【完結】眠れぬ異界の少年、祓魔師の愛に微睡む

丑三とき

文字の大きさ
上 下
28 / 147
東の祓魔師と側仕えの少年

27.愛しい糧②

しおりを挟む
「ハルオミ、起きていたのかい?」

彼を抱きしめ返すと、胸へ埋めていた顔を上げこう言った。

「眠ろうと思ったけど、なかなか眠れなかったんだ。だから眠るの諦めて、フレイヤさんが無事に帰って来ますようにって祈ってた」

「ハルオミ……君はなんて優しいんだ。ずっと起きていて退屈では無かったか?」

「星が綺麗だったから退屈じゃ無かったよ。そんなことより、フレイヤさん怪我はしてる? お腹すいた? 疲れた?」

私を心配してくれているのか、少し眉尻を下げて不安そうに訊ねる。つい表情が綻んでしまう。

「ありがとうハルオミ。君の祈りのおかげで怪我も無いし、疲れは今吹き飛んで行った。腹は少し減っているかもしれない」

私の回答を聞くとぱぁっと顔を明るくし、

「ほんと? 良かった。じゃあこれ食べる? ちょっとこっち来て」

と、声を弾ませながら私の腕を引いていった。


彼が連れてきたのは部屋に備え付けてある調理場。二人がけのテーブルに私を座らせ、そして布を被せてある籠を机に運び私の目の前に置く。

「口に合うと良いんだけど、苦手なものがあったら残していいからね」

そう言って布を取ると、籠の中には豊富な種類の小さなサンドイッチがぎっしりと詰められていた。

「サンドイッチかい?」

「この世界でも "サンドイッチ" って言うんだね」

かたかた、と流しで茶の準備をしながら答えるハルオミ。

「ああ。でもこれは、パンが普通のと少し違うように見えるね」

「そうなの。前にサンドイッチを食べた時、僕が食べ慣れてるパンとちょっと違うなと思ってたんだ。それも美味しかったんだけどね、せっかくならフレイヤさんにも僕の世界の味を知ってほしいなと思って挑戦してみた。良かったらどうぞ」

皿と茶を差し出して向かいに座り、どこか緊張の面持ちで私の口元に一切れ運ぶハルオミ。彼の小さな手から差し出されたサンドイッチを口に入れた。



なんだ。

なんだこのふわふわなのは。美味い。柔らかい。美味い。ハムやチーズなど、具材の塩っ気と合わさって口の中がとんでもないことになっている。

乾燥していそうな見た目のパンに味の想像がつかなかったが、ハルオミが作るものなら何だって美味いだろうと口に入れた。その瞬間、予想を遥かに超える味わいに心を奪われたのだ。

複雑でありながらまとまりのある風味、初めて食べたにも関わらず懐かしさのあるこの感じ。心が癒えていく。

彼の作ったあっぷるぱいを食べた時もこんな気持ちになった。

「フレイヤさん、どうかな……?」

遠慮がちにたずねる彼を抱きしめずにはいられなかった。向かいに座った彼を椅子から抱き上げ私の膝に座らせる。

「うわあ、ちょっと」

「ハルオミ、君は特別な魔力の持ち主なのかい? 料理に魔力がこもるなど聞いたことがないけれど、君の世界ではそのようなことができるのかい? こんなに体が癒える食べ物は初めてだ」

ハルオミは、膝に抱き上げられ最初こそ驚いていたもののすぐにおとなしくなり、続きを私の口に運びながら言った。

「僕の世界には魔法は無いよ? そういう神話や言い伝えならあると思うし、もしかたら信じている人もいるのかもしれないけど、世界的に証明はされてないかな。僕も魔力なんて持ってないし」

「何を言っているんだい。こんなに心も体も軽くなる料理は他にない。君にはきっと特別な力があるに違いない」

「フレイヤさんよっぽど疲れてるんだよ。今日大変だったんでしょ? 明日も朝から行かなきゃいけないの? 少し休めたらいいのに」

ハルオミに魔力が無い、だと?
これほどの安息を私に与えておいて、ハルオミ自身には特にその自覚も無いということか。

彼の料理を食べるだけで安心する。彼が心配してくれるだけで幸福感にしびれる。

彼に悲しい思いをさせたにも関わらず私に安らぎを与えてくれるなど、なんという度量だ。

「ハルオミ。こんなに優しい君に、私はなんてことを……」

下を向き食べるのをやめた私に、ハルオミは静かに語りかけた。

「もしかして、印章のこと言ってるの? だったら気にしないで。僕こうしているだけで幸せだよ? 元の世界では………や、何でもない。ほら、ねえ、こっちも食べてみて?」

今何を言いかけたのだろうか。
聞く前に、種類の違うサンドイッチを口に放り込まれた。

「んぐ……ん、こっちはパンの食感が違うようだね」

これも先ほどとは違う食感で、少し硬いが歯応えがあって美味い。

「うん、こっちはね、フランスパンっていうちょっと硬めのパンなんだ。フレイヤさんはどっちが好き?」

「選べない。どちらも好きだ」

「もう、真剣に考えてる?」

ふふふっ、と笑いながら「もう一回食べてちゃんと考えて」私を叱るハルオミ。その無邪気な顔は、確かに昨日のことを気にしてるとは思えないほど楽しげだ。


このままではいけない。私の私欲のために彼の選択肢を奪うなど、決してあってはいけない。


「ハルオミ、聞いてほしいことがある」


私は彼に向き合い、覚悟を決めた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。

彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。 だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。 どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...