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東の祓魔師と側仕えの少年

39.愛に微睡む

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焼きまくった。

アップルパイもパンもスポンジケーキも。
流石に作りすぎたかな。パンとアップルパイは冷凍できるしいいか。ケーキは、全員で食べてもらおう。

僕がなぜこんなに大量生産を始めたかというと、もちろん落ち着かないからだ。


覚悟を決めたのはいい。
迷っている心にケリがついたのはいいことだ。

しかし迷いがなくなった代わりに羞恥心が自己主張をし始めた。

だって、今日ついに……
あーうわーどうしよ、どんな感じなんだろう。
ウラーさんや、イザベラとパネースさんとした感じとは違うのかな。今までは全然緊張しなかったのに、いざフレイヤさんと触れ合うってなったら……深呼吸、深呼吸、すぅー、はぁー。

だめだ。

洗い物をしながら無心になるよう務めるが、無理だ。

どうしたってフレイヤさんのことが頭に浮かんでしまう。フレイヤさんの裸 ( 上半身のみ)、2回しか見たこと無いけどむきむきだったな。服を着てる時はシュッとしてるのに、脱いだらあんなだもんな。

「ただいまハルオミ」

「ぎゃあっ」

——すてーんっ!

——ポフッ

突然現れたフレイヤさんに驚いて転びそうになるも、逞しすぎる腕で抱き止めてくれた。

「大丈夫かい? ハルオミ」

「面目ないです」

「おいおいおい、んだこれめっちゃいい匂いじゃねえか!」

「あ……クールベ、さん………」

邪魔するぜ。と言って入ってきたクールベさん。

ひとまず座ってもらって、二人に焼きたてのアップルパイとお茶を差し出した。クールベさんが来た理由は番の事だろうから、まずは落ち着いて話をしなければ。


「んまっ!! なんだこりゃ!? もしかして前の世界の食いもんか!?」

「はい。アップルパイっていいます」

「ハルオミのあっぷるぱいは絶品でしょう、叔父上。私は先日5つ食べました。ついこの間は彼の作ったサンドイッチも32個食べました。彼は料理が得意なんです」

よく数を覚えてるな。

「へぇ、食いもんに1ミリも興味のなかったお前がなぁ。いやでも分かるぜ、こんな美味い菓子食ったことねえ」

「ありがとうございます。フレイヤさん、今日はかなり大量に作ったんだ。冷凍庫に入れてあるからね、食べる時はオーブンで温めてね。あとパンも作った。サンドイッチにしてもいいし……そうだ。この世界にはフレンチトーストってある? 卵にパンを浸して、バターを敷いたフライパンで焼くの。それも美味しいから今度やってみて?」

「ふれんちとーすと、聞いたことが無い。とてもうまそうだ。私が作るよりハルオミの作ったのを食べたい。そうだ、もし君さえ良ければ、明日の朝食はそれにしないかい?」

「………」

「ハルオミ?」

「…ん? あ、うん! そうしよう! フレンチトースト にしよっか。仕上げに砂糖をかけて火で焦がそう。カリカリになってもっと美味しくなる」

「火なら任せてくれ。得意な魔法だ」

「火を出せるの?」

「ああ、ほら」

——ボォッ!

「わ! すご」

人差し指の先からライターみたいに火を出すフレイヤさん。すごい魔法っぽい。こんなこともできるとは。

きゃっきゃとはしゃぐ僕たちをクールベさんは静かに見つめていた。



アップルパイを食べ終えて、クールベさんはゆっくり話し始めた。

「で……本当に、いいんだな?」

最後の意思確認。
なぜここまで慎重に確認するかというと、チャンスは一回だからだ。一度番えなかった半身たちは二度と番えることはない。つまり、これが最初で最後のチャンス。


「はい」

フレイヤさんが覚悟を決めたように深く頷き答える。

「ハルオミ君、君も、本当に、……本当にいいのか?」

「はい。フレイヤさんと決めました。自分たちを信じます」

「……わかった」

クールベさんは僕たちの覚悟を受け入れてくれた。そして本格的に番い方についての説明を始めた。

つまりはこうだ。
フレイヤさんの精気が僕の中に注がれている状態で血液を交換する。するとお互いの生命力が結びついて、どちらかが死ぬまで惹かれ合い続ける。そして精気を受け入れる側の僕には年に数回発情期が訪れるそうだ。

詳細に説明してくれたけど、正直細かいことはよくわからない。とにかくフレイヤさんの番になるんだって気持ちは何があっても変わらない。

クールベさんは何かあった時のためにしばらく屋敷に滞在してくれるらしい。僕たちに、グッドラック、と激励をくれた後「兄貴にちょっかい出しに行ってくるわ」と言って出て行った。






——チャポン

「あったかーーい」

「ああ、骨身に染み渡る」

「フレイヤさんと一緒に入るの、初めてだね」

「そうだな。私はいつもシャワーで済ませてしまうけど、ハルオミと一緒なら風呂も面倒ではない、むしろ楽しいね」

「ほんと? お風呂はいいよー、心の洗濯だから……」

「心の?」

「そう。僕の世界ではそう言うんだよ。お風呂入ると、心もスッキリするでしょう?」

「心の洗濯か……私は普段からハルオミに心を洗濯してもらっている気分だよ」

「ふふっ、なにそれ」

「そのままの意味だ。君といると、この世の何もかもが浄化されて美しく感じる」

「そっか……僕も同じだ。このただの湯気も、あの壁の水滴も、この水の音も、全部綺麗。こんな気持ち、フレイヤさんに出会わなければ感じなかったな」

「ああ、これからもたくさん美しい景色を見よう。美しい日々を過ごそう」

「……うん、そうしよう。たくさん一緒に過ごそう」

「ハルオミ、この世界に来てくれて、本当にありがとう。私と出会ってくれてありがとう」

「フレイヤさん……」

僕とフレイヤさんは、向かい合って手を握った。

「ハルオミ、番になれば死ぬまでお互い惹かれ合う。だから今言っておかねばならないことがある」

「?」

フレイヤさんの視線がまっすぐ僕を突き刺した。

「私はハルオミと番わぬ今も、君に惹かれている。君を愛している」


「…………あ、愛……え、?」

「半身だからではない。根拠はないが、もしハルオミが私の半身でなくても、私は君を愛したに違いないと思う。君の優しい心が好きだ、黒くて柔らかい髪の毛も、大きな瞳も白い肌も、美味しい料理を作るこの小さな手も。君の全てが好きだ。愛している」

愛してる。

馴染みのないその言葉を理解するのに時間がかかった。その言葉は過去に一度だけ言われたことがある。真っ白な病室、真っ白でガリガリなお母さん。

——晴臣、愛してるよ

よく分からないけど、暖かい気持ちになった。

あの時とはまた違う気持ちだけど、心があったかいことに変わりはなかった。

僕もフレイヤさんの綺麗な髪の毛が好き、鋭い目も、傷だらけの大きな体も、優しい声も、全部好きだ。

これが、『愛してる』ってことなのかな。

「……フレイヤさん、僕も、フレイヤさんを愛してる」

いつのまにか声に出ていたその言葉が、僕とフレイヤさんを結びつけた。何も隔てのないぬくもりが熱くて仕方ない。激しい心臓の鼓動がお互いの肌を叩いている。

このままひとつに溶けてしまいたい。


彼に抱きしめられたまま、僕は涙が止まらなかった。
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