。

「いいか、与えるフレイヤも、与えられるハルオミ君も、二人の体力は今この間にも削られている。全員でバックアップを」

「では俺は解熱魔法を……」

母上の提案を、すぐさま叔父上は却下した。

「ダメだ。全員、今はこの二人にいかなる魔法もかけるな。余計な魔力が入り込んではいけない」

「ではどうすれば……」

「ムーサさんとイザベラとパネースは、ここに書いてある薬草を手分けして全種類調達して来てくれ」

「薬草酒を作るんだな? 分かった。行こうイザベラ、パネース」

「「はいっ」」


「兄貴とニエルドとビェラは、とにかく氷を集めてくれ。魔力で作ったのはダメだ。北の地セヴェラーの流氷でも担いで来い。二人の体温を下げるためにはもう物理的に冷やすしかねえ」

「分かった」

「ウラーは薬草が届き次第調合を頼む」

「かしこまりました」

皆与えられた役割を果たしに取り掛かった。


体内からは凄まじく魔力が放出し続け、私の意識は朦朧とし始めた。
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