ある時計台の運命

丑三とき

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王都〜第二章〜

精霊の嘆き②

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「苦しみの中、ある時私に告げたのです。『ウッデビアに気をつけろ』『国王が世界を滅ぼす』と……!父が何を言っているのか分からなかった。だが調べるうちに、この国に異界人が紛れ込んでいることが分かった。
なぜだ!?召喚術はとうの昔に禁止されている筈!何を、…っ何を企んでいる……父に、何かしたのか…」

ニルファル氏の話を聞いたヴェインが表情を歪めて下を向いた。彼もまた何が起きているかわからないようだったが、誤解を解くためまずはこちらの状況を話し始めた。

「異世界から来たアキオ殿を匿っているのも、それを公表しなかったのも私の独断で決めたことだ。隣国の貴方がたに何も知らせなかったのは私の落ち度。疑心暗鬼にさせて申し訳ありません。しかし!アキオ殿がこの世界に渡ってきた理由も方法も分からない。同じように彼自身も、自分の身に何が起こったのか分かっていない。分からない事だらけだ。こういう状況でアキオ殿の存在を公表すれば、世が混乱に陥ると判断したのです。それこそ戦争の起きかねない事態に。
……ザファル氏の病のことも知らなかった。私が彼に何かしたとお思いなら、私が良くないことを企んでいるとお思いなら、それはお門違いだ。
一国の王家に生まれた貴方であれば、この言葉が嘘では無いと分かるはず」


各国の王家に伝わる、人の本質を見抜く眼。ニルファル氏はその眼で息を凝らすようにブランディスをじっと見、そして力無く肩を落とした。


「それでは、なぜ父はあんなことを…っ!
父、さん……お父さん…!!!」

王といえどまだ彼は14だ。それにこれからは彼が国を背負っていかなければならない。ニルファル氏の涙には、現実を受け止めきれないという拒絶と、何としても国を守らねばという覚悟が入り混じっていた。

「心中お察しします」

ヴェインの言葉を合図に、ニルファル氏はひとしきり声をあげて泣いた。おそらく自国では一人で重圧に耐えていたのだろう。

部屋中に響く彼の泣き声に、皆が表情を歪め、心を痛めた。






我慢していた涙を出し切った彼は、息を整えゆっくりとこちらを向き、私の腕の中で憔悴しているアキオを捉えた。その目から怒りは消えていた。


「アキオ殿、と言いましたか……。
私は一国の王でありながら、貴方の本質を見ようとせず、怒りに任せて……本当に、本当に申し訳ございませんでした…っ!なんとお詫びを申し上げたら」

「…っごめんなさい」

アキオとニルファル氏は同時に頭を下げた。

「……なっ、なぜ貴方が」

アキオから出た詫びの言葉に驚いたニルファル氏が不思議そうな顔をした。私も何故アキオが謝ったのかは分からないが、アキオのしたいようにさせることにした。

「不安にさせて、ごめんなさい。僕の存在があなたをとてもとても苦しませた。本当に、ごめんなさい……」

「そ、そんな…っ、そんなこと…!私はアキオ殿を…」

「雨。ニルファルさん、ですか?」

「雨……?」

「ずっと雨が降ってたんです。ここ」

「それは、精霊の力です。私はそちらのジルルドオクタイ・エーリアル・アッザ殿と同じ人間の実態を持つ精霊ウーシット。エーリアル殿は空気、私は水。それで…私は父の言葉の真意を知りたくて、雨となって・・・・・ウッデビアの王都に探りを入れており…… 」

「これからは、晴れるでしょうか」

「え……?」

「ずっと雨だったから、晴れるといいな、と思って」

「は、晴れます!きっと晴れます」

「それなら、良かったです………」

アキオは安心したのか、ゆっくりと目を閉じて私の腕の中で眠ってしまった。

「ッ、アキオ殿!?」


「心配ない。眠っているだけだ。疲れたのだろう」

「よ、よかった……」

「よくねーよ」

一連の流れを傍観していた父は、至極不機嫌そうな顔を隠さずしてそう言った。

「……父上、貴方はなぜここに」

「つい先ほどまでブランディスとともにポロニアの町の支援に参加していたんだけどな。お前に付けた精霊がとんでもない血相で呼ぶもんで、空気になって飛んできた。ポロニアって言ったら、ダリタリの町のさらに向こうにある。馬車じゃあどんなに早くても3、4日はかかるだろう。それがなんと精霊の力なら一瞬だ。空気になれるからな私は。そう、この、"ウーシットの間じゃ基本的に禁じられている力 " なら、一瞬で移動可能。なぜなら空気そのものだからだ。便利だなあ。この "禁じられた力" は」

わざとらしい言い回しをしながらジロリと睨みつけた先にいたのは、ニルファル氏。

「っ……」

「おい。自分が何をしたか分かってんのかアンディーネ。精霊の名に恥じぬよう生きろと言ったはずだが忘れたか。お前はアキオ殿に恐怖を与えただけでなく、同胞をも危険に晒したんだぞ」

父は額に青筋を走らせて捲し立てる。
ニルファル氏は体を縮こまらせて顔を青くし、ただ大人しくに耳を傾けている。父がこれほどまでに怒っている理由を、痛いほど理解しているからだろう。

「ウーシットが自身の寄与する万物そのものに成り代わることができると言う事実は、遠く昔より世間には秘められてきた。一部の王族や研究者しか知り得ない。何故だかわかるか?理由は簡単だ。"危険" だからだ。お前は何日にも渡りこの力を使って雨となり我が国の王都に降り注いだと言ったな。
もしここに居るのが王や軍人じゃなく、人攫いや盗賊だったらどうなる。あいつらは人も動物も関係ない。珍しいものであれば何でも手に入れようとする。手段を選ばない。私やお前は太刀打ちできたとしても、非力な動物のウーシットはどうなる。拷問や実験の末に命を落とす仲間をこの目で幾多も見てきた。
王子だか国王だか知らんが、我々ウーシットを脅かす者は例え同胞だろうと敵とみなす」

父は基本的に、聞いている側の肝が冷える物言いをする。それは一国の王であろうと変わらなかった。
父はニルファル氏が生まれて間もない頃から、彼を王家の人間である前に1人のウーシットととして扱い、いわば異質の者同士、国を超えて彼を支えてきた。そのともすれば無礼ともとれる態度は、ニルファル氏にとって救いだったと本人から聞いたこともある。

「申し訳っ…ございません……!!!」

父には頭が上がらないのか、自分がした事の重大さに気づいたのか、自責の念に駆られた表情で下を向く彼の肩を父はポンとひとつ叩き、「分かったならいい」とその腕に引き寄せた。
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