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東の祓魔師と側仕えの少年
27.愛しい糧②
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「ハルオミ、起きていたのかい?」
彼を抱きしめ返すと、胸へ埋めていた顔を上げこう言った。
「眠ろうと思ったけど、なかなか眠れなかったんだ。だから眠るの諦めて、フレイヤさんが無事に帰って来ますようにって祈ってた」
「ハルオミ……君はなんて優しいんだ。ずっと起きていて退屈では無かったか?」
「星が綺麗だったから退屈じゃ無かったよ。そんなことより、フレイヤさん怪我はしてる? お腹すいた? 疲れた?」
私を心配してくれているのか、少し眉尻を下げて不安そうに訊ねる。つい表情が綻んでしまう。
「ありがとうハルオミ。君の祈りのおかげで怪我も無いし、疲れは今吹き飛んで行った。腹は少し減っているかもしれない」
私の回答を聞くとぱぁっと顔を明るくし、
「ほんと? 良かった。じゃあこれ食べる? ちょっとこっち来て」
と、声を弾ませながら私の腕を引いていった。
彼が連れてきたのは部屋に備え付けてある調理場。二人がけのテーブルに私を座らせ、そして布を被せてある籠を机に運び私の目の前に置く。
「口に合うと良いんだけど、苦手なものがあったら残していいからね」
そう言って布を取ると、籠の中には豊富な種類の小さなサンドイッチがぎっしりと詰められていた。
「サンドイッチかい?」
「この世界でも "サンドイッチ" って言うんだね」
かたかた、と流しで茶の準備をしながら答えるハルオミ。
「ああ。でもこれは、パンが普通のと少し違うように見えるね」
「そうなの。前にサンドイッチを食べた時、僕が食べ慣れてるパンとちょっと違うなと思ってたんだ。それも美味しかったんだけどね、せっかくならフレイヤさんにも僕の世界の味を知ってほしいなと思って挑戦してみた。良かったらどうぞ」
皿と茶を差し出して向かいに座り、どこか緊張の面持ちで私の口元に一切れ運ぶハルオミ。彼の小さな手から差し出されたサンドイッチを口に入れた。
なんだ。
なんだこのふわふわなのは。美味い。柔らかい。美味い。ハムやチーズなど、具材の塩っ気と合わさって口の中がとんでもないことになっている。
乾燥していそうな見た目のパンに味の想像がつかなかったが、ハルオミが作るものなら何だって美味いだろうと口に入れた。その瞬間、予想を遥かに超える味わいに心を奪われたのだ。
複雑でありながらまとまりのある風味、初めて食べたにも関わらず懐かしさのあるこの感じ。心が癒えていく。
彼の作ったあっぷるぱいを食べた時もこんな気持ちになった。
「フレイヤさん、どうかな……?」
遠慮がちにたずねる彼を抱きしめずにはいられなかった。向かいに座った彼を椅子から抱き上げ私の膝に座らせる。
「うわあ、ちょっと」
「ハルオミ、君は特別な魔力の持ち主なのかい? 料理に魔力がこもるなど聞いたことがないけれど、君の世界ではそのようなことができるのかい? こんなに体が癒える食べ物は初めてだ」
ハルオミは、膝に抱き上げられ最初こそ驚いていたもののすぐにおとなしくなり、続きを私の口に運びながら言った。
「僕の世界には魔法は無いよ? そういう神話や言い伝えならあると思うし、もしかたら信じている人もいるのかもしれないけど、世界的に証明はされてないかな。僕も魔力なんて持ってないし」
「何を言っているんだい。こんなに心も体も軽くなる料理は他にない。君にはきっと特別な力があるに違いない」
「フレイヤさんよっぽど疲れてるんだよ。今日大変だったんでしょ? 明日も朝から行かなきゃいけないの? 少し休めたらいいのに」
ハルオミに魔力が無い、だと?
これほどの安息を私に与えておいて、ハルオミ自身には特にその自覚も無いということか。
彼の料理を食べるだけで安心する。彼が心配してくれるだけで幸福感にしびれる。
彼に悲しい思いをさせたにも関わらず私に安らぎを与えてくれるなど、なんという度量だ。
「ハルオミ。こんなに優しい君に、私はなんてことを……」
下を向き食べるのをやめた私に、ハルオミは静かに語りかけた。
「もしかして、印章のこと言ってるの? だったら気にしないで。僕こうしているだけで幸せだよ? 元の世界では………や、何でもない。ほら、ねえ、こっちも食べてみて?」
今何を言いかけたのだろうか。
聞く前に、種類の違うサンドイッチを口に放り込まれた。
「んぐ……ん、こっちはパンの食感が違うようだね」
これも先ほどとは違う食感で、少し硬いが歯応えがあって美味い。
「うん、こっちはね、フランスパンっていうちょっと硬めのパンなんだ。フレイヤさんはどっちが好き?」
「選べない。どちらも好きだ」
「もう、真剣に考えてる?」
ふふふっ、と笑いながら「もう一回食べてちゃんと考えて」私を叱るハルオミ。その無邪気な顔は、確かに昨日のことを気にしてるとは思えないほど楽しげだ。
このままではいけない。私の私欲のために彼の選択肢を奪うなど、決してあってはいけない。
「ハルオミ、聞いてほしいことがある」
私は彼に向き合い、覚悟を決めた。
彼を抱きしめ返すと、胸へ埋めていた顔を上げこう言った。
「眠ろうと思ったけど、なかなか眠れなかったんだ。だから眠るの諦めて、フレイヤさんが無事に帰って来ますようにって祈ってた」
「ハルオミ……君はなんて優しいんだ。ずっと起きていて退屈では無かったか?」
「星が綺麗だったから退屈じゃ無かったよ。そんなことより、フレイヤさん怪我はしてる? お腹すいた? 疲れた?」
私を心配してくれているのか、少し眉尻を下げて不安そうに訊ねる。つい表情が綻んでしまう。
「ありがとうハルオミ。君の祈りのおかげで怪我も無いし、疲れは今吹き飛んで行った。腹は少し減っているかもしれない」
私の回答を聞くとぱぁっと顔を明るくし、
「ほんと? 良かった。じゃあこれ食べる? ちょっとこっち来て」
と、声を弾ませながら私の腕を引いていった。
彼が連れてきたのは部屋に備え付けてある調理場。二人がけのテーブルに私を座らせ、そして布を被せてある籠を机に運び私の目の前に置く。
「口に合うと良いんだけど、苦手なものがあったら残していいからね」
そう言って布を取ると、籠の中には豊富な種類の小さなサンドイッチがぎっしりと詰められていた。
「サンドイッチかい?」
「この世界でも "サンドイッチ" って言うんだね」
かたかた、と流しで茶の準備をしながら答えるハルオミ。
「ああ。でもこれは、パンが普通のと少し違うように見えるね」
「そうなの。前にサンドイッチを食べた時、僕が食べ慣れてるパンとちょっと違うなと思ってたんだ。それも美味しかったんだけどね、せっかくならフレイヤさんにも僕の世界の味を知ってほしいなと思って挑戦してみた。良かったらどうぞ」
皿と茶を差し出して向かいに座り、どこか緊張の面持ちで私の口元に一切れ運ぶハルオミ。彼の小さな手から差し出されたサンドイッチを口に入れた。
なんだ。
なんだこのふわふわなのは。美味い。柔らかい。美味い。ハムやチーズなど、具材の塩っ気と合わさって口の中がとんでもないことになっている。
乾燥していそうな見た目のパンに味の想像がつかなかったが、ハルオミが作るものなら何だって美味いだろうと口に入れた。その瞬間、予想を遥かに超える味わいに心を奪われたのだ。
複雑でありながらまとまりのある風味、初めて食べたにも関わらず懐かしさのあるこの感じ。心が癒えていく。
彼の作ったあっぷるぱいを食べた時もこんな気持ちになった。
「フレイヤさん、どうかな……?」
遠慮がちにたずねる彼を抱きしめずにはいられなかった。向かいに座った彼を椅子から抱き上げ私の膝に座らせる。
「うわあ、ちょっと」
「ハルオミ、君は特別な魔力の持ち主なのかい? 料理に魔力がこもるなど聞いたことがないけれど、君の世界ではそのようなことができるのかい? こんなに体が癒える食べ物は初めてだ」
ハルオミは、膝に抱き上げられ最初こそ驚いていたもののすぐにおとなしくなり、続きを私の口に運びながら言った。
「僕の世界には魔法は無いよ? そういう神話や言い伝えならあると思うし、もしかたら信じている人もいるのかもしれないけど、世界的に証明はされてないかな。僕も魔力なんて持ってないし」
「何を言っているんだい。こんなに心も体も軽くなる料理は他にない。君にはきっと特別な力があるに違いない」
「フレイヤさんよっぽど疲れてるんだよ。今日大変だったんでしょ? 明日も朝から行かなきゃいけないの? 少し休めたらいいのに」
ハルオミに魔力が無い、だと?
これほどの安息を私に与えておいて、ハルオミ自身には特にその自覚も無いということか。
彼の料理を食べるだけで安心する。彼が心配してくれるだけで幸福感にしびれる。
彼に悲しい思いをさせたにも関わらず私に安らぎを与えてくれるなど、なんという度量だ。
「ハルオミ。こんなに優しい君に、私はなんてことを……」
下を向き食べるのをやめた私に、ハルオミは静かに語りかけた。
「もしかして、印章のこと言ってるの? だったら気にしないで。僕こうしているだけで幸せだよ? 元の世界では………や、何でもない。ほら、ねえ、こっちも食べてみて?」
今何を言いかけたのだろうか。
聞く前に、種類の違うサンドイッチを口に放り込まれた。
「んぐ……ん、こっちはパンの食感が違うようだね」
これも先ほどとは違う食感で、少し硬いが歯応えがあって美味い。
「うん、こっちはね、フランスパンっていうちょっと硬めのパンなんだ。フレイヤさんはどっちが好き?」
「選べない。どちらも好きだ」
「もう、真剣に考えてる?」
ふふふっ、と笑いながら「もう一回食べてちゃんと考えて」私を叱るハルオミ。その無邪気な顔は、確かに昨日のことを気にしてるとは思えないほど楽しげだ。
このままではいけない。私の私欲のために彼の選択肢を奪うなど、決してあってはいけない。
「ハルオミ、聞いてほしいことがある」
私は彼に向き合い、覚悟を決めた。
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