ある時計台の運命

丑三とき

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王都〜第二章〜

白い人

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———ガタガタガタガタガタガタ



「…ぁ……ッ…」

助けを呼ばなきゃ。逃げなきゃ。
どうしよう。体が動かない。声が出ない。





バリバリバリ………ガシャンッ———!!



限界を迎えた窓が砕け散った。
強風と共に部屋の中に吹き込む雨は綺麗に一箇所に集まり、みるみるうちに大きな塊を形成した。




激しい憎悪に支配されたと目が合い、その塊が人間の形をしていることに気がついた。
その人間は、陶器のような肌に綺麗な水色の髪をしている。肩の長さで綺麗に切り揃えられた美しい髪は怒りに踊り狂わされたように逆立っている。
背丈は僕よりも5、6センチほど高そうだ。この世界の人にしては少し幼くも感じる。



「やっと、やっと見つけた……」

そう呟く声の主が捉えているのは僕。
でも僕は彼を知らない。



次の瞬間、長く鋭い剣がこちらに向く。
磨かれた刃先に一瞬うつった自分の目は生気を失っていた。
止まっているのか流れているのか分からないほど重苦しい時間が空間を支配する。今この瞬間に経過しているのが1秒なのか1分なのか……体が正しい時間を感じ取ろうとしない。
何も動かない。動かないのに、目には相手の一挙手一投足が丁寧に鮮明に映し出される。

刃先は僕に振り下ろされようとしている。






殺される。







そうか、これか。

僕はこれを恐れていたんだ。

大切な人が増えていくたび、幸せと同時に膨らむ恐怖。


大切な人がいるだけで、愛しい人がいるだけで死がこんなにも怖く感じるなんて。おかしい。あんなに死ぬことを望んでいたはずなのに。
そうか、あんなに望んでいたからこそ無意識に死の方向を見ていたんだ。幸せが大きくなるたび僕は勝手に死を見て勝手に死に怯えていた。
だから幸せになっていくのが怖かったんだろう。


こんなに悲しいなら、こんなに怖いなら、大切な人なんてできなければ。ジルさんを好きになんてならなければ——







——ガキィィィン!!!!



甲高く鋭い音が身体中に響き渡った。
何が起きているのか全くわからない。何も見えない。見えるのは、ただ愛しい人の背中だけだった。


「ジル、さん………」

「怪我はないか?」


ジルさんがいる。
目の前に大きな大きな背中がある。
ジルさんの匂いだ。


「邪魔を…邪魔をしないでくれぇぇぇ!!」

背中越しに聞こえるのは怒りに狂った叫号。
なぜだろう。その怒りには悲しみが滲んでいた。



——キィィン!!!!

ジルさんが相手の攻撃を防ぐように動いたことで、背中越しの光景が露わになった。
水色の人が振り回す剣をジルさんは小さな果物ナイフのような短刀で牽制している。

あの時の光景が蘇る。

生ぬるく滴る真っ赤な血。
大切な人を刺す鋭い刃。


「いやだ……」


「ッ、アキオ!目を閉じていなさい。大丈夫だ」

大丈夫じゃない。
ジルさんが……大切な大切なジルさんが傷ついてしまう。嫌だ。

「っクソ!退けぇぇええ!」


———ガッッッ!


———キィィインッ!


攻防戦が続く。
目を閉じろと体に警告音が響く。でもジルさんから目を逸らしたくない。助けなきゃ。でも僕には何もできない。嫌だ。もう嫌だ。



「できればを傷つけたくない。まずは話をしないか」


「だまれ!
お前らが、……っ、王を!!!王に何をしたぁああ!!」


王様?王様に何か起きたのだろうか。
お前ら、って、僕たちが何をしたというのか。

ジルさんは、その人のことを知ってるの?

「やめて、ください……やめて……」

目を逸らさなきゃ、いけないのに。


「アキオ!
っ、頼む、退いてくれ。アキオに手を出さないでくれ」

ジルさんが相手を諭す。そんなんじゃ聞いてくれるような人ではない。彼には何も聞こえていない。

なぜかジルさんは相手を傷つけない。
また?また自分を犠牲にしようとしているのだろうか。

「やだ、ジルさんっ……!」





「アキオ様っ!!!」




気がついたら、ユリに体をきつく包み込まれていた。

「もう大丈夫です。遅くなってしまって申し訳ございません。怖い思いをさせてしまって…アキオ様っ」

泣きそうなユリの顔が近くにある。
彼は基本的に、僕に対して一定の距離を保つ。それが彼なりの礼儀だと知っている。だが今は吐息も触れるほどの近さで僕の名前を呼ぶ。

「アキオ様、大丈夫です、大丈夫ですからね……っもう怖くありません」

彼はよく泣くけど、いつもと違う悲哀のこもった目に心がざわめいた。





「……ユリ…泣かない、で」





———ガッ!!


「ぅぐ…っ!」

ジルさんが相手を押さえつけた。剣を持つ右手を捻り上げれば、ギリギリと悲鳴を上げる手から剣が滑り落ちた。


「……お許しを」





激しい攻防戦が一時停止し、僕はようやく少しずつ周りが見えてきた。

ジルさんとユリの他にも、王様と宰相のサザさんが驚いたような複雑な表情でそこにいた。
王様はサザさんの後ろに庇われている。

「……っ、邪魔をするなあぁぁ!!」

「っ!」

水色の人は最後の力を振り絞ったように、掴まれていない左手で懐から何か鋭いものを取り出す。その左手は一直線にジルさんに向かった。



「ジルさんっ!!!」







———バタッ……

「っ!?」

突如、相手は急に力を失ったように倒れ込んだ。
これまでの喧騒が嘘だったみたいに沈黙が訪れる。


いつのまにか、あんなに激しかった雨も止んでいる。
そして聞いたことのない声が静かに響いた。


「全く騒がしい。一旦落ち着け」


扉の方を振り返ると、声の主が立っていた。

その人は、「白」だった。
綺麗な白銀の髪に、雪のように透き通った肌。
その端正な顔立ちを僕はよく知っている。



「父上……」

ジルさんが驚いたように呟いた。
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