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王都〜第二章〜
家族②
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いつもテキパキ動くジルさんがのっそりスローモードで体を起こし、ため息混じりにそう言った。
「父……アッザさん?」
「ああ」
ジルさんが扉に向かって、どうぞと一声かけると、扉が開き、そこには昨日見た美しい人が立っていた。
「失礼する」
つかつかと部屋に入るアッザさん。
とても綺麗で、勇ましいジルさんとは一見正反対の容姿をしている。しかし周囲を圧倒するほどの凛々しい佇まいはさすが親子と言ったところだろうか。纒う雰囲気はジルさんと良く似ていた。
「アキオ殿、落ち着かぬうちに邪魔してすまない。昨夜の同胞の無礼を詫びに来た」
「いえそんな、詫びなんて」
部屋に入るやいなや何を言い出すかと思えば。
確かに昨夜のニルファルさんの口ぶりからしても、アッザさんとニルファルさんが同じ精霊同士以前から関わりがあったのは間違いないだろう。だからと言ってアッザさんが謝ることでは無いと思う。
「アンディーネが…ニルファル国王が生まれた瞬間、私と彼との間に深い結び付きが生まれた。精霊たちは皆この結び付きを感じ取れる。特に実態を持つ精霊ウーシットの間でそれはより一層強まる。例えば今この瞬間、誰が健やかでいて、誰が弱っているのかも分かる。もちろん仲間が死ねばそれもすぐに分かる。
……ニルファル国王の心が弱っていることに気付けなかった。未然に防ぐことができず、怖い思いをさせて本当に申し訳ない」
アッザさんは深く頭を下げた。自分にも非があると言いたいのだろう。
助けてくれたのに本当は謝ってなんかもらっちゃいけないのだけれど、彼の行動に、なんだか愛があるなと思った。
「頭を上げてください。僕の方こそ助けていただいたのに、お礼も言わず寝こけてしまって……。
本当に大丈夫です。ニルファルさんが悪い方じゃないことは分かります。だからこそ、きちんとお話をしないといけないって思ってます」
彼と再び会うことに少し緊張はしてるけど。
まぁでもそれは、彼が一国の王様だからというのもあると思う。ウッデビアの王様が気さく過ぎて、王様って本当はどういう態度で接さなきゃいけないんだっけとか、隣の国だからもし無礼があったら国際問題に発展するのではとか……ああ、考え出したらもっと緊張してきた。
「とにかく、大丈夫です。お話しすればきっと分かり合えます。だから頭を上げてください」
「アキオ殿……本当にありがとう。君への恩は絶対に忘れない」
アッザさんはスッと姿勢を戻し、再び美しい姿を見せてくれた。彼は容姿だけでなく、所作までもが美しい。ただ立っているだけで絵になるし、歩いていても、髪を耳にかける動作ひとつとっても、まるでお手本のように気品に溢れている。
こういう生活の何気ない動作に品があるところもジルさんによく似ている。
アッザさんのことを僭越ながら観察させていただいていると、彼もまた僕を観察するようにこちらを見て言った。
「それにしても……なるほどな。聞きしに勝る器量だ。それでいて非常に聡明で可憐。君という子から愛を注がれるなど、我が息子は本当に幸せ者だな」
………………え
我が息子は本当に幸せ者だな?
アッザさんがそう声をかけたのは、僕の隣にいるジルさんだった。そりゃそうだ。この状況でアッザさんにとっての「我が息子」はジルさんだけなのだから。問題はその前の言葉で……
「やはり父上には何でもお見通しのようで」
冷静すぎるよジルさん。普通に認めちゃった。
「私はお前の生みの親だぞ。
生まれ落ちた瞬間から堅物で石頭で頑固でとっつきにくかったお前に、愛情という感情が備わっていたとはな」
すごい言われようだ。
って、そうじゃない。アッザさんもジルさんも、そうじゃないでしょ。
「あの……!」
勇気を振り絞って声を出すと、親子の目がこちらに向いた。
「どうしたアキオ」
「えっと、アッザさん」
「ん?何だアキオ殿」
「よろしいのですか…」
「何がだ?」
「ご存知と思いますが、僕は異世界人です。それに比べてジルさんはこの国の素晴らしい最高司令官で、その……」
「アキオ。その先の言葉を、私が許すと思うか?」
僕の言葉に答えたのはアッザさんではなくジルさんだった。彼にそう言われた直後、僕は焦り、そして安堵した。
あなたの息子さんに相応しくないのでは、と続けるつもりだったからだ。それは、ジルさんが僕にくれた愛を踏み躙る言葉に値する。
自分が言おうとしたことがどれだけ酷いか理解した途端に、その言葉を引っ込めてくれたジルさんに対する罪悪感でいっぱいになっていた。
「ごめんなさい……」
———ドスッ
「うっ……」
「え?」
何やら鈍い音が聞こえたかと思えば、ジルさんが小さく唸った。
「全くお前という奴は……言い方に愛嬌ってもんが無い。アキオ殿を威圧してどうする」
見ると、アッザさんがジルさんの鳩尾にグーパンチを入れていた。
すごい……
「恐縮してしまう気持ちも汲んでやらないか。彼にとってはこの世界で起きる全てが未知なんだぞ。
……しかしまあ、アキオ殿。この愚息の言う事にも一理ある。君は何も心配する必要は無い。
見ての通りこいつは無愛想で寡黙で面白みに欠ける人間だ。こんな朴念仁のそばに、君のように純粋な子が居てくれるだけで私は親として喜ばしい。これからもジルをよろしく頼むぞ」
アッザさんは息子であるジルさんを容赦なく辛辣な言葉で表現する。だけどそこには真心が込もってて、こういう関係ってとても良いなと思った。
「ありがとうございます……! こちらこそ、よろしくお願いします」
「すまないアキオ。君を不安にさせる言い方をした」
ジルさんが謝った。彼は反省する時、ちょっとだけしょんぼり肩を落としたようにする。不謹慎だけどそういう姿も可愛いと思ってしまう自分がいる。
「父……アッザさん?」
「ああ」
ジルさんが扉に向かって、どうぞと一声かけると、扉が開き、そこには昨日見た美しい人が立っていた。
「失礼する」
つかつかと部屋に入るアッザさん。
とても綺麗で、勇ましいジルさんとは一見正反対の容姿をしている。しかし周囲を圧倒するほどの凛々しい佇まいはさすが親子と言ったところだろうか。纒う雰囲気はジルさんと良く似ていた。
「アキオ殿、落ち着かぬうちに邪魔してすまない。昨夜の同胞の無礼を詫びに来た」
「いえそんな、詫びなんて」
部屋に入るやいなや何を言い出すかと思えば。
確かに昨夜のニルファルさんの口ぶりからしても、アッザさんとニルファルさんが同じ精霊同士以前から関わりがあったのは間違いないだろう。だからと言ってアッザさんが謝ることでは無いと思う。
「アンディーネが…ニルファル国王が生まれた瞬間、私と彼との間に深い結び付きが生まれた。精霊たちは皆この結び付きを感じ取れる。特に実態を持つ精霊ウーシットの間でそれはより一層強まる。例えば今この瞬間、誰が健やかでいて、誰が弱っているのかも分かる。もちろん仲間が死ねばそれもすぐに分かる。
……ニルファル国王の心が弱っていることに気付けなかった。未然に防ぐことができず、怖い思いをさせて本当に申し訳ない」
アッザさんは深く頭を下げた。自分にも非があると言いたいのだろう。
助けてくれたのに本当は謝ってなんかもらっちゃいけないのだけれど、彼の行動に、なんだか愛があるなと思った。
「頭を上げてください。僕の方こそ助けていただいたのに、お礼も言わず寝こけてしまって……。
本当に大丈夫です。ニルファルさんが悪い方じゃないことは分かります。だからこそ、きちんとお話をしないといけないって思ってます」
彼と再び会うことに少し緊張はしてるけど。
まぁでもそれは、彼が一国の王様だからというのもあると思う。ウッデビアの王様が気さく過ぎて、王様って本当はどういう態度で接さなきゃいけないんだっけとか、隣の国だからもし無礼があったら国際問題に発展するのではとか……ああ、考え出したらもっと緊張してきた。
「とにかく、大丈夫です。お話しすればきっと分かり合えます。だから頭を上げてください」
「アキオ殿……本当にありがとう。君への恩は絶対に忘れない」
アッザさんはスッと姿勢を戻し、再び美しい姿を見せてくれた。彼は容姿だけでなく、所作までもが美しい。ただ立っているだけで絵になるし、歩いていても、髪を耳にかける動作ひとつとっても、まるでお手本のように気品に溢れている。
こういう生活の何気ない動作に品があるところもジルさんによく似ている。
アッザさんのことを僭越ながら観察させていただいていると、彼もまた僕を観察するようにこちらを見て言った。
「それにしても……なるほどな。聞きしに勝る器量だ。それでいて非常に聡明で可憐。君という子から愛を注がれるなど、我が息子は本当に幸せ者だな」
………………え
我が息子は本当に幸せ者だな?
アッザさんがそう声をかけたのは、僕の隣にいるジルさんだった。そりゃそうだ。この状況でアッザさんにとっての「我が息子」はジルさんだけなのだから。問題はその前の言葉で……
「やはり父上には何でもお見通しのようで」
冷静すぎるよジルさん。普通に認めちゃった。
「私はお前の生みの親だぞ。
生まれ落ちた瞬間から堅物で石頭で頑固でとっつきにくかったお前に、愛情という感情が備わっていたとはな」
すごい言われようだ。
って、そうじゃない。アッザさんもジルさんも、そうじゃないでしょ。
「あの……!」
勇気を振り絞って声を出すと、親子の目がこちらに向いた。
「どうしたアキオ」
「えっと、アッザさん」
「ん?何だアキオ殿」
「よろしいのですか…」
「何がだ?」
「ご存知と思いますが、僕は異世界人です。それに比べてジルさんはこの国の素晴らしい最高司令官で、その……」
「アキオ。その先の言葉を、私が許すと思うか?」
僕の言葉に答えたのはアッザさんではなくジルさんだった。彼にそう言われた直後、僕は焦り、そして安堵した。
あなたの息子さんに相応しくないのでは、と続けるつもりだったからだ。それは、ジルさんが僕にくれた愛を踏み躙る言葉に値する。
自分が言おうとしたことがどれだけ酷いか理解した途端に、その言葉を引っ込めてくれたジルさんに対する罪悪感でいっぱいになっていた。
「ごめんなさい……」
———ドスッ
「うっ……」
「え?」
何やら鈍い音が聞こえたかと思えば、ジルさんが小さく唸った。
「全くお前という奴は……言い方に愛嬌ってもんが無い。アキオ殿を威圧してどうする」
見ると、アッザさんがジルさんの鳩尾にグーパンチを入れていた。
すごい……
「恐縮してしまう気持ちも汲んでやらないか。彼にとってはこの世界で起きる全てが未知なんだぞ。
……しかしまあ、アキオ殿。この愚息の言う事にも一理ある。君は何も心配する必要は無い。
見ての通りこいつは無愛想で寡黙で面白みに欠ける人間だ。こんな朴念仁のそばに、君のように純粋な子が居てくれるだけで私は親として喜ばしい。これからもジルをよろしく頼むぞ」
アッザさんは息子であるジルさんを容赦なく辛辣な言葉で表現する。だけどそこには真心が込もってて、こういう関係ってとても良いなと思った。
「ありがとうございます……! こちらこそ、よろしくお願いします」
「すまないアキオ。君を不安にさせる言い方をした」
ジルさんが謝った。彼は反省する時、ちょっとだけしょんぼり肩を落としたようにする。不謹慎だけどそういう姿も可愛いと思ってしまう自分がいる。
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