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東の祓魔師と側仕えの少年
48.やり残したこと②
しおりを挟む——来ては駄目よ、晴臣。
……お母さん?
お母さんの声だ……!
すごい。お墓参りに来てお母さんの声が聞こえたのは初めてだ。ねえ、どこにいるの? お話ししよ? 僕話したいことたくさんあるんだ。
声の聞こえる方に行こうと右足を踏み出す。
ガラガラガラ…
足を踏み出した途端、急に地面が崩れ出した。足元が地面に吸い込まれていくみたいに不安定だ。
いけない。このままじゃお母さんのお墓も崩れてしまう。
——晴臣、あなたは帰りなさい。こっちに来ては駄目。
なんで? 何で駄目なの?
こんなにお母さんに会いたいのに。ほら見て、大好きなリンドウの花を買ってきたんだよ。お花屋さんも、お母さん喜んでくれるといいねって言ってたよ。
地面に亀裂が入る。亀裂は大事な墓石目掛けて瞬く間に進む。
そっちは駄目! お母さんのお墓があるのに!
今行くからねお母さん。お母さんは一人じゃないよ。父さんがお墓参りに来なくても、僕がこれからもずっと来てあげるからね。
——いけません晴臣。戻りなさい。あなたの戻るべき場所に。
それはどこ? 僕はどこにいけばいいの?
わかんないよ……お母さん、僕ね、心にポッカリ穴が空いたままなんだ。お母さんに抱きしめてもらったら満たされるよ。だからそっちに行きたい。
——駄目。私ではあなたの胸の大きな穴は塞げないのよ。
どうしてそう思うの?
悲しいこと言わないで。
——悲しくない。私は充分幸せ、あなたがいてくれて、本当に幸せだった。
僕も幸せだよ。お母さんさえいてくれたら——!!
——晴臣、あなたは本当の幸せを自分で見つけたでしょう?
………
忘れてる。
何か忘れてる。
とんでもないものを、僕は今忘れてる。
お母さん、僕、どうしよう。
一人になっちゃうの?
全部忘れて一人ぼっちになるのかな。
——大丈夫よ、あなたはそのままでいいの。
そのまま……?
——お母さんは、絶対に忘れないから。
っ!
本当に……? 忘れない? 僕のこと忘れない?
——ええ、きっと。晴臣が心の中で私をずっと生かしてくれたように、晴臣も私の心の中でずっと生きている。約束する。
約束……絶対の絶対だよ? 約束だよ?
——ええ、あなたはあなたの道を行くの。わかった?
……お母さん、もう一つ約束して欲しいことがあるんだ。
——あら、なあに?
お母さん、絶対に幸せになってね。
——晴臣……
僕、呼ばれてるんだ。
誰かわからないけど、大切な人に呼ばれてる気がする。だからもう行くね。
僕は少しずつ地面に飲み込まれていった。リンドウの花が空に散る。地面の亀裂はお母さんのお墓を目掛けて一直線に進む。亀裂に襲われたお墓は、地面と同じようにヒビが入る。
パキ、パキ、と音を立てて墓石が割れていく。
——大丈夫よ晴臣、心配しないで。お母さんね、強くなるから。自分の幸せくらい自分で掴み取ってみせるから、心配しないで!
お母さんが笑ってる。顔は見えないけど、どこかで笑ってる。
そのままでいて。笑顔が素敵で優しくてちょっと怖くて、たまーに豪快なお母さんでずっといて。
パァァァーーン!!!
墓石が粉々に散って空に舞う。
細かな石粒が太陽に光って、綺麗な銀色の雪が降っているみたいだ。
その光景を最後に、僕は地面の中に全てを飲み込まれた。
お母さん、僕、とっても幸せだよ。
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