ある時計台の運命

丑三とき

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王都〜第二章〜

今日

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ジルさんとおんなじ気持ちだった。
それが嬉しくて、この瞬間から逃れたくなかった。
 

—•—•—•—•—•—


「今日はもう遅いから眠りなさい」

「え…でも……いやです」

僕の返答が予想外だったのか、ジルさんが首を傾げた。

「アキオ?」

僕だって予想外だ。ジルさんの言うことをきいて、はいおやすみなさい、と言うつもりだった言葉が、いざ声になってみると全く真逆の駄々をこねていたのだから。

でも今眠るのはどうしても勿体無いと感じる。

「だって、これが夢だといけないから。眠りたくないです」

「アキオ……」

ジルさんが心なしが呆れたように見てくる。
でも、仕方ないと思う。僕の心はこれまでに無いくらいふわふわ心地いいのだから。

「夢なんかでは決して無い。
君の我儘なら何だって聞いてやりたいが、寝不足になってしまっては大変だ。もう日付が変わって…日付……そうか。もうこんな時間か。
少し待っていてくれ」

何かに気がついたらしいジルさんは、僕がかつて(ほんの数日だけ)使わせてもらっていた隣の部屋に行き、10秒と経たないうちに戻ってきた。
その手には何か小さな箱が握られている。

「アキオ、一度起き上がれるか?」

「はい……」


はっ……!
起き上がって気づいた。僕はジルさんからの大切な大切な愛の言葉を、寝っ転がったまま受けてしまった。そして僕自身も、寝っ転がったままジルさんに愛してると伝えてしまった。

これ、たぶん良くなかったんじゃないかな……


どうしよう、分からない。
こういう場合の色々なことが分からない。

ジルさんと思いが通じたのは嬉しいけど、どういう立ち居振る舞いをするのが正解か、何も分からない。


「今日が何の日だか分かるか?」

「え?」

頭を悩ませることに夢中になっていると、急にジルさんがクイズを出した。
今日…日付が変わって、今日?

建国記念日とか…?
んー、そんな大切な日はもっと国をあげてお祝いをするだろうし。
何だろう。今日から税率でも上がるのだろうか。
いくらジルさんでもこの状況で政治の話なんてしないか。しないか…?ジルさんだからな……


クイズの答えを出せないでいると、大きな手がゆっくりとこちらに伸びてきた。そしていつものように僕の頬を包み、親指で瞼や眉の形を確かめるように優しく撫でる。ジルさんに触られたところが全部心臓になったみたいにどきどき疼いている。
彼は僕の肌の感触を一通り楽しんだあと、手に持っている箱を開けて中のものを僕の首にかけた。首に加わった少しの重みとひんやりとしたチェーンの肌触りがとてもしっくり来る。

そしてジルさんは言った。


「ひと月前、君は自分の生まれた日を教えてくれたな」


ひと月前。
確かその時はまだ旅の途中で……そうか。ジルさんに懐中時計のことを聞いたんだ。時計に貼ってある写真が彼の恋人でも婚約者でもなく、お父様のアッザさんだと知って安心したのを覚えている。
それから、僕の歳祝いには懐中時計をプレゼントしてくれるって言った……



ジルさん、覚えてたんだ。


何だろうこの気持ち。

今までたくさん色んな気持ちを与えてもらったと思っていたけど、まだ自分の知らない感情があったのかと呆気に取られる。
何とも言い表すことはできないけれど、僕は今、愛おしいという気持ちに際限なんて無いことを知った。

首に下げられた銀色の懐中時計を手に取る。手の平よりも一回りか二回り小さめで、表面には花のような模様が細かく施されている。
横の突起を押して蓋を開く。シンプルな文字盤に繊細な飾り針が映える。

「綺麗……」



美しさに感動している僕に向かって、ジルさんはさらにこんなことを言った。





「生まれてきてくれてありがとう」







どうしよう。

開いた口が塞がらない。


生まれてきてくれてありがとう。


自分が生まれた日にこんな言葉を聞ける日が来るなんて思ってなかった。どんなに目を凝らして今の自分と向き合っても、表現の範疇を越える胸の高鳴りについて行けない。
100個も200個も稚拙な言葉が喉から出ようとして、そのどれもがつっかえてしまって出てこない。




気がついたときには、僕は同じ言葉を繰り返していた。



「ありがとう……ありがとうございます…っ、ジルさん、ありがとう……」


「アキオ、ありがとう。愛している」

そっか。

愛してるって、何度でも言っていいんだ。何度だって伝えれば良いんだ。寝転がってても起き上がってても、寝る前でもご飯を食べてる時でも、伝えたい時に伝えれば良い。


「愛してる。
僕もジルさんを愛しています。好きです。ジルさん、……大好き、愛してる」

これからの人生、何度紡いでいくことになるだろう。それは僕にも分からないけど、この言葉に出会うために生きていたのだと思えるほど尊い気持ちになった。
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