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東の祓魔師と側仕えの少年
10.暇つぶし①
しおりを挟む「だめだ、ウラーさん。フレイヤさん何もしようとしないんだもの。しようとしないどころか、僕、お誘いを断られちゃった。どうしよう」
次の日、またまたウラーさんと反省会をしていた。
二人で頭を捻る。どうしたものか、と。
しかし良い答えは出てこず、結局僕が気長に誘い続けることになった。でもそんな悠長にしてちゃフレイヤさんは心も体もボロボロになっちゃう。ただでさえ魔物討伐で疲れてて癒しもなくて限界だろうに。
今日こそは、と意気込んで朝食を平らげた。
「ウラーさん、次こそはちゃんとできるように、今日も準備、よろしくお願いします!」
「ああ、それはナシになりました」
頭を下げる僕に涼しい顔で言うウラーさん。え、今なんて?
「なし、」
「はい。フレイヤ様からのご命令です。今後わたくしがハルオミ殿に触れることはないでしょう」
「え……えぇー」
別に残念とかそういうことは一切思ってないけど、じゃあこれからどうすればいいのだろう。僕一人の力でフレイヤさんを癒すなんてちょっと難易度が高いぞ。
「ああそれと、屋敷の中は自由に出歩いても良いということになりました。フレイヤ様からのご伝言で、自分の家だと思って好きにしなさい、と」
「……はい。ありがとうございます」
好きにしろったって、ドロドロバチバチの当主争い繰り広げられるお家で僕のような一般人は肩身が狭いように思う。
まあいい。肩身が狭いのは元の家でも同じだったし、慣れているので今更気に病むこともないだろう。
朝食後、散歩がてら屋敷を歩いてみることにした。ウラーさんと同じ格好の執事らしき人や、背中に銃を背負った軍人みたいな人などと何人かすれ違った。たぶんこの屋敷の世話をしたり護ったりしているのだろう。会釈すると、みな僕を見てヒソヒソ話をし始めた。異世界人がそんなに珍しいのだろうか。確かによく見てみると皆彫りの深い顔立ちだ。フレイヤさんもウラーさんも外国人みたいにパッキリしてる。
屋敷も昔のヨーロッパのお城みたい。行ったことないけど。中庭に面する廊下は風がすうっと通って涼しい。庭も綺麗に手入れされている。あそこのベンチに座ろうかな。
ベンチの方に目を向けると、小さな黒い影が過ぎ去った。ね、ねこ? 一瞬すぎて見えなかった。触りたい、もふもふしたい。撫でさせてください。
僕の足は自然と庭に向かっていた。
「お前がフレイヤ様の側仕えか?」
一歩足を踏み出したところで、背後からえらくつっけんどんな声が聞こえた。うわ、たぶん新人いびりだ。こわいなあー…
「そうですが……」
振り返ると、なんとも綺麗な美少年が居た。背は僕より少し高いぐらいか。肩あたりで切り揃えられたブロンドの髪の毛はウェーブがかっていてふわふわしてる。大きな目はキッと吊り上がってこちらを威嚇している。
「ちょっとこっちに来い」
呼び出しくらった。これ絶対いじめられるやつだ。元の世界では運がいいことにそういう経験は無かったから緊張する。やっぱり転校生いじめるみたいなテンションで異世界人もいじめの対象になるんだな。あーあ、平和に過ごそうと思ってたのになあ。
ん? 数メートル先を歩くあの茶髪オールバックは……
間違いない。
「ウラーさん…っ」
「ん? ハルオミ殿。と、イザベラ殿? お二人もう仲良くなられたのですか? いやあ最近の若者のコミュニケーション能力は侮れませんねえ。引っ込み思案なわたくしにはついてゆけま、って、ちょ」
「ウラーさんちょっとお話が、お部屋に……お部屋に行きましょう!」
僕はウラーさんの手を引っ張って部屋の方に歩き出す。ウラーさんが引っ込み思案かどうかは今どうでもいい。
「ハルオミ殿、え、あの? お話はいいのですか? 側仕え同士親睦を深めなくては…っ」
「いいから」
ウラーさんを引っ張っぱりながら振り返ると、美少年はこちらを睨んだまま不貞腐れた顔で引き返して行った。
部屋に戻り、しっかり扉を閉めた。ねこ、触りたかったな。
「セーフ。ありがとうウラーさん」
「どうしたのです突然。イザベラ殿とお話し中だったのでは?」
「いやあ、まあ……これでも17年間体育館裏に呼び出されたこととか無いから、おっかなくて、つい」
「タイクカン、ウラ?」
「とにかくありがとう。助かったよ」
「それは何よりです。ですがハルオミ殿、イザベラ殿とパネース殿とはできる限り積極的な交流をお願いいたしますよ?」
「……え、なんで」
あの人と、仲良く?
僕にいじめられろというのか。この世界は思ったより非道らしい。まあウラーさんが言うなら仕方ないか。でも気が進まない。それに僕が仲良くなろうとしたって、あんなに睨まれちゃ無理だ。
「あの人はイザベラさんっていうの? というか、パネース殿って?」
「自己紹介もまだだったのですか? 先ほどのイザベラ殿はヴィーホット家次期当主候補のお一人である三男・ビェラ様の側仕えのイザベラ殿です。パネース殿は長男・ニエルド様の側仕えをされておられます」
「あの人側仕えだったんだ」
「では、わたくしは仕事がありますので」
「あ、うん。ごめんね突然。ありがとう。お仕事頑張って」
失礼しますと部屋を出ていくウラーさんを見送って、僕は再び一人になった。あんなに睨んでくる人とも仲良くしなくちゃいけないのか。どうやって? 無茶だ。
「暇だなあ」
何もすることがない。前の世界では、自分の部屋にいてこんなに静かだったことは無かった。濡れた喘ぎ声、ベッドの軋む音、事後の素っ気ない会話……それに比べて今はどうだろう。窓の外の木などが風がそよぐ音……のみ。
たまーに執事や軍人らしき人たちの会話声はするけど基本的に静か。ここに来てからずっと質、量とも申し分無い睡眠をとれているからだろうか。頭がスッキリしてつい周りを観察してしまう。
「はぁー、ひまー」
気まぐれな呟きも静寂に吸い込まれる。
自分の声が空気に吸い込まれる様を目で追っていると、部屋の中に扉をみつけた。
ん? あっちの扉はお風呂場、じゃああの扉は何だろう。 そういえばせっかくこんな広い部屋にいるのに、ほぼベッドで過ごしてるな。
よし、探索だ。
開けてすぐ他人の部屋ということはないだろうけど、一応そろ~っと開けてみる。……もし猛獣とか飼ってたらどうしよ。開けてから思ったけど、人の部屋勝手に物色して良かったんだろうか。
ま、いっか。
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