ある時計台の運命

丑三とき

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王都〜第二章〜

ささやかな要求②

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トゥガイさんのおかげで緊張が少し解けた。
無事宮廷の大広間に辿り着くと、部屋の中にはすでにニルファルさんも居た。下を向いて座っている。
長く大きなテーブルを挟んだ向かいには王様が座り、その後ろにはサザさんと…

「アキオ様……っ!!」

「ユリ……」

王様の後ろに立ち控えていたユリがこちらに駆け出して来た。

「ご無事で何よりです…!!!」

「心配かけてごめんね」

「そんなっ謝らないといけないのはわたくしの方!……っこの話はまたゆっくり。ひとまず皆様、こちらへ」

こちらを見るなり今にも泣きそうな顔のユリだったが状況を察して表情を引き締め、手早く僕とジルさん、アッザさん、トゥガイさんを案内した。
王様のところ行くと、「アキオ殿がこちらに座りなさい」と席を代わり、僕はニルファルさんの向かいに座った。
僕の後ろにはジルさんとアッザさんが立ち、ジルさんは僕の肩に手を回す。ほんの少し触れているだけでも勇気が湧き出てくる。

トゥガイさんは、足早にニルファルさんの元へ歩く。

——パァンッ!!

「あ……」

「ッ!!……トゥガイさん…」


ニルファルさんの頬は、トゥガイさんによって思い切り叩かれた。ニルファルさんは声を落としながらも、どこか安心しているふうにも見えた。


「あなたというお方は!!全部ひとりで抱え込んで……」

「ごめん…っ!ごめんなさい……」

「私にではなく!アキオ殿に謝罪をしなさい!!」

「申し訳ございませんアキオ殿!!あなたに恐ろしい思いをさせてしまい、あなたを傷つけてしまい、本当に申し訳ございませんでした」

ニルファルさんは膝と頭を床につき、土下座をした。

「顔を上げてください。もう十分すぎるくらい謝っていただきましたし、今回のことは…」

「そうはいかん」

今回のとこはもう忘れましょう、と言おうとした僕の言葉を遮ったのは王様。
確かに許可なく入国されたのも城に侵入されたのも、被害を受けたのはあくまでも"国”だから、僕が外野から忘れましょうなんて気軽に言えるものではないのかもしれない。でもニルファルさんの気持ちを考えると…

「今回のことはこちらにも原因があった。異界から来たアキオ殿についてストネイト国の、いえ、各国の国王陛下に相談しなかった私にも非がある」

「そんなことはありません!もし父が…ザファル元国王陛下が同じ立場でもきっとそうしたと思います。今となっては彼の気持ちは分かりませんが…きっと、アキオ殿を守ることを1番に考えて行動するはずです。それに、もし世界が混乱に陥ってしまえば国民全員を危険に晒すことになります」

「その通り。しかし私の行動であなたを不安にさせたのは事実。
……ですが、ニルファル国王陛下、あなたもお察しの通り、あなたがアキオ殿に刃を向けたことについては、これだけはどうしても許すことができません」

「王様……」

「はい。分かっております…!!」

ニルファルさんは、かたく拳を握って王様の次の言葉を待っている。

「ただ、ことの原因でもある私があなたを裁くのもおかしな話。
で、だ。ここは当事者であるアキオ殿に判断を下してもらうことにしようと思う」

「…………え?」

「分かりました!アキオ殿……!!何なりと処罰をお下しください!」

ニルファルさんは改めて僕の方を向いて頭を下げる。

「ちょっと待ってください、僕にはそんな権限は」

「今私が与えた」

「そんな簡単に…」

「アキオ殿に、見てみろ。みな異論は無いらしい」

王様に促されて周りを見渡す。ニルファルさんと、いつの間にかトゥガイさんも僕に向かって頭を伏している。

ジルさんとアッザさんを振り返ると、ひとつ頷かれ、ユリとサザさんはもちろん王様の意見に賛成のようだ。

どうしよう。
出会ったばかりの彼らに、僕がどんな罰を与えられるというのだろう。




あっ。良いこと考え……
いや、んー、でもなあ。


「王の犯した罪は後見人のわたくしも背負います!アキオ殿、どうかわたくしどもに償う機会を与えてくださいませんか!!罰でも要求でも、なんでもお受けいたします!お願いします……!」

トゥガイさんの言葉に、気持ちがふっと軽くなった気がした。

償う機会。

そうか。自分が悪いと自覚している時、何もお咎めが無いのでは後味が悪い。そういう気持ちは僕も知っている。だからこそ王様の言う通り、僕が判断しなければ2人はずっと救われない。


「でも……いいのでしょうか…」

「覚悟の上です…!!」

ニルファルさんが声を震わせながら言う。
震えた声には、確かに余程の覚悟が込もっている。

「じゃあ…その……」

ごくりと唾を飲む。
こんなこと、良いのかな。
でも何も言わないんじゃニルファルさんとトゥガイさんも後味が悪いままだ。


「ストネイトは……染料が豊富なのですよね」

「はい。原料となる鉱石は質が良く、加工技術も……って、なぜ今それを」

「僕の要求です。絵を描きたいんです。美しい色の染料が欲しくて、紙に描くのに適した染料を……いや、なんか烏滸がましいですよね。やっぱり無かったことに」

「いえっ、勿論余るほど差し上げます!我が国の資源と技術を以てした染料は本当に素晴らしい品質で、気に入っていただけるかと…!必ずお届けします!」

ニルファルさんが天使に見える。
本当に、貰っちゃえるの?

「いいのですか…!」

「勿論です。それはそれとして、処罰を」

「じゃあ……それで」

「「………それ?」」

ニルファルさんとトゥガイさんが素っ頓狂な声を出して僕を見上げる。

「はい。それで」

「いや、アキオ殿……」

「それで、お願いします」

数秒間、僕とニルファルさん、トゥガイさんの間で睨み合い(?)が続いた。彼らはなにか不満そうだ。
どうしよう。やっぱり貴重な特産品をタダでくれなんて欲深すぎたかもしれない。
お2人は優しさで良いって言ってくれたけど、やっぱりやめよう。

前言撤回しようと口を開きかけた時、トゥガイさんが慌てたように言った。

「で、ではアキオ殿! 染料は我が国王陛下がとびっきりのものを手配します。ですがそれだけというわけにはいきません。わたくしにもなにかさせていただけることはございませんか?」

染料、貰えることになっちゃった。

嬉しいけど、それだけじゃなくてトゥガイさんにもなにか要求……ええー……



本当にいいの……?



「じゃあ、トゥガイさん……」

「はい……!」

「ドラゴンの…うろこ、ちょこっとだけ…ほんのちょこっとだけでいいので触らせていただくことは可能でしょうか……」

「う、うろこ?」

「できればお腹の方を、ちょちょっ、と。やわらかそうで可愛…いや、えっと、……ダメなら良いんです! ごめんなさい」

僕は、彼がドラゴンになっていた時の可愛らしいお腹を見逃さなかった。
他の尻尾や顔とかとはちょっと違う柔らかそうな鱗を。猫や犬でいう肉球のように、他の場所とは違う "秘めた魅力" を持っているに違いない。その感触を確かめてみたい。
僕の本能がさっきからずっとそう言っているのだ。

「それは、お腹でも背中でも翼でも気が済むまで触っていただいて構いませんが……」

「えっ良いのですか…!?」

嬉しすぎる。
ドラゴンのお腹! たぷたぷかな。いや、ちょっとゴツゴツかも。

「勿論でございます。がしかし……」

「じゃあそれで」

「「それ……」」

「はい」

「いやあの、アキオ殿…」



「………はっはははは!アキオ殿…君は本当に面白いなッ…ふ…ふはははっ!あ~笑った笑った…君にはよく笑わされる」

「王様…」

王様は笑いすぎて目の端に涙を浮かべる。サザさんが差し出したハンカチで拭って、ニルファルさんに向いて姿勢を正した。


「だそうです。ニルファル国王陛下」

「し、しかし!」

「決定は決定です。処罰を下される側のあなたが口出しできることではありません」

「ですが……」

「アキオ殿、本当にいいんだな?」

「はい」

「聞きましたね? 決まりです。もう覆りません。
トゥガイさんはドラゴンの姿でアキオ殿にめいいっぱい愛でられること、ニルファル国王陛下は質の良い染料をアキオ殿に贈ること。
……それから、たまには遊びに来てください、ウッデビアに。くだらない話をたくさんしよう。知らないうちに友人を失うのはもうごめんだ」

「ヴェイン国王陛下……はいっ……はい!必ず!
また会いに来ます…!それまでに、人の気持ちを考えられる良い国王になると約束します」

「楽しみにしています」

「ニルファルさん…」

「アキオ殿、あなたに感謝します。もう二度と軽はずみな行動はとりません」

ニルファルさんが頭を下げる。

「いつか、ストネイト国にも遊びに行かせてください」

「ぜひ!いつでもいらしてください。楽しみにしております!」

ニルファルさんの表情が明るくなった。
年相応な顔を初めて見せてくれたことに安心を覚える。僕たちは、どちらからともなく握手を交わした。

一件落着、という言葉が相応しいだろうか。
緊張が解けた空気に流されて王様が言った。

「サザ。ついでにお前もドラゴンになってやれ。
アキオ殿、2体並ぶと迫力があるぞ。撫で放題だ」

「あなたの命令とあらば、なんなりと」

サザさんはふっと笑って了承する。
ついでって…という苦言も聞こえた気がするが、王様はスルー。

「サザさん、始祖人だったのですか……?」

「ええ」

ドラゴンが、2体………!!??
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