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東の祓魔師と側仕えの少年

1.眠りは空からの衝撃

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あたたかい沼のような領域からようやく意識が抜け出した。意識は魂のようにそこらじゅうをひと通りふよふよ漂った後、細い糸のようなものに繋がれて、ゆっくりと肉体に戻っていった。





「ふぁあ……よく寝た」


「あぁ、本当に良く眠っていたね」


「……………誰?」


目が覚めたら、知らない男に膝枕をされていた。







眠たくても眠たくても眠れないという事に、今までそれなりの焦りと嫌悪は感じていた。

例えば夜の11時に布団に入ったとして、目を瞑ったままただただ暗闇に支配された時間だけが経過して「明日も学校あるなのになあ」なんて絶望し尽くした午前5時ごろにやっと意識を手放すことができ、その約1時間後、遅くても2時間後には目が覚める。

通学中の電車は眠い。授業も眠い。休み時間も眠い。けれど居眠りすらしようとしない僕の脳みそは本当にポンコツなのだと思う。眠らないくせに働きもしないのだ。

僕の苗字は「半間」だけど、1年生の時に同じクラスでラグビー部の武田君から「半目」というニッネームを授けられてから浸透してしまい、皆僕のことを「半目君」「半目ちゃん」などと呼ぶようになった。理由は「常に半目でぼんやりしているから」だそうだ。


今日も無事に帰りのホームルームを終えた。
みんないつも教室を出るのがすごく早いけど、来週からテスト期間ということもあっていつにも増して早かった。僕はのっそりのっそり帰り支度をしていたら教室を出るのが一番最後になってしまった。これはいつものことだ。

靴を履き替えて校門に向かう。

空には、真っ青の中を雲が優雅に浮かんでいる。あんなに気持ち良さそうにぷかぷか浮けたらぐっすり眠れるかな。

グラウンドでは運動部が元気な声をあげて部活に励んでいる。快晴の青空の下、動き回ってとても暑そう。

そんなことを考えながらのんきに歩く。


今日は帰ったらすぐにお風呂に入ろう。

唯一の肉親である父親は家に女性を連れ込むのが好きだ。その女性がだいたいひと月ごとに変わると気がついたのはつい1年ほど前のこと。

今月の女性は週に3回、大体夜の7時ごろに来て父親と一緒にリビングでお酒を飲みながら映画やドラマなんかを見て、10時か11時にはいやらしい声とけたたましいベッドの軋みが響いてる。女性が帰るのは次の日の朝。

だから僕は早くお風呂に入らなきゃ。そして部屋にこもっていなきゃ父に出て行けと怒られてしまう。

んー………
でも、お腹すいたな。
帰る前にどこかに寄ろうか。
ああダメだ。どこに寄ろうか考えるだけで疲れてしまう。

それに今日はお墓参りに行く日だ。

毎月欠かさず月命日に行くもんだから、父は呆れた顔で「そろそろやめろ」と言う。だからバレないように行く。お花を買ってから行くつもりなので、帰るのいつもより結構遅くなっちゃうかな。

早歩きしようかなあ。でも疲れちゃうな。


この気持ちにはもう飽きた。
全部めんどくさい。全部疲れる。


もういっそ、ずっと意識を手放せていたらいいのに。








——ヒュンッー!!!


「危ないっ!!!!」

突然、切迫感のある声が響いた。


——バリンッッ!!!

年中のっそりモードの僕が避け切れる可能性なんて無かった。18年間生きてきた中で間違いなく最も大きな衝撃を頭に受けた直後、鼻腔になんとも言えない香りが広がった。

心地よい香りに、頭が活動を放棄していくのを感じる。


いい匂いがする。


目の前には割れた鉢植えと土が散乱している。砂つぶがやけに大きく見える。僕は今地面に倒れているらしい。制服汚れてるだろうな。せっかくすぐにお風呂入ろうと思ってたのに。洗濯物という仕事がひとつ増えちゃった。制服の洗濯って結構めんどくさいんだぞ。

しかもこれ校長先生が大切にしている鉢植えだ。あーあ、落とした人怒られるだろうな。

部活に励んでいた生徒や先生がグラウンドからすごい形相で駆けつけるのを、スローモーションで脳が捉える。

その映像を最後に、気持ちの良いまどろみの中に引き込まれていった。




僕は、ずっとこの瞬間を待っていたような気がした。

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