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東の祓魔師と側仕えの少年
13.優しいアップルパイ②
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「なん……なんだ、これは」
「フレイヤさん、おいしくなかった?」
「なんだいハルオミ、この食べ物は!? サクサクの生地の中からとろっと甘いのが出てきた。もう一口食べたい」
「う、うん。はいどうぞ」
——ぱくっ
「シャキッとした食感のこれは何だ!? 不思議な食感だ、美味い」
「ほんと? 美味しい?」
「ああ。とても美味いよ。ハルオミ、これは何という料理だい?」
「アップルパイだよ。この世界には無い?」
「あぷる、ぱい。こんな美味いものこの世界には存在しない。ハルオミの世界では一般的なのかい?」
「うん、わりと」
フレイヤさんは目を見開いてアップルパイをまじまじと観察している。こんなに喜んでくれるとは思わなかったので、嬉しいを通り越してびっくりだ。でも美味しい美味しいというフレイヤさんはなんかちょっと可愛い、いつまでも見てられる。
僕の手からアップルパイを頬張りながら、美味しいを連呼するフレイヤさん。僕の脳裏に、ある人物の影が浮かんできた。それはとっても大事な記憶……。
そういえば、結局お墓参りに行けなかったな。
「ハルオミ?」
「っ、あ、どうしたの?」
「少し、上の空に見えた」
フレイヤさんが心配げに見つめてくる。
「……ごめん、お母さんのこと思い出してた」
「君の御母上か。どんな人なんだい?」
「とても優しい人だったよ」
「……だった?」
フレイヤさんは僕の肩をそっと抱きながら遠慮がちに聞く。
「4年前に病気で亡くなったんだ。僕を孕ったことで、合併症ってやつを患ってしまったんだって。僕が生まれた時からずっと、入院と退院を繰り返してて、あんまり家にいなかった。最後の1年くらいはずっと入院して、元気がなかった。元気づけようと思って色んなお菓子を作ったんだけど、お母さんはこれが一番好きなんだって。お父さんと初めてデートした時に食べたのがアップルパイだって言ってた。だから僕美味しく作れるようにたくさん練習した。病室に持って行ったら、ありがとうって言いながらいつも涙を流すんだ」
母にとって思い出のアップルパイ。その思い出を共有した愛しい人は今、あらゆる女の人を連れ込んでは体の関係を持っている。非情なものだ。
でも母が死んでから父も壊れてしまったんだ。連れ込む女の人が全員お母さんにどことなく似てる人だっていうのはわりと早めに気づいた。
父も可哀想な人間なんだ。母さんは僕を妊娠したせいで病気になってしまったから。父は直接的に僕を責めないけれど、女を連れ込むことで僕に対して遠回しに罰を与えているように見えた。でも文句なんて言えない。
「ごめんなさい、楽しく無い話をしちゃった」
空気が悪くなったのを肌で感じ取り慌てて謝ると、フレイヤさんは両手を僕の頬に添え、顔を近づけて言った。
「ありがとう。君のことを教えてくれて、本当にありがとう」
そのまま僕はフレイヤさんの腕の中にすっぽりとおさめられた。推定2メートル越えの男性に抱き込まれると、なんだかとても"包まれてる感"がある。背中をたたく一定の優しい振動が心地よい。眠気から目を背けるのに精一杯だったが、伝えないといけないことがあるので力を振り絞って声を出した。
「でも! でもねフレイヤさん」
「?」
「今日これを作っている時はお母さんのことなんて忘れてた。フレイヤさん疲れてるだろうなとか、これを食べて元気出してほしいなとか、もし口に合わなかったらどうしようとか。フレイヤさんのことだけを考えて作ったよ」
言った後、しばらく沈黙が流れた。
抱き込まれているのでフレイヤさんの顔が見えない。
なんか変なこと言っちゃった……?
——ぎゅゅうううう
「う、ぐ、苦しいフレイヤさん。ちょっとちょっと離して」
「ああすまない、大丈夫かいハルオミ。君があまりにも可愛いことを言うから我慢ができなくなってしまった」
僕の肩をすりすり労わりながら謝罪を述べる彼は、歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく並べ立てる。
「もう、いいから、ほら、お口に合うならたくさん食べて? お腹すいてるでしょう?」
「ああ。全部いただこう」
いや流石に全部は……と思ったけど、話に花を咲かせながら彼は5つペロリと平らげた。
「美味かった」
「すご……ありがとう。こんなに食べてくれるなんて思わなかった。ねえ、無理してない?」
「無理などしないよ。ハルオミが作ってくれたあんなに美味いものを残す理由がどこにある。君さえ良ければ、また作ってくれないか?」
「うん、また作る」
約束を交わすと、フレイヤさんは「次は君の番だ」といって指をパチンと鳴らし、昨日と同じように料理の乗ったワゴンを出現させた。……そう言えば、作るのに集中してて食べてなかったな。お腹すいたかも。
フレイヤさんはこれまた昨日と同じように手ずから僕に食べさせた。昨日は緊張で気付かなかったけど、この世界の食事は健康的な味がする。薄味と言ってしまえばそれまでだが、風味や香りを大切にしたとても素晴らしい味付けだと思う。
一通り食べさせてもらったらお腹いっぱいになったのでそう伝え、残りは全部フレイヤさんの胃の中におさまった。こんなにたくさん食べれたら、僕も2メートルになれるのかな。
今日の天気とか庭に生えてる植物の話とか、他愛もない話をしているうちに時間は過ぎ……
「では行ってくるよハルオミ」
「……はい、行ってらっしゃい、ませ……」
また……またやってしまった……。
ついついフレイヤさんのペースに乗せられて彼を癒す時間なんてなかった。完全にミスった。だって美味しそうに食べてくれるの嬉しかったし、色んなお話できるの嬉しかったし、もっとこの時間が続けばいいのにと思っているうちにいつのまにかタイムオーバーになってたんだ。
不覚……。
「フレイヤさん、おいしくなかった?」
「なんだいハルオミ、この食べ物は!? サクサクの生地の中からとろっと甘いのが出てきた。もう一口食べたい」
「う、うん。はいどうぞ」
——ぱくっ
「シャキッとした食感のこれは何だ!? 不思議な食感だ、美味い」
「ほんと? 美味しい?」
「ああ。とても美味いよ。ハルオミ、これは何という料理だい?」
「アップルパイだよ。この世界には無い?」
「あぷる、ぱい。こんな美味いものこの世界には存在しない。ハルオミの世界では一般的なのかい?」
「うん、わりと」
フレイヤさんは目を見開いてアップルパイをまじまじと観察している。こんなに喜んでくれるとは思わなかったので、嬉しいを通り越してびっくりだ。でも美味しい美味しいというフレイヤさんはなんかちょっと可愛い、いつまでも見てられる。
僕の手からアップルパイを頬張りながら、美味しいを連呼するフレイヤさん。僕の脳裏に、ある人物の影が浮かんできた。それはとっても大事な記憶……。
そういえば、結局お墓参りに行けなかったな。
「ハルオミ?」
「っ、あ、どうしたの?」
「少し、上の空に見えた」
フレイヤさんが心配げに見つめてくる。
「……ごめん、お母さんのこと思い出してた」
「君の御母上か。どんな人なんだい?」
「とても優しい人だったよ」
「……だった?」
フレイヤさんは僕の肩をそっと抱きながら遠慮がちに聞く。
「4年前に病気で亡くなったんだ。僕を孕ったことで、合併症ってやつを患ってしまったんだって。僕が生まれた時からずっと、入院と退院を繰り返してて、あんまり家にいなかった。最後の1年くらいはずっと入院して、元気がなかった。元気づけようと思って色んなお菓子を作ったんだけど、お母さんはこれが一番好きなんだって。お父さんと初めてデートした時に食べたのがアップルパイだって言ってた。だから僕美味しく作れるようにたくさん練習した。病室に持って行ったら、ありがとうって言いながらいつも涙を流すんだ」
母にとって思い出のアップルパイ。その思い出を共有した愛しい人は今、あらゆる女の人を連れ込んでは体の関係を持っている。非情なものだ。
でも母が死んでから父も壊れてしまったんだ。連れ込む女の人が全員お母さんにどことなく似てる人だっていうのはわりと早めに気づいた。
父も可哀想な人間なんだ。母さんは僕を妊娠したせいで病気になってしまったから。父は直接的に僕を責めないけれど、女を連れ込むことで僕に対して遠回しに罰を与えているように見えた。でも文句なんて言えない。
「ごめんなさい、楽しく無い話をしちゃった」
空気が悪くなったのを肌で感じ取り慌てて謝ると、フレイヤさんは両手を僕の頬に添え、顔を近づけて言った。
「ありがとう。君のことを教えてくれて、本当にありがとう」
そのまま僕はフレイヤさんの腕の中にすっぽりとおさめられた。推定2メートル越えの男性に抱き込まれると、なんだかとても"包まれてる感"がある。背中をたたく一定の優しい振動が心地よい。眠気から目を背けるのに精一杯だったが、伝えないといけないことがあるので力を振り絞って声を出した。
「でも! でもねフレイヤさん」
「?」
「今日これを作っている時はお母さんのことなんて忘れてた。フレイヤさん疲れてるだろうなとか、これを食べて元気出してほしいなとか、もし口に合わなかったらどうしようとか。フレイヤさんのことだけを考えて作ったよ」
言った後、しばらく沈黙が流れた。
抱き込まれているのでフレイヤさんの顔が見えない。
なんか変なこと言っちゃった……?
——ぎゅゅうううう
「う、ぐ、苦しいフレイヤさん。ちょっとちょっと離して」
「ああすまない、大丈夫かいハルオミ。君があまりにも可愛いことを言うから我慢ができなくなってしまった」
僕の肩をすりすり労わりながら謝罪を述べる彼は、歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく並べ立てる。
「もう、いいから、ほら、お口に合うならたくさん食べて? お腹すいてるでしょう?」
「ああ。全部いただこう」
いや流石に全部は……と思ったけど、話に花を咲かせながら彼は5つペロリと平らげた。
「美味かった」
「すご……ありがとう。こんなに食べてくれるなんて思わなかった。ねえ、無理してない?」
「無理などしないよ。ハルオミが作ってくれたあんなに美味いものを残す理由がどこにある。君さえ良ければ、また作ってくれないか?」
「うん、また作る」
約束を交わすと、フレイヤさんは「次は君の番だ」といって指をパチンと鳴らし、昨日と同じように料理の乗ったワゴンを出現させた。……そう言えば、作るのに集中してて食べてなかったな。お腹すいたかも。
フレイヤさんはこれまた昨日と同じように手ずから僕に食べさせた。昨日は緊張で気付かなかったけど、この世界の食事は健康的な味がする。薄味と言ってしまえばそれまでだが、風味や香りを大切にしたとても素晴らしい味付けだと思う。
一通り食べさせてもらったらお腹いっぱいになったのでそう伝え、残りは全部フレイヤさんの胃の中におさまった。こんなにたくさん食べれたら、僕も2メートルになれるのかな。
今日の天気とか庭に生えてる植物の話とか、他愛もない話をしているうちに時間は過ぎ……
「では行ってくるよハルオミ」
「……はい、行ってらっしゃい、ませ……」
また……またやってしまった……。
ついついフレイヤさんのペースに乗せられて彼を癒す時間なんてなかった。完全にミスった。だって美味しそうに食べてくれるの嬉しかったし、色んなお話できるの嬉しかったし、もっとこの時間が続けばいいのにと思っているうちにいつのまにかタイムオーバーになってたんだ。
不覚……。
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